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輩後霊

作者: ととのえ

サークル合宿で製作したものです。お題「先輩・後輩」

 後輩の上村が死んでから三ヶ月が経った。

 上村が死んだ三日後に、就職活動が解禁した。面接で「一番悲しかった出来事は何ですか?」という質問に対して上村の死を話すくらいには堪えてなかったし、夜上村との賭け麻雀を思い出して泣くくらいには悲しかった。

 一人の死を悼む人が何人も居たとして、一番その人の死を嘆いた人の枕元に、幽霊という物は出るのかもしれない。

 だから上村が上村の両親でも彼女でもなく俺の枕元に立ったということは、上村はそんなに人望の無かった人間だということになるのだろう。両親は弟に上村の分まで愛を注ぎ、彼女は六本木でアメリカ人のナンパを待っている。そう思うと少しだけ上村に対しての同情心が沸いた。

「先輩起きてます?」

 六畳ワンルームに咳をしても一人。値段をケチるあまり大学の最寄りからだいぶ離れた場所に家を借りたせいで、ついぞ彼女も友人も誰一人として迎え入れないまま最後の大学生活を寂しく終えようとしていたところに突如として現れた上村は、足が透けていた。 

「寝てるに決まってるだろ」

「まだ十一時ですよ」

「明日面接あるんだよ」

 寝返りをうつと、埃まみれの姿見が目に入った。生まれて初めての一人暮らしに浮かれて買ったやつだ。カーテンの隙間から差し込んだ街灯の光がちらちらとしてまぶしくて、くしゃみが三回出た。上村は鏡に映ってなかった。

「お前死んだんじゃなかったのか」

「俺先輩に話したいことがあって来たんですよ」

「人の話聞けよ」

 せっかく眠れそうだったのに、珍客のせいで僅かな眠気は瞬時に吹き飛んでしまった。仕方なしにせんべい布団から起きあがって、冷蔵庫からサイダーを取り出す。上村の分も供えたら「ありがとうございます」とごくごくふつうの動作でうまそうに炭酸を口に含んだ。

「何だよ話って」

「うざったそうにしながらも俺にサイダーくれる先輩は優しいですね」

「なまじ初めての来客だから嬉しいんだよ」

「俺、死んだじゃないですか」上村の話はいつも唐突だ。 上村は膝を抱えて座る。死ぬ直前に来ていたライダースジャケットの、右側だけ色が深い。

「俺、いわゆるあの世っていうの信じてなかったんすけど、本当にあるんですね。それでスゲェって思って、なんか先輩に言いたくて、来ちゃいました」

「最近肩が重いって思ったら、お前のせいだったのか」

「すみません、憑いちゃいました」

「憑いちゃいました、じゃねぇよ」

 ペットボトルのキャップを投げつければ、あっけなく上村の体をすり抜けて床に沈む。得意げな顔をしている上村が憎たらしい。

「先輩、俺に会いたくなかったんですか」

「五体満足で会いに来いよ。魂だけじゃなくて頭と腕と胴と足持ってこい」

 ひでー、と笑いながら上村はサイダーを飲む。液体が上村の体に吸収されているのか、それともただ揮発しているだけなのか分からなかった。上村の舌がサイダーの甘みを感じられているのかも分からない。それでもこうして話していると、普通に上村は生きていて、葬式や事故現場に花を供えた事のほうが嘘だったのではないかと思える。

「それで今は、そっちで生活してんのか」

 問いかけに、上村は生前と変わらない水分の多い笑顔で答える。

「はい」

「なにしてんの」

「就活です」

「……へぇ~」

 明日までが締め切りのESと散々だった最終面接を思い出して思わず萎えた声が出た。

「先輩、百鬼夜行って知ってます?」

「平成たぬき合戦ぽんぽこで出る奴だろ」

「あれ合同説明会に行くおばけなんすよ」

「まじかよ」

 曰く上村が言うにはお化けなるものは妖怪になるための就職活動をせねばらないらしく、そこら辺にいる浮遊霊というのは全員あの世での就職活動中のおばけなのだという。地縛霊はどうなのかと聞いたら、あれはニートらしい。

「地縛霊に殺されるってあの世のニートに殺されてるってことかよ」

「就活に失敗した恨みがすごいんすよあいつら」

「お前はなに目指してるの?」

「この間一反木綿の最終面接受けてきました」

 果たして一反木綿があの世界隈で大手優良企業(?)なのかは分からない。「東芝クラスなんですよ」と上村は鼻高々に言ったが、上村が死んだ一ヶ月後に東芝は大赤字を発表している。

 サイダーを飲み干して、上村は冷蔵庫を物色しはじめる。人の家の冷蔵庫を勝手に漁るな。

「先輩は、就活どんなですか」戦利品の生ハムをかじりながら上村は問う。

「書類すら通んねぇよ。運良く通ったとしても、一次で落とされる」

 上村がビールと生ハムを持ってくる。冷えたビールを一口飲むと、瞬間酔いが回って世界がぶれた。

 ははは、と上村は笑う。最終に行ったという余裕なのだろうか。うらやましいと思うと同時に、ふつふつと嫉妬に似た気持ちがわき起こる。

「らに笑ってんだよぉ」二口目のビールで、もはや呂律すら回っていない。

「いや、俺初めて先輩の先輩になったなって思って」

「……どういう意味」

「俺、死んだじゃないですか」

 普段は水のように飲み下せるアサヒが、今は薬のように口の中にはりついて苦い。

「でも、先輩死んでないじゃないですか」

「足透けてないからな」

「俺の方が先に死んだから、俺の方が先輩っすよ」

 上村がビールを傾けると同時に、眠気で俺の首がガクンと傾く。

 三口しか飲んでないビールは酩酊を引き起こす。そして唐突に、中島らもの小説を思い出した。アル中で入院した中島が、死んだ友人と夢の中で再会するのだ。そこで飲んだのは、飲んでも飲んでも酔わない極上の旨さの酒。べたべたと咥内に張り付くビールは、極上の旨さからはほど遠い。横になると、火照った体にひやりとしたシーツが心地よかった。

「面接受かったら、」上村は言う。「就活でも死人でも、俺が先輩ですね」

「ばかやろぉ、」瞼はほぼ閉じかけていて、上村の姿がぼやけて見える。

「お前が死ななきゃ良かったんだよぉ」

「まぁ、仕方ないっすよ」

 さほど残念そうな様子もなく、上村は言い放つ。俺はタオルケットを腹に掛けた。カーテンの隙間から見える狭い空は白み始めている。夜の終わりだ。

「お前もう行くのか」と上村の方を見やれば、すでに足のみならず全身がうすく透けはじめていた。

「最後に言い忘れたんですけど、」と話しかける上村は、もう白煙のように輪郭が曖昧だ。

「もうとり憑くなよ。なんだよ」

「先輩香典少なくないですか?」

 はやく成仏しろ。

サークルのみんなにお話をほめられてうれしかったです。

感想をくれたりしたらもっとうれしくなります。

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