第6話 「(^o^)/ 顔文字」
受信ボックスに未読のメッセージがまた一つ増えた。
悩みの種がギュウギュウに詰め込まれた私の頭は今にも爆発しそう……心が苦しくて、頭痛がする……。もう……
「…………動画、観よぉ」
私はパンクしかけた思考を停止させて考える事を放棄した。いつだってそうしてきたし、きっとこれからもそうする、いまもそうしよう。
ブラウザのお気に入りから新着動画のページを開く。すると、今日もたくさんの、NEWの文字が私を迎えてくれた。
「゛ああぁ~……ただいまぁ~……今日も帰ってきたょぉ~……」
この時点で、私の脳味噌はすでにポンコツになってしまっていて、完全に判断力を失っていたんだ。
「はい好き。……って、あっ……これ……ッ⁉」
地雷を踏んだ。運命を避けることはできないとは、この事だろうか。いや……現実からは逃げられないかな? この場合さ。
そう、それは本能的に「あっ好き」と求めてしまう、彼の新作動画……私の関わった『あの作品』だった。
綺麗なイラストにお洒落なPV。完成した楽曲が聞こえてくる。全体に散りばめられた、私の言葉が、彼のメロディに手を引かれて、一つの物語を奏でている。そこには確かに私が存在していた。図々しい話だが、この曲は私のことを詠っているとそう感じた。
――これは私の歌だと。
「…………っ……」
サビに入ると、画面いっぱいにコメントが溢れかえった。私だって、一つの動画に最低三回はコメントするけれども、もらう側はこんなにも嬉しくて、鳥肌が立つんだね。知らなかったよ……。
会社の上司にハイとしか返せない私だけれども……自己否定に依存する私でも……こうして、誰かに想いを伝えることができるなんて、なんて素敵なんだろう。
別にさ、称賛されたいとか、自慢したい訳でもないんだ……だた、こんな私の言葉でも、誰かの心に響かせることができた。その事実が……それが純粋に嬉しかった……。
溜め込んでいたものがパンクする。今までずっと我慢してきた全部があふれた。頬を伝って、手の甲を濡らしていく。そして、自然と口から言葉が、こぼれていく……
「ずず……っ、ひぃッく……ぐずッ。いやだよぉ……せかいは……つめたいから、つらいから、さみしいから……もう……ひとりになりたくないんだ……ッ」
「もう、いい……よね……っ? これいじょう……むり、なんだ……ぐずッ、すなおになっても。いいかなぁ? いい、よねっ? ……ずず……ッ」
私は、どっかのマンガみたく、だらしなく鼻水をたらしながら、感情のままに大声でワーワー泣いた。広い世界に、私の言葉を響かせる、彼が奏でる音楽を、強く抱きしめながら。
長い一週間が終わり、泣き腫らした目元はすっかり治まった。しかし代わりに目元にはクマが薄く浮いている。ここ最近は睡眠不足が続いているんだ。
私は日曜日だというのに、朝早くからモニターに向かっていた。普段ならまだ寝ている時間帯にもかかわらず、創作活動に勤しんでいます。なう。
ああ、そうそう。迷っていたメッセージの返信の件。事後報告になっちゃうんだけども、あの夜、鼻水啜った後すぐ「是非アルバムづくりに参加させてほしいって」素直な気持ちを彼に伝えたよ。彼もそのことを喜んでくれたし、私もあの時は気分よかったからかな? ずっと悩んでたことが嘘みたく、ことが進んだんだ……。あぁでも、進展したにはしたんだけども……。
「わ、私は本当に歌詞を書くことはできるのだろうか……ムリポ」
てな感じですわ。
そんなこんなで、実際に歌詞を考えるにあたって、改めて私は、孤独で否定的で陰気でネガティブ、その上、支離滅裂で不安定な存在だったと自覚した。なんせ、SNSのに残るツブヤキーズは、どれもこれもが『怠いしだりぃし』『寂しいやら虚しい』そんな愚痴ばかりで、作詞の参考になるどころか、死にたくなるようなつぶやきばかりだったから。
「オワってんなァ大丈夫か私っ⁉」
こんな、無意味とイコールみたいな単語の羅列を見て、インスピレーションを得たという彼はホント天才。というか凄まじいクリエイター様だなぁと改めて尊敬しちゃう。
そんな彼にお願いされた歌詞制作だから、絶対いいものにしたいし、ワンチャンあるかもしれないし、でもそれがまたプレッシャーになったりしたりしなかったり……
「ってそうじゃなくて何をサボって考えてんだッ! 今は歌詞を考えないとォオおぅうふぉっ……どーしよぉ全っ然ッ! おもいつかないょ~」
私も社畜歴が長いので、こういう時のマニュアルは心得ている。困ったときのホウレンソウ。進捗なくてもホウレンソ。
そう私にできるのは……言葉にすることだけなんだ。報告ッ! 連絡ッ! 相談ッ!
『お疲れ様です』
『作詞の件で、少しご相談したいことがあるのですが、お時間よろしいでしょうか』
『お引き受けしておきながら、お恥ずかしい話ですが』
『こういったことは初めてなもので、少しアドバイス頂けたらと思いまして……』
<――09:28
「ちょっと……堅い、かな?」
社畜引きずって、メッセージが業務的な文章になってしまった。自分のヘタクソな自己表現に困惑して、ますます不安に……。で、でも少し上品にも見えるし? 年上の色気? お姉さんっぽさを醸し出せたかもしれないぞ⁈ とか下心も浮かび、嫌な気はしなかった。
『おつー』
『つってもアドバイスってもな』
『てかあれ、はなしたでしょ歌詞ダメなんだよー泣』
『とりま曲きいたよね? ふいんきつーか』
『さいしょのイメージ言葉にするてきな』
>――09:31
「文章かっるいなァオーイ⁉ あと、ふんいき……だよ? あれ? ふいんき? ふんいき?」
彼が歌詞を書けない理由が、ちょっとわかってしまった気がした私であった。でも、私の勘違いかもしれないから、言葉にはしない。
『すみません……もう少し具体的に教えて頂いても宜しいでしょうか?』
<――09:33
『あーうんと』
『ゴーストライターと曲つくるの』
『はじめてだからな……笑』
『キミのすきにかいていいよー』
>――09:36
『いつもどーりで思ったこと言葉にしてみ』
『あと』
『とりあえず迷ったら、てきとーに韻踏んどけばいけるいける』
『フィーリングだいじ』
>――09:38
「おうふっ。……さすがは自他ともに認める天才アーティスト……まったく参考にならにあぁこれぇ」
分からないから聞いたのに、テキトウに韻を踏んで言葉にしろって……つまりどういうこと?
「ありのままでフィーリング言ったって、ありきたりでフォーリングしちゃって……?」
つってつって、なんつって、てッ⁈
「うぉおおおおおおおぃい!! もうわかっねええッス! 韻てなんだ? 雰囲気ってナニ? フィーリングなんて言われても……ぬぉおおっ! これじゃ素人だよぉお」
あっ、……私、素人でしたわ。ワロリンヌ。
口にしてみて、恥ずかしくって、上せ上がって、ちょっぴり目が回る。
『てかタメ語でいいよ』
『いつも通りがいいよ』
>――09:39
「ファァーーッで、ですよねー。気になりますよねー? うぇっうぇっ……」
いやね、私もそうしたいなと思ってたんですよ? ほんとですよ? でもさ? メッセージごしといえど、彼みたいな神を相手に、タメ口をきくって……図々しいかなぁなんて……失礼じゃないかなぁなんて……。だ、だって
「だってよぉおおっ! 気恥ずかしいじゃねえかよぉお⁉」
と乙女こじらしたアラサーが何か言っております。ってな。
ちなみに、最初から馴れ馴れしい彼の言葉遣いについては、この際触れないでおく。会社の上司でもないし、不思議と彼にはイライラさせられないからね。
「えへえへへふひっ。だ、だよねー? 彼は私より年下なんだし、いつまでも敬語じゃ変だもんね? タメ語……タメ口……砕けた口調……よ、よしっ」
彼の許しを得た私は、使い慣れているはずのタメ語をひりだす。気恥ずかしが相まって、なかなか伝えたい言葉を文字にできなくって焦る。そもそも、会話の流れ的に、いま何をどんな風に書けばいいか、全然思いつかなかった。
「ぐのぉ……こ、こんなところにも長く社畜してきた弊害がっ」
『それじゃあタメ語で! (^o^)/』
『何か参考になりそうなものとか教えてほしいですっ!』
<――09:41
そしてこの文章である。誰だこれ笑
『このまえので参考になる?』
『キミの言葉を歌にした僕の曲で』
>――09:39
それと一緒にURLが送られてきた。
…………。
……。
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