第2話 「DM ダイレクトメッセージ」
髪が乾ききる頃には夜更けも過ぎて、マンションの住人が寝静まった深夜。長かった一日が終わろうとしていた。
ビール飲んでメイク落として部屋着にも着替えた。……でも、まだ寝れないんだ。何故ならだって、寝る前の日課を済ませていないから。
私は、くつろいだ体勢でベッドに横になり、リーチを使ってスマホに手を伸ばす。
「ふぁ~やっぱりこーしてるのが一番落ち着くな……ぁ」
恍惚にも似た蕩けたような表情を浮かべながらムッフーとにやける至福の時間が始まった。
究極のプライベートタイムに行う通例……私の寝る前の日課。それはSNSのタイムライン張り付きである。いまどき誰でもSNSに依存しているよね。
「深夜のタイムラインパトロール……開始~っ」
聞いた話によれば、世のリア充共は己のつぶやきにファボやリツが来ることを楽しみにしてSNSをやっているらしいが、……リア充のリの字もないヲタの私にはタイムラインをただ眺めることが生き甲斐なのです。
我ながら悲しいといいますか、寂しいといいますか、何が楽しいのかって聞かれても『わからない』としか返せない。変な習慣だと自覚していけれど、やめられないんだ。
もうね、理屈じゃないんだよ、真理なんだよなぁ。伝わらないと思うけど……。
「さてさて今日聴いた動画の歌い手さんとイラストレイターさんに関するハッシュタグ漁るでぇ……っと? ……ん? んんっ⁉」
スマホの通知、SNSのアイコン、右上、赤い丸。
それ見ただけでワンチャン、ファボでもついたんじゃないかと心がトキメクよね。リア充の気持ちちょっとわかっちゃった……。
なんてね。私のクソみたいなつぶやきなんて誰も見てないのに。本っ当チョロイよね私。知ってた。
「まじ……これでアップデートのお知らせとかだったら承知しないからな……」
私は、最悪のパターンをおまじないみたく口にしながらも、本心ではワクワクしながらアプリをタップした。
アプリの画面下のタブ。一番右のところに①の文字。
ナニコレ。
――ッ⁉
「こ、これって、だだだ、ダイレクトメッセージやでえ!」
はじめてのメッセージ受信に心臓止まった、いや……正確には心臓止まりそうになっただけ。心臓止まったら死んじゃうから笑 止まったことないからわからないけれど!
今の今まで使った事もなければ、使い道さえ分からなかったメッセージ機能。無駄だなぁと馬鹿にしていたけども、こんなうれしいハピネス機能だったとは恐れ入りました。んで? どうするの私。
「メ、メッセージ。キテるて……っ、届いただけで心臓、止まりそうになったからなぁ……読んだら、ほんとに止まっちゃうかもしれないぞ……? しっ、死ぬ……のか、私……」
いやないけどな。たぶんね? わかっていても、ワンチャン期待してしまう年頃なんです。そうだよ! リア充なりてぇよ! 言わせんなよなぁ……恥っずかしいなもう。
メッセージを開く前に、とりあえず高まる感情を抑えるために深呼吸。そして一息ついてから、改めてスマホに目を戻す。そしてゆっくりと期待と不安にドキドキしながら、赤丸が付いたタブをタップする。
「しっかしなぁ私のフォロワってBOTと公式ばっかりだけど……誰からだろな~フォロー申請とかだったら嬉しいな……あーなんだろぉ~なんか緊張するなぁ……ん?」
――ッ⁉ こッ、こいつァ⁉
「お゛お゛お゛っおちつけぇ私!」
もちろん最初に自分の目を疑った。だって、カッコいいアイコンの横に表示されたその名前には見覚えがあったから。
ネットで有名な天才作曲さんだ。CDも買ったし、ライブにも行ったことがある。なんだったら、過去にサイン会で緊張しすぎて上手く喋れなかった恥ずかしい過去まである。大大大好きなクリエイターさん。様。てか神!
「ほ、本人ですか? 御本人様ですか⁉」
わざわざ私みたいな、モブAのところに、成りすましが来るとは考えにくいが、一応確認の為にアイコンをタッチして開いてみると……
「 キ ャ ァ ア ア ア ア ッ ッ ‼ 本 人 だ ぁ ぁ ぁ あ あ あ ッ ッ ! 」
夜中だろうがなんだろうが、嬉しい時には大声が出る。それが女の子ってもんです。お隣さんごめんなさい。
「……おっ、おぉうふ。マジやん……吐きそう……幸せ……ほんとに死んじゃうかも……」
これ以上良い事は起きない。それほどに嬉しく現実離れした出来事だった。
画面をワイプして戻すと、メッセージの内容が少し見えている。
そこには、
『まだおきてる?』
『あのさ...』
と最初の二行だけがプレビュー表示されている。
そこから大体の内容がみえてくる……経験からしてこれは、別れ話……。
「まだおきてる? あのさ、悪いんだけど……別れよう」
ってね。
「 い や 、 付 き 合 っ て ね ェ か ら ッ ! ! 」
本日二回目の大声。お隣さん本当に申し訳ございません。
「だめだぁ……。夜のテンションと突然のメッセで思考回路おかしくなっちゃってる……。そろそろ落ち付こ私。ど、どうせ一斉送信とかだって……。わ、私なんかにメッセがきたってだけで、奇跡みたいなもんだし。ね? はぁ……と、とりあえず、ひらこっ……」
薄目で、覗き見るようにしていくと、鼓動が激しくなり胸が痛くなってくる。ドクンドクンと耳の奥が脈打っている。緊張は限界まで高まり。そして……
『まだおきてる?』
『あのさ、わるいんだけど……』
『キミのつぶやき』
『歌詞に使っていい?』
>――24:58
心臓が止まった。死んだ。
…………。
お、おぉマジカ歌詞に使わせてほしいって、言われちゃった。私。もうアノ憧れの御方からダイレクトなメッセージが来たってだけでうれしいのに。モブキャラである私が断る理由など無い。有り得ない。むしろ是非是非いくら払えばいいんですか? ってぐらいのミラクルだよぉもう。
たぶんコレは夢なんだ。それか、私は明日死ぬ……リアルに。
返したい言葉は沢山あった。起きてます。やら、大好きです。やら。
ともあれ、返信は、見た瞬間に決まっていた。
『ゴミッカスな文章ですけど』
『それでもよければ使ってください!』
<――25:43
私は学生時代に戻ったかのように耳まで赤くして、女子力全開でニヤつく顏をクッションに押し付け、うつ伏せのまま交互にバタバタと足をけり、高まる感情に独りベッドの上で喜悦にもがく。この瞬間だけは、私は社畜な日常の事を忘れられて、乾ききった心はとても潤いに満ちていた。
「むぅううぅぅっ! ふぉぉおおぬかぽゥ……でゅふふェェ……」
この夜。私の奇声は朝まで続いたが、お隣さんからは一度も壁ドンはされなかった。
次の日。お隣さんになにか言われてもおかしくない私は、恥ずかしいのと後ろめたさから、いつもより少しだけ早く家を出る。
…………。
……。
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