大掃除 一日目
窓を見つけ、外の空気をいれた。
暗雲たる思いとは裏腹に、空は晴天で綺麗な青空と森林のコントラストが素晴らしい。そんな景色を見つめ、私は確固たる決意を秘めて、呟いた。
「―――なんて素晴らしき大掃除日和!」
今日は幸いにも休みの日だった。この世界は日本と同じように七曜日で、日本でいう土曜日が昨日。今日は日曜日に当たる。昨日は午前中が授業で午後が休みだった。その午後にあんな事件を起こした訳だ。思い出しても憂鬱になるが、部屋の惨状を見て益々憂鬱になった。汚物達は暗黒の霧を纏っているように見える。
こんな部屋に人は住めない。住んでいた私はもう豚だ。人間ではない。私はそう結論付けた。よって掃除をする事にした。豚から人間に進化した私は全てを捨てる勢いで猛然と掃除を始めたのだった。過去を捨てる、そんな想いを心に秘めて。
「―――あ、まかった」
ぜーぜーと肩で息をしながら私は上の科白を吐き捨てた。思っていたよりも部屋が広く、しかもごみが多い。これはもう二酸化炭素がとか気にしていられない。早急に魔法の修得が必要。というか、一気に可燃してしまえば早いのに、残念ながら私は魔法を使ったことがない。真面目に授業を受けず、やろうと思ったら一瞬で出来るわ、とか思っていたからだ。馬鹿である。知っていたけど。それに掃除するにも、人手が足りない。一人でこの量とか……ダイエットだと思って頑張る。……頑張るが。
ごみ捨てについて事務に聞きに行ったらゴミ袋をくれた。沢山くれた。しかも普通ならお金を払わなければならないはずなのに払わなくていいと言って物凄く沢山ゴミ袋をくれた。どうやら、ほかの生徒たちからも悪臭がするからどうにかして欲しい、と依頼が来ていたらしい。私の実家が伯爵家のためにどうにも手が出せなかったそうだ。部屋に手をだそうとすると私が五月蝿いですもんね、とは言わないでおいた。自分でやってくれるなら諸手を挙げて応援してくれる勢いだった。過去の自分が本当に申し訳ないです。マジで殴って埋めてやりたい。ちなみに、分別をする必要はないそうだ。魔法で一気に片をつけるからだそう。異世界って素敵。
しかし、15袋もくれたのにすべてにごみが詰まっていてなお、部屋は半分も綺麗になっていない。最悪だ。原型を留めていないものばかりだったので、殆ど必要性を考えることもなく、ゴミ袋へと詰めていった。大半が使い古した下着だったり、食べかすだったり、といらないものばかりだった。しかし、量が多い。
教科書はどこだ。ノートはどこだ。私が探しているのはそういう実用的なものだ。早く出て来い。
残念な事に授業は常に寝ていた覚えしかない。教科書を手に取った覚えが全くない。この腐海の中でどこに教科書達は眠っているのか……前世で海外へ、十万円を携えて世界一周旅行をした経験があるので虫が出ようと拳銃を向けられようが大丈夫。そこは安心してもいい。腐ったものも問題ない。臭いで吐きそうだが。……前世の私はなかなかファンタスティックな性格だったようだ。勿論、現世の私より、性格の面において数百倍マシだけれど。
よし、と少し休んだ私は再び動く事にした。せめて、少しでもいいので眠れる場所を作っておきたい。そして夜中遅くに風呂へと入るのだ。今日は。絶対に。Dクラスのお風呂は個人風呂ではなく、共同風呂だ。男女で別れている。混浴ではない。まあ、この身体なら男子のほうに入っても全く問題ないとは思う。しないけど。夜中遅くに風呂に入るのは、他人に迷惑をかけないためだ。こんな巨体が入ってみろ。どう考えても、風呂の水がなくなる。ただじゃないのに。しかも、今日は部屋の掃除をして物凄く汚いし、そもそも女の子がこのクソ豚が入ったお湯に浸かるとか、私が許せない。
(あー本当……共同だから駄目なのよ。個人風呂だったら誰にも迷惑をかけないのに!)
そう思うが残念な事に私はDクラスだ。Dクラスというのは平民クラスと言ってもいいくらいに身分も低い者が多いし、実力もそこまでない。それは元もとのアドバンテージが貴族のほうにあるからだ。要するに、学園に入る前に家庭教師を呼び、家で勉強をする。元々勉強して学園に入るのと一から勉強をするのなら当然元々勉強をしていた貴族のほうが成績がいいと言うわけだ。しかし、このクソ豚は伯爵家という素晴らしいアドバンテージを悉く蹴り飛ばし踏み潰し、自業自得でDクラスになった。そのことについて当時、散々ぼろ糞に言ったが、正直今の自分からしたら、ざまあみろと鼻で笑ってやれる。当然だ、と嘲ってやる。恐らく、同級生達はほとんどが同じ気持ちだったに違いない。ああ、同志よ。
雑巾や箒も事務から借りてきた。しかし、ごみをまず片付けるところからなのでまだまだ出番は先のようだ。早く活躍をさせてやりたい。
そして、部屋の掃除が終わったら、一人一人の部屋を回って謝りたい。これまでの所業と今回犯してしまった事件について。正直、土下座をして泣いて縋って許しを請うてしまいたいが、今までのキャラと違いすぎても変な憶測を呼ぶだろうから少し謝るくらいで済ませることにしよう。心の中では土下座して泣いて請うけど。
―――結局、夜中までかかったのに、殆ど終わらなかった。
それでも少しだけスペースが出来たのは行幸といえる。
実は、掃除をしている最中に担任の先生から明日、明後日は様子をみるために休んでよいという通達が来た。来た時に「そ、うじをしているの、か……!?」と驚愕されたのは割愛しておく。
せめて、明日、明後日でゴミ袋にごみを詰めて、教科書を掘り出したいものだ。
……残念なことに彼女の思いは(ほとんど)叶えられることはないのである……!