表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/40

“修練場”

ウィール(土曜日)午後

 連れていかれた場所には、大きな建物があった。

 端が見えないことから、建物は円形のようだ。イタリアのコロッセオと似通っている。寮はレンガで出来ていたが、こちらは石造りだ。その建物を見て、木造りの建物はないのだろうかと日本の伝統家屋を懐かしさと共に思い出す。

 ……一度も木造りの建物は見たことがないのに、懐かしさを覚えることに違和感を感じて、仮コロッセオへと視線を移した。


 ここからではあまり分からないが、仮コロッセオにはいくつも入り口がありそうだった。だが、ナタリアさんは仮コロッセオには入らなかった。ずんずんと歩くその様は、彼女の歳を感じさせない。勿論、実際の年齢を私は知らないけれども。


 結局、ナタリアさんと入ったのは仮コロッセオよりも奥にあった建物だった。此方も石造りで、仮コロッセオとは渡り廊下で繋がっているのが上を見上げて分かった。

 中は、外から見ていたよりもかなり広い。

 正面に、人がいる。どうやら、受付の人のようだ。制服ではないので職員らしい。そこに向かって行くナタリアさんの後を慌てて、追った。


「こんにちは」

「おや、ナタリアさん。どうしたのですか?」


 そんな普通の挨拶から始まった会話は、あれよあれよという間に私が個人的に一週間ほど借りる話へと発展していった。私は横で聞きながら、一人目を白黒させている。


 普通なら許可を取らなければならないらしいのに「後で私が取っておきますから問題ありませんよ」とナタリアさんが言うと職員の方は「ああ、そうですか」で終わった。いや、可笑しいでしょう。変でしょう。そんな軽くていいのですか。ナタリアさんってば何者? ねぇ、何者?


「さぁ、行きますよ」


 困惑する私を他所に、ナタリアさんは再び先を歩き出した。私は慌ててついていく。仮コロッセオの奥へと向かって行く。


 連れて来られたところには、仮コロッセオよりも小さいが、現代日本の普通のマンションよりも遥に大きい建物。仮コロッセオのように円筒形だった。どちらかというと、塔といったほうが正しい。何階あるのか分からないが、階ごとに扉がいくつも連なっていた。扉と扉との間に長い幅があることを除けば、現代のマンションやアパートと言っても可笑しくなかった。外の景色は、見えないけれど。

 上へ上へと突き進むナタリアさんに疑問を挟む余裕はなかった。


(つ、つらい……! ええっ?! ま、まだ……のぼるの……?)


 途中までは「何処まで行くのですか? ここは何の場所なのですか?」と尋ねていたのだが、三階へとあがる頃には私の息が荒くなって聞ける状況になくなった。


 言葉を出す事さえ、体力を要する。なのに、先を行くナタリアさんのフットワークは軽い。とても軽い。羨ましさを感じ、何よりエレベーターが欲しくなった。


 結局、最上階まで昇る事になった。最上階には扉は一つしかなかった。扉は周りと同じように石だったが、鍵がある場所には細い溝の入った四角い箱がついていた。


「ここはですねぇ、普通、特別待遇の者しか入れないのですよ」

「へ、え、はあ……」


 ポケットから小さな板―――カードを取り出し、ナタリアさんはその小さな溝へとカードを差込み、滑らせる。かちゃり、と音がして扉が開いた。


(カードキー!? 寮は普通の鍵だったのにっ)


 再び、この世界の技術力に戦慄した。恐ろしい。いつか私は、指紋認証の鍵にあうのかもしれない。驚愕した私を気にすることなく、ナタリアさんは部屋へと入っていった。その後に続いて入る。ナタリアさんはそのままスタスタと入っていく。

 日本のように靴を脱がないし、脱ぐ場所はない。

 部屋には、窓が一つ。他にあるものは、扉がいくつもあるくらいだった。戸惑っていると、ナタリアさんが一つの扉を開いた。


「暫くここに住んでもらうのは聞いていましたねぇ? ここが寝室……まぁ、ベッドくらいしかないし、あまり寝心地はよくないでしょうけどねぇ」


 後ろから覗けば、ナタリアさんの言葉通り、簡易ベッドが一つ。それから、小さな棚が一つ存在している部屋。


 そこからすぐにナタリアさんは次々と扉を開け、中の説明をしていく。一つ一つの部屋には、何の用途で使うのか分からないものが沢山あった。魔道具作り用の道具がある部屋、武器庫としかいいようが無いほど沢山の武器がある部屋、それから鍛冶専門の道具が置いてある部屋などだった。


 それから、ここに住むという説明どおり、寮よりもグレードの高い台所場所やトイレ、それから浄化装置のお風呂が完備されていた。修練場というよりも、高級マンションと言われたほうがしっくりくる。

 部屋の説明が終わったあと、この塔について説明をしてもらうことになった。


「修練場はそのままの意味ですねぇ。基本、この場所は一人で自主錬をする場所。ただ、この塔は特別条件を達成していないと使えませんけどねぇ」

「特別条件……?」

「最低条件を言えば、伯爵家より上位の者、それからSクラス・Aクラスの者。とはいえ、この塔を使うものは少ないのですけれどねぇ」

「そうなのですか?」

「来るときに見た”闘技場”を覚えてますかねぇ?」

「闘技場……円筒形のでしょうか」


 恐らく、仮コロッセオのことだろう。


「そっちにも同じような設備が整っていて……まぁ、個人でするよりも大勢で修練したほうがずっと効率もいいですからねぇ」


 実際に行ってみないと分からないが、同じように浄化装置やトイレなどもあるのであれば、他人がいたほうがずっと修練するにも励みになるのではないだろうか。私には、そんな人がいないから思い浮かべるだけ悲しくなるけれど。

 だから、私は少し期待を持った。

 今回、一週間ほど借りれる事になっているらしいこの場所だが―――その後も借りることが出来るのではないか、という期待だ。私の学園生活で誰かと一緒に、なんて夢のまた夢。個人で色々した方が周りにも迷惑がかからない。勿論、私の精神衛生状も、出来うる限り、穏やかでいられる。はずだ。


(条件は伯爵家以上。幸い、私は伯爵家令嬢だわ……上手くいけば)


 ダイエットを本格的に始める事が出来るのではないだろうか。今までは、ダイエットをする為に手始めに掃除を必死にやっていたが、掃除も終わりそうだ。この場所が借りられるなら、ここで修練ダイエットをしていいのではないだろうか。


「あの、ナタリアさん」

「何でしょう」

「この場所は―――一週間後も借りることが出来るのでしょうか」

「……そうですねぇ。貴女なら大丈夫でしょうけどねぇ……借りたいのなら申請を出しておきましょうか?」

「申請?」


 詳しく聞けば、どうやらこの個人修練場には特別待遇らしく、貴重なものも多くあるらしい。浄化装置のお風呂はその筆頭だという。その他にも、魔道具作り用・鍛冶用の材料もそれなりに貴重なものが揃っているのだという。そのために、この学園の者以外には開けられない特別な鍵を使っていて(よかった! カードキーは普通じゃなかった!)、誰が使ったのか分かるように申請書を出さなければならない、ということだった。私は、すぐに「お願いします」と頼んだ。


「分からない事があったら、はい、説明書もあるから読んでくださいねぇ―――それじゃあ、今日から一週間、ここから学校に通って下さい。よろしくお願いしますねぇ」

「え? あの、寮は―――」

「寮に来てもよくなったら、私が呼びますからねぇ」


 にこにこと笑っているナタリアさんに疑問符を飛ばすが、すげなくスルーされた。寮をどうするつもりか、と何度か尋ねるが「私が手配しますから気にしないで下さいねぇ」の一点張り。一体、寮をどうしようと言うのだろうか。


「あ、でも教科書とか―――」

「ありませんよねぇ」

「え」

「教科書、使えませんよねぇ?……初等部の頃から」

「……」


 他のDクラスの人たちも、別のところに行くと聞いた。色々と言い訳をしようにも「問題ありませんよねぇ?」と言うナタリアさんの笑顔に結局、首を縦に振ることしか出来なかった私を小心者とは誰も言わないだろう。だって、怖いんだもん。ナタリアさんの笑顔……。穏やかな雰囲気で、ふわふわした笑顔のままなのに背負っている空気だけが黒く感じた。


 その後、いくつか、私の質問に答えてくださったナタリアさんは、そのまま「何かあったら私に言ってくださいねぇ」と言い残して、部屋から出て行った。


 ぽつん、と残された私は簡易ベッドまで歩いていって、さっきから気になっていた弾力を調べる。日本の蒲団より断然固いし、伯爵家の屋敷のものよりも質が劣る。だけれど。私は思う。


(……こんな蒲団で私が寝るの? ……やだ何それ怖い……)


 今まで、埃、土、砂、何かの死骸・糞等々だらけの固い床の上で寝続けていた。それも、当然だと思っていた。だって、今までが今までなのだ。柔らかい蒲団の上で豚―――いや、それよりも劣る私が寝ていいだろうか。いや、いいわけがない。

 というのもあるが、一番の本音は気が引けた。今までと違う事をするのは誰でも勇気がいる。少しの勇気を出して、柔らかいベッドで寝るのは簡単だ。だが、何か恐ろしい。引きこもりさんが外に出る時の気持ちはこんな感じなのだろうか。

 暫し、考えて、ひとつため息を吐いた。


(……床で寝よう……)


 ナタリアさんの説明で、何をするのかは言われていないが、ナタリアさんから何か言われるまで寮へは行ってはいけない事だけは伝わっていた。私が行くところはないため、用意されたこの部屋しかない。ベッドで寝るのは怖い。ならば、妥協点としてせめて床で寝よう。


 夕飯をかなり早めに食す。周りから、いや、私が来ると食堂から人がいなくなる現象は日常となりつつある。

 今まで気にしていなかったけれど、確かに微かに覚えている記憶でも同じだったので日常として受け入れやすかった。心情的にどうかはおいておいて。

 一度、寮がどうなっているのか見てみたいという誘惑にかられたが、結局、寮へと戻ることなく、塔へと戻った。ナタリアさんの笑顔を思い出したからだ。怖かった。

 塔へと帰った私は、浄化装置のお風呂(五分くらいで終わる)、洗濯を済ませ、床へ丸まった。


「……っ、ひっく……っ」


 一人、床で寝ていたら。

 ナタリアさんのことを、思い出した。

 味方だと、勝手に思い込んでいた自分の心を、勝手に傷ついた自分の弱さを、味方など私には全くいないのに、それを忘れた自分の愚かさを。


 後悔して、しばらく私は肩を震わせ続けた。


修練場で何かあるわけなかった。


……ローズをいじめるエピソードが思いつかない……最高峰は決めてるんですが、それまでどうやって可哀想ぶりを皆様にアピール出来るか、それが問題です。

今のままじゃ、ちょっと物足りないですよねー?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ