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第8話 「Trend トレンド」

「……ウソでしょ?」


 盛り上がっているスレッドを表示させると、そこでは私の歌について議論がなされていた。私の歌って言っちゃうと、少し自意識過剰かな? でも孤独だった私のことを、はじめて彼が見つけてくれた頃の、壊れかけた私の唄には違いないから……いいよね?


 要するに、私の愚痴が歌詞に使われた『あの作品』が話題になっていたんだ。


「おぅふっ……こわぁ~。というかファンすごッ! いやぁ私もファンだし……大ファンだしっ⁈ でも聴いただけで分かるかなぁ……ふつう気がつかないでしょ……雰囲気かわったかな? 程度で……」


『きづかんかったやつおる?』


「ッぁうし! わかっし! 私だってそれぐらい分かりますぅ? 別の曲なら私がスレ立てましたぁー? 調子乗んなハゲェ! 何年歌みたヲタしてっと思ってんだオラァ! てやんでェエッ!」


 あァッもう! まじこの『奴おる系』煽り文句まじで腹立つなァ!

 私は無性にイライラしてきて、反論をコメントしてやろうかとも思ったが、ウズウズしているうちにも無数のコメントでスレッドが加速していき、ひよってやめた。


『ゴーストライターとかショックなんですけどw』

『それなーわかるわー』


『スキだけどなんかちがうと思ってたw』

『そだなーわかるわー』


『まえのほうがよかったww』

『だよなーわかるわー』


『聴いてて悲しい気分なったしw』

『そうなーわかるわー』


『だれが書いてるのw』

『ですなーしらんわー』


『つwらwいwんwでwすwがwww』


 この世界は残酷だ……独りでいれば寂しくて、繋がれば否定される。本人たちに悪気が無くとも、そこで呟かれる感想は率直すぎて、私にはアンチにしか見えなくって、見ているのが辛くて仕方がなくなった。


 否定的な言葉が持つ力は絶大だ。称賛の言葉は心を潤すけれども、否定の言葉は心を濁らせる……それも熱いタールのようにベッタりとへばりついて……何度も何週も何回も何年も、そのことが頭から離れなくなってしまんだ。


「――ん――ぃ。――んな――」


 無意識に、申し訳ない気持ちが込み上げてくる。私の中に根付いたネガティブな感情は、一瞬で脳内に広がり、思考はまっ黒く染まっていった。孤独で、ちっぽけで、誰からも見向きもされない底辺の私が、彼の曲を台無しにしてしまった……。


「ごめんなさぃ。ごめんなさぃ」

 ぜんぶ私がいけないんだ。言葉にしなきゃよかった。ハッシュタグなんて付けなきゃよかった。SNSなんてやらなきゃよかった。彼に出会わなければよかった。


 だれかに、みつけてほしいなんて、願わなければよかったんだ……。こんなことになるぐらいなら……ずっとひとりのままで……いい……


『私もう、ゴーストライターやめますね』

『迷惑かけて本当にすみませんでした』

『さようなら』

 <――02:01


 部屋の電気は点いているというのに、私にはとても暗く思えて仕方がなかった。私は彼にメッセージを送ると、すぐにスマホの電源を切った。そして逃げるようにしてベッドに潜り込んで、それからしばらく泣いた。



 世の中が出会いの春から少し経ち、五月病にかかりやすい時期。アルバムの発売日が決まって予約開始の告知PVがネットに拡散し始めた頃。アンチコメントに完全敗北してから私は彼と連絡をとるのをやめた。というよりも見るのが怖くて、捨てられた犬みたく怯えてしまって、アプリを開けないでいる。


 それでもネット依存はやめれなくって、それでまた嫌でもアルバムのことを目にしてしまって。その度に悶えて、心の傷口が開いてしまうんだ。でも……

「それでもアルバムでるんだな……私の書いた歌詞どうなったんだろ……私の言葉……無駄になっちゃったんだよね……きっと……」


 あれで良かったんだ。私は害悪認定されたんだから、ゴーストライターを辞めてよかったんだと自身に言い聞かせる。それでも心は、寂しいなと胸を内側からジンジンと刺激してくる。この寂しさはペットロスならぬ詩ロスってとこだろうか?

 元々は誰かに見つけてほしくって、始めたSNSのつぶやき投稿だったけれど、それがいつの間にか、ゴーストライターをはじめて、誰かに認めてほしくって、褒められたくって言葉を書くようになっていたのかもしれないな。


「動機が不純だから、天の神さまは私に、罰を与えたんだ……はははっ」

 でもね、私は孤独で否定的で陰気でネガティブな性格、そのうえ嘘つきだけれども、詩を……言葉を誰かに聞いてもらえた時は、天にも昇る気分で、素直に嬉しかった……あの感情は本心で本物だったとおもうんだ。

「ゴーストがなにを言っても、偽物……か」


 その日、どうしてもアルバムのことが気になった私は、彼の生放送にこっそり忍び込んで様子を伺うことにした。そこでは質問コーナーが開かれていて、フォント交流する彼の姿があった。私には彼の表情が少し曇って見えた。入場早々コメントが荒れていた。


『はーい次の質問ね! 安価いくよー』

『質問:ゴーストライターって誰』

『またそれかー、まえにも説明したけどさー、もうさ、どうでもいいでしょ秘密~』


 予想はしてたことだけれども、私の存在は未だに彼の邪魔になっていて、彼にとって私の存在なんて過去の話なんだよね。引きずっているのは私と一部のリスナーだけで、その一部は面白がって茶化している人たちだった。いまさら彼に何か言えるわけもなく、私は立見席から静観し続ける。


『質問:アルバムもゴーストライターが書いたんですか』

『あのさぁ……だから秘密。教えてあげない』


『質問:ゴーストライターに一言』

『…………』


『質問:ゴーストライターってどんな人』

『……………………』


 しつこい質問をうけて彼は、ついに黙り込んでしまった。それを見た私は、申し訳なくなって、見ていられなくって、目を背けて、動画を消そうブラウザバックに目を向けた。


『……待ってくれ……言うから。言葉にするから……もう少し、聞いていてほしい』


 それはまるで私に向けて言った言葉に聞こえた。少なくとも私にはそう思えたんだ。


『最初は……言葉に魅かれた。僕のことを天才とか呼ぶひといるけど、全然そんな事ないんだよ……みんな凄い凄いって言うけれど、僕は本当の気持ちを言葉にできていないんだ……』


『話しをしたら……もっと魅かれた。全然歌詞なんて書いたことなかったのに頑張って……お茶目でポンコツでそのくせマジメなんだ……』


 突然語り出した彼を冷やかすように、生放送のコメントは加速して、弾幕が画面を埋め尽くしている。

 照れくさそうにする彼は、時折こちらをみては、目線をはずしては、また様子を伺うように目線を戻す。


『気が付いたら……全部好きになっていた。僕には掛け替えのない……繋がりを失いたくないって思える……手放したくない、僕にとって……僕だけの。彼女はこの世界に唯一の存在だよ』


 心臓が高鳴る。はじめて彼からメッセージをもらった時のような、鳥肌が立って身震いする感覚。でも、少し違って、緊張しつつもシーンと無音のまま。私は、次の言葉を待つ。



『だから……もう一度、うたってほしい。今度は、キミの言葉で、僕だけのために』



 それだけ言うと彼は何事もなかったかのように落ち着いて、淡々と次の話題に移っていった。さっきまでの弾幕は一瞬にして流れ去り、うそみたく静かになった。私は、彼の真っ直ぐな嘘偽りのないソノ言葉を聞いた瞬間、ぎゅうっと胸を締め付けられる感覚と共に、にわかには信じられない大きさの幸せを感じた。

 ただただ、ぽっかりひらいた口を両手で押さえ、無言のままで、ぼろぼろと大粒の涙が赤く染まった頬を伝っていく。


「……よかったぁ……無駄じゃ、なかったんだ……私の言葉は……響いたんだ……ね……」


 本当は気がついていた。本心では、はじめてメッセージをもらったアノ瞬間……この広い世界で私自身を見つけてくれた時から……感じていた。もう否定したくないんだ。嘘はつきたくないんだ。今なら素直になれる。私の言葉に、私の詩に、私自身にッ!

 私は、みんなにみてほしい、きいてほしい、こたえてほしい……一人じゃできないことも、みんなでなら!


 沢山の流れる生放送にコメントを打ち込んだ。案の定、私の言葉は沢山のコメントに埋もれて、一瞬で画面外に流されていった。彼の目には留まらないかもしれない。


 でも、それでも、ファンとして、ゴーストライターとして、本当の気持ちを言葉になきゃいけないと思ったから。ヘタクソでも苦手でも、言葉にすることが大事だと分かったから……。



「おかえり」

 たしかに彼は、私のことを見つめて、そう一言だけ呟いてくれた。



 平日お昼の十二時過ぎ。過ごしやすかった時期が終わり、季節風が冷たく肌を乾燥させるようになってきた。生放送からしばらくして、アルバムが世に出回り、私はゴーストライターではなく、作詞家としてデビューを果たしたした。

「はぁ……どうしよう……」


『歌詞まーだー?』

『はよ』

 >――12:11


『こ、今週中には……』

『残業がですね……』

『土曜日にやりますんで……』

 <――12:13


『ライブでむりそのひ』

『明日までねー笑』

 >――12:13


『そうでした……アウアウ』

 <――12:14


 こ洒落た喫茶で、女子力高めローファットデカフェのインスタ映えするモカを前に、お一人様席でお昼休憩を持て余している。デビューしてからというもの、私の悩みは少しだけ多くなった。

 私は相変わらずエリート社畜のままだ。それでもほんの少しだけ、前よりも自分が好きになったかな。


「ネネェ聴いたぁ~? めっちゃいいくない?」

「その曲知ってるぅ」

「聴いてて泣きそうなったワ~」

「ウケルゥ」


 後ろの席から若い子たちの会話が聞こえてきた。

 どこの世界も甘くはない。彼に尻を叩かれる日々……寝不足な毎日。正直きつい。


 でもこの生活を辞めるつもりはない。


 大人びたコーヒーの香りの中に仄かに甘いキャラメルの匂い。テラスのガラスに映るモカに口付ける私の口元は、どこかほくそ笑んでいるかのようにもみえそうな。そんな。


 ……そんな日常。


…………。

……。

あとがき▶▶

この後は、【+α】として『彼』目線での、続きだよ。

男性目線やらスピンオフが苦手、イメージを壊したくない方はご注意ください。


それでももう少し、最後まで付き合ってほしいんだ。

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