俺は脇役
さてみなさんひとつお聞きしたい。
諸君らが想像する『主人公』ってどんなのだ?
葛藤に苛まれながら仲間達と共に成長する奴か?
それとも、最初から強い状態でほぼ片手間で世界を救ったりする奴か?
それとも、優しいけど鈍感なやつか?
だよな。それが普通だよな。その想像が一般回答だよな。
……ま、その主人公の大体は冴えない奴っぽくて自分じゃ知らない情報を突きつけられたりするってのがまたな。
で、どうしてこんな話をしてるのかというと、そんな話に巻き込まれたからだ。
まぁ脇役だけど。
「助けて翔也!」
「てめぇが何とかしろ! 狙われてるのはお前だお・ま・え!!」
……っと。どうやら現実逃避はお終いのようだ。関係ないのに巻き込んできやがって。
「逃がすかコトヨ! 貴様の命、貰い受ける!!」
「だから私はコトヨじゃないって!」
走りながらそんなことを叫ぶ俺の横にいる少女。
時刻は午後八時。忘れ物などをしなければ一切近づかないこの時間帯の学校で、俺達は今逃げ回っている。
俺の名前は克城翔也。この時まで普通に暮らしていた高校一年生だ。なんてことはない、ちょっと同じクラスの不思議な幼馴染につき合わされて忘れ物を取りに来た不幸な人間だ。俺は何も忘れてないからな。
で、その件の幼馴染こと水無月志穂。ちょっと不思議な力を持っている同い年の少女だ。うっかりして誕生日の夜にノートを取りに来なければならなかったが。
ちなみに志穂は幼馴染のひいき目なしでもかわいいといえる。俺はそうだな、特に目立つような身体的特徴がないからパスで。
「いったい誰なのよコトヨって!」
「知るか! テメェがノート取ったのに調子のって探索した結果だろ!!」
「なによだったら翔也はついてこなければよかったじゃない!」
「誰が連行してきたのか覚えてないのか、あぁ!?」
「待てェェェ!」
そんな声が聞こえるが、後ろを見ても誰もいない。ただ追ってくる奴が校舎内を壊しているのだけ分かる。
本当に一体なんなんだ! 俺まで追われるなんて!!
半ばキレかけている俺は志穂に叫ぶ。
「なぁ志穂! お前、『久しぶりに夜学校来たから七不思議探索しよう?』と言って一人でどこかに行った結果だよなどう考えても!!」
対し志穂もキレ気味に叫び返してきた。
「うっさいわね! 私もこんなになるとは思っていなかったわよ!!」
どこへ行ったか聞いていない。きっとろくでもない場所だと思ったから。
「マテェェェェ!!」
もはや悲鳴のような声。それに対し俺達は恐怖より先にツッコんだ。
「「待てと言われて素直に待てるか!!」」
互いの顔を見る。
「テメェ真似すんな!」
「あたしに指図すんな!!」
「「ふんっ!」」
顔を互いにそむける。その時、窓ガラスから見える山から何かが光ったのが見えた。
一体なんだろうと走る足を緩める。が、それが命取りだった。
「翔也!」
「あ? がっ!?」
後ろから衝撃を受けた俺はそのまま窓ガラスを割って校舎外へ出た。
「翔也―!!」
志穂の叫び声が聞こえるが、背中の骨が折れたのか呼吸がおかしい。しかも痛みのせいで声も出せない。
俺のことはいい。さっさと逃げろ。そう叫びたかったが、痛みをこらえるので精いっぱい。しかもその間にも志穂へ向かう「何か」。
志穂はその存在へ気づいているが、その場を動かない。俺の事が気になっているのか、それとも緊張の糸が切れて動けないのか。
おそらく後者だろうなと思いながら、俺の意識はなくなった。
どのくらい経ったのだろうか。時間の感覚が分からない。が、とりあえず目を開ける。
そこにいたのは何やら涙を浮かべていた志穂と、見知らぬ男だった。
とりあえずうつ伏せで気絶していたはずの俺がどうして仰向けになっているのだろうかという疑問を放置。次いで体の違和感。
なんていうか、意識を失う前の痛みがない。何かしら異常な光景があったのだろうが、それを見たわけがないのでわからない。
「このバカッ! 何あの時足を止めたのよ!?」
目を覚ました俺を見て怒鳴ってくる。よほど心配していたのだろう。そういうのはなんとなくわかる。
が、今は置いておく。今はそれより事が終わったかどうか。
俺は普通に起き上って校舎を見ると、特に壊れてた様子がなかった。
「終わったのか」
「……えぇ」
普通に立ち上がった俺は、いまだに座り込んでいる志穂に手を差し伸べて「帰るぞ」と促すと、志穂の隣にいた男――他のクラスにこんな奴いたような気がする――が「それじゃ、明日学校で」というや否や姿を消した。
どうやら志穂は厄介ごとに巻き込まれたらしい。まぁ不思議な力を持っているし、さっき狙われていたからな。当然の結果だろう。
っと、手を志穂に差し出した状態だったな。
「どうする? 俺は帰るぞ」
「わ、私も帰るわよバカッ!!」
俺の手を払って立ち上がり、ずんずん校舎裏から校庭へ走り出す志穂。
そんな彼女を見送りながら、俺は入ってきたところと同じように近くのコンクリートの壁をよじ登って飛び降り、家へ帰った。
それから三週間がたった。
最近登校時以外で志穂と関わることがめっきりなくなったので、俺は遅れを取り戻さんとする勢いで図書館で復習と予習をやっていた。たまに友達と帰ったりするけど。
今日も図書館でぱらぱらと復習をやっていると、「前、いいかしら?」と女性特有の冷たい印象を持たせる高い声が聞こえた。
別に前が誰でも問題なかったので「どうぞ」と言いながら教科書をめくってノートの再編集をやっていると、彼女は座り作業している俺の姿を見て呆れたのか、こんなことを言ってきた。
「面倒くさいことやっているわね、あなた」
「ん? ……あぁ、“女王”ね。何か用ですか?」
相手をチラッと確認して俺は教科書とノートに視線を移し、そんなことを言いながら復習を再開する。
女王と聞いてそいつは顔色一つ変えた様子も見せず声色を変えないまま「また言いえて妙なあだ名ね、それ」と感想を呟いていた。
女王こと枝理坂千賀子。そのスレンダーな体型に高圧的な態度、そして圧倒的なカリスマ性に文武両道・眉目秀麗という、まさにそのあだ名にふさわしい人物。ちなみに入学試験をフルスコアで突破したらしい。
カリスマ云々の話は友人に聞いた話だ。入学して四日でクラスをまとめ上げたっていう話をな。下手すると生徒会長に平然と居座るんじゃなかろうかと思う。
そんな感じの奴で、さらに言うならいいところのお嬢様だったり大抵一人でいるとか、そんな色々な噂が飛び交っている。クラスが違うのでわざわざ見に行く気もなかったから詳しくは知らない。
俺は復習をしながらとりあえず会話しようと口を開いたところ、あっちのほうから話題が出た。
「克城翔也で間違いないかしら?」
「あぁ」
「ここ三週間ほどあなたここで勉強してるけど、一緒にいる女の子はどうしたのかしら? フラれたの?」
「単なる幼馴染だ。それ以上でもそれ以下でもない……それと、こうして勉強してるのはいつも家に帰ってやっていることだから変わらない」
「そう。ならその子に伝えてくれないかしら。邪魔をしないで、と」
「最近会ってないから伝わらないと思うが?」
「確かに伝言頼んだわよ」
「あっそ」
適当に返事をしたとき、枝理坂は席を立ちあがったようだ。それを見ずにそのままやっていると、去り際にそいつが「今やってる問題より三問前、間違っているわよ」と言ってきたので慌てて確認すると確かに間違っており、礼を言おうと顔をあげたらすでにいなかった。
面倒な言伝受けちまったなぁと思いながら、俺は六時ぐらいまで勉強を続けた。
そこから更に二週間が経過した。
その間に枝理坂の言伝を一言一句違わず言った結果は言うに及ばなかったせいで、志穂は入院するほどの怪我をした。全治一週間ほどらしい。
回復力に驚けばいいのかわからないが、その間のプリントなど俺が持っていくことになった。ついでに言うと、いつぞやに遭った例の男は隣のクラスらしく、なんだかとても落ち込んでいたそうだ。
入院先は志穂の両親に聞いているので先生からは特に聞かず、受け取ったプリントを持って放課後直で行く俺。
そんな俺に友人の一人が「一緒に帰ろうぜ」と誘ってきたが、丁重にお断りした。
バス代がもったいないので歩いていく。歩いて一時間ぐらいの距離だ。別に何ともない。
そうやってのんびり歩き、途中のコンビニで適当に見舞いの品を買って病院に着いた。病院の名前をチラッと見て『枝理坂総合病院』になっていたため、あいつ大丈夫だろうかと思いながら看護師さんに志穂の病室を尋ねた。
「うぃーっす」
とりあえずノックもなしに聞いた病室へ入るために扉を開く。そして視界に入ったのは、何やら元気のない志穂だった。
随分一緒にいるが久し振りにそんな姿を見た俺は、苦笑しながら見舞いの品が入ったレジ袋を掲げながら入り、志穂がいるベッドまで歩く。
「見舞いに来たぜ」
「…………」
ダメだこりゃ。目が虚ろっている。精神的ショックが大きかったのだろうか。
参ったねこれは。そんなことを思いながら頭をガシガシと掻き、ため息をつく。
「…ほれ、今日の分のプリント。そんでもってこれは、コンビニで買った高いプリンだ」
とりあえずテーブルに置くが、何の反応も示さない。ただ窓の景色を眺めているだけ。
そんな姿を俺は椅子に座って見つめる。特に長居する気はないので適当な時間で切り上げようと思っていたのだが、さすがにここまで反応がないとイラッとくる。
とりあえず殴ろうか……そう思って拳を握った時、ガラッとドアが開く音がした。
反射的に振り返ると、そこに枝理坂がいた。
「あら克城翔也君。幼馴染のお見舞いだったかしら?」
「まぁな」
「! 千賀子ぉぐふっ!!」
枝理坂の声に反応して志穂の目に光が戻り、今にも掴み掛らんとしていたので、俺は怪我人であることを忘れ腹部に裏拳を入れて気絶させた。
「やべっ」
「怪我人相手でも容赦ないのね、あなた」
意識を失い体の力が抜けた志穂の体を何とかベッドに寝かせていると枝理坂が感心していたので、俺は憮然とした口調で答えた。
「何言ってやがる。何やったか知らないが、テメェのせいで茫然自失になった上に何か知らんがトラウマになってるんだろうが」
「私はあなたに伝えてほしいと言ったはずよ。そしてあなたがちゃんと言った結果がこれならば、自業自得でしょ?」
「だからお前は悪くないってか」
「えぇ」
うっすらと笑う枝理坂。冷笑と呼ぶにふさわしいその表情は、確かに惹きつけられる人は惹きつけられるだろう。だが、今の俺にはそんなの関係なかった。
「…ふざけんなよ」
「へぇ」
俺の口調の変化に何かを感じ取ったのか、枝理坂の唇の端が上がった。
「関係ないのに怒るのね」
「確かに関係はないが、それで怒ってはいけないという理由はないだろ」
「それもそうね。…で? 私に何をしてもらいたいのかしら」
「は?」
あまりにも変なことを言い出したので、怒気が抜けて気の抜けた口調になってしまった。
「何言ってるんだ?」
「別におかしくないわよ。大抵の人間はこの私をどうにかしたいと考えてるようだから」
……。なんか急にバカバカしくなったな。それも計算のうちなんだろうけど。
ハァとため息をついてから、俺は枝理坂を馬鹿にした。
「まったくもって可笑しいぜ、お前。なんで怒ってるのにお前をどうにかしようと考えるんだよ?」
「それじゃあなたは人間の中じゃ少数なようね」
「逆な気がするんだが……まぁいい。ともかくお前は出て行ってくれ。志穂が起きたらまた何かしかねん」
「あら。ずいぶん優しいわね。私がトラウマ作った本人なのに」
「俺の感情は俺個人だからな。怒気が霧散したからもういい。ただ、次志穂が起きて何かされても俺は助けん」
「……そう。不思議な人ね」
そう言い残して枝理坂は病室から出て行った。
それを見送ってから、俺は振り返らずにベッドに声をかけた。
「――――文句があるなら聞こうか、志穂」
「……別に。あんたには関係のない話だから」
「なら深くは聞かないよ。司奈さんは心配しているようだけど」
「………」
黙りこくる志穂。ちなみに司奈さんは志穂の母親だ。
黙るのはまぁ、仕方がないだろうと思いながら鞄を肩にかけて背を向け、俺は今思っていることを口にした。
「あのな、志穂。一体何に巻き込まれているのか知らないが、自分が弱かったのならいつまでもウジウジしているんじゃねぇよ。そんなに引きこもっていたいのなら、家にでもなんでもこもってろ。その弱さに縛られながらな」
「!!」
後ろで息をのんだのが分かったが、俺はもうやりたいことはやったので「明日また来るぜ」と言って病室を後にした。
それからさらに一か月が経過した。
志穂は前と同じように元気になり、枝理坂が何か吹っ切れた感じだった。最近そこに隣のクラスの男を交えて一緒にいる光景がよくみられる。
もっとも、俺の場合図書館に向かうと高確率で枝理坂に遭遇するが。
そんなことは置いておき、一か月が経過した。
ちょうど期末が終わった。夏休みに入る。
終業式の日に成績表を受け取った俺は、志穂の言葉も聞かず鞄を持ってダッシュで帰った。
「司奈さん。今日から二週間家をお願いできますか?」
「今年は早いわね、翔也君。何かあったの?」
「いえ。今年は高校一年生ですので。ちょっと早めに済ませて戻ってくるだけですよ」
「そう? なら無事に帰ってきなさい」
「はい」
俺は旅行鞄を持ってそのまま志穂の家を後にした。
今更だが、俺に家族と呼べる人間が存在しない。だから家では一人暮らしで、盆になると家の掃除とかで祖父母の家に帰らないといけない(財産管理に関しては弁護士に任せている)。
駅について目的地の最寄りの駅へ向かう電車を待っていると、「隣いいかしら」という声とともに座る人が。
返事もしていないんだがと言いたかったが言っても無駄な人だと声で理解させられたので、ため息をついて隣の人に話しかけた。
「一人旅か?」
「あなたこそ一人旅じゃないのかしら?」
「帰省だ」
「そ。なら目的地は別になるわね」
とかやっていたら電車が到着したので乗り込む。無論、隣の奴――枝理坂も。
電車に揺られて三時間。目的地に到着したのだが、枝理坂までもが同じ駅で降りた。
「なんでお前が」
「はっきり言ってしまうと、あなたが大変興味深いからかしら。だからこうしてあなたが行く先についていこうと思った」
「ストーカーかよ」
「失礼ね。あなたがどこへ行くかなんてクラスメイトに聞けばあとは調べるだけじゃない」
「それはもっと悪質だからな!」
そうツッコミを入れて俺は改札口へ向かい、駅を出てバス停で待つ。
となると必然的に枝理坂もついてくる。
面倒なので、会話せずにスルーし続けてバスを待つ。
約五分後にバスが到着し、俺と枝理坂は乗り込む。なぜか席は隣同士で。
「人がいないのだからどこへなりとも座ればいい」
「好きに座った結果よこれは」
なぜ俺の横に座るのか理解できない。そして時間になったバスの運転手はいつも通りのスピードを出して普通三時間ぐらいかかる場所を一時間ぐらいで到着させた。
金を払って降り、バスが発車するのを見守らずに歩き出す俺。
「待ちなさい。ここに来るの初めてなのだから、少しはエスコートできないのかしら」
「お前が勝手についてきたんだろうが。エスコートされたいなら、適当に住人捕まえればいい」
そうアドバイスしながら目的地へ進む俺。その後ろから足音が聞こえるので、俺の後をまだついてきていること確定。
まぁもうすぐ日が沈みきるし、枝理坂一人だと心配なので(おもに俺の精神に関して)、今日ぐらいはいいか。
そう結論を出した俺はもう何も言わずに先へ進む。
「着いたぞ枝理坂」
「やっとのようね」
親切心を当然といった感じで返してくる枝理坂。ふざけたやつだと思いつつ、俺は目の前の家――武家屋敷みたいな日本家屋の引き戸のカギを開けて中に入った。
電気もガスもないので基本夜は懐中電灯常備。もしくは薪で火をおこす。
俺は持ってきたカバンから懐中電灯を取り出してスイッチを入れ、周囲を照らす。
「時代遅れな家ね」
「来る場所知ってたのなら準備ぐらいできただろうに」
「…いくら私でも事前調査で詳しくは知りえないわよ」
「は?」
聞き取れなかったのでそう返すと、枝理坂は話題を逸らした。
「ここは誰の家かしら?」
「うちの母方の祖父母の代から…らしい。父方のほうはすでに売却されててな」
「ふ~ん。それで? いつもなら盆になったら来るはずのあなたが、どうして学校が終わってから来たのかしら?」
枝理坂の問いに俺は一瞬固まり、それを彼女が見逃さなかった。
「一人で何を調べる気でいたの?」
「……どうしてそう思った?」
「簡単よ。私と彼女が何かで争っていたのにあなたは勘付いていた。その勘付いていたことに関し蚊帳の外だったあなたは、急に巻き込まれざるを得ない『何か』を知った。その真偽を確かめたいがために、予定を繰り上げて終わったその日に来た。……そんなところかしらね?」
ほぼ満点の回答を聞き、やっぱりこいつは天才だと思いながら、俺は答えた。
「ほとんど正解だ」
「ということは、違っていたもしくは足りない情報があるってことね」
「…まぁな」
これ以上詳しいことを教える気がないので、「掃除は明日になるから適当な場所で寝てくれ」と懐中電灯を照らして靴を脱ぎ、上がる。
「ちょっと」
「あん?」
懐中電灯と共に振り返る。すると、枝理坂が若干挙動不審になっていた。
それを見た俺はある結論を口にした。
「暗いところダメなの?」
「そんなわけないでしょ」
……ま、いいか。
追及するのも面倒になった俺は囲炉裏近くまで歩いて鞄を近くに置き、懐中電灯を消して横になる。
「な、なにしてるのよ」
若干声が上ずっているのも聞きながら、俺は瞼を閉じて「お前も寝ろ」とだけ言っておいた。
最初の一週間は例年通りの掃除をしながら宿題を終わらせた。その際に枝理坂に掃除を手伝わせたが、文明の利器に慣れきってるからか、はたまた掃除をあまりしないからか、お世辞にもうまいとは言えなかった。
不平不満を言っていたのは想像に難くないだろう。
滞在八日目。掃除が終わったので、まず先に祖母か母親が使っていたような部屋を詳しく探索することにした。
「なんで私まで」
「さっさと帰らないからだろうが。バスは一日一本出てるんだから」
「あなたの隠し事を知るまでは帰れないわ。私が暗いところが苦手だって知ったのだから」
「ありゃ自爆だろうが」
そんな会話をしながら箪笥や物置場みたいな場所を探す。
俺は、今起こっている事態では脇役だと信じて疑わなかった。関わることなんて絶対にありえないとすら思っていた。
……今住んでいる家にあった、日記を読むまでは。
「そっちは見つかったかしら」
「お前諦めてるんじゃねぇよ」
「無理言わないで。こんなほとんど風化しかけてるものばかりで、アルバムとか見つかるわけないじゃない」
「アルバムじゃなくても写真だけってのも……」
そう言いながら化粧台を漁っていると、引出しの中から写真のような大きさの古ぼけた紙が一枚出てきた。
そこに書かれた名前と裏返して映っていたものを見た俺は、今起こっていることがなんなのか全てわかってしまった。
俺は立ち上がってから枝理坂に「もう探索はやめだ」と簡潔に述べてその部屋を後にした。
それから二か月後。
文化祭ムード一色の中、俺は学校に退学届けを出した。
「どういうつもりかしら翔也君。私の初めてを奪ったくせに何も言わずに退学するなんて」
「生憎だがお前の初めてがなんなのか見当がつかない」
「…冗談よ。で? 退学の理由は?」
廊下の壁にもたれかかりながら質問をする枝理坂。
絵になるなと思いながら表面上の理由である「金銭面の事情でな」と答えたが、枝理坂は「嘘ね」と看破した。
「あの家や土地の維持費があるのに学校に通えないわけないでしょ」
「もしすでに完済できていたら?」
「それでもよ。土地を売れば通えるのだから」
ハァ。こいつに嘘は通じないか。そんなことをため息交じりに考えながら、カバンを肩の後ろにかけるようにして持ち、何も言わずに素通りした。
昇降口付近で志穂が何か叫んでいたが、俺は無視した。
この志穂と枝理坂と志穂と一緒に戦っている男がやっていたのは、もとをただせば俺の家系が関係していた。それを完全に終わらせるために、俺は学校を退学した。
その証拠は、志穂が覚醒したあの夜。俺には見えなかった奴が志穂を追いかけながら、コトヨ、コトヨと叫んでいた。あれは、うちの母方の母の姿にそっくりだったからである。
きっかけは家で見つけた日記だ。名前が「更科琴代」となっていたので、まさかと思いながら枝理坂と一緒ながらも見つけた写真に写っていたのは、今の志穂とそっくりの姿で笑っている人物と、その裏に書かれていた『更科琴代・十七歳』。
俺には両親の記憶もなければ、祖父母と一緒にいた記憶もない。だが、ただしいはずだ。
そしてもう一つ。これが重要なんだが、その日記に書かれていた事だ。
それは、この世界のシステム。
この世は現実世界と妖魔世界の二つが存在し、均衡が保たれている。日記の最初にそう書かれていた。
その後に綴られている文章を要約すると『現実世界で悪さした妖怪たちを倒し続けて妖魔世界へ返した』というものだったが(その行為を『祓い』というそうだ)、最後のページの最後の文章にこう書かれていた。
『最後に。もし私に似た人物が身内もしくは近所に現れた場合、十六の誕生日を迎えた年の年末までにその子を殺すか私達が一族郎党妖魔世界へ消えなければ、現実世界は妖魔世界と衝突し、滅亡するでしょう』
理由に関しては分からない。祖母が何を考えてこれを書き残したのかさえ。
だが、これだけは分かった。
俺は、ここにいてはいけない存在なんだと。
「……とは思ってみたものの」
とりあえず荷物を全部そのままにして財布と身一つだけで夏休みに来た祖父母の家を前に、頬を掻きながら呟いてみる。
行く方法も手順もすべて日記やあの家にあったメモ帳やらに載っていたので覚えているが、肝心のカギが足りない。
それは、妖魔世界で生活するために必要な力。俺はその力がないので、妖魔世界に足を踏み入れた瞬間に消える。
実際結末としてはありだろう。そうした方が楽に違いない。
ただ、それを行ったとして二つの世界が互いに干渉をしないのかというと、どう考えても答えはノーだ。――実をいうと、そんな方法じゃなくても別な方法を取るつもりなのだが。
「そうだろ――――霧島郭…いや、更科郭爺さん」
「よくわかった。手帳とかに書いてあったのか?」
祖父母の家からガラリと出てきたのは、志穂達と一緒に戦っていたはずの男。それでもって俺の爺さん。
俺は警戒してそいつをにらんだまま答えた。
「まぁな。家系図引っ張ってアルバム調べてこの日まで色々と調べたからな」
「ご苦労なことしおって。……で、どうする気じゃ、翔也」
俺の名前を呼ぶと同時に爺さんから流れ出る殺気。はっきりいって、覚悟がなければこれに耐えられなかっただろう。
俺は歯を食いしばって左足を引き、腰を落として右手を前へ左手を後ろへ動かして構える。
今まで不良たちとの喧嘩など一切やったことがない。その俺が無意識のうちに作った、戦闘態勢。
それを見た爺さんは笑った。
「ずいぶん素人な構えでワシに勝とうとしとるの。言っとくが、かれこれ八十年は戦をしておったんじゃ。そんな素人丸出しな構えをしたところで、たかが知れとる」
「だろうな。今まで何もしてこなかったんだ。普通に戦っていた爺さんには赤子の手をひねるようなもんだろ」
「ならばなぜじゃ」
「そんなの」
その言葉で俺は体を沈め、足に力を込める。
今から行うのはただの賭け。このまま何もできずに死ぬこともあり得る状態だが、できる可能性に賭ける。
最終確認をした俺は、込めた力を開放するように、「決まってるだろ!」と言って爺さんへダッシュした。
「!」
虚を突かれたのか一瞬動きが止まる。が、俺は殴れなかった。
一瞬は一瞬。時間にしてはちょっと。そのわずか数秒当たりでは、近づくことだけで終わってしまう。
現に俺は爺さんに殴りかかろうとしたところで、こちらが目視できない速さで顎を蹴られ、逆に俺の体が浮き上がって背中から地面へ落ち、ズザザザザッ! と数メートルぐらい後ろへ引きずられた。
一発で意識が混濁する。口を切ったかどうか知らないが、口の中に血がたまる。背中が熱くて痛い。視界が明滅する。
「やはり力を奪ってよかったわい。戦闘を重ねたらわしでも敵わないぐらいに強くなりかねんからの」
「げほっ、ごほっ!」
体を右へ何とか向けて血を吐きだし呼吸を整える。その間爺さんが何を言ったのかは分からなかった。が、ロクでもないことだろうとは考えた。
思考があまりはっきりしない、息も絶え絶えな状態で、俺はかすれた声で聞いた。
「……な、ぁ。…な…んで、こ……んな」
「ことをか? まぁ昔話はしてやろうかの」
いつの間にか近づいていた爺さんはそういって横に座り、空を見上げながら語りだした。
「お前も日記も見たらわかったじゃろう。この世界の秘密を。じゃが、なぜそんなことが書かれていたか知っとるか? ……それはな、ばあさんが【調整者】じゃったからじゃ」
何の事だかわからない俺は、口を挟まずに話に聞き入る。
「元々わしは妖魔世界の住人じゃったんじゃが、色々としがらみが多くてこちらの世界に越したんじゃ。されどそのしがらみもこちらの世界に来てしまう。それを追い返しているうちに次第に力がなくなったわしは、当然のように死に掛けた。供給がなくなれば貯蓄が消えるのはどの世界でも同じじゃし。その時に助けてもらったんじゃよ、ばあさんにな。…あの時ほど驚いたことはないわい」
カラカラと笑う爺さん。見た目が俺達と同年代みたいなので、すごいギャップを感じる。
「…で、そのうちわしが妖魔世界の住人だとばれたんじゃがばあさんは別にどうでもよかったために婿養子となった……ここまで見ればいい話なんじゃが、これには続きがある」
「な…に?」
未だに体がボロボロだが、何とか呼吸に異常をきたすことがなかったため、質問する。
すると、爺さんは顔を伏せて悲しそうに言った。
「結婚して娘を授かり成長していくのを一緒に喜んでいたのじゃが、わしとばあさんが出会った年齢――つまり十六の時、おかしなことが起こった」
「どん、な?」
「世界の結合」
短く発せられた言葉。だがその言葉だけで意識が回復しつつある俺は、どういうことか理解した。
「二つの世界が…交わる……か」
「そうじゃ。調整者というのはそういう意味なんじゃよ。現実世界と妖魔世界。この二つのバランスを保てるようにそれぞれの世界に一人ずつしかいない存在。わしはただの妖怪じゃが、ばあさんと結婚したから調整者の一人になってしまった。当然、お前も、お前の両親も」
「……」
「このままではどちらも世界もほろぶと妖魔世界の調整者を通じて知ったばあさんは、わしに娘を任せて自殺。じゃが娘も結婚してお前が生まれたとき、お前の隣の家の子も生まれたんじゃよ。ばあさんと同じ力をもってな。ちょうど同じ病院じゃったから見たとき驚いたわい。それと同時に、ばあさんの最後の言葉の意味を理解した。調整者は、何があろうとも同じ姿で現れるという言葉をな」
「それで」
「わしはすぐにその子の力を封印した。お前の力はその際に奪わせてもらった。そして、お前の両親を妖魔世界に送った。が、そこでも失敗した」
失敗。その言葉に爺さんの顔がさらに暗くなる。
「力を隠して生活しなければならないのだからここより厳しいものになる。その結果、お前の両親は妖魔世界で死んだ。……お前がまだ、中学生のころじゃな」
ずいぶん最近なことだったんだな。そう思いながら俺は、家で調べ物をしていた時の疑問を思い出す。
その疑問は、すぐに答えが提示された。
「実際に両親が妖魔世界へ行ったのは小学生のころじゃ。その時に記憶をいじった」
「そう、か」
俺はボロボロの体にムチ打って、何とか立ち上がる。
今の今まで死に体だったので、こうして話を聞かないと立ち上がる体力がなかったのだ。
驚く爺さんに、俺は見下ろして力の限り叫んだ。
「それであんたは今年になるまで俺たちのことを陰で見守り、あの時ちょうどこれたんだな!?」
「…あぁ。ある程度まで守ってその子を殺そうと」
グシャァァ!! いやな言葉を聞いた俺は、反射的にあらん限りの力で爺さんをぶん殴る。
「ふざけんな! 志穂を殺すだと!? そんなことさせるか!!」
「……じゃったらどうする。わしらが死んでもきっと同じ過ちは繰り返されるぞ?」
「……だったら」
爺さんの確信をついた質問に、俺はここに来きてやろうと考えていたことを口にした。
「だったら、もう一つ世界を創ればいい。妖魔世界と現実世界の間に、もう一つの世界を」
その言葉に爺さんは言葉を失った。
「世界を創るじゃと? 冗談も」
「冗談じゃない。爺さんが消えた後、俺の両親が色々と書き残して実験をしていたんだよ」
いきなり声を荒げて否定してきたので、俺は何事もなく答える。
実際、これも家にあった日記帳に書かれていたことだ。爺さんがどこかへ消えた後、両親が『どうすれば世界が均衡を保つのか』という実験の結果、一つの結果が生み出された。
それが――――
「この故郷で行われていたんだよ。力がない俺が妖魔世界に行かなくていいように、な。最終的に家族みんなで暮らすことが夢…って書いてあったが、残念だったろうな」
ちなみに実験は成功。ただし、この村限定なうえに一年に一度以上その装置たり得たお墓を参拝しなければならなかった。
「なぁ、爺さん」
「……なんじゃ」
呆然と項垂れている爺さんを見下ろしながら、俺はふらつく体を何とかシャンとさせて願った。
「これでもう志穂を殺す理由はなくなった。だからもう少し後でもいい。年末までには戻ってきてくれ」
「――――そうか。もう少し早く言ってほしかったの」
「え?」
見ると足のほうから爺さんの体が消えていく。
もしかしなくても消えるんじゃないかと思った俺は慌てて爺さんの肩を揺さぶろうとするが、構成していた何かが消えたのかスッカスカで、触ることすらできなかった。
「うそ、だろ…」
支えていた足腰に力が入りにくくなって地面に座り込む。爺さんの体はもう、半分ほど消えていた。
唇、いや全身が震えだす。ぽたぽたと涙が落ち始める。右手を何とか爺さんの体のほうへ持っていく。
爺さんはその間笑いながら何か言っていたが聞こえない。でも「すまんの」とかそういう謝罪の言葉だろうと勝手に想像する。
何に対してだかは知らない。こんな別れ方なのかもしれないし、志穂を殺そうとしたことに対してかもしれない。
髪の毛一本残さず消えた爺さんがいた場所の前で、俺は空を仰いで盛大に泣いた。人が俺以外いないほぼ無人な村の中、天高く昇った白い月を見ながら、俺は別れを惜しんだ。
「――――やっぱりここのようね」
「!?」
泣き疲れて視線をもどしていたらそんな声が聞こえたので慌てて振り返ると、そこには憮然とした枝理坂と、泣きそうになっている志穂がいた。
「…どうし」
「声かすれているわよあなた。さっきまで泣いていたのだから仕方ないのでしょうけど…ま、ここ以外知ってる場所がなかったのよ、あなたに関してね」
「翔也ぁ……」
今にも泣きそうな志穂。そんな顔を見て俺は何とか立ち上がり、ふらふらと近づく。
「翔也!」
志穂が慌てて駆け寄り、俺の肩を抱きとめる。
意識がもうろうとしている。何か言わないといけないと思いながらも、何も言えずにされるがまま。
だが、それでも彼女たちの呟きは聞こえた。
「ありがとう、翔也」
「――結局。あなたも私達と同じだったわけね」
それからその年の十二月三十一日。
俺は位牌をバックの中に入れた状態で、現実世界――志穂達が生活している世界へ来た。
あの後。
意識が回復した俺はなぜか二人に挟まれて病院のベッドで寝ていたことに首を傾げ、記憶を思い返して日付を確認し手紙も何も書かずに脱走。
その日の夕方ぐらいに文句のメールやらが来たので最初のものだけ「暇なとき来い」とメールしたら、その日のうちに俺の故郷に二人が到着。
すごい迫力で詰め寄ってきたので、俺は頷いて分かりやすく説明。が、志穂が理解できていなかったので四度ぐらい説明。
そこから二人のお説教とかいろいろ続き……最終的には約束を取り付けられたので、納得させないで強制的に帰らした。
で、その日以降俺はここまでの間ずっと第三の世界――といっても村程度の規模だが――に引きこもっていろいろしていた。
ちなみに約束は『年末に三人で一緒に現実世界で神社を拝むこと』。志穂の奴が強引に決めたおかげで、下手すると世界崩壊が起きかねないという感じだったので、俺はもう阻止するためにいろいろとやった結果……村の位牌の一つでも持っていけば大丈夫ということが分かったので実行している。バックはたまに遊びに来た志穂が持ってきてくれた。枝理坂もたまに来る。
…まぁ同じ国の中にあるからな。そりゃこれるわ。
あぁそうそう。第三の世界と現実世界の区分はバス停。だって村の入り口にあるから。
しかし運転手も不思議だろうな~。人一人しかいない村なのにバス停があってバスが通っているなんて。
そんなことを思いながら、俺はバスに乗り込んだ。
「遅い翔也!」
「一人でいるから感覚がくるったわね確実に」
「悪いな」
駅まで乗るバスを、今回は目的地である神社があるバス停で降りる。するとすでに到着していた二人が文句を言ってきたので、素直に謝る。
たまに会っていたので変化は乏しいが、服装が和服なのでずいぶん新鮮味がある。
が、感想を言わずに普通に「さっさと行こうぜ」と促した。
「もう大丈夫よ。妖魔世界と現実世界は、結合しないから」
「あっちの【調整者】といろいろやったからね!」
「そうか」
「驚かないのね? あなたのおかげで結合せずにまた引き離れ、それを機に色々やったのよ。あなたの家へ侵入して部屋をのぞいたり、あなたが使っていた布団を彼女が使って寝ていたり」
「そ、そんなことしてないわよ!?」
「冗談だろ?」
「そうね。私がそこを買い取って生活してるわね」
「そんな買収行為しらねぇぞ!?」
「当たり前よ。ちょっと金の力でどうにかした結果だから」
「きたねぇぞ!」
そんなやり取りで笑いあいながら神社へ向かう俺たち。
何気ない、それでいて貴重なやり取りをしながら、俺は思った。
――やっぱり俺は最後まで脇役だったな、と。
「いえ、あなたは主人公よ……私の」
「な、なな何しようとしてんのよ千賀子!」
「ただのキスだけどなにか?」
「やめろぉぉ!」
――――なぁ? 最後まで蚊帳の外だったろう?
わいわい騒ぐ二人を苦笑しながら見てから顔をあげてそう思う。
そこには、真っ赤な月が昇っていた。
どうぞ感想等ください。