第3話 「EgoSea エゴサーチ」
平日お昼の十二時過ぎ。昨日の夜の出来事、ミラクルファンタジーな彼からのメッセージが衝撃的すぎて、私は、その日の仕事が全く手に……
「付くんだよなぁこれが……はぁ……帰ってきてぇ私の女子力ぅ」
普通の女子ならあんなイベントの後は一日中呆けたりミスを連発するんだろうが、王国社会に洗脳されて悪の幹部に鍛え上げられたエリート社畜の私は、とても残念な事に、オフィスについた瞬間に、仕事とプライベートを完全に切り離せてしまうのだ。それも全自動でさ。
「悲しきかなぁ……」
私は、その日も、与えられた仕事をキッチリこなした。そして、今は、お昼ごはんをサッと済ませてから、会社近くの喫茶店で時間を潰している。
さすがにエリート社畜の私といえども、仕事は好きじゃない。朝起きるの辛いし、残業ばっかりでだるいし、どうしたって好きになれない。なるべくオフィスにも居たくないし、同期に友達なんていないから空いた時間はボーっとするしか、することがない……。
だから昨日のことを思い出しながら独りで思い耽っている。私は、彼から送られてきたあの短いメッセージを何度も読み返し、色んなことを考えた。
「シンプル……というより随分と軽い文章……年下だよね彼たしか。……こんなもん……なのかな? ……返信来ないなぁ……」
SNSのメッセージ機能なんて、初めて使ったから分からないけれども、メールとかなら次の日ぐらいには返信あってもいいはず……なんだけどな。
「だ、大丈夫だよね? 変じゃなかったよね?」
彼からのメッセージを眺めていると、自分の返信が視界の隅にチラチラして、嫌が応にも気になってしまう。それがまた私の不安を煽る。
『ゴミッカスな文章ですけど』
『それでもよければ使ってください!』
うんダメだわ。ゴミッカスってなんだそれ……
「はぁ……もっとちゃんとした言葉で返せよなぁ……大人でしょうが私。でもまぁ……あの時は、興奮しすぎて頭真っ白だったから……むぅ、はずかしいよぉ」
時計の秒針が、一周する間に何度も何回も、スマホの画面を点けたり消したり。落ち着きがなくソワソワする私は、傍から見れば不審者そのもの。他人の目が突き刺さって、胃が痛くなってくる。
「だ、だめだぁ~癒し系ねこ画像でも眺めよう。天才かぁ? ……えへへへっ」
うん。これが全っ然天才じゃなかったんだなぁ。逆効果もいいところで、むしろ地雷原に飛び込む結果になってしまう。
いやね、返信が来ないって現状に対しては気を紛らわせる効果はあったのだけれども、どうしても彼の情報に無意識に目が行ってしまうわけ。
そりゃさ、私がフォローしている相手ってさ、まとめBOTとか歌ってみた関連の公式ばかりじゃん? だから、ねこサーチしてもねこと一緒にヒットしちゃうわけ。彼がさ……
「ねこねここねこ彼こねこ彼彼こねこねここねこ……」
忘れたくても忘れられない彼の存在に目が回る。恋する乙女の心境とはこんな感じだろうか? ねこに囲まれた彼と、彼に囲われたねこ。
「最強かよっ! だ、だめだぞ私……ここは会社近くの喫茶店なんだ、デ、デレたら人生終わるっ! 考えても見なさいよ、彼とはそういう関係じゃないッ……ん? いやそうじゃねえわ。なに夢見てんだ私っ」
そんな時、たまたま目についた、彼のまとめBOTが、さらに私の快速妄想特急を加速させる。
『新着情報②』
『交際関係:彼女募集中』
『好きなタイプ:仕事が出来る年上の女性』
自身の顔がカーッと赤く染まるのがスマホの画面に反射してうっすら見えた。昨日の夜と似たような身体の芯が熱くなって胸が締め付けられるような感覚。
「くぅ……っ、やめてぇ……恥ずかし死ぬぅ~」
アラサー女子。妄想拗らせ乙女モード全開、周囲から不審な目で見られる。
夕刊の一面はこれで決まり。
変なスイッチが入ってしまった私はキャッキャとはしゃぎ、目尻を垂れ下げた表情のままスマホの画面を見つめる。
――ピピッピロリンッ
「 ひ ィ っ っ ッ ⁉ 」
裏返った高い声が喫茶店に響いて、ビクッとなった拍子にスマホが、ちょっと宙に浮いた。
私は、恥ずかしさのあまり俯いて、しばらくの間、真っ赤になった顏を上げる事が出来なかった。
「(うわぁ……もうしばらくこの店にはこれねぇよぉお……泣きそうだよぉ……おっ?)」
『ホント助かった! 無事納品したよ。新曲楽しみにしててね!』
『いま仕事?』
>――12:17
絶妙なタイミングで届いたのは、彼からメッセージだった。
待ちにも待った彼からの返信。こういう時の気持ちの切り替えってば、驚くほど早いものがあるよね。
私はすかさず、気を落ち着かせてメッセージの返信を考えた。
『なかなか返信来ないので、ちょっと心配になっていました笑』
『もしかして徹夜で作ってたんですか? お疲れ様です!』
<――12:18
「う、嘘は言ってないぞっ⁈ いま何してたの、妄想してました。……なーんて言えるわけないじゃんッ」
それでもやっぱり嘘をつきたくなかった私は、想っていた事を……素直な気持ちを言葉にした。
するとすぐに吹き出しのようなものが動きだし、彼が返信を打っていることが伺えた。さっきまで十二時間近く待たされていたのが嘘みたく、いま私と彼は繋がり、同じ時間を過ごしている。そのことが、凄く幸せに感じた。
間も無くして彼からの返信が表示される。
…………。
……。
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