初めての授業
ウィスカ(水曜日)
「よし……解き方の説明するぞー」
授業が始まって、すぐに呆気に取られることとなった。
先生が問題を書く板は緑。現代と変わらないように見える。しかし、そこに文字を書いているものは、チョークとは違い、粉が出ない。何の素材を使っているのかは分からないが、先生が書いた字は先生が片手を振った瞬間に消えていく。
けれども。この驚くべきだろう事実を『そんなこと』と一蹴する興奮が私を包んでいた。
うる、と視界が歪むなか、私は机の下で両手を組み合わせた。
(授業が―――分かる!)
午前中いっぱいは理数系科目らしく、二時限めの今は算数の授業だ。一時限では、重りの計り方を習った。この世界では天秤を使っているらしく、その使い方の説明と正確な目盛りの見方などを教えてもらった。
数字の羅列。暗号。そう思っていた。
全く分からなかった数字が読める。
全く理解できなかった計算式が分かる。
全く出来なかった問題が解ける。
以前と同じ授業、同じ空気の中、ただ一人、感動に打ち震える。
「―――から、こうなる。次は教科書の30ページを開いて―――」
こうやってみると、計算レベルは高くない。
とはいえ、計算の概念はあるようだ。九九は日本でも平安時代には既に使われていたから、こちらにもあるようだけれど……勉強した覚えが無い。でも、今、先生が黒板に書いてるので、習ったはずなのだ。割り算はまだのようだ。……勉強に興味なかったから気にしていなかったけれど、初等部から中等部一年までの範囲にしては、遅すぎる気が……これは日本人の感覚かしら。
もしかしたら、中等部二年で習うのかもしれない。
とにかく、現在中等部一年の時点では四桁の足し算、引き算、二桁のかけ算までだった。
これなら、試験は心配ない、はず。
ノートや教科書は未だあのごみ屋敷から発掘出来ていないが、筆記用具は試験の時、貸し出しだった……気がする。うっすらとした記憶を思い出す限り。真面目に試験に取り組んでいるなら分かるのだろうけれど……私が試験をまともに受けているはずがなかった。
そして、もう一つ。
こっそりと伺うと、他生徒が使っている筆記用具たちは普通のものではなかった。
書く方の多くは羽ペンのように見えるが、インク壷は机の上に乗っていない。
本当にこの世界の技術はどうなっているのだろうか。
教科書なのか。ノートなのか。勉強するための道具は羊皮紙ではなく、どちらかというとクリアファイルに入っているような不思議なもの。
教科書を開け、といわれてそれにナニカをし、別の同じようなモノに先生の言った内容を書き込んでいるように見える。
一番前の席のため、前方に席は無く、隣席にも誰も座っていないため、こっそりと見るにも限界があった。見せて、といえる関係の人もいないし。
「……テリ、セン」
教科書もノートもないので、仕方なく真剣に授業を聞いているだけだったのだが、先生に話しかけられた。クラスの人たちは計算問題を解いているようだ。
「……はい」
と、返事をしただけだったのに先生の頬が引きつった。顔色も悪くなった気がすることに、少し落ち込む。
まあ、でも私の今までの行動を思うに当然だと言い聞かせた。
「あー……はじ、いや……珍しいと思ってだな。お前が授業で……起きてる、ってのは」
初めてって言いそうになりましたね? 先生、正解です、授業中に寝てないなんて、私の記憶でも初めてです。私は表情筋を動かさないように勤めて、答えた。
「少し、気分がよいので」
「そ、そうか。授業を聞くのはいいことだ!」
「……はい、ありがとうございます」
笑顔で答えられたかは微妙だったが、担任の先生もあまりこちらを見ていなかったので気にする必要はない。
私の゛敬語゛にクラス内の空気が固まって、視線が突き刺さるのが空気で感ぜられた。
だが、私は幸いにも一番前。前を向いておけば、彼らの視線とかち合うことはない。
一度も敬語を使ったことが無かったし、仕方ない。
常に偉そうだった私が、突然のこの態度。
……納得できない、信じられないと思って、戸惑う方が当然だ。もしかしたら、何か企んでいると思われているのかもしれない。
(私、そんなに頭は良くないのだけれど)
もし何か企んでいる、と思われていたら、それは全くの見当違いだ。だって、元々そんな風に考えられる頭があったのなら私は黒歴史を作ることは無かった。伯爵家の勤めもしっかりと果たせる伯爵家令嬢となっていたはずだ。
授業内容に心配する事はなくなった。建物のレベルが高いので、勉強もレベルが高いのではと心配していたのだ。
これなら、他の科目も心配する事は無いかもしれない。いや、科目勉強よりも、この世界の常識を私は覚えるべきだし、知るべきか。本当に何も知らないのだから。
前世を思い出して、思った。将来、私はテリセン家から追放されるかもしれない、と。
だって私だったら、こんな次女、いらない。切り捨てるのが自然だ。切り捨て方も……前世の中にある。
辺境の領主にでも押しつけて、縁を切ってしまえばいい。
ただ、辺境の領主に押し付けるにしろ、家から追放するにしろ、独り立ち出来る力は持っておきたい。
辺境の領主から突然、家を追い出されても一人で生きて行けるくらいには。
家族はみんな心優しいから、こんな私でも追い出す時には心配してしまうだろう。
私が独り立ち出来る力を持てば、伯爵家は私を何も気にすることなくお払い箱に出来る。
今私に出来ることなんて、本当に限られているけれど。
授業が終わったら真っ先に部屋に帰ってから、掃除の続きだなあ……と考えながら、先生の声に耳を傾けた。
授業は分かります。これで授業が分からなかったら、可哀想過ぎるので……(そもそも、何の為に前世を思い出したのか分からなくなる!)。
皆さん、ぼっちの体験談とか感想で寄こしていただけませんか(切実
※授業内容変更
※教科書部分変更(2013/8/16)