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『閉じた左手と、空へ飛んだもの』

   ―0―


 私、竹中侑(たけなかゆう )は、最近気になる人がいます。

 といっても、別に恋愛感情とかじゃなくて、私の個人的な興味において、ですけど。

 その人は、教室でもいつもひとりで、誰に話しかけるでもなく席に座り、

仏頂面で、ただただ窓から空を見ているのです。


 それはどんな時でも。晴れの日も、曇りの日も、雨の日も。

 いつも見上げています。

 これが、入学式から夏休みまでの話です。


 外を見てなにが楽しいのかな。いつしか私も、授業中は空を見るようになりました。

 それはどんな時でも。晴れの日も、曇りの日も、雨の日も。

 いつも空を見上げていました。

 これが、入学して夏休みが終わり、二学期が始まった頃の話です。



 二学期が始まり、秋も過ぎて冬まっただ中になった頃。

 空を眺める彼の表情に、すこし変化がでてきました。


 それは、雪の降る日のこと。

 舞い落ちていく雪を見る彼の表情は、とても変化があるものでした。

 ふっと表情が和らいだかと思えば、とたんに眉が寄り、やがて目をつぶってしまったのです。

窓越しに映る彼のそれは、私に違和感といいますか、なんとも言えない気分に浸らせました。

 雪に過剰反応を示す彼に、私はとても興味を抱くことになります。



 そんなこんなで、彼を観察しているうちに、テスト週間がやって来ました。

 普段彼に目をやっているおかげで授業そっちのけだったのが痛かったみたいで、

解答用紙のほとんどが真っ白になって帰っていくという始末。

 これを数日間繰り返し、とうとう最終日。

 結局結果は残せなかった私は、全教科テスト終了の合図とともに、

机に突っ伏す形になります。


「ゆーうっ!」


 ……だがしかし、これからの補習を目の前に絶望している私を、どうやらクラスメイトは

そっとしててはくれないらしいです。

 すかさず、友人の女生徒――しーちゃんに話しかけられてしまいました。


「……なに、しーちゃん」

「テスト、どだった?」

「……これが物語ってるでしょー」

「あえて聞いたけど、やっぱそっすか」


「どんまい! ――あっ、ねねっ」

「あによー」

「これからさ、みんなでカラオケにいくんだけど、くる?」

「カラオケ、ねぇ……」

「補習決定っしょ? 気分転換にさぁ――」


 会話の途中。

 私と話す友達の横を、彼がすっと通り過ぎて行くのが見えました。

 抱きかかえる腕の隙間から、彼を見送ります。


 最近気づいたことなんですが、彼はいつも、どんなときも、左手をポケットにつっこむ

くせがあるみたいです。少なくとも、私が観察しているあいだ。授業中だろうが休み時間だろうが、

昼休みでさえ左手をポケットにつっこみながら昼食を摂る始末。

 うーん、不便じゃないのかなぁ。


「ふべん? ゆう、なんの話してんの?」

「――はっ。いや、なんでもない」

「ああ、そう?」


 しまった。口に出していたみたいです。

 でも


「……あ、カラオケさ。私、ちょっと手持ちないから、ごめん」

「そうなん? まあ、そんじゃしかたないな! 運がなかったな、ゆうよ……」


 彼女は、私の背中をバシンと叩いてから、荷物をもって友人達と教室を後にした。

 うう、ひりひりする……いい人なんだけど、手加減無いんだよなぁ……。

 背中にもみじを感じつつ、私もバッグを持って教室を出て行く事にしました。

今日はお弁当を持ってきているので、最近見つけた秘密の場所に行って、

まったりとランチタイムと洒落込むことにしましょう。……べつに、友達とかいないんじゃなくて、

テスト最終日、午前で完全下校だからみんな遊びに行っちゃって、今日はたまたま

――って、誰に言い訳してるんだろう、私は……。



 すこし重い扉を開くと、あたり一面が銀世界に包まれていました。

 訪れたのは、この学校の屋上です。普段は締め切られているのですが、

どういうわけか、最近開放されたのか知りませんが、鍵が開いてる時がたまにあるのです。

 不思議なこともあるんだなぁ……っとと、そんなことはまあ、どうでもいいのです。

 私は中央の方まで歩き、カバンから青い大きめのシートを広げました。

その上に座り込み、さらに弁当を広げます。


「あっ、唐揚げ入ってる!」


 私の好物です。人間、やっぱりお肉を摂らないとね。

 レモンをかけて……と。


「それじゃ、いただきまーす」

 楽しい静かなランチタイムの始まりさー。さっそく唐揚げに箸をつけ


 ――ようとして。


「えっ?」


 どこからともなく現れたなにかに、唐揚げがさらわれてしまいました。


「……おかしい。3個あったはずの唐揚げが、私が食べるまえに2個へ減った?」

「むぐむぐ。当然だ。ひとつは別の誰かに食べられ、減ってしまった。

手品じゃなかったら、そう考えるのが普通だ。うん、うまい」

「その誰かとはいったい、誰なんだろうね」

「んだなぁ。――んくっ。運悪く鳥にもっていかれたかもしれない。

……ああ、レモンはないほうがいいな、やっぱり」

「そうなったら、共食いだね」

「バカな鳥もいるもんだな」

「ほんとにねぇ」


 ふっと顔をあげます。

 左手をポケットにつっこんだ男子生徒が、空を見上げて横に立っていました。


「こんな寒い日に寒空の下で弁当なぞ、もしかしておまえ、友達いないな?」

「きみにいわれたくないなぁ。多くいるとは言わないけど、少なくともきみよりはいる自信ある」

「初対面なのにさんざんな言われようだな」

「さて、ところでさ。私の楽しみにしていた唐揚げの所在なんだけど」


 彼がふぅぅっと息を吐くと、それは白い煙となって空に散っていきました。


「どこいっちまったんだろうなぁ……」

「きみの口の中だよね」

「どうしてそう思う?」


 ぐううううっと睨みつける。

 食べ物の恨みは恐ろしいんだぞぉ……!


「――ぷっ、はは! そんな睨まなくてもいいだろ? 悪かったって」

「好物を取られたんだから、怒りたくもなるよ」

「……へぇ、唐揚げが好きなんだ」

「最後に取っておくのがもったいないくらい大好物」

「『大好物は最後にとっておく』ってよくいうが。おまえはそうじゃないのか」

「好きなものは最初に食べる。……きみみたいな人にとられないように」


 なんでしょう。私の言葉を聞いた彼の口から、ちょっと多めの息が漏れたように見えます。


「……いやいや。そんなはずねぇ、よな」


 すぅっと息を吸い、そして吐き出してます。とても冷たそうだなぁっと思いながら

見上げていると、表情をいつもみたいな仏頂面にもどして、私の方を向きました。


「しかし、だ。なんでおまえがここにいる」

「私の唐揚げを奪っておいて、『しかし』で済ますとはいい度胸だね。

……それに、その『おまえ』っていうのやめてくれないかな」

「ほう? 俺が名前を知っていると思うか?」

「少なくとも、私ときみは同じ学年、同じクラスなんだから」

「なんと! そうだったのか」


 ああ、まあ。きみは絶対に名前とか覚えないタイプですよね。

 というか、そうは言ってみたけど、私が一方的にきみを知ってるだけですし。


「私、侑」

「ゆう? 名前か?」

「そう。そんできみは、窓際の船形くんだよね。船形凪樹(ふなかたなぎ )くん」

「なんで俺の名前を……」

「だから、同じクラスだし」

「ふうん。だからといって、席まで覚えてるとは……」


 あっ、早くも仏頂面が剥がれてる。驚いた様子で、私を見ています。

 そして、私もちょっと失敗を感じてます。名前はともかく、さすがに席まで覚えてるのは、

すこしアレだったかなぁ……。


「おまえ、もしかしてストーカーかなんかか?」

「ストっ……!? 勘違いしないでよね。きみが、たまたま、私から見える席ってだけなんだから」

「おまえも最後列だろ。首捻じ曲げないと、俺の顔なんか見えんだろ」


 げっ。知ってたか。

 ……ん? 知ってた?

 初対面と言い張った彼が、どうして私の席を知っているのか。

これは追求の余地があるかもしれない。


「なんで私が最後尾と?」


 追求してみると、罰が悪そうに頭をポリポリかき、

終いにはため息をついて、


「……窓に写ってたからな。おまえ、ずっと俺を見てたな」


 と、ネタばらしをした。

 つまり、彼をみている私の姿を、ちゃんと確認してたわけで……!


「なに急に赤くなってんだよ、おまえ」

「うるさいっ」

「……くくっ。おまえも、すげぇ表情コロコロ変わるやつだなっ」


 笑いながらそんなこと言わないでほしい。


「やっぱり、おまえらしいよ」

「――えっ?」

「っ!……今の忘れろ」


 右手で口元を抑えてから、踵を返し、私に背を向けます。

 そのまま、出入口へと向かっているようです。


「……あっ、私の唐揚げ!」


 思い出し、私は叫びました。

 その叫びに囚われたかのように、彼は前から倒れてしまいました。雪の中に、大の字で。

 しばらくして、起き上がったかのようなモーション。次に、


「……くくっ、ぷっははっ――はっはははあっははっ!!」


 普段の彼から想像もつかないような爆笑が聞こえてきました。


「いやっ、はは……おまっ、ほんとにさぁっくふっ」

「え? なに? いきなりなに?」


 意味もわからず置いてけぼりの私。

 そんななか、彼は体勢を立て直すと、私を置きざるかのように、ドアノブをひねります。

 ぎぎぎ……と、音を立ててドアが開き、彼の姿が半分ほど隠れていったころ。


「んなちまいこといってっから、身長もおおきくなれねぇんだよ!」


 と、声たかだかに言い放ち、ドアは閉められました。

 ぽかーんとする私が、言われた言葉の意味を噛み締めはじめ、砕き終わり、


「しっ、ししっ、身長のことはゆーなーっ!!」


 と、誰もいない屋上で叫んだのでした。

 ……いや、結局最後まで左手をださなかった、あの唐揚げキザ泥棒の背中にむかって、ですね。



   つづく?

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