魔の囁き
サブタイトルはだいたい意味がないので気にする必要ありません。
それから春休みの間、毎日毎日……おばあさんの元へと新たな決意を何度もしながら通い詰めた。春休みが終わってからも、おばあさんに反論をしようと出来る限り店へと向かった。
―――が。
「おっかしいねぇ。魔力を身体の中で巡らせるところまでは出来てんのに……なんで魔力を放出出来ないんだい?」
「……どうして、かしら」
「そもそも魔力を認識出来てないってのも意味が分からないねぇ。どうやって魔力を巡らせてるんだい?」
不可思議なものを見るような眼で見られて、かなり居心地が悪くて俯いた。私は結局、未だ断れずにおばあさんと一緒に魔力認識、魔力操作が出来ないかと試行錯誤している。
……勿論私はちゃんと断ろうと今だって思っているのだ。それなのにどういう訳か、そう、何時の間にかおばあさんのペースに逆らえずにずるずるとここまで来てしまっていた。
あれから数週間は経って、春休みは終わりを告げてしまっている。けれど私は魔力を認識することもおろか、魔力操作も未だに出来ず、当然の事ながら生活魔法など夢のまた夢の状態だ。初めおばあさんは私の固定魔法を解明しようと張り切っていたのだけれど、私のあまりの知識のなさに考えを改めたようで、出来ないのだと言い続けている魔力認識、魔力操作の講義から始まった。
魔力操作は体内にある魔力を体外に放出することを基本、意味する。魔力操作という名がつけられているのは、その出した魔力をどれだけ微細に動かす事が出来るかが、魔力を使う際に大事になってくることからだそうだ。
魔法に必要な魔力は決まっている。
そこにどれだけの速さで魔力量をちゃんと注ぎいれることが出来るか、というのが大切になってくるのだそうだ。
一番威力の弱い呪文に大量の魔力を込めたら威力は増さないのか、と聞いたところ「出来ないことはないんだがねぇ。魔力操作がそれなりにでも出来ないと上手くはいかないのさ」ということだった。今一よく分からなかった。魔法ってのは色々と繊細なものなのなんだよ、と締めくくられてしまった。
器と水に例えればいいのかしら、と自分なりに考えている。
器が魔法で水が魔力だ。
器(魔法)に水(魔力)を大量に注ぎいれてもあふれ出すばかりで、いつかは水(魔力)の方ががなくなる。けれど、器(魔法)に水(魔力)をギリギリまでいれられる器用さ(魔力操作)があると飲む量(威力)もあがるってことで、多分あってると思う。
「何度も聞くがね、その体内での魔力操作はどうやってるんだい?」
はあ、と呆れたような溜息を吐いて、おばあさんに聞かれる。
今まで何度も言われている質問だ。
「……何度も答えたけれど。全く分からないわ」
なので、今まで何度も答えている答えを口にした。おばあさんは私の両手をぎゅっと掴んだまま、溜息を吐いた。
手を握っているのは、おばあさんが私の魔力の流れを感じるためらしい。握られる度にどきどきしてしまう。
家族以外で触れ合うのは殆ど始めてといっていい。ぼっち人生を舐めちゃダメなのだ。
緊張する。それはもう緊張する。ものすごーく緊張する。始めて握られた時など、異様なくらいに焦って変な声も出た。今でもドキドキして心臓が飛び出すかと思うので止めてもらえないかしら、とちょっと思っている。
「そうだけどねぇ。普通、体外に出すより、体内で魔力操作をする方が格段に難しいはずなんだよ」
理解出来ない、というようにおばあさんは顔をしかめた。
魔力を体内で循環させる事は魔力操作を相当やっていないと出来ないらしく、しかも好き好んでやる人物はいないという。
なぜ、と理由を聞くと、魔力を体内で循環させると身体に異常をきたすことが多いから。最悪、死ぬこともあるそうで、魔力操作を極めた者でもやっているかどうか、と言われた。
私は体内で魔力を循環させているらしいが、魔力を感じとることが出来ないためにそんな自覚は全くない。無意識といっていい。但しそれは、おばあさんが知る限り、無意識レベルで魔力を体内で循環させるものなど、いない。
伝説にも聞いたことがないと言われ、それ以上何か言うのを止めて口を閉じた。とにかく、私はこの世界においていつの間にかイレギュラーな事を行ってしまっているらしい。それも無意識のうちに。延々と。
延々と、というのは。全くの休みなく体内で魔力操作を行っているらしいことが、おばあさんから指摘されたからだ。さっぱり自覚がないのだけれど。
「それも何度も聞いたわ。でも、おばあさん。私、魔力を認識することさえ一度もないんだもの……」
「全く循環の道が途切れないってなると普通は倒れても可笑しくないんだよ。魔力を動かすにも力がいるんだからね。どこかで異常が起こってても可笑しくない、というか……いつからか知らないけど、これをずっとやってたってなると……この世に生きていることが不思議なくらいなんだがね」
真剣な様子で言われる科白だ。始めて私が体内で魔力操作を行っていると教えられた時から何度も何度もおばあさんに言われているものである。そして次に言われる科白も今やすっかり馴染みとなったもので。
「やっぱり『魔の囁き』のせいなのかねぇ……」
魔の囁き。
私は眉間に皺を寄せて呟くおばあさんを見ながらそれを初めて聞いた時のことを思い出していた。
*****
あの時はまだ春休みで、おばあさんのところに通い始めてすぐの頃だった。そして、今日と同じようにおばあさんの勢いに負けて、彼女の聞かれた質問に流されるままに答えていたのだ。
魔力を感じ取れない、魔力操作が出来ないと言い、他にも色々と話したところ「……あんた、もしかして、魔の囁きだったんじゃないだろうね……?」と愕然とした様子で言われたのだ。
おばあさんとの距離は数センチ程しか離れていないのだから、その聞きなれない単語を耳で拾った私はそのまま疑問として口に出してしまった。
「―――魔の囁き?」
「あんたはそれ……かもしれない」
「かもしれない?」
おばあさんは歯に物が詰まったような顔だった。またもや私は、彼女の言葉を繰り返した。
おばあさん本人も信じられないみたいな物言いで、変に不安を誘う。随分曖昧な言い方に疑問が湧くのは当然だった。
おばあさんの次の言葉を期待して、私は待った。僅かに間を置いてから、おばあさんは再び口を開いた。
「……正直言って、伝説みたいなもんだねぇ……」
「伝説?」
「王族が数百年に一度、誰か1人2人罹るかもしれないくらいの……あたしだって昔1度聞いたことがあるだけのものさ。そういう病があるってねぇ」
数百年に一度、誰か1人くらい王族が罹るかもしれない病気?
そんなものがあるのか、とそれを聞いた時に思った。
というか、それこそ私が罹るはずがない。
そもそも魔の囁きって病気なのかしら。名前からしたら車酔いみたいな、症状に近いものがあるけれど。それに私はそんなものに罹っていたと言われたことはない、と顔を上げる。
信じていないのが分かったらしく、おばあさんは溜息を一つ吐いた。
「……伝説っていうのは大げさかもしれないがねぇ。原因不明の体調不良があんたにそっくり当てはまるんだよ。魔族のいる地域にあたしらが行くと起こるってんで、魔の囁きなんて名前がつけられたのさ。あんなとこ、行く奴なんてそういないから、聞いたのも相当前のことだし、確証は全くないがね」
原因不明の、体調不良。
「嘔吐、高熱、貧血に息が出来なくなったり、幻聴、幻覚……失明する事もあるって話だったかねぇ。いつのまにか治るって話だったか、それとも永遠だったかは忘れちまったがね」
あんたにも身に覚えがあるんだったろう、と言われて、少し躊躇ってから小さく頷いた。
幼い頃の私の身体の弱さは折り紙つきだった。
2歳の時など、本当にあの世へ身体の7割は常に浸かっていると言っていい。
正直、4歳くらいまでベッド以外にいた記憶がないのだ。
窓から外を見たのも4歳が始めてだった。
学園に入ってからも度々保健室のお世話になっていたためにカハール先生の名前は覚えていたのだ。
別の理由もあるけれど、私が彼の名前を覚えていたのは命の危機に本当に関わっていたからだ。何か身体に異変を覚えたら、とりあえずカハール先生を呼ぶ必要があった為に覚えなければならなかった。
食べたら直ぐに吐く体質で、今思えば吐き癖もばっちりついていたように思う。
息が出来なくなることなんて両手両足あわせても足りないほどに経験した。
あれは怖ろしいものだ。
助けを呼ぶことも出来ない。
少し飛び跳ねたら貧血でふらり。
少し歩いたら熱があがって焦点があわなくなってバタリ。
少し起き上がるだけで吐き気がし、高熱になって気絶することは日常だった。
そんなことを思い出していると、その他のことも色々と記憶が蘇ってきた。
すっかり忘れていた些細な事も思い出してしまい、会わなくなって等しい家族の顔がはっきりと思い浮かび、苦しくなる。
もう私のことなど見限ってしまっているだろうけれど、私は今でも彼らのことが大好きで尊敬している。
子供の時の身体の弱さから随分と心配も多くかけただろうし、きっと面倒なことも多かっただろうと思う。お兄様にもお姉様にも、お父様にもお母様にも。屋敷の皆にも。我儘を言いすぎている過去に戻ってやり直したい。そうしたら家族の為に骨身を惜しまずに尽くすのに……。
過去を思い出して後悔をしていた私が我に返ったのは、ぽすん、と頭に温かいものが乗ったからだった。
「……もしかしたらって話さ。そこまで気にする必要はないんだよ」
「あ、う、あ」
どうやらおばあさんが私の頭を撫でてくれたと気づいた時には、既に温もりは頭の上から消え去っていた。
おばあさんの目尻に更に皺が寄る。
その視線が優しい気がして、何も言えなかった。さっきまで頭に乗っていただろう手を追う。
「あ……」
ちょっとだけ、もっとって思ってしまったのは気づかれていなかったと思う。
「あたしがあんたを『魔の囁き』じゃないかって言うのはね、その話の中に『魔の囁き』になったら魔法が使えなくなるって言う話を聞いてるからさ」
「えっ?」
けれど、おばあさんの言った内容にそれどころでは無くなってしまった。
「『魔の囁き』になってる間だけなのか、罹ったら一生魔法が使えなくなるのか、それともあんたはタダのびょう……病弱なだけでそんな伝説的なもんには元々罹ってないのか、あんたが未知の生き物なのか。まぁ、そりゃ色んな可能性はあるがねぇ」
そう言っているのに、おばあさんは私が『魔の囁き』の可能性が一番高いと思っているのが窺い知れた。私の意見とすると、そんな未知の病気みたいなものではなく、ただの病弱だというのが一番嬉しい。
ただ、魔の囁きだという可能性を否定できないところもある。
私の発熱、吐き気、貧血などは数多くの医者と会ってきたけれど、誰も完全に治す事が出来なかった。今では元気に歩いたり走ったり跳んだり食べたり出来るけれど、当時の私は大人になるまで生きられない、と本当に思っていた。
「あんた、固有魔法だけでも相当に希少価値だって言うのに。魔の囁きかもしれないだなんて厄介な子だねぇ」
呆れたような声で言われて、それは違うと思いっきり首を振る。頬の肉が揺れた。
「私、厄介な能力なんてないわっ! おばあさんの勘違いよ!」
「だと良いけどねぇ。まぁ、まずは魔力を感じるところからやってみるかねぇ」
おばあさんは眉間に皺を寄せたままで言った。
*****
目の前にその時と同じ顔をしたおばあさんを見つつ、椅子に座り直す。
私の体重をいともたやすく支えてくれるこの椅子は、おばあさんの知り合いが作ったものらしく、たいへんに丈夫だ。
ぎしぎしやっても壊れない。ぶらん、ぶらん。
「……固有魔法もあんたが魔力をどういう風に使ってんのかが分からなきゃ、さっぱりだしねぇ」
そうなのだ。
私の固有魔法―――実際そんなものがあるのかは非常に疑わしいけれども―――を知りたがっていたおばあさんだったけれど、私が魔力を感じ取れなければ始まらないということで、どうにかして私に魔力を感じさせようとこうして頭を捻っているのだ。
固有魔法を使うにも魔力を使う。
その流れを感じ取れていさえすれば固有魔法をどういう風にいつ己が使っているのか分かるのだ、と説明された。
それなら万が一、私が固有魔法を使っていたとしても、魔力を感じ取れないのだから分からなかったのも当然だ。
「ん~……いっそ、生活魔法が使えるって体でやってみるっていう手もあるかね……よし、あんた。生活魔法を使ってみな」
「……えっ?」
「無意識に固有魔法が出来てるんなら、同じように無意識に生活魔法へ魔力を割けるかもしれないじゃないか」
謎の無茶理屈!
首を思いっきり振る。一緒に両手も振って盛大に出来ないアピールをおばあさんにした。
生活魔法は出来ないの! おばあさん、私は出来ないのよ!
それを見ていないかのようにおばあさんは続けた。
「あんたの能力なんてさっぱり分からないんだから、とりあえずやってみるとこから始めるんだよ」
それは、確かに。そうなのだけれど。納得しかけて、頭を振るのを止める。
とりあえずやってみるという精神は必要だろう。けれど、やっぱり気が進まない。
「学園じゃ、呪文や魔力量が大切だとかなんとか言ってるがね。人生経験から言わせてもらうと魔法で一番必要なのは『想像』さ」
え、と俯きかけた顔をあげた。何だか今、非常に私にとって有益な事を聞いたのではないだろうか。
「魔力量は呪文の幅を広げるし、呪文は威力とか色々と調節出来る。でも、魔法を具現化するのに必要なのは『想像』なんだよ。それでどんな魔法を使うかが決まるんだからね」
さっき思っていた器と水の関係を元にすると、想像でオレンジジュースにもトマトジュースにも出来るっていうのでいいのかしら。
「魔力は結局、魔法を起こす為の力なんだ。『想像』の有無で、少ない魔力でも強力な魔法を作り出すことも出来るんだよ。やった奴もいるしね。といっても、それはそれで相当の『想像力』がいるんだけどねぇ……まあ、あんたは見た目どおり、頭の方も鈍そうだから『想像』で補ったとしてそれほど大した威力の魔法は使えないだろうけど」
想像力。
それが本当なら。私の今後の力になるかもしれない。
私はおばあさんの顔をまっすぐに見つめた。
「『想像力』があれば……魔力量が芳しくなくても威力のある魔法を使える、かしら」
「経験から言えばだがね」
証明はされていないということだけれど、私から言えば経験は相当の価値がある言葉だった。
想像力なら少しは自信がある。
前世知識には魔法の様々な形態が沢山あるのだから、それを活用すればいい。幸い、前世知識の記憶は鮮明だ。想像する事など、朝飯前だ。行ったことがない土地のことだってテレビというもので知っている。見ている。説明をしてくれている。娯楽も豊富。
それなら。
魔力を感じられるようになったら。
本当に魔法も使えるようになれるかもしれない。
「ま、今日はここまでにしておこうかね。あんた今日もあたしの商品たちを見て回るのかい?」
「は、はいっ!」
元気よく返事を返した。
おばあさんのお店に行き続けたのは断る為というのもあるけれど、彼女の店の商品説明を楽しみにしていたところも大きい。商品達は、どれもくだらなくて面白くて楽しいのだ。
それに、だんだんおばあさんと話をする時に緊張するレベルも減ってきていて会話も弾むようになってきている。
初めはガチガチに身体が強張って、背中の汗も酷かった。誰もが退くレベルだ。
人との関わりを持つためにも、魔法を使えるかもしれない可能性を考える為にも、おばあさんのところへ通うのは良いことな気がする。
私がそんな風に考えていたところ。
――――ナタリアさんから呼び出しがあった。
サブタイトルってどうやって決めたらいいんですか。
後、また行き当たりばったりで設定を追加して自分の首を絞めてますよね……。
ブラックホールに落ちて拾えない気がします。
王道小説に王道主人公、そして王道展開。王道ばっかり盛りだくさんでお送りしております。(想像力とか!正に王道!)




