5.みんなで情報収集
「これからよろしくお願いします」
そんな挨拶から始まった雅のための情報収集兼勉強会。
正直、僕の頭では雅の求めた情報から異世界転移に役立つ答えを導き出せる気がしない。けれど、他に異世界へ行く方法を探す手段も分からない。なので、メインは雅に動いてもらうと決めている。手伝いに徹するつもりだ。
「まずは世界の歴史と、各地の神話や民話等の伝承。これらが私にとって優先順位が高いものです」
雅がそう伝えると、翠さんは本を数冊手に取り雅の対面に座った。
すぐにでも翠さんの講義が始まりそうな雰囲気を察して発言する。
「雅、僕に手伝えることはある? ついでに田中も」
「そうだな……。この高校、もしくはこの近辺の土地について調べてくれないだろうか。気になっていることがあるのだ」
むむむ、とでも言いそうな難しい顔の雅。
なんとなく事情を察した。異世界か、それに通じる何かを高校に来て感じたんだろう。この場では説明できないので難しい顔になった、そんなところだと思う。ずっと周囲に人がいる状態だったので、僕に話すタイミングもなく一人で考えていたようだ。
「わかった。じゃあ、雅も頑張って。行こう、田中」
「あいよ」
目的の本の場所を翠さんに教えてもらって司書室を後にする。
昼休みを過ぎた図書室には誰もいない。貸出カウンターに翠さんの執事がいるだけだ。
本を探し始めるとすぐに田中が話しかけてきた。
「なぁ、雅殿って何者?」
本日二度目の質問だ。
いろいろ巻き込んでしまっている田中にもこれ以上嘘を吐きたくなかったので、ここは翠さんと同じ対応をすることにした。
「……言えない」
不満を言われる覚悟はあったが、田中は納得したように何度か頷いた。
「やっぱりなぁ。結構な家庭の事情を抱えてるって噂で聞いたけど、なんか雅殿見てたらさ、雅殿が抱えてるのはそんな次元の問題じゃない気がしたんだよね。あの人、多少の問題は苦労せず解決できそうだし」
うんうん、と頷き続ける田中。
早くも「可哀想な雅くん」は生徒の間でも噂になっているらしい。
雅は家庭(皇宮)の事情で被害を受けた結果ここにいるんだけどね、とは言えなかった。
快く協力してくれる田中と翠さんには事情を話していい気もするが、僕の一存で決めていいことではないだろう。
「……田中、ありがとう。そのうち事情を話せるかも知れないけど、話せないかも知れない。ごめん」
「気にすんな」
田中はにかっと笑ってみせた。
翠さんに教えてもらったおかげで目的の本がある棚はすぐに見つかった。
高校に関する資料と、この地域に関する資料。そしてファイリングされた地元紙の新聞等が綺麗に並んでいる。僕が目に付くものをいくつか選び取って近くの席に座ると、隣に田中も座った。
「雪兎と違って、俺は何を調べればいいのかよく分からないんだけど。高校や土地について調べるって何?」
「雅と話し合ったわけじゃないから僕も憶測だけどね。田中は新聞を読んで、この地域の変わった事件や不思議な記事があれば情報をまとめてほしい。古いものから順に見ていってくれる?」
本棚に収められた新聞の量を見て表情を曇らせる田中。
「うわぁ、結構大変だな。でも、なんか楽しいから任せとけ!」
田中が頼もしく請け負ってくれた。
僕達が作業を始めると、いつの間にか近くに来ていた翠さんの執事に声をかけられた。また初めて見る顔だ。この学校には何人もの執事が忍者のように潜んでいるのだろうか。
「よろしければ、こちらをご利用ください」
すっと差し出された執事さんの手には、二人分のノートとペン、そして付箋まであった。どれも新品に見える。お礼を言って受け取ると、執事さんは無言で一礼して下がっていった。さすが翠さんの執事。優秀だ。
作業している間、僕達が少し疲れたなと気を緩める度に、なぜか執事さんがお茶やお菓子を運んできてくれた。
「通常図書室での飲食は禁止されておりますが、本日は特例にございます」
言葉の意味は分かるが理解できなかった。翠さんと過ごす僕達は特別なお客様のようなスタンスで扱われているのだろうか。
他の利用者が来て飲み食いする僕達を見たら驚くだろう。そう思ったが、優秀な執事さんなら上手く立ち回ってくれる気がしたので考えを放棄する。
「翠ちゃんって……ぶっ飛んでるよな」
「今日だけで何度もそう思ったよ」
時折そんな会話を交わしながら、僕と田中は順調に作業を進めていった。
「坊ちゃま方」
そんな声が聞こえてきて、僕と田中は揃って顔を上げた。
お茶やお菓子で過剰なもてなしをしてくれていた執事さんがいた。「坊ちゃま方」と呼ばれた気がするが、なんだか怖いので突っ込まないでおく。
「翠様がお呼びでいらっしゃいます」
そう言われてふと時計を見ると、とっくに下校時刻になっていた。
「うわっ! もうこんな時間? 俺、凄まじく集中してたわ」
「同じく。……疲れたね」
執事さんに手伝ってもらいながら資料を片付けた。
司書室に戻ると、少し疲れた様子の翠さんと、疲れを感じさせない雅がいた。
「さすがの翠さんもお疲れみたいですね」
「雪兎君たちもよく集中して頑張ったようね」
昼からずっと作業していたのだ。雅以外の全員の顔に疲労が見える。
「翠さん、今日は本当にありがとうございました」
僕の言葉に柔らかく微笑む翠さんだが、その目を見れば何か企んでいるのが分かる。僕は警戒して翠さんの言葉を待った。
「ふふ、そんなに構えないで。まだ今日は終わってないって言いたかっただけよ?」
翠さんはやはり、ぶっ飛んだ人だった。
家までの道のりを雅と並んで歩きながら、僕は大きな溜息を吐いた。
「すまない、雪兎。疲れただろう?」
「少しね。僕のためでもあるし、雅のせいじゃないよ。……翠さんはとんでもない人だなって考えてただけ」
「知識と美しさを兼ね備えた素晴らしい御仁であったな。二つの意味で器量が良い人間はなかなかいるものではない」
……僕が言いたいのはそういうことじゃないけど。
今帰宅中の僕達だが、またすぐに翠さんと会うことになっている。もちろん、田中も合流する。
「後であなた達のもとに迎えをやります。我が家の夕食に招待するわ」
図書室を去る際にそう告げられ、翠さんからそれ以上の説明はなかった。
突然の招待は恐ろしいが、断る理由が見当たらず、断れる気もしなかった。
雅が嬉しそうにしていたのも承諾した理由の一つだ。多くの知識を教えてくれる相手ができて嬉しいのだと思う。
家に帰り着き、くつろげる服に着替えたいところだがそうもいかない。
しばらくすれば執事さんが車で迎えに来るはずなので、制服はまだしばらく着たままだ。
「食事に招待されたというのに正装に着替えないのか?」
「学生の正装は制服なんだよ」
一般庶民の僕には上流家庭の食事会に何を着て行けばいいのかが分からないので、雅にはそう伝えて納得してもらった。おそらく、田中も同じ考えで制服のままだと思う。
「雅、翠さんと田中に事情を話す気はある?」
「私も今日一日それを考えていたのだが……話してみようと思うのだ。雪兎は構わないか?」
「そんな気はしてた。あの二人なら、もし信じてもらえなくても害はないよ。僕は構わない」
翠さんも田中も、関わり方を間違えなければ害のない人間だ。怒らせたり、何かをやらかしてしまったらと思うと恐ろしいが。翠さんはいろいろな意味で怒らせたくないし、田中は……まぁ特殊だ。
「では、私は衣装を持っていくとしよう」
事情を話す際に束帯を見せる必要はないと思うが、少しは信憑性が増すだろうか。
そう考えていたら、雅がいたずらっ子のような顔で言った。
「これには私の大切なものをいろいろ仕舞っている。そのうち驚かせてやろうと思って秘密にしていたのだ」
雅は着物を手にしてそう言うが、見たところ普通の着物だ。それのどこにたくさんの物が収納されているのか。
僕は、四次元なポケットのようなものを想像して少し楽しくなった。