変人だわ……!
目の前の魔女然としたご老人が何を言ったか、理解できなかった。
「もっと深刻な事かと思ったじゃないか、全く……生活魔法が出来ないんならこれは意味がないねぇ。なら他の方法を考えるべきか……」
残念そうに言いながらおばあさんは魔法石を見ている。
「どうして……」
その様子は、本当に私が『生活魔法』を出来ないことなど全く意に介してない。至極どうでもよいことのようだ。けれどその様子に『馬鹿にしないなんて、なんて素敵な方なの!』などといった感情は生まれない。
「どうかしたのかい?」
「どうして……どうして、何も言わないの……? 『無価値』とか『役立たず』って……『出来損ない』って……」
「……」
今まで、こっそりと囁かれてきた言葉たちを口に出した。どれほど、私が周りをいらつかせようとも中途半端に身分は良い為に面と向って言われた事は殆どない言葉たち。それでも人から己への悪意というものは見ずとも見、聞かずとも聞こえてしまうもの。耳に入った言葉たちに何度あのゴミ屋敷で一人泣いたかしれない。
「あんた、あたしにそれを言ってほしいのかい」
「ち、違いますけれど……っ!」
そういうことではない。
言ってほしいか、と言われれば、違うと応える。今までの幼い行動や言動たちを反省・後悔・軽蔑しているとはいえ、傷つけられたい訳ではない。そんな特殊な性癖は持っていない。
けれど、そういうことではないのだ。
これまでの生きてきた年月の、少ししかない人生経験で知っている。このおばあさんの態度が普通ではありえないということを。そして、そんな態度に―――説明できない感情が身体の奥から湧き上がる。
「生活魔法が出来ないのは珍しいけどね。だからって、別に何か問題があるかい?」
「あ、あるわっ! みんなが、皆が出来て私だけ出来ないなんて……可笑しいわ。だから、だから、変じゃないの。皆は、おかしくない。おばあさんは、おばあさんは可笑しい人だわ……っ! 変人だわ……っ!」
珍しい。
そんな言葉で片付けられていい筈がない。
珍しいだけなら、あれほどまで侮蔑のこもった視線と言葉を浴びせられることはなかった。
お姉様もお母様も、お父様もお兄様にも一度だって、この事に関して軽蔑の目を向けた事はない。この事に関して―――私が生活魔法を使えないことについて、冷たい言葉や視線を向けられた事はなかった。
けれど、彼らがそれについて気に病んでいることは知っていた。おばあさんのように『よくあること』という態度ではなかった。
大した事ないなんて、どうしてそんな風に言うの。私がどれだけ、苦しかったのかしらないのに。
誰も助けてなんてくれなかったのに。あれほど、家族を困らせていたのに。
どうして、そんな。
「―――皆ってのは、どこまでを指すんだい」
怒りとも悲しみともつかない感情は、その勢いを爆発させる前に―――その原因とも言えるおばあさんの次の科白によって霧散した。
「あたしは、魔法を知らないって奴に会ったことがあるからね。生活魔法が使えないくらいじゃ、それほど驚かないさ。……まぁ、多少は驚いたがね」
「……え?」
呆然とおばあさんを見るも、冗談を言っているような雰囲気ではない。
魔法を知らなかった人?
そんなことは、あり得ない。信じる信じない以前の問題だ。生きていれば、必ず何かしらの魔法を使っている者にあう。いや、魔法はこの世界の生活の基盤に等しい。それを知らないなんて事があるはずがない。生活魔法が出来ないことより、あり得ない。
おばあさんは嘘をついている。これでもし信じれば、初対面の、何も知らない小娘だと馬鹿にされるに違いないのだ。
精一杯、私は睨みつけた。
座っていてよかった。立っていたら、きっと足が震えているのがばれていた。
「うそ、だわ。そんなこと、あり得ない」
おばあさんは、しっかりと私の眼を見つめていた。
外の音など聞こえないぼんやりとした空気の中、おばあさんの存在感が増していく。
まるで彼女の存在だけが部屋の中で急に大きくなったようだ。彼女の目が私を射抜く。
「あんたは魔物をどれほど見たことがあるんだい。どれほど、他の種族を知ってる? その種族たちと酒を酌み交わしたり、笑ったり、一緒に闘ったりしたことがあるってんなら、反論しな。あたしを嘘つき呼ばわりしたってかまやしないさ。けどね、小娘」
静かに告げる声には重みがあった。
おばあさんが確かに生きてきた経験をふまえての確信が込められていた。
「――――世界は広いんだよ。あんたが思ってるより、ずっと……ずっとね」
ああ、確かに。そうかもしれない。
経験に裏づけされた言葉はしっかりと私の心に届いた。勿論、私の経験と感情は未だおばあさんの態度に納得出来ない。これから納得する事があるかもわからない。
けれど、私は『前世』を思い出したのだ。
それこそ、どんなことよりあり得ないことであり、信じられないことだろう。そんな奇怪な体験をしておいて、今更こういう態度をされたからといって動揺することはない。
……ないのだ。
湧き上がる別の気持ちを押し込めて、声を絞り出した。
「……あの、魔法を、知らなかったって……どうして?」
「魔法がない土地から来たんだって言ってたがね。砂地獄の向こうから来たって言ってたね、アイツは」
「砂地獄の向こう!? あの向こうに国があるなんて……」
おばあさんの言う『魔法を知らない人』。それも出身地が『砂地獄』と言われて、再び信じられないという思いが駆け巡る。
砂地獄から向こうには、永久に砂地が続き、国があると聞いたことはない。その向こうの出身の人物に会ったなんて、本当なのだろうか。一方で知っていることもある。
砂地獄は地の果てとして、よく物語に出てくるのだ。物語の英雄たちは、こぞって未知の場所を目指して砂地獄の向こうへ旅立っていく。そこから先の英雄物語はない。
疑念が湧き上がるものの、おばあさんはそんな私の気持ちなどお見通しだった。
「疑うのも分かるがね。あたしだって、実際に会ってなきゃ信じなかったろうし」
「う、あ、ごめんなさい……」
「なんで謝る必要があるんだい。……アイツは魔法自体を知らなかったし、実際魔法が使えなかったんだがね……」
言葉を少し切ってから、おばあさんは話を続けた。
「とにかく、生活魔法を使えないからって気に病むことはないだろう。魔力は平民よりあるんだしねぇ」
「え? ま、魔力量が分かるのですか?」
「これでも魔法は得意だからねぇ」
本には、魔力量を量るには魔導具がいると書かれていたが、言葉の綾だったのか。内心で首を傾げつつも、おばあさんの話に耳を傾ける。
「それに、あんたは固有魔法持ちみたいだしねぇ。それなら、生活魔法が出来なくても悲しむことはないじゃないか」
「え? 固有魔法……?」
知らない単語が出てきた。反復後に語尾があがれば、知らないとおばあさんに言っているのも当然だ。おばあさんは「ああ」と何かに気づいて一つ頷いた。
「それも、あたしくらいになれば分かるさ。さっき使ってたあれ、そうだろう?」
「―――……は、い?」
何を言われたのか分からなかった。
泣いてるローズは可愛いなって思います。
行き当たりばったりで設定を盛り込んで、自縄自縛の末に忘却の彼方へと葬り去られる気がします。




