01 冒険者活動の開始
1030年5月3日。
この年に三十路となってからようやく転生を自覚した俺は、暫く悩んだ末に職場へ退職願いを提出した。
『祝福』で不老を得た俺は、このまま現職に留まったとしても定年後には路頭に迷うだろう。
一方で多種族がなれる冒険者や冒険者ギルドの職員には定年が無く、免許を持っておけばそのような心配が無い。
そんな特殊な事情が背中を押した結果、転生自覚の1ヵ月後には諸準備を整えて冒険者ギルドへ出向く事となった。
「フランツさん、いらっしゃい!」
「冒険者ギルドへようこそ」
「やあ」
建屋内に入ってすぐの受付カウンターから2人の受付嬢が声を掛けてきたので、俺も軽く手を上げて挨拶を返した。
これまでの俺は領地調査官という職業柄、冒険者ギルドに対しては各種の依頼を持ち込む側であった。よって挨拶を交わした二人は、どちらも顔見知りである。
明るい声の元気な娘の名前はステファニー。去年初等校を卒業してギルドに採用された在職2年目の新人で、今は13~14歳である。
落ち着いた丁寧な声の娘は、在職4年目になるシンシア。15~16歳で、仕事にもかなり慣れてきたので先輩としてステファニーの指導をしている。
ちなみに両方とも容姿採用。
ギルド受付嬢に求められているのは若さと容姿と愛嬌の三点だけである。
(…………ここの冒険者ギルドは、間違いなく有能だ)
俺はそう確信している。
なお冒険者ギルドには、大きく分けて6つの仕事がある。
【職務内容】
受注課……依頼内容の精査や受注確認を行う。
鑑定課……依頼品の鑑定や素材の買い取りを行う。
免許課……冒険者ランク計算・資格確認・免許作成。
査察課……冒険者に同行して現地で依頼の調査確認。
庶務課……冒険者ギルドの運営に必要な各種業務を行う。
受付課……窓口嬢。若くて美人か可愛くて愛嬌があれば良い。
【採用条件】
受注課……ランクC以上の実務経験。各種資格や経験を要す。
鑑定課……鑑定か魔法鑑定が必須。鑑定技術は高いほど良い。
免許課……算術と魔法の知識が必須。高いほど好ましい。
査察課……戦闘技術と馬術が必須。もちろん高い方が良い。
庶務課……資格と適性に応じて配属。縁故採用有り。
受付課……若さと容姿が必須。愛嬌は別の需要で採用も有り。
※全課で母国語の識字が必須。
あの天使は、俺に受付嬢以外の中堅職員の全選択肢を与えてくれたらしい。
ちなみに俺が将来の候補として考えているのはギルド花形の受注課か査察課辺りだが、それには差し当たって冒険者になり、最低でもランクをCに上げなければならない。
「冒険者免許証を交付して欲しいんだ。冒険者になろうと思ってね」
「えっ!?」
「………………交付ですか?」
用件を明確な意図と共に伝えたところ、二人に聞き返されてしまった。
「フランツさんは領地調査官ですよね。しっかりとした本業がある方には、冒険者免許証の交付は認められ難いですよ」
シンシアが言葉を重ねる。
冒険者ギルドにしてみれば、依頼も受けないのに免許交付だけを求める者は迷惑でしか無い。例えばFランク冒険者の仕事を冒険者以外に食い荒らされては、新人冒険者が育ち難くなる。
従って絶対に交付されないというわけでは無いが、本業があれば相当厳しい審査となる。
「いや、領地調査官は退職したよ」
「ええっ、勿体ない!」
ステファニーが驚きの声を上げた。
領地調査官としての俺の年収は去年40万G台で、正規国民の平均年収が30万G台という世知辛い世の中においては程々の安定収入であった。一応12年働いて、主任にもなっていた。
これを冒険者で例えれば、Cランクくらいだろう。
30歳でCランクならまあまあと言えるが、今から転職して最下位のFランクから始めるとすれば、お先真っ暗である。
具体的に言えばお見合いで無条件に弾かれる。近所の奥様方にヒソヒソ話をされる。呑み屋で知らないオッサンに絡まれる。官憲から要注意人物扱いされる。道端で犬に吠えられる…………。
ステファニーは可哀想な人を見る目で俺を見つめた。
「…………実は、俺も転生者だったんだ」
「えっ、フランツさんって転生者だったの!?」
「転生しておられたのですか?」
居たたまれなくなった俺は、名誉回復のために転生者である事を暴露した。
すると彼女達の顔色が、真っ白から赤みを帯びた肌色に戻る。
やはり世の中、金なのだろうか?
本当は転生者であることをあまり言い触らしたくない。
なぜならば北のリグレイズ王国で転生竜が大暴れしたことにより、転生者全体への評価が下がりまくったからだ。
そんな影響力絶大なステータスを弾き出した転生竜は、間違いなく転生ポイントを沢山割り振った『作者』であろう。
例えばHPとMP、そして4つの能力値を全て1,000以上にするには合計3万pt近くが必要だったはずだが、そのくらいの非常識を実現できた作者がきっとどこかに居たのだろう。
そしてその絶大な力を以て、全く自重せず好き勝手に世界を闊歩しているわけだ。
実に迷惑な存在である。
さっさと『読者様』に討伐されやがれ。
「そういえば、フランツさんも沢山の技能をお持ちでしたよね」
「いや、俺は殆ど力を与えられなかったよ」
俺も自重せずに「不老」を得ただなんて、とても言えない。
討伐しないで下さい。
やはり祝福の部分に関しては、当面の間は隠しておこうと思った。
「お話は分かりました。それでは手続きをさせて頂きますので、国民証・住民証・属性証・各種資格証・必要書類を提出してください。免許の発行手数料は1万Gです。また、交付には二週間ほど掛かります」
二週間というのは犯罪歴の有無や、他の都市での二重申請がされていないかを調べるための調査期間である。
冒険者免許証は一定期間更新されなければ失効するが、それまでの間は色々と悪用出来てしまう。
「分かった。それじゃあよろしく頼むよ」
俺は事前に用意していた各種書類に金貨1枚を添えて提出し、必要書類を記載し始めた。
金貨1枚とは大きな手数料だが、これは冒険者免許証のランク・属性・魔法表記部分に属性の力が結晶化した輝石の加工品を用いる材料費と加工費のために高額となるのだ。
そこまでする目的は、もちろん免許証の偽装防止だ。
世間的な評価はS~Fのランクで定まるのだし、持ち主が実際に魔石に魔力を込めたり、魔法を使ってみたりすれば、免許証が本人のものであるか否かが一目瞭然となる。
輝石表記部分がランクアップや新たな力の習得で変わる際には古い免許証との交換となるため、次回以降の手数料は発生しないのだが。
俺は冒険者免許証に記載される予定の全ての欄を念入りに埋めていった。
俺が書いた書類が免許証作成時のダブルチェックにも使われるので、ここで書き漏らしてしまうと場合によっては免許に記載されない可能性も有り得る。
認定1以上の資格は資格証を無くしても国や認定協会で登録されているので、問い合わせてもらえば載せて貰う事も出来るのだが、俺自身が書き漏らしたらギルドが問い合わせをしてくれないので自己確認が必須だ。
それと将来ギルド就職を候補にしている以上、やがて不老あるいはそれに近い老化軽減の持ち主であるという事を知られてしまうのは避けられないので、転生者であるという部分に関してだけは最初から自己申告しておく。こうしておけば、後の発覚時に大分印象が違う。
一方でシンシアも、向かい側から俺の記載内容を書き写していった。
そんな無言の作業が暫く続けられ、やがて全ての書類の記載が完了した。
「はい、確かに。それじゃあステフ、免許課に書類を持って行って。あと、中からエリアナを呼んできて。あたしはフランツさんに申請者への説明をするから」
「はーい」
シンシアに指示されたステファニーが、書類一式を掻き集めて受付の奥へと姿を消していった。なお各種証明書に関しては、この場で俺に返却される。
手続きがあっと言う間に進んでいったが、これは俺がこの交易都市エイスニル出身で、彼女達にも身元が充分知れており、かつ冒険者ギルドに仕事を定期的に依頼していた領地調査官だった事が大きな理由だろう。
これがもしも都市に住む初見者、他都市に住所を持つ正規国民、国内に住む他種族、権利の制限された限定国民、住所不定者や他国民などになっていくと、審査はどんどん厳しくなっていく。
なお他都市の者の審査が厳しくなるのには幾つか理由があって、例えば冒険者免許証は主たる活動地で発行するのが常識で、以降はそこの冒険者ギルドを中心に活動するのが基本となるからだ。
都市を移る事も出来るが、報酬は依頼を受けたギルド支部でしか受け取れないし、冒険者に頻回に移られてはギルド側も仕事を回しにくい。
また他国の限定国民は審査できないので免許が与えられず、奴隷に至っては人ではなく主人の所有物であると法で定められているのでそれ以前の扱いを受ける。
俺はギルド側にとって既知の確認作業を次々と飛ばされて、シンシアに面談室へと案内された。
「それでは申請者に対する冒険者ギルドの説明をさせて頂きますね」
「ああ、頼む」
「はい。冒険者ギルドとは、ラシュタル王国が『冒険者の管理』と『依頼の集約化』を目的として設立させた組織です。業務内容は依頼人と冒険者の仲介で、依頼人からの依頼料の一部を運営費に充てる形で運営されています」
なお税とギルドの仲介手数料は、我が国ではどちらも2割ずつ上乗せされている。
例えばFランクなら1単位の成功報酬が1万Gだが、依頼者が支払うのは4割増しの1万4,000Gとなる。
上乗せされている4,000Gの内訳は国税1,000G、領地税1,000G、仲介料2,000Gだ。
経費として処理出来る商会はともかく、個人的な依頼ならば冒険者ギルドを介さなければ4,000G少ない金額で冒険者を雇えるのでそちらを選ぶ者も居る。
だが割増料金を支払ったとしても、冒険者ギルドを介する事には依頼人と冒険者の双方にとって非常に大きなメリットがある。
「冒険者ギルドは、依頼者に『保証と補償』を行い、冒険者には『交渉代行と証明』を行います。フランツさんは依頼者のメリットについては、よくご存じでいらっしゃいますよね?」
「ああ」
まず保証について。
ギルドが無ければ『自称冒険者がどの程度の力量を持っているのか』そして『信用に足る人物なのか』が判別できない。
だが冒険者免許証を持っていれば王国に冒険者として認められている人物であると分かるし、国内で統一された冒険者ランクによって個々の力量も判別できる。
そして冒険者個々の得意分野や過去の依頼成功率もギルドが把握しているので、依頼人は下手な冒険者を掴まされることも無い。
要するに冒険者ギルドは、冒険者の品質保証をしてくれるわけだ。
次に補償について。
依頼は成功ばかりではなく、時には失敗する事もある。
だが冒険者ギルドを介した依頼が失敗すると、冒険者ギルドは『さらに腕の良い冒険者』を直ぐに手配してくれる。
また『依頼者の過失』や『依頼と実態の齟齬(依頼より強力な魔物が出たなど)』が無ければ、依頼金額を据え置いて請け負ってくれる。なお、担当冒険者の変更に伴う諸経費は、失敗した冒険者が支払う事になる。
これらに加えて冒険者に起因した各種トラブルにはギルドが組織的に対応してくれるし、依頼者の財物を持ち逃げした場合には手配書まで出してくれるのだ。
「では依頼者のメリットは省きまして、冒険者のメリットをご説明します。と言っても、交渉代行もよくご存じでいらっしゃいますよね?」
「依頼者と冒険者が直接交渉しないように計らう事だろう。確かに雇用者と労働者では、力関係に一方的な差があるからな」
交渉代行について。
依頼者は様々な依頼を、なるべく安い金額で出そうとする。
冒険者は仕事が無ければ食べていけない事から足下を見られるし、専門知識が無ければ依頼の難易度が分からずに見積もりを低くされてしまう。
だが冒険者ギルドしか依頼の窓口が無ければ、仕事を請け負わせたい依頼人は金額を値切れなくなる。
また受注経験の豊富な冒険者ギルドは相場を知っているため、査定もかなり正確だ。
さらに依頼者は先払いで依頼料全額を冒険者ギルドに預けなければならず、報酬を踏み倒す事も、言いがかりを付けて後から報酬を値切る事も出来ない。
そしてトラブルを起こした依頼者とその関係者からの新たな依頼は、冒険者ギルドが受け付けなくなる。
それら全てを冒険者ギルドが行ってくれる事により、冒険者は過去にトラブルを起こした事の無い依頼者から安心して依頼を受けられるのだ。
「では証明についてご説明します。冒険者ギルドは、冒険者をS、A、B、C、D、E、Fの7段階でランク付けしています」
シンシアはそう言いながら、先ほど俺の情報を書き写していた説明用紙と参考資料を見せてきた。
俺は、参考資料に書かれていた詳細な点数までは知らなかった。
どうやら冒険者は、かなり細かい点数で厳密にランク計算が為されているらしい。
何故こんな事をするのか。
それはランクが無ければ、冒険者が自分自身を高く申告してしまうからだろう。冒険者は生活がかかっているので、自分を実力よりも高く売り込んでより良い依頼を受けようとする。
だがそれでは依頼人が危険だ。
例えば「私は魔物退治に定評があるベテラン冒険者です」と言われて信用して雇ったところ、いざ魔物が出るとアッサリやられて依頼人まで死んでしまった。なんて悲劇が起こり得る訳である。
そこで冒険者ギルドが冒険者の総合評価を証明することで、そのような悲劇が回避できる可能性がかなり上がるわけだ。
「なるほどなぁ」
依頼の難易度ごとにF=1点、E=4点、D=16点、C=64点、B=256点、A=1,024点、S=4,096点という風に前ランクの4倍の点数が貰え、一定の点数を溜める事でランクの昇格があるようだ。
また依頼に失敗すると倍の点数が引かれ、また依頼外の賞罰でも点数は増減するようである。
肝心の昇格条件は、E=20点以上、D=120点以上、C=600点以上、B=2,520点以上、A=7,640点以上、S=17,880点以上と書かれている。
つまりCランクを目指す俺は、合計600点以上を取らなければならないらしい。
「ちなみに賞罰って、どんなケースだ?」
「賞は、依頼外で国家・都市・冒険者ギルドなどに貢献した場合に評価される事があります。罰は、逆に損害を与えた場合で、一番多いのは冒険者登録証の紛失です」
「確かに紛失は、一番ありそうだな」
冒険者免許証は悪用出来てしまうので、紛失にペナルティが無ければ『自称』紛失者が増えるのだろう。
冒険者のランク制度については、大まかに理解できた。
「ちなみにFランクとなる俺は、どのランクの依頼まで請け負えるんだ?」
「冒険者のランクは総合評価で示されていますが、お持ちの技能や魔法次第では上の依頼を請け負うこともできます。例えば水魔法の使い手が必要だという依頼なら、それに見合う力があるのでしたらランクが高くても請け負えるかも知れません。その評価は、受注課の方で行いますよ」
つまり、俺が難易度Cの依頼を1単位成功させれば64点と64万Gが貰えて、ランクがFからEへ上がる訳か。
そして2単位成功させれば128点となり、ランクDに上がれるわけだ。
「但しこの交易都市エイスニルには水魔法の使い手が多いので、それほど簡単にはいかないと思います。競争はかなりシビアですから」
「ふむ、依頼の受注について聞きたいのだが……」
「はい」
「例えば貴族が『自分の子息の冒険者ランクを意図的に上げよう』として、子息のみしか受けられない条件の高額依頼を出したらどうなるんだ。子息はSランクになっていくのか?」
これは実力の低いランカーがいるのかを知りたかったと同時に、自分が貯金を使って自身への依頼を出したらどうなるのかを知りたかったからだ。
自分自身では依頼を出せなくとも、親戚や友達に金を預けて意図的な依頼を出させたらどうなるのか。冒険者ギルドが本当の依頼主を調べられなくなる方法など、いくらでもあるだろう。
例えば俺の貯金全額の140万Gを依頼に使えば、そこから手数料を引いた100万G分の依頼を冒険者ギルドに出せて、請け負う条件を絞れば自分自身が受けられる。
そして依頼を達成したと言うことにすれば達成時の報酬100万Gが返ってくると同時に、間違いなく100点も貰える。
つまり40万Gで100点を買うわけだ。
そして480万Gを払えば、ランクCとなれる600点を金で買える。
……もっとも俺が冒険者ギルドの支部長なら、そんな経験を重ねて来た奴を受注課員には雇い入れないが。
「答えは可能で、Sに成り得ます。だからこそ冒険者免許証に各ランクの請負件数と成功数、そして裏面には知識や技能が記載される事になったそうです」
「それらの表記でランクの信用を補完する訳か。理解した、ありがとう」
「どういたしまして。説明はこれで終わりですが、分からない事があればその都度お聞き下さい。では頑張ってくださいね」
「ああ」
俺は軽く頷き、面談室を後にした。
そして依頼が張り巡らされているスペースに行き、冒険者免許証が発行される2週間後まで依頼が取り下げられないであろう採取・調達系の依頼を探す。
そして目星を付け、暫く考えてから受付に戻っていたシンシアに声を掛けた。
「シンシア」
「はい、何でしょうか?」
「受注課のアスムスさんを呼んでくれ。Dランク冒険者2人とEランク冒険者4人を雇いたい。期間は3日後から10日間で1単位、Dランクは夜間戦闘技能か魔法技能の高い奴を頼む」
「…………えええっ!?」