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2.異世界の事情聴取


 「あい分かった。一から十まで全て話してやろうではないか」


 そんな言葉で始まった事情聴取。

 ちなみに、「私を(みやび)と呼ぶことを許可しよう」と男にしつこく言われたので、僕は諦めて男を雅と呼ぶことにした。男は壱之宮流雅(いちのみやりゅうが)と名乗ったが、親しい者には雅と呼ばれているらしい。雅は早々に僕を「雪兎」と呼ぶようになったが、僕は名前で呼んでいいなんて許可は出していない。


 話が真実かどうかはさておき、雅が語った内容は思いの外ファンタジーだった。


 雅こと壱乃宮流雅は、異世界にある「日本」という国の皇太子らしい。

雅は皇位継承一位とのことなので、次代の天皇陛下だ。この説明を受けた際に「私に対して畏まらないでくれ」とお願いされたが、はなから畏まる気は毛頭ない。


 雅は「平安一九九九年」の「日本」から来たのだと言った。

異世界の日本がどんな歴史を刻んできたのか気になる驚きの年号だが、長い歴史の説明は当然省かれた。

「日本」は現在、皇宮を中心に国内が荒れているらしい。

病気により崩御が近いと噂される天皇陛下、それに伴う宮中の勢力争い、私利私欲で動く貴族達と、搾取され不満を募らせる平民。


そして、約一年後に起こると言われている「平安二千年問題」。

とある預言者が、平安二千年に国が大きな厄災に見舞われると預言したらしい。

預言の中には、厄災の後に新たなる繁栄を迎えるという旨が記されているようで、預言が当たったとしても大丈夫そうじゃないかと他人事ながら思ってしまう。


「その預言者の預言は外れたことがないと言われており、多くの者に神聖視されている。後に繁栄するとしても、その前には必ず厄災が起こると国中が不安を抱き、一度世界が滅ぶだの、少数の限られた者しか生き残れないだのと、どんどんと噂が大きくなるのだ。どうせ死ぬのならと、好き勝手に振る舞い始めた貴族までいて、なかなか手に負えぬ」


 ……二千年問題は次元を超えるのだろうか。

 こちらの日本でもノストラダムスの大予言やミレニアム問題という言葉が、当時頻繁に飛び交っていたと聞く。世界が滅びるから勉強しない、と宣言する学生が少なからずいたようだ。微笑ましい脳をしているなと思う。

平安二千年問題も僕にとっては笑い話のようなものだと感じたが、妹が厄災に見舞われる可能性に思い至って青褪めた。約一年後に起こるそうなので、なんとしても一年以内に妹を迎えに行かなければと決心した。



話を戻そう。


国中が荒れている状況に便乗し、次期天皇の雅を邪魔に思う敵対勢力の手によって転移させられた、というのが雅の予想だった。

転移の法術は皇宮の中でも限られた者しか知ることができず、世界を超えるほどの転移ともなれば多大な神力(いわゆる魔力のようなもの)を必要とする。神力の多さは身分に比例するため、どう考えても皇宮の者、それも上位の者が転移に絡んでいると雅は言った。


「当然、今回の転移は少数の者で極秘裏に実行したはずだが、転移は神力があれば簡単にできる法術というわけでもなく、様々な準備を要する。以前から周到な計画を立て、時期を見計らっていたのだろうな。皇太子である私が消えたとしても、今の宮中に十分な調査ができる余裕はない。後は転移を企てた者共が用意した筋書き通りに進むであろう」


だから一刻も早く帰らねば、とでも言うかと思えば、次に雅の口から出たのは小雪の名前だった。僕は今までより真剣に耳を傾ける。


「小雪は我が国に転移したはずだと話したが……おそらく、術者はヒミコを欲したのではないかと思う」


姫巫女と書いてヒミコと読むらしい。ヒミコは先の預言に登場する少女だそうだ。


『荒れ狂う厄災の中、異界の少女、姫巫女が降臨する。美しき姫巫女、人智を超えた力を以て厄災を鎮め、安寧を成す』


預言にはそんな文言があるそうだ。

転移の術者は邪魔者である雅を消すついでに、ヒミコを手に入れようとしたのではないか、と雅は推測した。雅と異界の少女を入れ替わりで転移させる、という術の設定は難しいが不可能ではないらしい。


 「外れたことがない預言なんだから放っておいてもヒミコは降臨するんだよね? なんでわざわざ攫うの? なんでよりによって小雪なの?」


 雅は急に顔色を悪くした。

 


 「……ひとまず、前半の質問に答えよう。一応言っておくがこれも推測の域を出ないぞ」


 以下、雅の推測。

 異界の少女を攫う理由として考えられるのは二つ。

 万が一ヒミコが現れなかった場合、現れても国を守ってくれなかった場合、国中が絶望に陥るのでその保険として。

 そして、ヒミコという救世主を手駒にして権力の拡大を狙うため。

 預言の災厄が起きるまでは攫ったヒミコの存在を隠し、来る日までに従順な手駒になるよう教育することでどちらの目的も達成できる、と考えたのではないか。雅はそう言った。


 「……仮にそれが術者の思惑だとしたら、呆れるほど穴だらけで馬鹿らしい計画だね。仮にそれが上手くいくとして、本物のヒミコが現れたらどうするの?」

 「単にヒミコは二人いたということにするかも知れぬ。預言に人数の記載はないのでな。だが、本物のヒミコが都合の悪い人物だった場合は幽閉でもされるのではないか。本物が現れるのは預言通りであれば約一年後。多少の時間をかけて懐柔や教育をできる分、本物より先に転移した小雪は少々の問題があっても大事に扱われる可能性が高い。転移の法術は必要な準備に五年はかかる。それ故に、何かあれば小雪を早々に処分して他のヒミコを転移させようなどとは考えるはずもない。万が一の保険でもある小雪には容易に手は出せぬだろう」


 よほどのことがない限り妹の命が脅かされることはなさそうだ。少なくとも一年程度は。


 「気になるんだけど、ヒミコって誰でもいいの? 小雪は賢いし運動もできるし絶世の可愛さを持つ特別な人間だけど、さすがの小雪も一国を救えるような特殊能力は持ってないと思うよ?」


 雅が残念なものを見る目を向けてきた気がするが僕は屈しない。


 「……まぁ、誰でも良いと言えないこともない。過去に現れた異界の者は皆不思議な知識や技術、力を有していた。異界の者を利用して貴族に成り上がった一族もいる。異界の者は多大な金や権力をもたらすのだ。……小雪が本当に賢く、高い身体能力があるのであれば、ヒミコとして上手く立ち回るかも知れぬな」


 なんと、あちらの世界には度々こちらの日本人がお邪魔していたらしい。度々といっても数十年~数百年単位のようだが。全ての異界の者の記録は史実として残されている、と雅は言った。

 『偶発的に生まれた時空の歪みに迷い込んだ者が異界から現れる』という伝承だったが、今回のように強制的な転移による者もいたのかも知れない、と雅は少し沈んでいた。それは雅の責任ではないだろうと思ったが、自分も同じ立場だったら申し訳なく思うかも知れない。うちの世界の者がご迷惑をお掛けしました。それくらいの感情は抱く気がした。

 

 「……で、なんでよりによって小雪なのか聞いた時、雅が狼狽えた理由は?」

 「う、狼狽えてなど……」


 どう見ても動揺している雅。多少時間はかかったが何とか話し出してくれた。


 「異界に転移させられることに気付いた際、私の力では転移の法術を打ち消すことはできなかった。しかし、私の法術で可能な限りの干渉に成功した」

 「それはさっき聞いた」

 「……どうせなら異界を楽しみたかったので、楽しく安全で帰還できる可能性が高い場所、に転移するよう干渉した」

 「それで?」

 「理由は分からぬが、その干渉式が導き出した答えが『雪兎のいる場所』だったようだ」

 「つまり?」

 「……私が干渉しなければ、おそらく私は違う場所に転移していた。そこにはもちろん小雪ではなく違う少女がいたはずだ。小雪が転移させられ、雪兎が巻き込まれたのは、私のせいだろうと思う」

 「最初から雅に警戒心がないように見えたのはその干渉が理由? ここが安全な場所だと分かっていたから?」

 「うむ」


 大きな溜息が漏れた。僕が怒っていると捉えたのか、雅が恐る恐るこちらを伺ってくる。


 「……今までの雅の口振りを考えると、その干渉式とやらは小雪も対象になってるんだよね?」

 「同じ方陣を使って転移したのならその可能性が高い。それ故に小雪も安全な場所にいるであろうと伝えたのだ」


雅が現れた時のどこか楽しげな余裕のある態度も、初めから小雪に危険がないと言っていた理由も、理解できてすっきりした。

 小雪は『楽しく安全で帰還できる可能性が高い場所』にいる。もし小雪に干渉式が働いていないとしても、異界の人間は貴重で大事な存在らしいので大きな危険が及ぶことはないだろう。


 「……一応伝えておくけど、雅には怒ってないよ」

 「本当か? 雪兎は優しいのだな」


 僕の言葉に雅が微笑んだ。

 パラレル日本の人間はなんて馬鹿ではた迷惑なんだろうという怒りはあるが、雅に怒っているわけではないのは事実だ。


 本来なら妹じゃない他の女の子が攫われていたはずだと知った今、「どうして小雪を!」と純粋に怒れなくなってしまった。他の子じゃなくて良かったのかも知れない。

 だって妹には僕がいるから。僕は必ず妹を迎えに行く。

 それに、妹は賢い。妹なら、自分の利と安全を考慮して動けるはずだ。誰かにただ利用されるような真似もきっとしないだろう。

 ……だから、小雪で良かったんだ。

僕は何度も自分に言い聞かせた。


妹を攫った挙句に利用しようとする連中は何があっても絶対に許さないけどね。




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