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魔女の家

 扉を開き、ゆっくりと覗いてみる。中は薄暗く、埃っぽい。出来うる限り、そろり、と身体を滑り込ませれば、取り付けられていた鈴が後ろで、からんと鳴った。

 店の中は外よりも少し温度が低い。差し込む日の光の中で、埃が舞ってキラキラと光っている。そんなところがまた、魔女の家らしくて、ますます気分が高揚する。

 壁や棚には、用途の分からない物が並べられていた。掌サイズの丸いもの、細長いもの、壁にかけられるようにして外套や短外套も存在していた。少し奥に、直径6cm程の円形のものが、薄い木造りの箱に大量に入っているのが見えた。その円形の何かには文字が書いてあるようだった。

 近くにあった物に私の手が伸ばされた、その時。


「―――勝手に触るんじゃないよ」

「ふへやぁ!?」


 突然かけられた声に驚いて、悲鳴をあげてしまった。心臓がバクバクしている。ぎゅ、と左手で右手を包み込んで、小さく丸まった。……私の身体は小さく・・・丸まれるような大きさではないのだけれど。


「……なんて声をあげてんだい」

「ご、ごめんなさい」


 反射的に謝ってしまったのだけれど、後ろを振り向いても誰もいない。背筋が伸びる、鋭い声は誰のものだったのか、と周りを見回す。

 ……暗くてよく分からなかった。背筋がぶるりと震える。

 姿の見えない声がこれほど怖いものだとは思わなかった。この世で一番怖ろしいのは、正体が分からないものらしい(これも前世知識)。

 確かにその通りだ。怖い。


「何やってんだい。あたしはこっちだよ」

「あ……」

「動くんじゃないよ! まったく……そんな図体しといてこんな小さな店の中で動かれたら商品が壊れちまうだろ!」


 声がした方向に歩き出そうとすると、不機嫌そうに言われた。

 確かに。

 言われた内容に賛同し、ぴたり、と身体の動きを止める。この図体で焦って動こうとしたら、棚にぶつかって物が落ちる。床も抜けるかもしれない。

 はあ、と深いため息が聞えた後、薄暗い奥のほうから何かが動く音と、椅子をひいたような音、衣擦れの音を聞く。


「で、こんなところに学園のお偉い娘っ子が何のようだい?」


 数秒後に、ふ、と現れたのは初老の女性だった。前髪をたらし、高く結ばれている髪は心なしか色素が薄くなっているけれど、赤毛。こちらを見つめる瞳からは、しっかりとした彼女の意思が感じ取る事が出来る。切れ長の眼からの品定めするような視線に、不安のあまり、言葉を詰まらせた。


「なんだい、話せないのかい。まあいい。娘っ子、さっさと帰んな。ここはあんたのようなお嬢様が来るとこじゃないよ。それとも……誰かのお使いかい?」

「こ、こって何のお店なんですか?」

「はぁ? 看板に書いてあっただろ。魔導具の店さ」


 追い出されそうになって、慌てて口を開いた。返ってきた答えは、呆れが入っている。まったくその通りだ、と言葉が出ず、情けなさに涙目になって俯いた。看板に書いてあったのを見ているのに、あほ過ぎる。

 でも、これで帰る訳には。

 何も見ていないし、今日は特に予定はないのだ。午後からは、図書館で本を読もうと思っていたけれど、午前はギルドで潰そうと思っていた。もう少し、粘ってみようと目についたものを指差す。


「これが、何の魔導具か教えてください……」


 指したのは、細長い鉛筆のようなものだった。おばあさんは片眉を上げ、黙ったまま、私が指したそれを手に取った。


「これは……」


 と言いながら、彼女はその棒を下に振り下げた。


 ――――バァンッ!!!!!


「ひやぁあああ!?」

「―――と、このように大きな音が出るだけの品物さ」

「え、ええ?!?」

「で、こっちは」


 次におばあさんが手にしたのは小さな玉のようなもの。思わぬ、おばあさんからの攻撃に、心臓が激しく鳴っている私など構わずにおばあさんはぎゅっと玉を握った。すると、急にその玉が白く光りを放ち、目が眩んでしまい、その時に悲鳴が漏れた。


「にゃあああっ?!」

「―――てな感じで光が出る。まあ、隙くらいは作れるって程度だよ」

「え、え、え、え」

「……あんた、一々面白い反応するね」

「そ、そうですか? 私みたいなのには、似合わないですか?」


 心臓がバクバクと打つ中、引きつった笑いでおばあさんに返す。普通の笑顔にはならなかった。驚いたら、こんな悲鳴が上がるのかと自分で自分に驚いている。おばあさんは、ふんっと鼻を鳴らした。


「なんだい、自分の容姿は自覚済みかい?」

「………………」


 ついこの間、自覚しました。


「で、娘っ子。もったいぶる必要なんかないだろ。ここに何の用があるんだい?」


 おばあさんに聞かれ、困ってしまった。用と言われても、魔女の家っぽくて素敵だと思って入っただけだ。一応、客になるのだろうか。

 あっ、でも、私、お金がないから、お客じゃないわ。欲しいものを考えるのも、無駄。無意味。あれ? 私って、物凄く邪魔な迷惑な人なんじゃ。

 冷や汗が出た。急いで頭を下げる。


「も、申し訳ありません。実は、お金も持っていなくて、何も買えないんです。ただ、その……ここに興味をそそられて」

「ここに? 金なしで? こんなボロいだけの店に興味って……あんた、変人かい? ここはあたしが趣味で作ったガラクタしか置いてないよ」


 貴方の店じゃないのですか、おばあさん。

 自分の店に対してそんな物言いはないだろう、と視線を向けたが、おばあさんは本気でそう思っているようだった。

 私を見る目は、どうにも不思議そうな色に染まっている。本当に趣味で作ったガラクタだと言うのだろうか。

 それで、生活していけるのかしら。分からないわ。

 お金がなく入ったといえば、怒られるかもしれないと思っていたけれど、それは問題ではないようだった。

 安心した。

 今は本当にお金がないから。

 店主が―――おばあさんしかいないようなので、恐らくそうだ。彼女が店主であり、この店に置いてある物を作った人だろう―――ガラクタだと言うのだから、冷やかしでもいいのかも。

 おばあさんの様子に、少しだけ冷静さを取り戻した。


「……変人、ではないと思います」


 ん?

 あっ、待って待って。

 前世を思い出してるのって、変人じゃないかしら。

 いや、料理を作りたいって思ってる時点で変人な気がするわ。

 あっ、なんだか、変人じゃないって言えなくなってきた。元々、自信がなかったのに。


「ふん? ……まあ、用がないっていうなら好きようにしな。あ、でも何も壊すんじゃないよ」

「は、はい! ありがとうございます!」


 最後に短く注意をして、おばあさんは奥の方に戻って行った。暗闇に慣れた眼で見ると、奥にはカウンターがあるようでおばあさんはそこにいるようだ。私はお言葉に甘えて、自分の身幅分を必死に確保しながら棚や壁に飾ってある物を見ていく。


 変な顔に見えるお面、驚かせる為なのか、無駄にリアルなGのような模型、〈人妻ってどうしてあんなに妖艶なんだろうね〉〈変態は私です〉〈もっと熱くなれよおおお〉などと書かれた札、さっきの棒と同じように振ると大きな音が出るもの、ただ光るもの、私の身長より数倍大きい棒はマッチの火よりも小さい火が先に灯り、微妙な風が吹く(手で仰ぐほうがずっと強い風量)羽を模した木の板など、非常にくだらない物が沢山あった。

 急にした大きな音にびっくりして変な悲鳴をあげたり、棚にぶつかったりして悲鳴をあげたり、突然の光に悲鳴をあげたり、仮面の精巧さに感心したりしていたのだけれど、動ける範囲で色々見ているだけでもかなり面白い。


「―――なあ、娘っ子」

「あ、はい」


 ちょうど、いつ使えばいいのか分からない様々な付髭やかつら達の完成度に感心している時に、おばあさんが私を呼んだ。おばあさんは感情の読めない表情でカウンターから私を見ていた。


「楽しそうだねぇ、あんた」

「え、あ。申し訳ありませ……」

「かたっくるしい! あたしは堅苦しいのは嫌いだよ」


 私のようなのが楽しそうにするのは不快だったのかもしれない、そう思って謝ると嫌そうな顔をされてしまった。

 おばあさんは直ぐに真面目な顔になって再び口を開いた。


「あんた、金がないって言ってたね。なのに、何でこんなとこに来たんだい」

「興味をそそられたから、です」


 また聞くの? おばあさんのしつこさに、不安が過る。まさか、なんだかすごーくいわくありのお店だったのしら。


「こんな店に、何の興味がそそられるっていうんだい。何か他にあるんじゃないのかい」

「……他に……?」

「どうなんだい」


 何度も、質問をしてくるおばあさんに、首を傾げる。どんな意図があるのか、読み取れない。

 この店に入ったのは、本当に魔女の家っぽいと思ったからなのだけれど、正直に言っても理解されないだろう。全員が魔女であるこの世界で、魔女っぽいことへの浪漫が分かるはずがない。

 たぶん、この世界で生きていたら、科学に浪漫を感じるのではないだろうか。錬金術って言うのかもしれないわ。

 もしあったとしても、日本を知ってしまった私には、残念ながら、その感覚は分からなくなってしまったのだけれど、探してみるだけならいいかしら。今まで興味がなかったので、実際にあるのか分からないもの。


 そこで、おばあさんの視線に気づいた。まだ、私の答えを待っているらしい。

 困ったわ。本当に大した理由じゃないのに。

 少し躊躇って、順序立てて説明をすることにした。


「ギルドに新規登録をしに行ったのですけれど、断られてしまって……それで、ふらっとしていたら、ここに辿り着いたんです」

「はあァァァ!? ギルドに新規登録拒否されただって!!? あんた、一体何したんだいっ!?」


 盛大に驚かれた。おばあさんは椅子から立ち上がったらしい。ガタンという音がした。こちらを見ている目は、かなり見開かれているのが、薄暗くとも分かった。


「え?! えーと」


 その驚き具合にこちらが慌てて、思い出そうとする。

 ギルドのお姉さんは、なんと言っていたかしら。

 五年前に、罵って、三年前に器物破損だったかしら。うん、たぶん、そうだったわ。


「あれは起源が起源だからね。大抵の出自は眼を瞑るはずなんだよ、それを……」

「…………」


 そ、そうなの……?


 信じられない、と思っているのが有り有りと分かる目線を送られて戸惑う。


 いくら私がクズ豚だったといっても、五年前は九歳の子供だった訳だし、誹謗中傷も語彙力のない私が言ったなら大したことなかっただろう。三年前に器物破損っていっても大したものは壊してないと思う。筋力があるとは到底思えない。

 だって、所詮私だし、それに五年前は肥ってなかったもの。普通の子供以上に、力はなかったはずよ。あれ? なら、私って一体何を壊したのかしら。

 ちょっと疑問に思うけれど、何かを壊したのだろう。やっぱり、私だもの。

 通告が来たというのだから結構規則は厳しいと思っていたのだけれど、もしかして覚えてない(言われていない)だけで、私、他に何かしてしまったのかしら?


 己の記憶を一生懸命に掘り起こすけれど、やはり思い出せない。

 自分の記憶力の無さゆえか、それとも、思い出せていないだけなのか。判断に困るところだ。


「まあ、それは後で確認すればいいかね……にしても、金がないって、あんた貴族じゃないのかい? 学園に通ってるんだろう?」

「あ、私は……」


 貴族ですけれど、と言おうとして困って口を噤んだ。家とはあまり、というのもおかしい。会話のネタとはいえ、初対面の人物に家族との不和を話されても対応に困るだろうし、かなり気まずくなるのが目に見えている。

 迷った末、嘘ではないけれど真実でもない答えを口にすることにした。


「……Dクラスなんです」

「Dクラスねぇ……ふーん? なら、ギルドには冒険者にでも憧れたのかい?」

「え? いえ……手持ちのお金が全くないので、少しでも自由になるお金があれば、と思って」

「はー、つまりは小遣い稼ぎかい」


 身も蓋もないおばあさんの科白に、頷く。


「そう、ですね。これからも、お金は必要になりますから」

「分かってるじゃないか。金はいつだって生きていくなら必要だからね……ふーん……」


 おばあさんは、そう何拍か開けた後、また直ぐに口を開いた。


「なら今は、無一文って訳かい?」

「は、はい。欲しいものは沢山あるのですけれど」

「何が欲しいんだい」


 矢継ぎ早、ではないけれど、それなりに次々と質問をしていくおばあさんを不思議に思う。私に興味を持っているみたいにみえる。実際は違うだろうけれど、それ程に熱心だ。


 けれど、ナタリアさん以外でこれほど人相手に話をしたのが久しぶりだった私は、それ以上、深く考えるだけの余裕がなかった。息切れがしてくる。会話に溺れそう。


「そ、そう、ですね。欲しいものは、あるのは、あるのですけれど」


 どもりながら、応えた。

 欲しいのは教科書だ。教科書が欲しい。

 元々、教科書が欲しいとギルドへ行ったのだから。けれど、無くしたことを話す必要はない、と思う。学園の人でもないのだし、わざわざ言うこともないだろう。

 あと、料理道具やお野菜に調味料。

 教科書より、実は欲しいかもしれない。

 どこに行けば買えるのかしら。

 他に欲しいものは、と考えていると、おばあさんが眼を細めたのが目に入る。


「……あんた、本当にDクラスかい? 随分、小洒落た言葉を喋るね」


 何故か、訝しげになったおばあさんに慌てた。

 小洒落た?! どこがそうなの!?

 全く分からない……!


「えっ!!? そ、そうかしら……っ?!」

「……。まあ、いい」


 貴族って分かるような話し方かしら、私って?

『わたくし』ではなく、ちゃんと『わたし』って言っているのに……。

 悩むけれど、家族以外で話したのは貴族ばかり。それも、だいたい相手から一方的に話すか、逆に私が一方的に話すかのどちらかだ。平民の話し方など、聞いたことがない。

 これから、街に降りるのなら、そこも考えておくべきかも。


「ああ。そうだった。実はね、今から、ちょいと、客が来るんだよ。あんたには、帰ってもらいたいんだけどね」


 さも、今思い出したという風に言われた科白に、驚いた。


「え゛っ!? それなら、そう言って下さったら……! 分かったわ、すぐに出て行きます……!」


 慌てて外へと向かう。

 まさか、お客が来るから帰って欲しいからって私に話しかけていたなんて!

 それなら、何か目的があって来たのでは、と何度も聞いてきたおばあさんにも納得出来る。早く用事を済ませて帰って欲しかったのだ。次のお客様の準備もあるのだし。

 気づかなかった!

 私の馬鹿……!

 もっと注意を払わなければ、と気づけなかった自分を反省した時、後ろから声をかけられた。


「まぁ、また来たなら、他のあたしの商品を説明してやるさ」

「えっ!?」


 思わぬ科白に勢いよく、振り向いた先は、薄暗い店内の影に隠れてよく見えない。けれど、確かにおばあさんがいることは分かる。


「あの、いま……っ、また来たら、って、仰いましたか……っ?」


 感情が昂ぶって、声が上ずってしまった。


「言ったよ。気が向くかは知らないけどね」

「来ます! 絶対来ます! 何が何でも来ますからっっ!!」


 私の勢いに、おばあさんの戸惑いが空気から伝わる。

 絶対にっ!ともう一度言えば、小さく「そう、かい」と返事があった。


「まあ、期待せずに待っとくよ。ほら、分かったらさっさと出て行きな! 客が来ちまうだろ。学園は、商業区より向こうだよ。迷うんじゃないよ!」

「は、はいっ! ありがとうございます!」


 こくこく、と頷いてから、店を出る。後ろを振り返ると、来た時のままの『魔女の家』があった。

 それを目に焼きつける。


(―――また来たら)


 その言葉が頭の中で繰り返される。今度は、もし、もしも出来たなら、もう少しちゃんと話したい、と思いながら、学園へ帰った。


 ……ちょっと迷ってしまった。


気づいたら半年。時が過ぎるのって、早いですね!

読んでくださった方は、多分神様なんだなって思います。本当にありがとうございます!

色々、考えていたら怖ろしい事実に気づきました。ねぇ、皆さん。ローズって、9歳から入学しているんですけど、そうしたら現在の歳って13歳じゃなくて、12歳じゃないですかね? だって、9月が誕生日だから……。ちょっと皆さん、暇がある方は、是非是非計算してもらえませんか?

私、本当に数字に弱いので……。

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