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カサンドラ

作者: クチイヌ

 1、


 この島で、千人単位で人が死んだこともある。

 戦火の音の中、必死に戦った。

 今は、数人単位で死んでいく。

 殺されていく。

 減る数は少なくなった。


 なんのことはない。

 俺たちの数が、もう残り少ないからだ。


「救いは来るんだ。

 本土の同胞はきっとまだ戦っている。我らの国は負けるものか。

 我らの国は神の国だ神国だ聖なる正しき国だ。

 あんな奴らに負けるわけが……クソがオニが鬼畜めが、ああああうううう、我らは死なない死ぬものか死ねぬ死ねぬ死ねぬ死ね死ね死ね、ああああ帰りたい帰りたい帰りたい。

 本土は鍋の季節だなあ、父さんは鍋が好きだった」

 曹長が、ぶつぶつとそう言っていた。

 その手には拳銃があった。

 我が軍に最後に残った銃で、弾丸も一つしかなかった。

 その弾丸も、もはや敵に向けるためのものではなかった。

 自決用。

 圧倒的に不利な戦況が長く続き、命の数も銃弾の数も数えられるばかりになってから、いつしか、最後の弾丸を見苦しくなく死ぬために取っておく者が増えた。最後の一発まで敵に使えと憤る者もいたが、そんな者もいつかいなくなった。

 唐突に、曹長が銃の向きを変えて引き金を引いた。

 いつ頃からか俺になついていた山猫が、音に驚いてびくっと顔をあげた。

 倒れていく曹長の体を見ていた少佐が、ため息をついた。

 それからこちらを見た。

「中尉、移動しよう。

 銃声を聞いて奴らがここに来るかもしれん」

 立ち上がって、尻に付いた土と落ち葉を払った。

 俺も立ち上がった。同じく、尻に付いた土と落ち葉を払った。山猫の頭をなでて落ち着かせ、森の風景を見てから、少佐とその他の生き残りと目を交わしてどちらに向かうかを手早く確認しあった。


 最後の銃弾を使った曹長は、当然立ち上がらなかった。

 俺は彼に近づき、目を閉じさせてやってから、この場を離れる生き残りの仲間たちに合流した。


 /


 四月九日


 戦況ヲ記ス

 此ノ島を包囲サレテヨリ後、敵軍ノ目ハ常ニアリ

 島カラ出ル事モ出来ズ

 本土ト連絡ヲ取ル手段モ無ク

 我ラハ疲弊シ続ケテイル


 コノ苦節ハイツマデ続クノカ

 数エル気概モ無クナッタ者モ多イ

 ダガ、我ハ記録シテイル

 モウ、七年ニモナル……


 /


 山猫はひなたぼっこが好きなようだった。

 俺は、森の端でそれを見守っていた。

 俺が日の光の下に出ることはできない。

 日差しを時折、黒い影が遮る。鉄の翼。敵軍の哨戒機。見つかれば追われるだろう。

 山猫。

 のんびりとくつろぐ山猫。

 うにゃーんと鳴いて、俺を見る。俺が日の光の中に出ないのを、不思議に思っているようだ。


 思い出す。

 郷里の風景。

 日の当たる縁側。

 体の弱い彼女。

 いつも日の光の中にいた。

「日光が消毒してくれるのよ」

 そう言っていた。

「お医者様にそう言われているの。なるべく日の当たるところにいなさいって」

 ほほえむ顔が目に浮かぶ。

 思わず、名前を呼びそうになる。

 唇が動く。

 山猫が、じっとその唇の動きを見ていたようだった。

「そういえば、その猫に名前はつけないのか?」

 少佐がそう言っていた。

「故郷にいる想い人の名前でもつけたらどうだ。

 寂しさも紛れるだろう」

「つけませんよ。

 飼ってるわけでもありませんし。

 それに……」

「それに、なんだ?」

「想い人の名前なんか猫につけたら、もうその人とは会えないと決めたみたいな気分になるじゃないですか」

「そんなもんかね」

「そんなもんですよ」

 カサンドラ。

 唇が動く。

 郷里の想い人。

 年上の、綺麗な女性。

「少佐、そろそろ行くぞ」

「サー。了解です」

 山猫に一度目を向けて、視線を交わしてから、森の奥の暗がりへと向かう生き残りの仲間たちの後を追った。

 しばらくして、いつものように、山猫も後についてきた。


 2、


 嫌な笑い声が響く。

「アハハハハハ」

 森の中、三方に敵の気配。一方を開けているのは、俺たちをここで全滅させるつもりがないからだ。だが、その空いた一方の先は、視界の開けた谷になる。敵の目と敵の銃弾に直でさらされることは分かっているが、しかし、それでもそちらに追い込まれるしかない。留まれば、ここで殺されるだけのことだから。

「アハハハハハ。

 さあ、今日は何人が死ぬかしら。

 何人が生き残るかしら。

 大丈夫、安心して。まだ終わらせる気はないから。まだ数人は生き残らせてあげるから」

「くそっ、あのクソゴスロリ女が…!」

 もうこちらには弾薬が無いことを把握しているのだろう。部下を引き連れた指揮官の女が、視界に入る位置にまで近づいて立っていた。

 戦場にまるで似つかわしくない、暗紫色のゴシックロリータを着た女。

 背の高い麗人風の顔立ちの彼女が着ていると、それはどこか倒錯的な格好だった。手に持っているのがピンク色にデコレーションされた小銃ときては、まるで馬鹿げた夢のようだ。

「アハハハハハ」

「くそっ、遊んでやがる。楽しんでやがる」

 最初の頃は、こうではなかったはずだ。

 こちらにもまだ弾薬があり、曲がりなりにもお互いに『戦争』をやっていた頃は、あの女もまともな服を着ていた。何度か休戦交渉をしようとしたときに、面と向かって顔を合わせたこともある。

 もっとも、その頃から今と同じように人を馬鹿にした笑い声をしていたが。

 そして一度も、こちらの交渉には応じようとしなかった。降伏も認めようとはしなかった。

「あいつらは、俺たちを皆殺しにするつもりなんだ。

 それも、ゲーム感覚で。

 ひと思いに殺す気もなく」

 俺たちにできることは、ただひたすら生き延びることだけだ。そして、本国からの救援が来るのを待つだけだ。

 そう思って、どのくらいが過ぎたのか。

 森の端まで近づいて、奥に開けた谷底の平地を見た。次に敵の目から隠れられる反対側の森、竹林までは、三百メートルといったところか。

 後方を見て、敵の気配を探った。

 追ってきていない、ように見える。

 実際は、遠巻きにして俺たちの行動を待っているのだろう。俺たちが、狙いやすい平地に出てくるのを。

 俺は、まだ生き残っている仲間の数を数えた。

 俺と少佐を含めて、四人。

 俺。少佐。若い二等兵。壮年の一等兵。

 もう、これだけしかいない。

「中尉、向こうの竹林まで行くぞ」

「……」

「中尉?」

「本土からの救援は、来ますよね?」

「中尉、私はどんな言葉を言えば君を満足させられる?」

「……忘れてください。行きましょう」

 生き残るのだ。

 救援が来るまで。

 風切り音がした一瞬の後、爆発音とともに視界の半分が赤白く染まった。

 やや近くに、ロケットランチャーが撃ち込まれたようだ。それは催促なのだろう。奴らは、やろうと思えば俺たちのいる一帯を一気に木っ端微塵に出来る。

「アハハハハ!

 それそろ出ておいで!

 そんな森の中じゃ、面白くないわ。

 あなたたち一人一人の死ぬ様がハッキリ見えないもの!

 一人一人の死ぬ様がハッキリ見たいもの!

 だから出ておいで!

 出てこないなら、後で死体を灰の中から拾ってあげることになるけどね!」

「……行くぞっ!」

 合図して、一気に森の外に走り出た。

 谷の両側の崖の上を見ると、銃を持った敵兵が並んでいた。

 銃弾の雨霰が……

 と思った次の瞬間。

 銃の発射音は、ひどくまばらだった。撃ったのはせいぜい三人か?

 全力で走りながら、崖を見ると、銃を持った数人が笑い、そして周りの人間たちがさらに笑っていた。銃を持っていた数人が笑いながら、その銃を、隣に並んだ順番待ちらしき列の先頭に渡し、自分はその列の後ろへとまた並び直す。

 ……。

 俺たちは。

 射的の的か?

 クレー射撃の皿か?

 スポーツマンシップに乗っ取り、あいつらは競技をしてやがるのだ。

 礼儀正しく順番を守り、笑いながら、誰が最初に的に当てるかを競技してやがるのだ。

「いやだアアアアアアアアアッ!

 もういやだアアアアアアアアアッ!」

 すぐ後ろで、叫び声。

 若い一等兵が、ついに耐えきれなくなって走るのをやめ、その場でうずくまっていた。

「馬鹿っ! 止まるな!」

 俺は、Uターンして引き返そうとした。

 あの馬鹿を、どうにか引きずってでも動かさなければ。

 動かない的など、格好の的でしかないから。

 だがそんな俺の腕を、横で走っていた少佐が強くつかんだ。

 そのまま前へ、前へと走り続ける。

「中尉! 貴様こそ馬鹿か!

 あいつは、置いて行け!」

 転びそうになりながら、俺は後方を見る。

 動かなくなった的に。

 次々と銃弾がヒットして。

 動かなくなった的は。

 悲鳴を上げて。

 崖の上の敵兵どもは、喝采を上げながら、順番待ちをして射的を楽しんでいた。

 声。

「あいつはまだ動いてるぞ! ははは! まだ得点ってことでいいな! 頭にヒットさせたやつが満点だ! 完全に動かなくさせたやつが満点だ!」

「クソが! クソどもが!!!!

 貴様らは餓鬼だ! 鬼だ!」

 叫んでいた。口が。自然に。叫べば叫ぶだけ体力を消費するだけだとわかっていたのに。崖の上の連中へ向けて、俺は叫んでいた。叫びながら走った。

 少佐も、そんな俺を止めなかった。

 ただ強く腕をつかみ、前方の竹林へと走った。

 あともう少し。

 俺たちより少し前を走っていた壮年の一等兵が、ようやく竹林にたどりつこうとした、その瞬間。

 当然のごとく、その竹林に潜んでいた兵の銃口が、火を噴いた。穴の開いた壮年の一等兵が、その場に倒れ込む。

 それでも俺と少佐は、足を止めない。遮蔽物の何もない平地にいるよりは、敵兵が潜んでいても竹林の中のほうがまだ可能性があるからだ。

 竹林に飛び込むと、銃声が止んだ。

 ?

 そう思った瞬間。

「ゴーーーーール♪

 おめでとオオオオ♪

 素敵なナイフをプレゼントオオオオ♪

 アハハハハハ!」

 耳障りな声が聞こえて。

 次の瞬間、少佐の手が硬直して、力を失って離れた。

 喉から、血煙。

 喉の傷口から。勢いよく。

「う」

 俺は、それを見た。

 血煙を浴びて、ゴシックロリータの服を赤黒く染めて笑う女。

 血に染まったナイフ。


 武器も持たず、つかみかかろうとした俺を。

 一度は力を失って離れた少佐の手が、制止した。


 力は無く。

 ただ、ふるえる手で。

 女ではなく。

 まだ敵兵の見えない竹林の奥を指し示した。


「う……。

 うあああああああ!」


 俺は叫んで、きびすを返し、竹林の奥に走った。


 /

 

 竹林の奥で、倒れ込む。

 乱れた呼吸を調える。だが、涙が溢れる。

 一人だ。

 もう誰もいない。

 とうとう一人だ。

 歯を食いしばる。

 あいつらが憎い。憎い。だが今は、それよりも。

 みじめだ。


 しばらくそうしていると。

 うにゃーんと声がして。

 山猫がこちらの顔をのぞき込んでいた。涙を舐める。それから、走る途中であちこちに出来ていた傷から流れる血を。

 俺は、それを眺めていた。

 それから。

 唇が、自然に動いた。

 カサンドラ。

 声に反応して、ぴくりと山猫が耳を動かした。血と涙を舐める動きを中断して、こちらの目をのぞき込む。

 カサンドラ。

 俺はそう呼んで、山猫を抱き寄せた。

 されるがままに腕の中でじっとして、なおもこちらをのぞき込む山猫を、俺は、強く抱き寄せた。


 カサンドラ。

 俺はここで死ぬ。

 本土には帰れない。

 あなたには、もう会えない。


 3、


 しばらく、そうしていた。

 ずっと、そうしていたかった。


 だが、それでも。

 足音が、聞こえた気がした。

 地面に耳をつけ、聞き直す。足音は、気のせいではなかった。

 うにゃーんと、山猫が鳴いた。

 俺はそれを無視して、軍刀の成れの果てを取り出した。

 とうの昔に折れて使い物にならなくなっていたその軍刀の、わずかに残っていた十センチにも満たない刃を使って、俺は手近な竹をどうにか一本、切り倒した。

 切り口をとがらせて、竹槍にする。

 山猫が、うにゃーんと鳴いた。

 その声を切り捨てるように、竹槍を一度、力任せに山猫の目の前の地面に刺した。山猫が、びくっと身をすくめる。

 俺は、迷ったが、山猫の頭をできるだけそっと軽くなでてから、竹槍を地面から抜いて持ち直し、その場を離れた。


 山猫が。

 ついてこようとしたが。

 もう一度、竹槍を恣意的に山猫の目の前の地面に力任せにたたきつけると。

 渋々と、悲しそうに、山猫はその場に留まった。


 そして。 

 しばらく歩き、もうすぐ竹林の外というところで声がした。

「アハハハハハ!

 とうとうあなた一人になっちゃったわね!

 どんな気分?

 私はとっても残念だわ!

 だって、これで終わりなんですもの!

 あなたで終わりなんですもの!」

 ゴシックロリータを着た女が、立っていた。暗紫色の布地の大部分がさらに暗く染まっているのは、乾いた少佐の血だ。

「貴様の気分など知るか!

 悪鬼のような貴様の気分など」

 俺は竹槍を構えた。

 だが距離が遠い。

 ゴシックロリータを着た女はマシンガンを持っている。ピンク色にデコレーションされたマシンガン。その銃口は既にこちらを向いている。

 女はいつでも、俺のことを殺せるだろう。

 できることなら一矢報いたいが。

 一矢だけでも報いたいが。

 無理なのだろう。

 それでも。

 悔しさが、その場でただ諦めることを許さず、届かなくとも竹槍を構える手に力を与えていた。

「……。

 俺を殺そうと、いつか報いは返ってくるぞ。

 いつか本土の同胞が仇を取る!

 我が国の誰かが、貴様に罪の報いを受けさせるのだ!」

 それは、悔し紛れの言葉だったが。

 同時に憤怒にまみれた怨みの言葉であり、願望であり、そして歪んだ希望だった。

 だが。

 それなのに。

 ああ、それなのに。

 女はひどく驚いた顔をした。きょとんと。場違いなジョークを聞いたように。

 そして、笑った。ジョークの内容を理解したように。

「アハハハハ!

 そうね! そうよね! あなたたちは知らなかったのよね!

 当然だけど! アハハハハ!」

「何を……」

 何を笑う? 何を笑っている? 嫌な予感が忍び寄る。嫌な予感に押しつぶされそうになる。俺はそれを否定する。頭に思い浮かびはじめたことを否定する。

 だが。

 女が言ったことは、おそらくは俺の頭に思い浮かぼうとしていたことよりもなおもひどくて。

「アハハハハ!

 あのね! 戦争はもう終わってるわ!

 あなたたちの国との戦争はとっくのとうに終わってる!

 それでね、あなたたちの国の同胞さんたちだけど……今はどうなったかっていうと……

 すっかり私たちの国と仲良くやってるわ!

 まったく、私たちに負けた負け犬国家のくせに、たくましいのよね!

 今じゃすっかり私たちの国の援助を得て復興して! そうそう、この前は万博博覧会をやってたわ! 私も見に行ったわ! あなたたちの国って滑稽よね! 腰の低い下卑た笑顔をたくさん見たわ!

 あいつらが、あなたたちの仇を取る?

 まさか♪

 まさか、まさか、まさか♪

 彼らはただ私たちに尻尾を振るだけよ!」

 何かが。

 何かが音を立てて崩れ去っていく気がした。心の中の何かが。

 それはとっくのとうに虫食いで空洞化していて、しかしそれでも、だからこそ手を出せずにその場所に神聖化され鎮座していたのだが、それが音を立てて。しかもひどく、歪んで滑稽な形で。

「……」

「アハハハハ!

 わかったでしょう?

 あなたたちは無意味な狩りの獲物。無意味なゲーム。

 私たちが遊ぶために残された、群れの本体から切り離された哀れな獲物だったのよ。

 それももう、残りはあなた一人ってわけだけど!」

 ぎしぎしと。

 歯と顎がきしむほどに、歯を食いしばった。

 しばらく、口を開くこともできなかった。

 それから。

 唇が動いた。歯がむき出しになるのを感じた。ようやく歯と歯の間に隙間を作って、そして。

「ッ」

 それから。

「ッアアアアアアア!」

 おそらく、その時点で意識がとぎれていた。憤怒で。

 がむしゃらに突進する。

 次の瞬間。

 当然のように、銃火。

 痛みは感じなかった。ただ、熱。熱。熱。開いた穴を、瞬間的に熱風が焼くような。その穴の数は、無数で。

「アアアアああああアアア……」

 どのくらい距離を縮めることができたのかすらも、わからなかった。

 気づくと、地面に顔を埋めて、涙を流していた。目から涙を。そして、体中の穴からは血を。

「……」

 手には、まだ竹槍を持っている感覚がある。それこそ焼き付けられたように。指は堅く焼き付けられ、離れない。

 体中の穴から血とともに熱が流れゆく感覚の中、竹槍を持ったまま動かないこわばった手のことを考えていると、唐突に、何か頭に鈍い衝撃が走った。同時に、意識が拡散していく。視界の端、すぐ近くには、あの女の靴が見えた。

 ああ、とどめに頭蓋に銃弾を撃ち込まれたのだな、と、直感的に悟った。

 頭の中に撃ち込また弾丸を中心に、意識が拡散していく。ああ、憎い、憎い。そう思いながら。


 だが、体はもう動かなかった。


 /


 最後に、少しだけ意識が形を持った。

 まだ生きていたのだろうか?

 それとも、魂が、死んだ体に少しだけつながったのかもしれない。


 山猫が、顔を舐めていた。

 涙を。

 怨みの涙を。

 血を。

 怒りの血を。


 もう一度、君に会いたかった。

 カサンドラ。

 そう呼ぶ唇の動きは、本当に形になっていただろうか。


 その唇に、山猫が優しく触れた。


 それが。

 最後の感触だった。




(了)

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