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3.体験入学


 異世界の日本から来た皇太子、雅と出会った翌朝。

 僕は雅と共に通学路を歩いている。いつもより早い時間に登校しているせいか、道に人は少なくゆったりとした時間の流れを感じる。

 まだ信じきれないトンデモ事件があったのに、なんてのどかすぎる爽やかな朝なんだろう。


 昨夜の雅の台詞。


 「明日は私も高校とやらに行くぞ」


 僕の世界について聞かれたので、あれこれ教えていたらそんなことを言い出した雅。

 朝になり、まだほんの数人の教師しかいないであろう早い時間に高校へ電話して、雅の体験入学の許可を得た。言っておくが、異世界人の雅に頼って魔法のようなもので都合の悪いことは解決、なんて手は使っていない。

 

 「入学希望者がいるのですが、体験入学は可能ですか?」


 ダメなら見学だけでも、と電話に出た事務の職員や、近くにいたらしい教師と交渉してみた。

 当日の朝に、適当な捏造話をしてお願いしただけでは到底無理だろう。……そう思っていたのになぜだ。解せぬ。

 少子化の影響で学校側も必死なのだろうか。


 僕と並んで登校中の雅は制服姿ではない。我が家は貧困家庭ではないが、予備の制服を持つほどお金持ちでもないのだ。

 学校で制服を貸し出してくれるそうなので、束帯は脱いでもらって僕の私服を着せている。あまり目立たないようシンプルなジャケットを基調に選んだ。雅より少し小さい僕のサイズの服は少し窮屈そうだが、初めて見る面白い服だと雅は喜んでいた。


 「雪兎、私は人生の中で今日ほど興奮を覚えた日はない」

 「……それは良かった」


 爽やかな朝にお似合いの笑顔を見せる雅。

 雅は昨夜から一睡もしていないのになぜこうも元気で爽やかなのか。

 部屋に置いているPCに興味を示した雅に使い方を教えた結果、朝までPC前から動かなかったのだ。

 僕は少し仮眠を取ったが、雅はずっと起きていたうえに眠そうな素振りも見せない。眠くないのかと尋ねたら、「皇太子だからな」と言われた。意味がわからない。


 高校に着くと、手続きのため事務の職員や教師とやり取りして体験入学の説明を受けた。

 今日一日だけの体験入学だと思っていたら、驚いたことに期間は一週間だと言われた。雅は僕と同じクラスに入ることになり、担任の教師からは席を隣にするので雅の面倒を見るようにと言われる。

 なんだろう。とても簡単に都合良く事が進んでいて、異世界の皇太子パワーが何らかの形で影響しているんじゃないかという気さえしてくる。


 「私にこの制服は似合うだろうか」


 更衣室を借りて着替えを終えた雅が嬉しそうな顔で聞いてくる。

 雅の年齢は僕と同じらしいが、ここまで制服を着こなせるとは思っていなかった。長身で大人びた顔をしているため年上に見えるからだ。老け顔というわけではないのだが、雅ほど凛々しく落ち着いた雰囲気の同年代はなかなかいない。

 雅が着る制服は洒落て見えるのが少し悔しかった。


 「思いの外似合ってるよ」


 素直にそう伝えると、雅の表情に喜びの色が増した。

 雅は素直な感情表現をする男だ。

身分制度の世界で皇太子として生きる雅は、物心ついた頃から多くの柵や抑圧に耐えてきたはずだ。この世界ではそんな重圧を忘れ、子どものように素直に生きたいとでも思っているのかも知れない。なんて、僕の勝手な想像だけど。


 教室に入ると、雅の席が窓側の最後尾に用意されていた。その隣が僕の席になる。

当日の朝に体験入学の許可をくれたり、制服を貸してくれたり、同じクラスどころか隣の席にしてくれたり……学校側の親切でありがたい対応に感謝しつつも訝しんでしまう。

 皇太子パワーなのか。それとも、「聞くも涙、語るも涙の壮絶不遇人生を過ごしてきた雅君」という僕の捏造話が功を奏したのだろうか。

 雅の学力や常識がどこまでこの世界で通じるのか分からなかったので、雅はなんやかんや事情があってまともな教育を受けてこなかった可哀想な男の子、という設定になっている。僕の遠い親戚で、しばらくうちで預かることになったと学校側には伝えた。

 教師や職員の皆さんが、盛りに盛った僕の話を信用してくれる優しい人達で良かった。自然にペラペラと嘘が吐ける自分で良かった。


 「ここが雅の席だよ」


 目を輝かせて着席する雅。僕も隣の席に座った。

 始業の時間が近いので教室には他の生徒もたくさんいるが、雅と僕をちらちらと見る者ばかりで話しかけられることはなかった。

 無愛想で友達も少ない僕にとってはいつも通りだが、雅には誰かしら声をかけるだろうと予想していたのに意外だ。転校生や転入生は面倒なほど人に話しかけられるものだと思っていた。みんなへの自己紹介も済んでいないので話しかけづらいのだろうか。

 そう考えていた時、話しかけてくるクラスメイト第一号が現れた。


 「おはよー、雪兎。今日はいつにも増して機嫌悪そうだな。小雪ちゃんが来てないって騒いでる奴らがいるけど今日休み? あと、このイケメンくんは誰?」


 去年も同じクラスだった田中だ。

去年の入学式の日、初対面なのに明るい笑顔で声を掛けてきた田中。新しい学校に浮かれて楽しそうな新入生が多い中、一人でいる無愛想な僕に同情したのか何なのか、よく話しかけてくるようになった田中。変わった奴だなという印象を抱いたのをよく覚えている。鬱陶しい時もあるが悪い人間ではないので、今は心置きなく話せる仲になっている。


 「おはよう、田中。寝不足なだけで不機嫌ではないよ。小雪は休み。そしてこっちは壱乃宮雅。僕の遠い親戚でしばらくうちで預かることになったんだ。ちなみに、体験入学生だから学校に通うのは一週間だけだと思う。……雅、こっちは田中。悪い奴じゃないから仲良くするといいよ」


 決めていた設定を淡々と話し終えて小さく溜息を吐く。

 「皆、雅と呼んでくれるだろうか」とよくわからない心配をソワソワとしていた雅に、学校に申請する名前は流雅ではなく雅で通せばいいと提案した。なので、彼の本名は雅ということになっている。

 僕が紹介を終えると、雅と田中は笑顔で握手を交わした。

 高校生同士が初対面の挨拶で握手をする。……言葉的にはおかしくないのだが、見ていると何とも言えない違和感を感じる。日本の高校生はそんなビジネスマンみたいな挨拶は滅多にしない。僕に握手を求めてきたことなどないくせに、田中も謎の皇太子パワーに影響されたのだろうか。


 「よろしく頼む、田中殿」


 雅にそう言われて少しぎょっとした様子の田中。

 田中は困惑したように僕を見るけれど、僕も驚いた。僕のことは呼び捨てにするくせに、「殿」ってなんだ。


 「……こ、こちらこそ、よろしく頼む。雅殿」


 田中の適応力に、僕は心から田中を尊敬した。


 始業時間になりHRが始まった。

 担任の教師が最初に口にしたのは、やはり雅の体験入学についてだった。

 雅は担任に呼ばれて皆の前に立つと簡単な自己紹介を済ませた。


 「壱乃宮雅です。よろしくお願いします」


 僕が教えた通りに発言してくれて良かった。特におかしな点はなかったと思うが、クラスメイト達に落ち着きがない気がする。突然新しい生徒が加わるという状況ではきっと自然なことなのだろうと結論付けておく。


 いくつかの授業を終え、あっという間に昼休みになった。

 休み時間の度に雅に人が寄ってくるのではと身構えたが、一度もそんなことは起こらなかった。無愛想な僕がずっと側にいるせいかも知れないが、雅から目を離して面倒が起きるのは避けたい。


 「雪兎、雅殿。一緒に昼飯食べようぜー」


 田中が寄ってきた。僕が口を開く前に残念そうな顔で雅が答えた。


 「すまない、田中殿。昼休憩の間は図書室で調べ物をしたいのだ」

 「雅殿は食べないつもり? 大丈夫なのか?」

 「こうたい……」

 「わああああ!」


 唐突に奇声を上げた僕に二人の視線が向けられる。田中は戸惑っているが、雅は少し考えて納得した顔をしている。


 「……雪兎、大丈夫か? 疲れてる?」

 

 はたから見て僕の奇行はとても不気味だと思う。しかし、雅の「皇太子だからな」という台詞を阻止できた僕に後悔はない。僕が思うに、雅はこの台詞の使いどころがおかしい。

 大丈夫だと頷く僕を心配そうに見ていた田中だが、すぐに頭を切り替えたようで笑顔に戻る。やはり田中の適応力は素晴らしい。


 「そうだ! 図書室で食べればいいじゃん! 雪兎が翠ちゃんに頼めば奥の部屋で食べさせてくれるって」


 奥の部屋というのは図書室の中にある司書室のことだ。普通、生徒は立ち入り禁止だし、僕がお願いしたところでどうにもならないと思う。しかし田中は根拠のない自信を持って押してくる。

 結局は田中の提案に乗り、三人で購買に寄ってから図書室へ行くことにした。

 いつもなら僕は妹のお手製弁当をいただくところだが、今日はもちろんそれがない。寂しさを感じながら購買でおにぎりを選ぶ。雅は全てが物珍しいようで、しばらく悩んでからおにぎりとパンを一つずつ選んだ。田中は「おにぎりとパンを合わせるとは斬新だな」という感想を口にして雅と同様にどちらも買っていた。


 図書室に入って貸出カウンターの前に立つ。カウンター内で椅子に座り本を読んでいた女性が、こちらに気付いて顔を上げた。僕を見て艶やかな笑顔を見せた後、興味深そうに雅と田中を見た。


 「こんにちは、翠さん」

 「雪兎くんが自分から会いに来てくれるなんて嬉しいわ。何の御用かしら?」


 司書の翠さんが柔らかな笑みを浮かべて首を傾げると、ゆるく巻かれた長髪が揺れた。

 翠さんはいつ見ても女性の魅力に溢れている。お嬢様然とした上品な雰囲気を醸し出す美人だ。勿論男子生徒には人気だが、その人柄で女子からの支持も高い。


 翠さんの質問に答えたのは僕ではなく田中だ。


 「翠ちゃん、昼休みの間奥の部屋使わせてもらえない? 雅殿が昼飯も食べずに図書室で調べ物するなんて言うから、食べ物持参して来ちゃった」

 「わたしも雪兎君との食事に参加していいのであれば喜んで許可します」


 あっさり許可が出たことに驚いた。

カウンター奥にある司書室は司書の執務室であり、貴重な資料等を閉まっているという資料室へ繋がっている。生徒立ち入り禁止のスペースなのに、簡単に許可を出していいものなのか。


 「な? 雪兎がお願いすれば大丈夫だって言っただろ?」


 田中がそう囁いてきたが、お願いしたのは僕ではなく田中だ。


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