第4話 「@ リプライ」
※3/20 19:58 更新※
私は、その返信に少し驚かされた。きっと彼は、締切から解放されて気分がいいのだろう。
彼からのメッセージは、昨日の夜よりも、ほんの少し距離感が近い言葉使いで書かれていて、まさに『肩の荷が下りた』そんな感じの雰囲気が伝わってくる、とても活き活きとしたメッセージだった。
『ひさしぶりの良曲できたった笑』
『キミのおかげだー』
>――12:19
彼は『久しぶりの』と言うけれど、私にとっては彼のつくる曲は全てが良曲で、どれもが名曲だ。多少の謙遜はあったとしても、本人が良曲と自負する新曲に、こんな私が関われたってことは素晴らしい経験だっと思う。一生忘れる事のない、感動的でとっても大切な思い出になった。
それにちょっぴり優越感にも浸れた。彼は私のおかげで良作が出来たと言ってくれたから。それで感極まって泣きそうにさえなる。
『いえいえ、こちらこそありがとうございます』
『役に立てたみたいで、本当に良かったです』
<――12:21
送信した後に、ふと一つの疑問が浮かび、私はそのことを、考えずにはいられなくなってしまう。
どうやって、彼は今まで誰の目にも留まらず気にもされなかった私の存在を、あの広い世界で見つけられたのだろうか?
なんで、フォロワー二桁のド底辺の私なんかに、連絡をくれたのだろうか?
なにが、彼に、言葉を届けてくれたんだろうか?
『あの……どうして私だったのでしょうか?』
<――12:21
不躾な質問だけど、この際だから、いいよね。こうして彼と話す機会は、今後もうないだろうから……だから……、聞いてしまった。
『動画のハッシュタグつけてくれたでしょ』
『ありがと』
『おかげでキミをみつけられた』
>――12:22
「でゅふぅぁ。あっ、アレかぁああああッッッ! よりにもよってめっちゃ恥ずかしいヤツだ……ふぉ、ふぉぬかぁぽぉ……」
ハッシュタグなんてお洒落感出す目的で付けてたのに……すごい偶然っ……
「嘘です。本当は誰かに見てほしくてやってました。下心ありありでした。で、でもさ、まさかご本人様のエゴサーチに引っかかるとは……すごくない⁈」
少なくとも私には、こんなラッキーパンチがクリーンヒットしちゃうだなんて、まったく予想出来ていなかった。嬉しいやら恥ずかしいやらで、もうよく分からなくなってくるけれども、
「とりあえずグッジョブだぞ! いつだったかの私っ」
そんな事をしてる間にも、彼からのメッセージは続く。
『ねえ? 東京住まいでしょ? いろいろさ話してみたいし』
『お礼をかねて、いっしょにご飯いこ』
>――12:24
そのメッセージが送られてきた瞬間、あまりの展開に鳥肌が立ち、全身の毛が逆立った。
こ、こここッこれは! リ、リアルデートのお誘いなのでは⁉ っしゃッ! キタコレ!
私の感情は一瞬にして高まり、大きく目を見開いて、胸いっぱいに息を吸い込む。そして、
「ょぉぉぉおおおおッッしゃぁああぁぁ、ぁっ……」
吐き出された歓喜の声は、まるでドップラー効果をかけられたかのように、情けなく語尾を落として、喜び絶頂の私を、どこかに遠くに連れて行ってしまった。
「……う、うぅっ……むりぃ……」
結論から言えば『会うことはできない』補足をすると『私なんかが』要約すれば『彼に釣り合わない』詰まる所は『自分に自信がない』ってこと。
パッチリ二重のマシュマロみたいな可愛い外見、とまで言わないが、せめて、年相応の美人さんぐらいの外見なら、まだ素直に喜べるんだけどもね。私みたいな、普通のバアさん会ったところでイベント終了待ったなし……。
それなら、いまのまま……声も顔も体重も何も相手に伝わらない、ネット上での関係のままの方がいくらかましだ。
向こうの画面には、を教える吹き出しみたいなものもが出てるはずなのに、彼はメッセージが次々と連投してくる。
「丁重におことわりを……えぇっと……とても嬉しいお誘いですが……っと」
『今週の土曜日どう?』
>――12:25
『もちろん僕が出すからさ』
>――12:26
「やめてやめてぇ~……そんなにグイグイこないでぇ……」
どんどん食い下がってくる彼に嬉しい反面、自分としては断りたいのに徐々に外堀を埋めていかれる現状に不安感に困惑する。
まるで、私の心が読まれているかの如く、入力している文面を論破する内容が次々に送られてくる。
もしこれが仕事帰りのナンパなら、私は流されてホテルに連れ込まれていたことだろう。その点はSNSは危険が少ない。
「まぁっ……、私のツラとスタイルではナンパなんてされないけれどもねっ!」
皆まで言うな。……さっさと終わらせよ。
『誘って頂き本当にうれしいです』
『でも最近仕事の方が忙しいのでちょっと時間作れそうにありません……』
<――12:28
「…………オワタぁ……」
オワタでこれぇ。
私自ら望んでチャンスをふいにしたわけだが、気を落さずにはいられない。これで彼との繋がりは途切れたんだ……。実際に失って初めてそれの大切さに気がつくとはこの事か……。とか言ってみたり。寂しいな私。
断ってからも、動き続ける吹き出しをみつめながら、彼がいま、私の為に文章を書いているんだなと想像すると悪い気はしないなぁ、なんて考えてみたりして。
でもそれは、彼の誘いを断った後にくる返信……。これから表示されるのは、サヨナラの言葉なんだ……。それも全部、私の招いた結果だから……悪いのは、ダメなのはいつも私なんだ。
しばらくして、最後のメッセージが表示される。……それは私の想像をはるかに超えていて、心臓が鼓動を忘れるほどの衝撃的な内容だった。
『あって伝えたかったけど、本当はキミに』
…………。
……。
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