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肉がぁ……! 肉がひっぱられるぅぅぅ!

 るんるんとスキップでもしてこの街を横断したい。


 そんな気分で私は今、街にいる。


 魔力を認識できるようになった確信が持てた私は、急いでおばあさんの元へ行こうとして「外出許可が貰えると思っていたんですか」と、私の外出許可届けを片手にひらひらさせた笑顔の般若と遭遇した。


 すごすごと寮へと帰った私は翌朝、ヒスイに魔力が認識できるようになったのだと告げた。ヒスイは我が事のように喜びの声をあげてくれた。


 けれど、おばあさんの元へ行く事は出来ない。


 般若―――別名、カハール先生―――が私の行く手を阻んでいた。


 ナタリアさんも困った顔で「テリセンさんは安静にしないとねぇ」とカハール先生の意見に追従されてしまった。

 他に話す人はいないため、味方等いるはずもなく、私はずっと街へ出ることが出来なかった。


 それが、昨日! 終に! カハール先生からお許しが出たのだ。私は大手を振っておばあさんの元へ急いでいる。


 きっと、私が魔力を認識出来るようになったと聞いたらおばあさんは驚いてくれるだろう。


「びっくりして腰を抜かしちゃうかもしれないわ」


 自分の想像に、ふふふ、と笑いが零れる。

 楽しみだわ、と心で呟いて、ふと顔を上げた。


「―――?」


 何か、妙な気配を感じた。

 魔法が使われる直前に感じる空気の揺らぎに似ている。

 誰か魔法を使うのか、と思うも、私は人気ひとけの少ない裏通りを選んで進んでいる。


 けれど、魔法を使う人どころか誰か他の人の気配もしない。

 おかしい、と違和感に気づく。

 いくら人気の少ない場所を選んでいるとはいえ、ここまで人がいないのも可笑しい。そういえば、表にいる時にどうも騒がしくはなかっただろうか。おばあさんに会えると浮かれて、周りを見ていなかった。


「何かあったのかしら」


 呟いた、その時。


 胃がひっくり返る衝撃。


「…………………………え?」


 ベタッ、と私の目の前に布が落ち、足元が風に吹かれた。


「え」


 頭が下に引き攣られる。首を捻ると、直ぐそこに地面がある。


 布が『制服のスカート』で、私は何故か逆さに宙吊りになっていると理解したのは―――


「う、うううう―――!?」


 凄い速さで身体が動き始める直前だった。


(肉がぁ……! 肉がひっぱられるぅぅぅ!)


 もし誰かいるなら、変な光景だったと思う。

 だって、ぶくぶく太った肉の固まりが空を飛んでいるのだから。


 あまりにも早くて、制服が脱げそう。釦がはちきれてどこかに飛んで行ってしまいそうだった。


 下着は見えても構わないけれど、見苦しいから必死でスカートを抑えようとする。それなのに、動く速度が速過ぎて手が風に逆らえず、なされるがままになってしまう。


 そもそも、飛ばされているのだろうか。


 風が犯人なら、周りの建物も吹き飛ばされていそうなのにそんな様子は、たぶんない。速過ぎてよく分からないけれど。


 風が私だけを飛ばしているようにみえる。


 眼が開けていられなくなったところで、身体中に衝撃。


「ぐ……え゛え゛え゛っ!?」


 蛙が潰されたような声を出してしまった。


 身体を起して確認すると、少し手の平と頬、それから両足を擦りむいていた。血は滲み始めており、頬からぽたりと道へ一滴赤いものが落ちた。見回すと血の線が断続的に道に出来ていた。


 風は急には止まれない―――のかどうかは分からないけれど、どうやら私は下へ落とされ、その勢いで地面の上を少し引きずられてしまったようだ。怪我もするだろうし、道に血の後だって出来るだろう。


 一体、私の身に何が起こったのだろうか。


 普通の風に吹かれた訳ではない事は流石に分かっている。

 私の巨体を運べるほどの風が吹いたのなら、周りの建物は少なからず被害を受けているだろうにそんな様子は全く見えない。


 自分の身に起こった事の不可解さを審議しようとして、視界の端に動くものがあった。


「―――ぐ……っ」

「え、ひ、人……?」


 人間が―――倒れていた。


 奥まった一本の道に、人が倒れている。その非日常の景色に私の足は立ち竦んだ。


「―――ッ、ぐ……ァ……」


 酷く苦しそうに呻き声をあげている。

 何度目かの声に、私はそろりと近づいた。

 日に当たらない湿った空気と苔の匂いを塗りつぶす勢いで、充満しているのは錆びついた鉄の臭いが路地から香ってきた。

 私が今、痛みと共に垂れ流している液体と同じ臭いだ。血の気が引く。


 ―――怪我をしている。


 倒れているのは男のようだった。

 私よりもずっと背の高い、男性。暗い路地のことなので性別しか分からない。


「だ、大丈夫?」


 聞いてから、馬鹿な質問をした、と後悔した。


 大丈夫ならこんなところで血の臭いをさせて、倒れていない。

 せめて、どこかで治療をしなければ。


 けれど、私の呼びかけに全く応答がないことに動揺する。

 もしや、息を引き取る直前ではなかろうか。そんな不安に突き動かされて、私は今更ながら男の元へ駆け寄って叫んだ。


「大丈夫ですか!? ねぇ、聞こえてませんかっ!?」

「―――ッ!!!」

「あ……っ」


 私から距離をとろうというように身を捩ろうとする彼に「駄目! 動いたら!」と声をあげた。


「……さ、わるな……ッ!!」

「っ、ご、ごめんなさ……」


 反射で謝ってから、その拒絶の言葉は私を見ての言葉ではないことに気づいた。

 彼は「やめろ、やめろ!」とうわ言を呟いている。意識が混濁している。

 血の量を考えても、このまま放置していれば本当に彼はこの世と別れを告げることになるだろう。


「どうしよう……」


 途方に暮れてしまう。

 今にも死にそうな他人を見つけた時、どうするかなんて学園で学んでいない。

 血が出ているのは如何してか。怪我をしているからだ。なら、怪我を治すには。医者に見せればいい。


「カハール先生なら」


 きっと治してくれるだろう。

 けれど、私が手を伸ばすと相手はどうやっても逃れようとしている。自分より身体が大きな意識の殆どなく暴れる相手を運べるほど、私は身体が出来ていない。


「……待ってて、助けを呼んでくるわ」


 聞えているのか、いないのか。反応は特になかった。


 迷って考えた結論は、一つ。


 ―――誰かに助けを呼ぶ


 今、私にはそれしか選択肢がない。

 私は立ち上がった。勢いに風が髪を上へ跳ね上げる。痛む両足を振り上げて急ぐ。目的地は変わらない。


 目指すは、魔女の店だ。


 これ以上ない程に本気で走った。

 時間との勝負だ。人命がかかっている。どくどくと私の心臓が悲鳴をあげる。足をただ動かして、両手を一生懸命振る。噴出す汗が目に入り、痛みが走る。


「―――おばあさんッッ!」


 埃が舞い上がる部屋を素早く横断し、おばあさんが目を丸くしていた。ちゃんと店にいることにホッとして、彼女の腕を両手で引っ張る。


「おばあさん! お願い、早く来てください! 人が倒れてるの!」

「は、ちょっと待ち……」

「早く!」


 腕を取って、ひっぱりあげるようにして立ち上がらせた。驚愕しているおばあさんに説明もせず、店から引っ張り出す。


「走って!」


 私はまた走り始めた。

 おばあさんが後ろから追ってくる気配を感じながら、人が倒れているところへとおばあさんを連れて行くことを考える。


「ちょっと待ちな! あんた、何があったんだい!?」

「人が倒れていたの! 酷い怪我をしていて、それで、血がたくさん! あのままじゃ、失血死してしまうわ!」

「そうじゃなくてだね……!」

「こっち!」


 制服の袖で目の汗を拭くと、穴が開いているのが眼に入った。

 そういえば、この間の〈火壁ファイヤーウォール〉が制服に穴を開けたのだった。

 これもどうにかしなければならない。自分で穴を塞ぐ道具を買わなければ。

 袖口が汗でべとべとになり、私の意識も妙に朦朧とし始めていたくらいになって、その場所に辿り着いた。


「っ、おばあさん!」

「こりゃ、また」


 まだ倒れ伏していた彼は少し移動したらしく、さっき見たときよりも路地の奥へいた。

 駆け寄って身体に触れても、身を捩るような反応も返さない。

 まさか、と焦って仰向けにして呼吸を確かめた。

 僅かに咽喉に空気が入る音がしているのを聞いて「生きてる……」と呟いた。

 よかった。生きてる。死んでいない。


 首元に手を持っていって、脈を計ると本当に微弱だった。

 今は生きているけれど、このままでは死んでしまう。おばあさんは彼の足を持ち、険しい表情で私に頭と肩を持つようにと指示を出した。


「明るい所で見なきゃ、どうなってんのか分からないよ」

「……そうね……」


 私は出来る限り、頭を動かさないようにしながら路地から引っ張り出す。


 それほど日当たりが良好と言う訳ではないもの、奥まった路地よりも少し広い道へと彼を出した事により、思っていた以上に酷い血の量だと分かる。


 粗末な服は全てが赤黒く染まり、足には拘束具が絡まり、足首には輪の形で痣が出来ている。ゆっくりと降ろしてから、おばあさんに尋ねる。


「助かるかしら。大丈夫? ハリスさんを呼んでくれば、なんとか……」


 おばあさんは無言で彼の衣服を捲り上げた。

 きゃっ、と悲鳴をあげかけるのを押し留める。

 ちょっと顔が熱くなるものの、今はそんな場合ではない。

 異性の裸なんて家族のものでも見たことがない。

 小さい頃はお兄様にお風呂に入れてもらっていたらしいけれど、物心ついたころには使用人達がいれてくれていた。

 ちょっと目のやり場にこまり、視線を空へと投げる。ちらと見えただけでも、その鍛え抜かれている筋肉は分かったし、多くの古傷も見えた。


「不味いね」


 おばあさんが深刻そうな声で低く言った。


「え?」

「これを見な」

「ぅえ……ッ!?」


 躊躇するものの、ええい!と勢いに任せておばあさんが指したものを見る。


 胸のところに紋章のようなものが描かれていた。けれど、それよりもお腹に目がいった。

 刀傷のようなものでぱっくりと割れて、血は未だ止まっていない。血の気が失せる。


「お、おばあさん。まだ血が、とま、とまってないわ」


 思っていた以上に私の声は震えた。おばあさんは感情の見えない瞳を向けた。そうじゃない、と彼女は続けた。


「―――こいつは高級奴隷だ。あたしらには治療が出来ない」


 おばあさんが言った意味が理解できなかった。


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