図書館
サウレー(日曜日)
何もない固い床の上で寝たから体ががちがちだ。泣き疲れて寝てしまったので、顔もバリバリ言っている気がする。
んーと伸びをして最初に目に入ったものが綺麗な真っ白い壁だったので、思わず。
「あれ、ここどこ」
と言ってしまったのは仕方ないと思いたい。
だってさあ、今まで起きた瞬間、目に入るのは、鼠さんとコンニチワとか、カビに塗れたよく分からない下着っぽい代物とかだったんだぜ☆
……慣れちゃ駄目だってそんな状態!!
自分に突っ込みつつ、寝室から出て、窓を開けてみた。現代日本の高層ビルより低いが、この世界ではかなり高い建物。
校舎が見える。塔と同じくらいの高さのため、その向こうはあまり見えない。遠く広がる街並みは、朝日と影によってその存在を主張していた。光を辿ると、だんだんと白んできている空に、光の反射でちょうど紫に近い色をした雲がたなびいている。その幻想的ともいえる光景に、現代日本の古典を思い出す。
「春はあけぼの。ようよう白くなりゆく山ぎは少しあかりて、紫だちたる雲のほそくたなびきたる……清少納言さんは本当に観察力があるわ……」
平安に生きた清少納言が書いた随筆『枕草子』の冒頭だ。夏、秋、冬……と続くが、よくただの日記なのにこれだけ景色の描写が出来たものだ、と感心してしまう。今、目の前で起こっている情景は、少し彼女が書いた景色とは違うが、殆ど一致している。春はあけぼの。そう彼女が言ったのも分かる。
それにしても、だいぶ早く起きてしまったようだ。朝独特の涼しい新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込む。なんだかそれだけで今日一日頑張れる気がするのだから、現金なものだ。
私が昨日から何故か住むことになったこの塔の名は〈勝利の修練塔〉。ただ、この名前だが。その用途である“修練場”と呼ばれることの方が多いらしい。なぜそこで“修練塔”ではないのかの疑問はおいておくとして、ナタリアさんは「正式名称を覚えている人の方が少ないと思いますねぇ」と言っていた。略すと本来の名前は思い出せなくなるのは、よく分かる。
仮コロッセオの正式名称は〈円形修練場〉。名前がコロッセオではないのが、少し残念に思う。それにしても、随分とそのままな名前をつけたものだ。だが〈勝利の修練塔〉よりも〈円形修練場〉の方が、名前とするとマシな気がする。なぜかしら?
こちらも、正式名称を覚えている人の方が少なく、〈勝利の修練塔〉と区別する意味もあってか“闘技場”という名で通っているという。
私もこれからは“修練場”、“闘技場”と呼んでいく。皆が略すのなら、同じようにしたいと思う。オンリーワンとか是非勘弁したい。もし、いつか、誰かに「あ、私〈勝利の修練塔〉に行ってきますね」と話した際「は? なにそれ」とか言われたら、居た堪れなくなるだろう。いや、その前に誰か話せる人が出来るところから始めないと駄目だから、これってアレだわ。獲らぬ狸の皮算用……。
こんな取り止めのないことを考えているが、現状、ひどく困っている。
(……今日、どうしようかしら……)
今日は、サウレー(日曜日)。授業も休みで、何かすることがない。今までは義務のように、とり憑かれたように『掃除』をしていたが、この〈勝利の修練塔〉に掃除をするべき箇所はない。精々、武器庫(勝手に命名)の武器を手入れするくらいだ。魔道具や鍛冶の道具は何をしていいのか全く分からない。前世の知識があるから、少しは武器の手入れは出来ると思う。……まあ『彼女』は銃が好きだったみたいだけれど……。
「困ったわ……掃除をする必要はないし、魔道具もよく分からないし。武器は……手入れなら出来ない事はないけれど……扱うとなると、私には剣や槍を扱えるだけの筋力がないから……あっ」
一人、部屋でぶつぶつ言って考えを巡らせていた私は、昨日の朝、何をしたいと思っていたかを思い出した。
「そうよっ! せっかく暇になったのだもの。図書館に行けばいいんだわっ」
やることが決まったら、早速行動だ。
私は、急いで制服を着た。今までの格好は、当然下着のみだ。下着も、大掃除の際に捨て去り、今ではこの一着しかない。洗濯は夜中にこっそりと抜け出し、全て脱いで洗濯していた。三日くらいなら同じ下着でもいいと思っていたが、この塔の部屋には小さいが洗濯機もあるので、少なくとも一週間は毎日洗濯できる。素直に嬉しい。だが、一着しかない下着を大切にする為にはあまり着ないほうがいい。
―――そういう訳で、そろそろ下着も脱ぐべきではないか、と思い始めている。
*・*・*・*・*
塔から図書館までの道のりは、寮から校舎へ行くよりもずっと近かった。そうは言っても、半刻くらいかかったと思うけれど。
現在、目の前にある大きな建物。素材は何で出来ているのかわからない。サウレーにも関わらず、何人かが入っていくのを見て「勉強熱心なのね……」と感心した。闘技場や修練場の大きさにも驚いた私だったが、図書館は門からして豪奢だった。石造りの柱には、美しい模様が彫られている。
心臓を高鳴らせながら、門を抜け、奥へと進み、中へと入って―――息を飲んだ。
(うわあ―――! すごい……)
建物は吹き抜け型だった。
天井には、明るく輝いている灯りがあった。明るさは、電球と変わらない。その灯りのおかげで、二階、三階……が一階からも見通せる。とはいえ、全てではない。それでも、本棚一つ一つが相当に大きいことが分かった。『王都図書館よりも蔵書が多い』と聞いていただけのことはある。背の低い私には一番上の本は絶対に手が届きそうにない。
一階には沢山の机達が並べてあった。並べられている机には、多くの生徒達が本を広げて座っていた。どうやらここは共同自習スペースのようだ。
上を観察していると、生徒の一人が円形に棒がついているような物に乗り、宙に浮いて本を取っているのが見えた。他の場所でも、同じ乗り物に乗って本を取っているのをみるに、どうやら、あれに乗って手が届かない本を取るようだ。……凄く、乗ってみたい。
図書館の注目する点はそれだけではなかった。装飾が凄い。イギリスの大聖堂のような、歴史と新しさを感じる不思議な装飾たちは見ているだけでも楽しめることが出来た。
図書館の観察はそこまでにして、私は本を借りよう、と、まずは上へ行ってみる事にした。少し探すと、階段が見つかった。螺旋になっている。一段一段昇っていく途中に、この図書館の説明書きが張ってあった。階ごとの本の種類が書かれていた。各階にトイレ、個人自習室が完備され、また、受付にまで行かずとも生徒証を使って本を借りる事が出来る機械も各階に設置されているようだ。なんというか、現代日本と全く遜色ない。
「す、ご……い……っ」
無理やり独り言を言おうとして、断念した。一階にあがるだけで息切れが酷い。この図書館を一階から最上階まで何度も往復するだけで、いい運動になる気がする。修練場は、なんていうか、まだ私にはキツ過ぎる。
各階にある本をみていて、気になるカテゴリーがあった。目当ての本は四階にある。深く、酸素を取り込んでから気合をいれて足を動かした。
四階に到着した私は、暫く近くの椅子に座って休んだ。ぜーぜーという音は静かな図書館に大きく響いたが、疲れきっている身体と戦っているため、周りの様子に気遣う余裕はなかった。滴り落ちる汗が図書館へ落ちないよう、必死に制服で拭う。塔へ帰ったら、すぐに洗濯しなければ。
息を整え、本を探そうと立ち上がった。
背の高い本棚に初めはびくびくしていたが、並ぶ本達はその全てが地球になかった魔法関係の話。亜人や獣人関係の本も多く、題名をみるだけで興味が湧いた。私のテンションも自然、上がっていくわけだったのだけれど。
「ぅわっ!」
体が大き過ぎて、棚と棚の間を通り抜けるのも難しい具合。棚にぶつかって、本棚がゆらゆらしているのに恐怖を覚える。毎日、登下校は自分の足を使ってはいるが、まだ始めたばかり。私は未だ100貫デブ。こんな、上の本が見えないくらい大きい本棚が落ちてきて、走って逃げられるとは思えない。お腹がキャッチして、顔に当たらないかもしれないな、とは思ったけれど、恐ろしさは消えなかった。
棚と棚の間を進むのに四苦八苦しながら借りた本は、5冊ほど。大切に抱えて、二階に降りた私に突き刺さる、受付の人や他の生徒達の視線にも、本を読む楽しみによって耐え切ってみせた。
塔へと帰る帰り道、本を落とさないように気をつけて歩いた。
( っ・ω・)っ【羞恥心】
前回後書きの、愛のある鞭、略して愛鞭は思いつかないので断念。
次回予告。
妹「かわいそう(´・ω・`)」
私「かわいそう(*´っω・。`*)」




