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少女は転載に憧れていた

作者: eiki

「ふぅ、どうして世の中は思い通りに行かないんだろう」

12月の私と透子しかいない放課後の教室で透子が呟いた。


頬杖を付きながらもう暗くなりかけた時間

窓の外を眺めながら放たれた言葉は日誌から私の興味を引き離すには十分過ぎる程に

形容し難い憂いを帯びていた。


まあ、私達ももうすぐ受験を控えた身だ。

友人の私が言うのもなんだけど透子は天才だった。


何をもって私が透子を天才って称したかは自分でもわからない。

確かに透子は成績とか頭は良かった。

でも透子ぐらい優秀な人は沢山いた。当たり前のように沢山いた。

それでも透子は天才だった。

私が透子を天才というと周りの彼女を知る人は絶対同意してくれた。

だから、誰が言おうと透子は天才だったんだと思う。


さて、そんな普段は天真爛漫を絵に描いたような性格の透子も流石にこーゆー時ぐらいは物憂げになるか。

いや、もしかしたらずっと積もり積もったモノが今ぽろっと零れたのかもしれない。

それほどまでに透子という女の子が自身の悩みを口走るなんて滅多になかった


「どうしたの。珍しいじゃない」

きっとそう言って欲しくて透子も呟いたたんだと思う。

だから私は聞いてあげることにした。

多分、透子の悩みを聞いて上がられるのは私ぐらいしかいないから。

「んー、あのさぁ」

「うん」

私はペンを手から置いて少し改まった声色に身構えた。

「ノーランズのGOTTA PULL MYSELF TOGETHERって曲があるんだけど」

「うん・・・」

ん?

「この曲の邦題が恋のハッピーデートだなんて・・・」


・・・

やっぱり透子に自信の悩みなんてなかった。

最初から天才の悩みは凡人には理解できないものらしい。


「あのね、このGOTTA PULL MYSELF TOGETHERは翻訳すると、立ち直らなきゃって意味なんだけど」

凡人の追いつかない脳味噌を天才は光の速さで置いてけぼりにするのが得意だ。


いや、透子は私を置いてけぼりにする事にも天才だった。


「この訳から察してもらえる通りこの曲って失恋歌なのよ」

まあ、察することができないこともないタイトルね

「でもね、日本に来た時にこの曲は恋のハッピーデートだなんて真逆の意味のタイトルを付けられてしまうの」

今までひらひらと私の目の前を舞っていた透子の右手が握りこぶしに変わった。

これはヒートアップのサインだ。

「せっかくこの曲を作ってタイトルを付けた人の意思に反してさ、上辺だけの曲の雰囲気からこんなトンチキなタイトル付けるなんて」

今日日トンチキって表現を使う女子中学生なんていないよ。

「この世界は曲のタイトルっていう音楽を作った人なら一番伝えたいことですら、まともに伝わらないのよ」


全くもって信じられないって顔で腕を組む透子。

その様子に私の方まで信じられないって顔になる。


「まったく、これつけた人は小さい頃に人の心を考えられるような大人になれって言われなかったのかしら」

「ビートルズがやってくるヤァ!ヤァ!ヤァ!もなかなかだよね」

プリプリ怒ってる透子の姿が面白かったから、ついつい自分の数少ない知識から燃料をくべたくなってしまう。

「んー、それもアレなんだけどねー」

おや?この話題にはすぐに同意するわけでもなく、少し考え込んでしまった。

「確かにA Hard Day's Nightにそんな邦題を付けた水野晴郎はブッ飛んでたけど、でもこの人の付けた007危機一発はすごく良いセンスだと思うの。元々は髪の毛の髪だったのを、弾丸に見立てた一発にしてのは素敵だと思う」


おっと、透子からこんな評価をもらえるとは。

私は007危機一発もビートルズがやってくるヤァ!ヤァ!ヤァ!も同じ人が邦題付けたなんて今知ったけど、今ここでしゃべり続ける透子の邪魔をしてはいけないと思って黙っていた。


「でも酷いのは4人はアイドルってタイトルよ。当時アイドル扱いされていく自分たちに嫌気が差していた時にこの邦題よ!まったく嫌味なものね」

少しでもほっといたらまたボルテージが上がっていく。

透子は自分で身につけた知識で自分を怒らせることがすっかり癖になっていた。

その癖を私はいつも愛らしいと感じていた。


そうそう、私にも悪い癖がある。

でも直したくない悪い癖。

透子を見ていると時間を忘れてしまうのだ。





「まったく、なんであれしかない日誌でこんなに時間かかるのよ。すっかり暗くなったじゃない」

あれからもずっと透子はしゃべり続けてた。

急いで日誌を書いていた私は相槌もまともに打ててなかったと思うけど、ちゃんと聴いてあげていたことは確かだ。

別に聴いていなくても、聴いていてもその後の透子との会話に支障をきたすなんてことはないけど。

でも、私にとって透子の話を聞くことは重要だった。

だって透子は私をいつだって置いてけぼりにするけど

私は必ずその後ろを付いて行きたかった。


透子だけを一人で歩かせたくなかった。

「はいはい、待たせちゃって悪かったわね」

先に進む透子の癖と後を追いかける私の癖。

昇降口から校門に続く冷え切ったアスファルトをトントンとつま先で叩きながら跳ねるように歩く。

「っん~。寒い」

その姿がまるで冬の動物園のフラミンゴみたいで、見てる私まで寒くなってきた。

「ほら、はやく。行くよ」

冷め切った私の手を透子が急かすように握る。

ずっと続いてる私たちの癖。

小さい頃

幼稚園で一人で先を進んじゃう透子は迷子の常習犯だった。

それを見かねた当時の先生が考案した案は、いっつも他の子より歩くのが遅れがちな私と手をつながせる事だった。

すると先を急ぐ透子にとって私はストッパーになり

遅れがちな私にとって透子は推進剤となった。


「はいはい、透子は私がいないとすぐ迷子になるもんね」

「違うよ。アタシがいないとあんたは置いてけぼりになっちゃうじゃない」


いつも私を置いてけぼりにする事に定評がある透子からまさかの心配


「さ、行くよ。急げば次のバスにちょうど間に合うから」

次のバスを逃してしまったらこの寒い中を待たなきゃならない。

「それは流石につらいね」


私は透子に手を引かれて駆け出していく。



夕日はとっくに西の彼方に消えて、冬の澄んだ空気で星が綺麗だと感じるようになった季節。

案の定バスを逃してしまった私と透子は触れたら痺れるほど冷え切ったベンチで次のバスを待つために震えていた。


ちょうどお寺の屋根の真上に冬に一番輝くであろうシリウスが見えた。

私がそれを眺めていると透子の方はお寺の門から覗く菩提樹の気が目に入ったらしい。


「そうそう、原題を翻訳すると菩提樹の下の恋って意味になる曲って邦題なんて付けられたか知ってる?」

「なに?おしえて」


こうして私はまた天才に置き去りにされる。



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