第7話 「TL タイムライン」
見覚えのあるURL。参考として渡されたのは『あの作品』だった。
「ふうノータッチセフセフ……これかぁ、これなぁ、この曲なぁ。ふァァー顔あっつい」
我ながらお恥ずかしいメンタルメルトダウンを経験してから、少し経ったいま、多少は落ち着いて、自身が参加した作品に向き合えるようになってきた、今日この頃。
あの時は、たくさんのコメントに世界との繋がりを感じて、私の言葉がみんなに響いたんだと、熱に浮かされたような気分になったのをよく覚えている。
「覚えているが忘れ去りたいっ! いやさー若かったよね私もっ!」
今考えれば、あれは全部、歌い手さんや彼に向けられた喝采じゃないか……勘違いも甚だしい。
「ぬか喜びやでぇ。だってよ私の存在は、彼しか知らないじゃんっ」
おっと……おっとっと?
「あっれ、いや待てよ今の私って、彼だけの秘密の女性⁉ うへへぇそう考えると、ゴーストライターもなんか嫌な気しないぞっ! フフフッ! どゅふうェ~」
私はチョロイ。いぇす、あいあむ。もうそういうキャラでいいわ。むしろちょっぴり若返った気がして、嫌いじゃないわ乙女モード。笑
ともあれ、何度メロディを聞いても、幾ら考えても言葉に詰まるのは変わりない。
彼曰く、第一印象をそのまま言葉にすればいいらしいが……そう簡単にはいかないもので、私にとって彼の作る曲は、どれもこれも素敵に感じて乾いた心が満たされる、オアシス的なイメージに収束してしまうのだ。だからといって『素敵』やら『好き』やら『感動』なんて単語を羅列しても意味がない。それは流れるコメントと同じで、今までと同じ。それでは私の言葉は誰の心にも響かないままで
……そのままじゃ私は変われないと思うから。
そんなこんなで、なんの進展もないまま日曜日は終わり、新しい一週間が始まる。これじゃゴーストライター失格だ。
いつもと変わらない。なにも特別ではない、コピペでもしたかのような同じ日常。
朝起きて、電車に乗って、同僚に愛想笑いを振り前いて、何の意味があるのかもわからない数字をパソコンに入力して。
お昼になれば、低カロリーローファットのレディースランチを頬張る。見飽きた顔。見飽きた景色。繰り返し、ただただ過ぎていくだけの毎日。
「――さん、これ――や――くれ――ぅ?」
「えっ? あっはい。申し訳ありません。もう一度よろしいでしょうか」
「コレコレぇ~入力しといてくれるぅ? 今期の売上さ~今日中でぇ~」
合い変わらずの鼻につく下卑た声。ねちっこく語尾を伸ばして、それで媚びているつもりなんだろうか? 歳も離れすぎているし、顔も好みじゃない。そんな上司がおねがぁ~いなんて言ってさ、むしろ逆効果ですよ。
私は、心の中で小さく、はぁ……っとため息をついた。
そう。飽くまでも心の中でね。心優しい聖母マリア様みたいな私は、こんな上司相手にも笑顔で接するのです。
仕事中の私と、本来の私は別物で、職場では仕事のできるエリート社畜でいるのが賢明な判断……心を塞いで本音を隠す。……それが私なんだ。
でも、歌詞全然だし、本当は定時に帰りたい。ってのが素直な気持ちだ。いままでずっと頑張ってきたんだ、たまにはいいと思うしっ! だから丁重にお断りしよう。
「あぁあ、あのっ私、今日はちょっと……そのあの……」
ハッキリ言えよバカ私っ。
「や……あっの……こ、この後ですね、その……よ、予定が……ありまして……」
「えぇー? そこをなんとか頼むよぉ~ほらそんな多くないしさぁ~? ね? いけるいけるぅ~」
ほーら言わんこっちゃない。またこのパターン。押しの弱い自分が本当に嫌になる。素直な気持ちを言葉にできない弱い自分が、好きじゃない。何もかもが、大嫌いだ。
「んじゃ! よっろしくぅ~」
「(……はぁ)」
私は周りの目を確認してから、こっそりとスマホを、ブランド物のバッグから取り出して、膝の上にそっと置く。
アプリをタップして、デスクの下に隠しながら徐にメッセージを入力していく。私は、うなだれた雰囲気の顔文字とセットで、愚痴を溢した。イヌが、皿の前でエサを待つ心境で、返信がくるのを今か今かと待ちわびる。
「(あっ……きた!)」
もしもわたしが、元彼の飼っていた犬なら、尻尾をぶんぶんと振り回して、歓喜に満ちた鳴き声を上げていただろう。
飼い主よりも三度の飯に目がなかった、ヌけたバカ犬。私には懐かなかったが、それでも好きだった。
『どしたー大丈夫かー』
>――18:23
ああぁ。他人に心配されるというのは、どうして、これほどに幸せに感じてしまうのだろうか。
『ブラックもう辞めたい……転職しようかな?』
<――18:23
私はもっと構ってほしくって、彼との繋がりを保ちたくって、辞めるだなんて出来もしないことを文字にしてみたりして、少しでも彼の気を引こうとする。
そんな私の下心に、彼は気がついたのか、振動したスマホの画面には
『ダメ』
>――18:26
と一言メッセージが送られてきた。
文脈的には突き放す言葉なのだけれども、私にはとてもお茶目に思えて……とても彼らしい言葉だなと思えた。彼から一つ返信が来るたび、ドン曇りだった私の心が、明るく晴天に向かっていくのがわかる。
「……私は歪んでしまっている。病人みたく衰弱して、他人に依存して、自身に依存して、単純で否定的で……あっ」
それは、本当に些細なことだった。キーボードを叩く音、受話器越しに行われる上辺だけの取り繕った会話、書類を留めるホッチキスの無機質な音、高そうな割にサイズが合っていないスーツ姿の上司の立ち振る舞い。私の日常……私の生活……私の人生……。突然、全部が言葉になって、頭の中に浮かんできたんだ。
そこからは、悩んでいたことが嘘みたくスラスラいけた。妬みと憧れの詩、ひと肌恋しい叫びの詩、直向きに諦めない詩、幼いころの夢の詩。努力が報われる詩。
このターニングポイントの表題は『インスピレーションは社畜な毎日』とでもしておこうかな。私は時間を忘れてドンドン詩を書いた。フィーリングだよホントこれ。一度掴んでしまえばあとは勢いに乗れて、彼のアドバイスは的を得ていたんだなぁと、今になって分かる。
まさに『イメージを言葉』にしただけ。他に説明のしようがない。とまぁそんな感じで、私は、アルバムのための、六曲分の詩を一気に書き上げることができた。おかげで納期には間に合いそうで一安心万事おっけ……
「じゃっないッ! 売上! 今日中! ってもう十時⁉ 誰か! ヘル……ぷ、残ってるの私だけ⁉」
その日は私は終電を逃し、家に帰ったのは次の終電だった……。
「お仕事サボってまじす゛びませんでしたぁ゛……」
後悔はしていないけどねッ! いい歌詞書けたからッ!
季節風が暖かくなり、厚手のコートのおもさで肩が凝るのを、それほど気にしなくなってきた季節の変わり目。私の書いた詩は、歌い手の元に送られ『歌』となって戻ってきていた。
曲は、歌い手さんに合わせてキーを変更されて、それに合わせて、歌い手さんも多少アレンジを加え。私の知らない所で随分と成長していた。イントロ聴いた時点で、違う曲なんじゃないかと思ってしまうほど、新鮮な印象を受けたのを、今でもよく覚えている。
でも、いざ歌がはじまるとすぐに、あぁ……私の知ってる曲だ。と親近感と感動に身を包まれたんだ。その瞬間、歌詞を書いてよかったと、涙さえしたよね。
『これまだサンプルだからもーちょっとかわるかも』
『キミてきにおっけーかな』
>――22:45
『全っ然だいじょうぶ!』
『すでに良曲の予感! CD買います私っ笑』
<――22:47
『あげるよw』
『これキミのアルバムでもあるんだよーわすれんなー』
>――22:50
私の詩は、彼の曲に合わせ美しい歌にしてもらうと、命が吹き込まれ、まるで一つの生き物みたいに動き出した。その良曲に私が関わっていんだなぁと思うと、なんだか考え深いものがある。
うん嘘。深く考えなくても嬉しいもん。
『そーいや歌い手もキミの歌詞ほめてたよ』
『やったじゃん』
>――22:58
『やったぜ』
<――23:00
「まっ、私ゴーストだけどな!」
お世辞だと分かっていても、褒められるのは悪い気はしない。歌みたヲタですし私おすし。
「ああぁ~でも、私のアルバムかぁ~夢でもみてるみたいだ……夢なら覚めないでっ」
それからしばらくして。私は全世界で彼一人しか見ていないであろう、自分のSNSにつぶやきを投稿を済ませてから、深夜のタイムラインパトロールをしていた。
「おっ! 今夜も盛り上がってんなぁっ! ッかぁーやっぱ有名歌い手とコラボした歌だもんな! 気になるもんなぁ私も早く聴きたいっす……あぁっ。ゴっメンねぇ~みんな私もう聴いてたわーっ! というか私歌詞書いたわーっ笑」
世の男性諸君、女の子はねぇゴシップが大好物なんですよぉ? 騙されたと思ってセレブの載った週刊誌を好きな子にプレゼントしてみぃ? 一発だからッ! 報告お待ちしております。っぷくすくす……さーて。
このスマホとビールを巧みに持ち替えてモニター前でふんぞり返っているこのアラサーヲタは私ではないと信じたい……。どうみてもワイや。クズいな。
「そんでなんてー? 今夜の議題は……ぇ」
『【速報】新曲の作詞別人説 \(^p^)/』
『ゴーストライターってマジ?』
…………。
……。
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