7.異世界アイテムと幻獣界
「これは次期天皇と認められた者が、天皇陛下から賜る玉璽の片割れなのだ。陛下の持つ片割れと対になっている。とても貴重で、重要で、大切なものだ。すごいであろう? ちなみに、天皇として即位すると割れていない玉璽を授かり、それを自分の印として使用するのだ」
そんな説明がつらつらと語られていたが、僕達の思考はそんなことより他のことが気になっていた。いや、もちろん雅の手中で金色に輝く玉璽は立派で、とてもすごいものなのだろうが……雅はそれをどこから取り出した?
「雅、その玉璽はとっても素晴らしいと思うけど……その服のどこにそんな玉璽が入ってたの?」
翠さんと田中もうんうんと頷いている。雅は不可解そうに眉を寄せる。
「どこと言われても……ここだが? 雪兎に借りた服にも、制服にも似たような袋があるではないか。これが不思議なのか?」
雅がそう言って指差すのは着物の内側の部分に縫い付けられている、着物とは色の異なる袋状の布だった。厚手の丈夫そうな生地だが、生地以上の厚みはなくぺたんとしている。
雅が玉璽を取り出す際に袋部分は見えていたが、そこは玉璽が入って膨らんでいるようには見えなかった。雅は普通のポケットと同じように話しているが絶対に違うと思う。
これが雅の言っていた「大切なものをいろいろ仕舞っている」という仕掛けか。
「一度玉璽をそこに仕舞って、別の物を取り出せる? あれば玉璽より大きいものがいい」
「別に構わぬが……」
僕の言葉に雅が玉璽を袋に戻して見せたが、やはり袋の見た目に変化はない。薄く、何の重さも感じさせないただの布袋だ。そして次に袋から取り出されたのは、細長い瓶だった。ビール瓶のような大きさのそれは、どう見ても袋に入りきる大きさではない。
「これは私の秘蔵の酒だ。とても美味いので一つ隠し持っていたのだ」
雅の目が「誰にもやらないぞ」と語っているが誰もそんなことは望んでいない。
それにしてもお酒が出てくるとは思わなかった。あちらの世界では僕と同い年の雅は成人扱いなのか。それともお酒に関する規制がないのか。
僕の思考が目的からずれ始めた頃、執事さんの声が耳に届き我に返った。
「雅様のおかげで私めの頭も柔らかくなりました」
驚きを隠しきれていない表情で執事さんが言った。
「俺、これ知ってるわ。アイテムボックスとかなんとか、大体そんな名前のやつだ」
田中の言葉に僕も心の中で同意するが、和のガラパゴス進化を遂げている国の品だ。そんな英語の名称ではないと思う。
「分解してみたいけど、もし壊してしまったら困るわよね……」
翠さんは相変わらず知的好奇心の塊だ。
とりあえず、執事さんも含めて全員が雅の話を信用するに至った。翠さんと田中はもっと異世界アイテムを楽しみたかったようだが、それはまた今度にしてもらう。
まずは今日の情報収集に関してだ。このまま雅の部屋で話し合うことになった。部屋は広いので特に困ることはない。
「今日翠さんに手伝ってもらって、雅は何か役立つ情報見つけられた?」
「そうだな……あちらとこちらの世界では、それぞれ同じ速さで時間が流れているであろうことが分かった。全く同じではないとしても、誤差は大きくないはずだ」
それは僕も気になっていたことなのでありがたい情報だ。
異世界を舞台にした物語では、異世界は時間の流れが違うという設定が多い。昨日雅に聞いた時点では、時差はないように思えるが詳しくは分からないと言っていた。今日、雅はこの世界の歴史や伝承を教わっていたはずだがどこからその答えを見つけ出したのか。
とにかく、一年以内に異世界へ行くという最低目標は変更しなくて良さそうだ。ちなみに、最高目標は一~二カ月の間に向こうへ行くというものだが、これは正直諦めている。
「……昨夜雪兎に言われたように、世界を移動する方法が図書室で見つかるとは私もあまり思っていないのだ。今日気付けたことがあったように、何らかの手掛かりはあるのかも知れぬがな。しかし、他にできることも分からず、まずは私がこの世界を知らねば得られぬことも多いだろうと思い学んでいるところが大きい。私が先生に教わる情報で得られるのは、ほんのわずかな手掛かりと、帰還した後に国を発展させるのに役立つ情報だろう」
そう言って僕に期待した目を向けてくる雅。
「しかし、雪兎と田中殿に任せた方面には近い答えがあるのではないかと思うのだが、どうであった?」
図書室で、高校もしくはその周辺の土地に何かないか調べてほしいと頼まれた僕と田中。その時感じた疑問を投げかけてみる。
「雅は高校に来て何か感じたの?」
「うむ。初めは気のせいかと思い確信が持てなかったのだが、高校の周囲には幻獣界の香りが漂っている。私の国には幻獣界への入口があるのだが、その辺りに漂う香りと全く同じだったのでとても気になっていた。微かすぎて、残念ながら香りが流れてきている方向は分からなかったが」
雅曰く、幻獣界には異なる世界を行き来できる扉が存在すると言われているそうだ。
人間は幻獣界の入口までしか近寄ることができず、結界によって中への進入を阻まれる。ただ、時折結界を通り抜けられる人間がいるという。そんな人間が好奇心や興味で一度でも入口を通ってしまえば、二度と帰ってこられないのだとか。
ほとんどの人間が入口を進むことはできないが、中には入れなくとも、近くを通ったことがある人間は誰もが幻獣界の香りを知っているらしい。入口から流れてくるのだそうだ。
雅の言う伝承が真実ならば、幻獣界を介して、僕と雅の世界は繋がっているのかも知れない。
「……幻獣界の入口、見つけたかも」
幻獣界の伝承を聞いた僕は呟いた。田中も僕と同じ考えに至っているようで、僕を見て頷いた。田中はこういう時理解が早くて助かる。
雅と翠さんの顔には驚きと困惑が浮かんでいる。僕は田中と共に情報をまとめたノートを差し出して見せる。ノートの中身をしばらく眺めていた二人は、目を見張って顔を見合わせた。
「たしかに、これは入口を見つけた気にもなるわね」
「雪兎、田中殿、すごいではないか! こうも早く大きな手掛かりが見つかるとは……」
「俺たち天才だな」と田中が笑いかけてくる。僕の表情はいつもと変わらないが、内心はとても嬉しく興奮していた。想定外に早く妹を迎えに行けるかも知れない。
こんなにとんとん拍子に進むのは、雅が持つ皇太子パワーのおかげだろうか。主人公タイプの人間は、いつだってご都合主義と不思議パワーを発揮するものだ。
僕と田中のノートにまとめられているのは、とある森に関する情報がほとんどだった。
高校の裏手にある大きな森。公園等の施設があるわけでもなく、街中にありながら何の開発もされていない。それでいて広大なので、迷う人が出ないように、森の入口付近を除いて立ち入り禁止になっている。
森に行ったことはないが、僕もその存在はもちろん知っていた。現代においてこんな敷地が手付かずで残されているなんて不思議なこともあるものだ、程度の認識だった。
「神隠しの森か」
雅が呟いた。
僕と田中が調べた資料の中には、時折「神隠しの森」という単語が出てきた。数十年前まで、高校の裏手の森は「神隠しの森」として知らない人がいないほど有名だったらしい。森のすぐ側に高校建設が決まった際には、森に子どもを攫われるのではないか、という怪談じみた噂があったようだし、森に入った人が行方不明になったという過去の新聞記事がいくつか見つかった。
「翠さんは何か知ってますか?」
僕が尋ねると翠さんは首を振った。
「この資料を読んだ覚えはあるけれど、森に関する噂や事件を人から聞いたことはないわ。昔は多くの住民が知る話だったとしても、今や風化して、単なる昔話のような扱いでしょうね。神隠しの伝承なんて世界中にあるし、行方不明事件もどこにでもある、と誰も気にしないもの」
雅が高校に来て感じた幻獣界の香りと、高校の裏手にある神隠しの森。都合の良い思考かも知れないが、僕たちにとってはそれらが無関係だとは思えない。
もし、森の中に幻獣界への入口があったら? 何らかの原因により結界を通り抜け入口を進み、異世界へ行った人間がいたら? それが神隠しの真実ではないのか。答えは分からないが、こうなれば森に行ってみるという選択肢以外にない。
「雅、いつ森に行く? 一週間……体験入学の期間中は翠さんと好きに勉強して、それが終わってからでも僕は構わないよ」
森の中に幻獣界へと繋がる入口のようなものがあるなら、すぐに異世界へ行ける可能性もある。けれど、雅はまだまだ学んでおきたい知識が多そうだし、預言の厄災まで猶予は何ヵ月もある。森に入口がないとしても、他に有力な手掛かりが見つかるまではできることなどないのだ。一週間程度なら、さらなる情報収集と雅の勉強に時間を使っても問題ないだろう。
「雪兎が許してくれるならば、体験入学の期間を終えるまでは先生に教えを乞いたい」
「まぁ! 雅くんは本当に勉強熱心で教え甲斐があるわ」
雅のその答えを聞いて、みんなでこれからの予定を立てる。
雅は翠さんと、一週間、一日中みっちり勉強するようだ。聞いているだけでうんざりした。
僕と田中はといえば、手掛かりが見つかり、翠さんが全ての事情を把握した今、地道な情報収集をする必要はなくなった。役立ちそうな情報があれば教えるが、図書室でこれ以上調べても目ぼしいものはないだろう、と翠さんが教えてくれたからだ。全蔵書の内容が頭に入っている翠さんの存在は本当に助かる。
「じゃあ、僕は明日森に行ってみようかな」
異世界人でもない僕に幻獣界の入口を探し出せる気はしない。けれど、怪しい場所や何らかのヒントくらいは見つけられるかも知れない。
森のほとんどが立ち入り禁止エリアだが、あの広大な森は一度入ってしまえば人に見つかることはそうそうないはずだ。森の全体図が描かれた地図のようなものをコピー済みなので、これを手に探索すれば大して迷うこともないだろう。
「雅殿の手伝いとかないなら、俺も雪兎について行っていい?」
「いいけど……田中は僕に巻き込まれただけだし、気にせず自由に過ごしていいんだよ?」
「気にする。良い意味で気にする。俺も小雪ちゃんのために手掛かり探したいし、幻獣界に繋がってるかも知れない森に行くのは楽しそうだしな」
田中はいつも笑って付き合ってくれる。楽しいが不安も多い今の状況では普段よりその有難みを感じる。
「わたしも行きたいけれど、雅くんとの勉強が優先ね」
ふと思ったが、翠さんも田中も、どこまで僕達と行動を共にする気なのだろう。
「あの、翠さん。もしかして、僕達に付いて異世界に行きたいとか考えてませんか?」
「ええ、勿論。行けるものなら行きたいわ」
その時、執事さんが盛大にむせた。
「ぐっ、ごほっ……。翠様、何をおっしゃるのですか!」
冷静な執事さんが取り乱すところを初めて見た。翠さんはうふふと笑って受け流す。
「半分冗談よ。異世界に行けるとしても、帰って来られる保証がないのに実行しようと思わないわ。それに、この世界にはわたしの大事な図書室と最高の司書室があるもの。……でも雪兎くんは、帰れないかも知れないと覚悟したうえで、小雪ちゃんのもとへ行くことを望んでいるんでしょう?」
僕が頷くと、田中がショックを受けたように僕を見た。
「雪兎、お前帰ってこないつもりなのか?」
「翠さんの言う通り、帰れる保証がないっていうだけで帰らないつもりではないよ。もし帰れなくても、帰る方法を探そうと思ってる。何年かかってもね」
田中が少し項垂れた。
「雅殿も雪兎も、簡単に異世界に行くなんて言うから……簡単に帰って来られる気がしてた。そうだよな。そんな保証ないよな」
もし森で幻獣界の入口を見つけることができて、幻獣界に入ることができて、異世界に行くことができたら。異世界にあるらしい幻獣界の入口から戻って来られる可能性も高いと思う。けれど、都合よく考えすぎて期待するのはよくないだろう。帰れない場合のことも考えて覚悟くらいはしておくべきだ。
その時、しばらく黙っていた田中が勢い良く立ち上がって宣言した。
「よし、決めた! 俺も雪兎と一緒に異世界に行く!」
決死の覚悟をしたような顔の田中。翠さんは微笑ましいものを見る目で、雅は驚愕の目で田中を見た。
「……いや、田中、落ち着いて。そんな簡単に決めていいことじゃない」
「いいや、決めた! 俺も行く。雪兎も小雪ちゃんも心配だもん」
だもん、って……。ぬいぐるみと毎晩一緒に寝ている発言をしていたが、たまに出る田中のラブリーさは何なのか。
とりあえず、なんとか田中を落ち着かせ、「せめて一週間後までじっくり考えてほしい」と伝えた。田中は友達思いの優しい奴だ。気持ちはありがたいが、これ以上巻き込むのも申し訳ないし、もし田中の身に何かあれば田中の家族にも申し訳ない。
けれど一週間後の僕は、田中の固い覚悟と決意に折れるしかなかった。