メイド、慣れない日常!
さるワノクニの魔王は言った。
「我は第六の天魔王也!願わすだけ願わし、叶えぬ仏など我は信じぬ!我は我の道を行くのだ!」
さるキノコ王国の魔王は言った。
「好きな物を好きなだけ、ワシの手に入らねば要らぬ!」
さる三角系伝説の魔王は言った。
「この世界に絶望と恐怖を!世界を見捨てた神に復習を!」
そして、先代魔王の希望と託された魔王は言った。
「えっ世界征服めっちゃ面倒じゃね?そういうのは本の中だけにしてくれよな」
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みなさんこんにちは。私はモノアイ族のアイコンです。サイクロプス族とは親戚のような間柄の、少しマイナーな種族で、細かく言うとサイクロプス族は一ツ目の鬼族で、モノアイ族は一ツ目の魔人族という、くくりになります。
つい最近、私は魔王様の専属メイドになりました。理由は……わかりませんけど、私自身はそれなりに充実しています。
「じゃ、アイコンちゃん。コレをアモン様の書斎まで届けてね」
「はい、わかりました」
この人はサキュバス族のホノヤクさん。魔王様の料理を主に作っている人です。
スライムグミの砂糖漬けと、ミルクティーの乗ったワゴンを持って書斎へ。アモン様はとてもご高齢の方で、ほとんど書斎から出てきません。食事も睡眠も書斎で済ませるからです。
「…えっと、書斎は……」
まだ慣れないお城の中は迷路のようで、全部を覚えるにはかなり時間が必要です。料理を作るホノヤクさんでさえも、迷ったりする事はあるそうです。
…すると、遠くの方から足音が聞こえて来ました。誰かが廊下を走っているようです。
「……って、魔王様!?」
「お、アイコン!丁度良いところに!匿って!」
「えっ!?えぇっ!?」
滑りこんできた魔王様は、そのままワゴンの中へ。すっぽり体を収めると、ワゴンクロスを下げた。
私が戸惑っていると、再び誰かがやってくる声がする。というより、あの声はムクロさんだ。
「……若様ぁ!どこにおられますか、若様ぁ!」
……あぁ、そういう事ですか。魔王様はムクロさんから逃げて来たんですね?ならば専属らしく、自然に魔王様を隠さなくては。
「……あぁ、アイコン。若様を見なかったか?こちらの方に走っていったと思うのだが」
「し、知りませんよぉ?私、厨房から来ましたけどぉ、魔王様どころか誰ともすれ違ってませぇん」
「む、そうか……見かけたら捕まえておいてくれ。座学の時間なのだ」
「あっ、はいぃ……」
そう言って、ムクロは魔王様を探してどこかに行った。
………というより魔王様!勉強が嫌で逃げ出したんですか!?私、バレたら怒られるんじゃあ…?
「行った?」
「……ま、魔王様ぁ?」
「だってさぁ?ムクロの奴座学とか言って真なる魔王とはあーだこーだうるさいんだもん」
「は、はぁ……」
「そんなことより、アイコンはどこにコレを届けるの?」
スライムグミの砂糖漬けを一つ食べ、にまーっと美味しそうな顔をする。この方が魔王様だなんて、今の人間は誰も信じないでしょうね。
「アモン様に、です。ホノヤクさんに頼まれたのです」
「………えっ、ホノヤク?」
途端、魔王様は疑心の目をし、じっとグミとミルクティーを見た。
……出た。魔王様の力の一つ、鑑識眼。見た物の価値や含まれる成分を視る事が出来る技。あの眼で見られるから、毒物などは一切隠せない。
「……うん、じいちゃん専用だから流石に媚薬は入ってないな。ホノヤクも、まさか俺がつまみ食いするとは思ってなかったんだな」
聞いての通り、ホノヤクさんは魔王様のお妃様を夢見ています。いつも媚薬入り料理を魔王様に食べさせようとしているのですが、一向に成功しません。当たり前ですよね?
「あの、私そろそろ……」
「じいちゃんのとこ、行くんだろ?俺も行く」
「え、えええっ!?」
私は魔王様をワゴンに乗せたまま、アモン様のいらっしゃる書斎に行きました。
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「おぉ、これは魔王様。ご機嫌麗しゅうございます」
「流石じいちゃん、隠れててもわかるかぁ……」
「ホッホッホ、アイコン殿の顔に書いてありますゆえ」
部屋に入るなり、アモン様はワゴン車に深いお辞儀をする。気まずそうに、魔王様はワゴン車から顔を出し、じとーっと私の顔を見た。
「……何もわかんないけどなぁ、俺は」
「歳を重ねると、自然にわかるようになりますぞ。もっとも爺は、千年ほどでわかるようになりましたがな」
「ふーん」
納得したような顔をされ、魔王様は書斎の椅子に腰を下ろす。アモン様はその反対側にテーブルと椅子を用意し、私はテーブルにミルクティーとスライムグミを置いた。
「さて、魔王様。此度はどのような物語を読みに来たのですかな?」
「世界の終わりと始まり!」
ガチャリ、と私はうっかりティーカップを落としてしまいました。割れませんでしたけど。
「も、申し訳ありません!」
「ん、いいよ。アイコンに怪我が無くて良かった」
「お優しいですなぁ、魔王様は」
そう言って、アモン様はスライムグミを一つ、つまむ。新しく用意されたミルクティーにも、スライムグミをぽとりと溶かす。
「……あれは、とても昔。昔のことでございます」
アモン様は語り出す。記憶した物語……いいえ、本当にあった終わりと、始まりを。
私はその話を、自分のおばあちゃんから聞いたのだから。
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それはとても昔、今から四千年は昔の話。
当時、人間と魔物は表と裏の世界で暮らしており、それはそれは平和な世界だった。しかし、その平和はある時を持って脆くも崩れ去る。
二つの世界は本来なら混ざることのない、ねじれた境界線上に在った。それが、神の悪戯なのか力ある者によるのか、一本の線となる。
表の世界を歩んでいると思えば、気付けば裏を歩み、人と人ならざる者はその時初めて、出会った。そうして、一つの世界の在り方が、終わりを迎える。
当時の王……後の魔王様、人王様は一つの世界となった原因を調べ始め、やがてそれは互いの特異点が原因であると見抜く。それは間違いでもあり、真実でもあったのだ。
特異点とは、世界中に点在している。砂漠の中オアシス、樹海の中の草原、深海の底の洞窟……そこに在って不思議な、異質とも言える場所。そこには力が集結しており、つまり『よくないモノ』『力あるモノ』の吹き溜まりなのだ。
真実だったのは、その特異点の力が世界を一度崩壊させた事。間違いだったのは、引き起こしたのが互いにとっての異種族だと誰かが唱えた事。
両国共、国民は不安を募らせ、やがて不安は恐怖となり、恐怖は怒りへと変質していった。後世の魔族の調査で、真の原因は不明とされているためだけに、これから引き起こる……世に言う『千年聖戦』は無益な戦いだったと言える。もっとも、人間は今も魔族が原因だと疑っていないが。
千年聖戦は、それはもう悲惨なものだった。土地が枯れ、地形は変わり、気候も無茶苦茶、生態系は目も当てられなくなってしまっている。それでも、人間と魔族は争い続け、血を流し続けた。
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「……んで?魔族にはどうやって勝ったんだ?まさか勇者がいきなり大活躍なんて無いだろ?」
周囲を濃い緑に覆われながら、その場所だけ月明かりが射し込む場所に、彼らは小さな鍋を囲んでいた。
「あぁ、当時の人達は魔法なんて使えなかったからな。それに、この説は少数派の意見で、普通は聖騎士協会の聖典が正しい魔歴史で通ってるよな」
「ちょっと待ちなさいよ。それじゃあ、私達がまるで魔法を使えなかったみたいじゃない?」
「まるで、じゃなくて、そうだったんだよ。というか、この程度の魔歴史はナギの行ってた学院で習うだろ?」
「私が知ってるとでも思った?」
ナギと呼ばれた彼女は、手頃な石を片手で粉砕する。それを見て、彼……アッシュバルはやれやれと首を振った。
「曲がりなりにも特待生だったんだろ?成績は良かったんじゃないのか?」
「もーっ!バルバルはなーんも知らんのやな!ナギナギは、すっごく強かったんよ?学院中の男も先生も、誰も敵わんかったんやで?」
ぷっくりと頬を膨らませ、ティファナはアッシュバルとナギの間に割って入る。それも、ナギを愛でるように頭を撫でくり回しながら。ナギも「ぁうあー」と振り回されっぱなしだ。
「はぁ、やっぱりナギは脳まで筋肉で出来ているんだな」
「ははは、アッシュは上手い事を言うな」
「うわ、チハリート君ひどぉい」
「アッシュが言ったんだろ!?」
三人でチハリートから距離を取った。アッシュバルもナギとティファナと同じように女性らしい仕草で引いてみる。
「ま、冗談はさておき。魔法を使えなかったのは本当だ」
「あ、本当だったんだ」
「……でも、今は使える。それは昔の人が魔族の魔法を奪ったからだ」
「え?どういう事?」
アッシュバルは鍋から器へと中身を移す。うん、我ながら美味しい。
「そもそも魔法は魔族の物で、呪文も魔族語とほとんど一緒なんだ。それを真似したのが聖法とかナギの使う聖闘術だな」
「なんだ、魔法って結構簡単に真似できるのね」
「それが出来ないから、聖法なんてものが出来たんだろ。表と裏、同じ力は使えても、その効果は正反対なんだからよ。そもそも魔法と聖法は対になるもので……」
「………………ぷしゅー…」
「ああああ!!ナギナギが!!頭から湯気が!!救護班!!」
「こねぇよ」
すぐにコレだ。ナギは少しでも難しい話をすると知恵熱になる。バカすぎて教えるのも嫌になってきた。
「なぁアッシュ、今更だけど、なんでこんな話になったんだっけ?」
「あ?あー……強敵と戦うなら、まずは相手を知らなきゃならない…だったかな」
ふと、アッシュバルは空を見上げる。煌々と輝く月明かりに照らされて、その建物はより一層深い影を落とす。僕たちの目指す、魔王城だ。
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「………そうして、先代様は勇者に倒され、人間の世界が始まったのです」
「いやぁ、何度聞いても報われない話だよね?思わない?」
またも突然話しかけられ、私はビクリとする。まだ、この日常には慣れません。
「あ、はい、そう、ですね……理不尽だと思います。結局、世界が反転した理由も不明ですし、大気中の魔素が聖素に変換され、人間は今も活動域を広げていますものね」
「え?そうなの?」
……ムクロさんが頭を抱えたくなる気持ちがよくわかります。魔王様には、少し知識を身につけて欲しいです。
「ホッホッホ、心配する必要は無いぞアイコン殿。いずれ魔王様は、我らを率いて元の暮らしを取り戻してくれますゆえ」
「えぇ…?俺がするの?」
「もちろんです、若様」
途端、魔王様の背後にムクロさんが現れました。その表情は笑っていますけど、目は笑っていません。
「……あ、るぇ?ムクロ?なんでここに………」
「残り少ない魔力を使って『影渡り』いたしました。後ほど、魔王様に分けて頂ければ幸いですが」
「あ、そ、そう?じゃあ今すぐあげるから、ね?」
「いえいえ、お気になさらず。魔王様は今から座学の授業でございます」
もう逃がさないとばかりに、ムクロさんは魔王様と一緒に影の中へと沈んでいきます。魔王様は必死でもがいておられますが、足が固定されて上手く進めない様です。
「では、アモン様」
「ホッホッホ、頼みましたよ」
「嫌だァァァァァァァァァァァァ!!!!!」
とぷん、と水面に石が落ちたような音と共に、魔王様の絶叫は部屋から消えてしまいました。静かな書斎で、ティーカップがテーブルに置かれる音だけが聞こえます。
そのままアモン様は、何事もなかったかのように本を読み進めるのでした。
そして、ただ、ぽつりと。
「……魔王軍の結成はまだかのう」
「……当分先のことでは無いでしょうか」
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その翌日、魔王城で事件が起きました。
次回はちょっと魔王様が本気出しそうです。