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06 悪銭身に付かず

 俺たちは副隊長のクレランドが囮になってくれたおかげで戦場から離脱する事が出来た。

 そうでなければいかに転生ゴリラが俺たちの殲滅に固執していなかったとしても、逃げ切れなかったかも知れない。

 俺、Cランク冒険者カトラル、下級貴族バールケの3人となった調査隊は、夜番を1人ずつ3交代で分けながら予定より若干遅れて辛うじて下山する事が叶った。


 だが馬有りとは言え単独となったブロイルは、果たして無事にエイスニルへ帰り着く事が叶うだろうか。


「東側の往路に逆戻りしたって事は、俺たちが直に作ってきた野営場所を全部覚えていて使えるって事だ。水の確保や罠の設置場所は全部分かっているから無事に帰り着くだろうな」


 急にリーダーシップを発揮し始めたCランクのカトラルがそう説明してくれたので、俺は成る程もっともだと納得した。

 俺たちは作ってきた野営場所を再利用できるように壊さず進んできたし、二度目なら魔物が触れた時に音が鳴る鳴子の設置場所を検討する時間も一切不要だ。


「それよりフランツ、報告書の作成はどうなっているんだ?」

「ああ、順調だ」


 下山の最中、俺たちを囮にしたブロイルと、副隊長のクレランドを見殺しにしてしまった俺たちとの違いについて色々と考えてみた。


 ブロイルは隊長という戦闘指揮の責任者でありながら、隊員の逃走手段である馬を殺して一人だけ逃げ出した。

 ブロイルの場合は最低でも業務上過失致死。

 彼は身分が低い上に下級貴族バールケの馬にまで毒を塗り込んだ短剣を投げて殺しているので、俺たちへの殺人未遂辺りも適応される可能性がある。


 一方で俺は隊員の身でありながら逃げる事を提案した。

 だが副隊長クレランドが行けと命じており、追認を得ているので特段罪には問われない。

 その後にクレランドが武器を構えて現場に留まったのは、彼の自己判断だ。

 そう思わなければ、とてもやっていられないという思いもあった。


「よし、お前は上等校を出ているらしいから任せるぞ」

「…………分かった」


 俺は時系列順の事実に加えて、当時のパーティの関係性や、ブロイルから聞いた転生者として本来剣術4の実力があるのに不当評価を受けて認定3に据え置かれている事から人々を憎んでいるという背景なども全て報告書に記した。

 さらに証拠となるブロイルが投げつけた毒の塗られた投剣を添え、帰還と同時に冒険者ギルドへ提出出来るよう準備をした。

 さらに写しを2部ほど用意しておく。


「バールケ、実家の男爵家からバルデラス侯へ事実を伝達してくれ」

「どうして俺の実家を使うんだ!?」

「貴族の責務は何だ。国内の犯罪者を見過ごすことか、それとも犯罪を取り締まって領地の安寧を図ることか。どうせ子息が殺され掛けた事は実家の耳に入るぞ。自分から報告に行ったらどうだ」

「実家はエイスニルから3日離れている」

「遅れて男爵家から報告が入ることも伝えておく」

「ちっ」


 カトラルに押し切られながらも終始不本意な表情を浮かべていたバールケであったが、結局俺が作った報告書の写しを1部持ってバールケ男爵領へと向かっていった。


(急場になるとリーダーシップを発揮するのか。いや、隊長と副隊長が居る状況では敢えて雰囲気を明るくすることに努めていたのかも知れないな)


 どうやら俺は、カトラルの評価を見誤っていたらしかった。


 そんな俺たちは予定から4日遅れの7月30日にエイスニルへ帰還。

 真っ先に冒険者協会へ第一報を届けると同時に、下山中にまとめていた報告書を証拠品の毒塗りの短剣と共に提出して3人分の連名で正式にブロイルを告発した。


 案の定と言うべきか、他にやりようなど無かったのだろうと言うべきか、ブロイルは俺たちがドザーク山脈に居たゴリラとの戦闘で死亡したと報告していた。

 重傷を負った俺たちが動けなくなったので情報を持ち帰るためにやむを得なく離脱したと嘘の報告をして、地位と評価の保全を図ろうとしていた。


(よくもまぁ、その様な事を並べ立てて)


 俺たちは真っ先に冒険者協会へ第一報を届けると同時に、下山中にまとめていた報告書を証拠品の毒塗りの短剣と共に提出して3人の連名で正式にブロイルを告発した。

 告発内容は魔物の襲撃を受けている際に毒塗りの短剣を投げつけられて馬を殺されて死にかけたという殺人未遂。

 その結果、翌日の7月31日にブロイルが一時捕縛された。

 そもそも俺たちが五体満足で帰って来ている以上、「重傷を負ったために見捨てざるを得なかった」というブロイルの報告は誰の目から見ても嘘と分かる。


 彼は必死に自己弁護していたそうだが、それも8月4日にバールケ男爵からバルデラス侯爵の元へ、子息が殺され掛けた旨の公文書が届くまでだった。

 公文書が届いた翌日には闇属性の幻覚魔法を用いた強制心理検査が行われ、一応自白が得られた事から2格上位殺人未遂1件と1格上位殺人未遂2件で逮捕された。


「バンデラス侯は自らの名で出した調査依頼に泥を塗られてご立腹だ。アルセニオ・ブロイルは冒険者免許を剥奪されたよ。既に個人資産も没収されている」


 受注課のアスムス氏がそのように説明してくれた。

 量刑は判決を下す側次第なので実際にどうなるのかは分からないが、可能性としては奴隷落ちあるいは死罪なども有り得るだろう。


「今回はご苦労だった」

「確かにDランクとして受けた調査依頼で転生ゴリラに襲われて死にかけた上に、隊長に割り振られたBランク冒険者の犯罪告発で2倍の労力が掛かった」

「まあ多少は考慮してやる」

「…………考慮?」


 当然の不満を口にした俺に対し、アスムス氏は事前に用意していたのであろう追加報酬を提示してきた。


「君への報酬は本来Dランク3単位で48万Gだ。しかし君たち3人がブロイルの虚偽報告を正した点を考慮し、ブロイルから没収した報酬192万Gを生還者3人で分配する。つまり追加で64万Gを支払う」

「すると俺への報酬は、本来の48万Gに追加の64万Gを足して112万Gか」

「そもそも掛けられていない犯罪者への懸賞金など払えない。その代わり点数だけは賞として加点する。Bランク犯罪者摘発分として、Bランク1単位に当たる256点を3人で分けた85点の加点だ」

「ふむ」


 随分とややこしい事である。

 点数は、元々の240点+今回の報酬48点+B級犯罪者の告発85点=現在373点。

 報酬は、報酬48万G+不正受領の再配分64万G(192万G÷3名)=112万G。

 そう言う事らしい。


「なお、ブロイルが意図的に殺した馬の保険金は下りない」

「……だからブロイルの報酬は不正取得だとして没収して、俺たちへ再分配したわけか」

「依頼主であるバンデラス侯爵の立場から見れば、冒険者ギルドに依頼を出したら斡旋された冒険者が犯罪を起こして顔に泥を塗られた形だ。この上で追加の見舞金など出させるわけにはいかない」


 確かに契約外の事項で馬の保険金を出せとは言えないし、迷惑を受けた側である依頼主に見舞金を出せというのもおかしい。

 だが俺だって今回の報酬48万G貰っただけでは、馬の損失は納得出来ない。

 報酬の48万Gに関しては、俺が調査隊として命を掛けてゴリラとの遭遇情報を持ち帰った事に付けられた値段だからだ。

 今回の調査結果によって街道を進む各商隊はDランク魔物が山から一斉に下りてくる事が有り得ると理解して護衛を増やし、自分の身を守る事が出来るようになる。

 領主側も謎の魔物下山現象から、転生ゴリラの居住に伴う現象へと認識を改めて対策を練る事が出来るようになる。


 だから報酬48万Gと、俺がブロイルに殺され掛けた件や馬の損害は別件である。

 ギルドはその折り合いをどう付けるかに悩んだ挙げ句、ブロイルの虚偽報告の訂正作業分として、彼が不正に得たと認定した報酬を巻き上げて俺たち報告者へ再分配したのだろう。


「君たちの中には男爵家の子息も居た。『バルデラス侯の依頼を受けたら隊長の限定国民に殺され掛けた上に、自腹で損失を埋めさせられた。バルデラス侯は人を見る目も問題を解決する手腕も無いらしい』などといった風聞が社交界に流れては困る」

「……ふむ」

「だが侯爵に事態を解決して貰っては、今後冒険者ギルドが発言権を失う。ギルド側から侯爵へ「ギルドで解決しますのでご迷惑はおかけしません」と伝えたわけだ。報酬と点数は、犯罪告発への報いが正しく為されたと言う意味になる。理解できたかね?」

「なるほど」


 俺の口には、余計な事をしゃべらないように金貨64枚がギッシリと詰め込まれたらしい。


「よし。ではその報酬で、新馬でも買いたまえ」


 受注課のアスムスさんはそう締め括ったが、馬は馴れれば馴れるほどよく働いてくれるので、物などと違って年数が経てば悪くなると言うものでも無い。

 だが俺は、これ以上求めるのは無理だと思った。


「分かった。それじゃあ依頼達成という事で」

「納得できたようで何よりだ。それと領主に没収されたブロイルの財産は、次の転生ゴリラ討伐依頼の報酬に足される事になるだろう」

「転生ゴリラか」


 不意を突かれたのは痛かったが、正面から戦っていてもあいつには勝てなかっただろうと思う。


「強かったかね?」

「報告書以上にアレは怖かったよ」


 俺が18歳の時、北のガランス近郊で転生ゴリラが発見されて物議を醸した。

 危険生物として討伐依頼が出されていたが、それから5年後には下位竜を倒したとの噂が流れてきて討伐依頼が取り消されていた。

 俺はまさしくあれこそが、件の転生ゴリラなのであろうと考えている。


 都市ガランスと言えば、1029年9月頃に転生竜が引っ越したリラング山脈が近くにある。

 その時に都市ガランスは転生竜に襲われ、呆気なく廃都と化してしまった。

 そしてゴリラも自分より強い存在が近くに住み着いたために、やがて住処を追われるようにして南のドザーク山脈まで逃げてきたのかもしれない。

 転生竜から逃げていたのは、なにも人間だけでは無かったというわけだ。


「しかし住み着いた場所が悪い。いずれ討伐しなければならない」

「下位竜を倒すような相手を?」

「ゴリラは空を飛ばない」


 相手が空を飛ばなければ討伐の際に楽だろうし、討伐に行かなければ周辺に長く居座られる。

 俺は二重の意味で納得して冒険者ギルドを後にした。


 まずは今回失った馬を買い直さなければならない。交易都市エイスニルは広く、移動にも買い物にも馬は必需品である。

 そんな俺が自由に使える予算は、現在304万Gほどだ。

 これはウサギと戯れながら集めた上薬草の報酬192万Gと、今回の調査報酬112万Gを足した額だ。当然だが、最低限必要と思われる生活費20万G(半年分の収入)は省いて計算している。


 ウサギの場合は貯金から100万Gの初期投資をしているので、純粋に稼いだのは204万Gと言う事になるのだが、昨年までの年収の5倍を僅か2ヵ月で稼いだ事になる。もちろん依頼の先読みで精神に負荷を掛けたし、調査では死にかけもしたが。

 諸々あったものの、確かに冒険者は短期間で一気に稼げる職業らしい。

 悪銭身に付かずと言うが、俺の場合は働いて得た金なのでなるべく身につけたいものである。






 そのような理由から、俺は難民キャンプへとやって来た。

 なぜ難民キャンプなのかというと、リグレイズ王国方面から逃げてきた人たちは移動に馬を持っていて、しかも難民キャンプではそれが維持できなくなるからだ。

 金が欲しい。馬はいらない。

 そう言う人が沢山居るので、交渉次第では格安で良馬を手に入れる事が出来る。


(さてと……新しい難民のエリアは、西側だったな)


 難民キャンプは、都市エイスニルの北を流れる大河に沿って西側へと伸びている。

 これは東側の方が都市に近く、川の上流にもあたるので立地が良いために先に来た難民がそこを抑えるからだ。

 ただし、そう言う難民は既に馬を手放している。

 彼らはある程度の金銭を持ち、自衛組織を立ち上げ、勝手に掘っ立て小屋を作り、畑を耕し、都市側から訪れる業者と様々な取引を行う。

 そんな彼らは既に取引相手にならないので、俺は比較的新しく来た人たちのエリアへと足を踏み入れた。


 安物の薄手の服を着崩し、髪もボサボサにして、金なんて持っていませんよというアピールをしながら真っ直ぐ素通りする間に素早く品定めをする。

 交渉はともかく、取引は短期滞在証を立て替えてでも都市内の取引所で役人立ち会いの下に正式に行う予定だ。

 後で盗んだとか盗まれたとか言われてはたまったものでは無いので、ちゃんと所有者証書を持っている相手としか取引はしない。それが成立しそうな相手を見定め、帰り際に声を掛けるのだ。


 1万G以上となる所有権の移譲は、公証役場にて公証人が手数料5%の最大1万Gで取り持ってくれる。

 さらに証書の写しは3年間保管してくれて、以降も本人か相続者などの有資格者が証書の原本を持って行って追加料金を払えば、写しの保管期間を延長してくれる。

 裁判などでは、これが決定打となる場合が多い。


(…………結構な数が居るものだ)


 1030年4月には、ついにリグレイズ王国最南端であった都市ツワロクが転生竜に襲われて廃都と化している。

 そのためにリグレイズ王国へ留まれなくなった大量の新規難民が流れ込んできており、俺にはそこがまるで中古馬の販売場であるかのように見えた。

 と言っても、店員も居なければ価格表示もされていないセルフサービスの販売場である。

 まずは候補の一つに声を掛けてみる事にした。


 声を掛けたのは20代後半くらいで、筋骨隆々とまでは行かないがガッシリとした体格の良い男である。

 こういう男は元の都市でしっかりとした仕事をしていたであろうから、条件さえ折り合えば間違いなく取引が成立する。


「すまん、ちょっと良いか?」

「ん、なんだお前は?」

「俺はエイスニルの冒険者だ。馬を探しているからあんたに声を掛けてみた」


 そう言って冒険者免許証を他に見えないように男にだけ見せる。


「ほう、それで?」

「条件が折り合えば馬を買い取りたい。その気が無いか、所有者証書を持っていないなら邪魔をした。どうだ」

「なぜ俺に声を掛けた?」

「体格から見て、しっかりした仕事をしていそうな男だったからだ。その体格で乗れる馬なら俺でも大丈夫だろう。馬の毛並みも良く、健康状態にも問題なさそうだ」

「そうか。まあ良い」


 男は頷き、俺に問い質してきた。


「馬を使う目的は何だ?」

「都市内外の移動と買い出し品の運搬」

「以前使っていた馬は?」

「6年乗ったが、もういない」

「冒険者なら普段の管理はどうしている?」

「俺の借家は馬小屋付きだ。依頼で馬を使えない場合は、公共厩舎に預ける」


 そこまで説明すると男は暫く沈黙した。

 馬というのは所有物であると同時に、家族でもある。俺も愛馬を殺されたときはキレたし、売れと言われれば躊躇っただろう。

 だが俺がこの男と同じ状況であれば、最終的には売ったはずだ。

 そうすれば馬に満足な餌を与えてやれるし、男自身も生活が再建できる。


「……エイスニルへの入地税、リグレイズ中央へ向かう船の1等客室料金、半年の生活費」

「結構な値段を言うものだな」


 入地税1万G(2週間)、客船の料金15万G、生活費6万G(1万G×6ヵ月)。

 その22万Gに公証役場での手数料1万Gがかかるので支払いは23万Gとなる。


「お前が見定めたとおり、このスカイラインは名馬だ」


 彼が口にしたスカイラインとは、風景にある地平線の意である。

 おそらくはその様な意味で名付けたのだろうか。確かにどこまでも連れて行ってくれそうな赤毛の馬であった。

 彼に促されて前に出たスカイラインはブルルンと嘶きながら、その円らな瞳で俺の目を見つめてきた。


「スカイラインは基本的に干し草を食べるが、好物はリンゴだ。褒美にはリンゴを与えてやると良い。それと時々はとうもろこし、大麦、大豆などを混ぜるとよく働く」

「人参は食べないのか?」

「人参は好みが煩い。甘い人参なら好むだろうが、残すかも知れない」

「なるほど」

「それと良質な水だな。エイスニルなら心配ないだろうが……」

「水属性の3と水魔法を持っている。MPも人並み以上にあるから問題ない」

「そうか……冒険者だったな。可愛がってやってくれ」


 男はそう言い、スカイラインの背をポンポンと叩いて手綱を俺に寄越してきた。


「それじゃあ都市内の公証役場で取引をしよう」


 馬の購入費は難民から買い取ったにしてはセリカと殆ど同額になってしまったが、これはもう仕方が無いだろう。業者を介せばさらに10万Gほど値が上がるくらい良い馬だ。

 俺がそう納得したところで、それに聞き耳を立てていた女が声を掛けてきた。


「ちょっと、あんた!」


 振り向いた俺の視線の先には、この前遭遇した転生ゴリラのようなオバサンが突っ立っていた。


「うぉっ!?」

「ねぇあんた、もう一つ買って欲しいんだけど!」


 ズイズイと攻め込んでくるオバサンに、俺は不覚にも後退あとずさった。

 だが目の前に転生ゴリラが現れたらどうするのか考えて欲しい。とりあえず逃げるのでは無いだろうか。

 立ち向かうのは冒険とは言わない。無謀という。


 まあ言い過ぎかも知れない。

 現在は良い体格だが、もしかすると20年前は痩せていて美人だったのかも知れない。だが現状ではゴリラである。


「な、何を買って欲しいんだ?」

「この娘よ!」

「はぁっ?」


 俺は転生時に天界へ召されて以来、およそ30年振りに頭の中が真っ白になった。

 そのオバサンが指し示した先には、1人の娘が立っていた。


 これは金に困った難民が、娘を1人売りたいと言う事なのだろうか。

 よく見るとその近くには15歳くらいの男の子も立っており、つまりは他の家族のために売りたいと言う事なのかもしれない。

 夏なのに深くフードを被っているので顔が分からないが、髪は白銀に淡い青い光を照らしたかのような青銀色とでも言うべき不思議な色をしている。

 なおゴリラの毛は黒である。


「…………娘か?」

「あたしの娘じゃ無いわよ」

「……………………」


 よし、まず深呼吸しよう。

 すぅ……はぁ……。


「事情を説明してくれ」

「この子はあたしの夫の兄の娘よ。借用書があるから、それをあんたに買い取って欲しいのよ」

「なぜ借金をした?」

「去年の9月にこの子が住んでいた都市ガランスが転生竜に襲われて大怪我したのよ。それでこの子の叔父の住んでいるツワロクに辿り着いたけど、それを治すために大金が必要だったわけよ。働いて返すって言ってたけど、今年4月にツワロクまで転生竜に破壊されたわ。うちの子をこんな状態にしておけないでしょ。あんた買い取ってよ」

「両親や叔父は死んだのか」

「決まっているでしょう。都市が破壊されたのに金持ちに嫁がせるのは断るし、代わりに稼がせようとしても闇魔法なんて汚い事して抵抗するし、金にならない回復ばかりしてるし、こんな状態じゃあ、もうどうしようも無いでしょ!」


 結婚に関しては、割とよくある話である。

 結婚に打算が含まれるのは、王侯貴族や貧しい家の娘を見れば一目瞭然であろう。打算が無い結婚もあるが、打算が介する結婚もあるのは否定できない。

 花を売るのもよくある話で、女が手っ取り早く稼ぐにはそれが一番早い。

 だが喜んで売る人ばかりなら商売にならないわけで、つまり彼女もそんな事は嫌だと拒否したのだろう。


 それと他国の治癒師が勝手に対価を得た治癒活動を行えば、都市にある神殿の既得権益を侵してしまうので早々に潰される事は目に見えている。

 大体、このエイスニルは聖女ジルベット・ヴィクスのお膝元だ。そんな場所で無許可の治癒院を作るなど無謀にも程がある。


「何よ、あたしも平民で裕福だった下級貴族の夫に嫁いだから、そんなの普通でしょう?」


 俺は追加で聞こえてきたゴリラの主張を聞き流すと、改めてその娘を見た。

 夫の兄の娘と言う事は、血が繋がっていないのだから当然であろうが、体格はゴリラでは無い。

 顔は隠しているので自信が無いのだろうかと思ったが、難民キャンプで若い娘が顔を晒していては危ないと言う面もあるので一概には言えない。


 このままここに放置していても、やがて金が尽きて結局は生きていくために最後の手段に出るのだろう。

 領地調査官時代ならば何があろうとも絶対に断るところだが、俺は現在単なるDランク冒険者の1人である。


「借用書の額は?」

「256万Gよ」

「…………Bランク1単位と同じなんて高すぎる。一体何をした?」

「死にそうだったから神殿の治癒師に疾患回復キュア4を施して貰ったのよ。ちゃんと返して貰うつもりだったんだけどね。あんた持ってないの!?」

「馬鹿言うな。持っていない訳じゃ無いが、娘1人に256万Gなんて高すぎる。いや、下級貴族だから高値と言いたいのか?」

「それもあるけど、あんた、顔見せなさいよ」


 オバサンの命令口調からしばし逡巡があり、結局娘がフードを取り外して顔を見せた。


(ああ……なるほど……)


 俺は、このオバサンの言いたい事がよく分かった。

 そしてこのままフードを外させ続けると危険だと理解した。


「…………分かった。早くフードを被ってくれ」


 彼女を例えるには、天界で出会った天使を引き合いに出すしか無いと思った。

 かの天使が神の主観に基づく造形美で創られた存在なのだとすれば、彼女は人の造形美に基づいて創られた存在なのではないだろうか。


 瞳の色は海碧。晴れ渡った日に海岸線から見渡せる穏やかな内海の如き美しさだ。

 そんな瞳がパッチリと開かれて、瞳に吸い込まれそうになると言う言葉を俺はこの瞬間に始めて実感した。

 目尻は垂れ目で、内気な童が親に何かを訴えかけるかのように愛らしく、それを見ているだけで関心を持たざるを得ない。眉もそんな目尻に合わせて下がり気味だ。

 鼻や口の位置を含めた顔全体のバランスを見れば、彼女が少女とも女とも言えない危うくも絶妙な年齢である事が知れる。

 美しさと可愛さはベクトルが違うが、おそらく彼女は可愛いの方に舵を切っているのでは無いだろうか。

 美容に裂く事が一切無いであろう難民キャンプの中にあってなお光沢を失わない髪は、先ほど言ったとおり白銀に淡い青い光を照らしたかのような青銀色で幻想的だ。

 肌は健康的だが色白できめ細かく、フードを被り直した仕草も優雅で、彼女が教養を受けた下級貴族の娘である事がよく分かった。


「借用書を買い取る」


 今の俺の心境を例えるならば、一点物の工芸品に一目惚れしてそれを自分の物にしたいという独占欲だろうか。

 精一杯誤魔化した部分を削るなら、一目惚れである。


 男が女の借用書を買い取る理由なんて下心以外に無いだろう。

 つまり「俺も転生の(キャッキャ)成功者(ウフフ)になる!」などと、まったく若くも無い三十路男がまるで十代後半のような欲望を渦巻かせているわけだ。

 他の作者(ブロイル)を売ったお金で女を買うと言い換える事も出来るだろう。

 ああ、照れ隠しで誤魔化した結果、全てが台無しとなった。


「それならあたしと息子とこの子の3人分の入地税3万も払ってよ。でないと都市に入れないからね!」

「分かった、分かった」


 俺は即決しつつも、かなりの無茶は自覚していた。

 俺が使えるのは304万G。

 そして馬の購入費23万G、娘の借用書買い取り256万Gと手数料1万G、3人分の入地税3万G、娘の短期労働証の最長3年分を発行すれば18万G。ここまでで出費が301万G。

 別枠の生活費20万Gを除くと、この時点で既に3万Gしか残らない。

 だが短期労働証を半年分にするのは却下だ。コレには譲れない理由がある。


 さらにハウスメイドのような形にして雇って手元に置くためには、月々1万Gの支払いと2割の税が必要となる。

 それも差し引くと生活費を除いた貯金が1万8000Gにまで減り、このまま働かなければ、最長2ヵ月で俺の人生計画が破綻する計算だ。


(雇うとなれば、彼女の身の回りの品も必要になるし……彼女の部屋は書斎を潰せばいけるけど、ベッドなんかも新規で買う必要があるか……)


 オバサンは俺の苦悩を知った事では無いとばかりに、現金が得られる事を息子らしき男に話して大いに喜んでいる。

 今のオバサンと野生のゴリラとの相違点は、服を着て内海語を話せる二点だけだろう。


 スカイラインを売ってくれた男は、口には出さないが若干呆れている。

 だが生活費とセリカの飼育費は年内分まで別枠で持っているので、とりあえずスカイラインを飢えさせるような事はない。


 借用書を売られる事となった女は、どうやら俺を品定めしているようだ。

 多分彼女も、俺が一杯一杯だと言う事は分かっている。だがこのオバサンと居てもやがて借金のカタなり生活の為に花売りをさせられるので、敢えて何も言わないのだろう。


(はぁ、ああ……)


 悪銭身に付かず。

 変なフラグなんて立てるんじゃなかった。

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