大掃除 六日目
ウィール(土曜日)早朝
まだやんのか、と誰かが思っている声が聞こえた気がする。
(いや、思ってるのは私よ。……本当に何日続ければ終わるの)
しかし、仕方がない。
ごみは片付けたが、汚れまくっている。
掃除を早く終わらせたいので、今日は朝から始めることにした。それにしても。……蟻とかどうしよう。巣穴に行って「もう来ないで!」とか言っても意味が無いし。浄化魔法をかければ、もしかしたら蟻や蝿やその他諸々は来なくなるかもしれないが、私は魔法に関しての知識がない。よって、浄化魔法を覚えるまでは地道に掃除を続けるしかないように思う。浄化魔法、万能説は私の中で確実になりつつある。
昨日、ナタリアさんから図書館の話を聞いて、今日にでも行ってみようかな、と思った。だが、よく考えれば放課後を掃除へ費やすと、その時間が取れない。優先するべきは、掃除だ。泣く泣く、今日の放課後に図書館へ行く事は断念した。
そもそも、登下校、というのか分からないが、移動する際に使用するのが私の場合、二本の太い豚足だ。体力的にも、体型的にも、まだ走れるような余裕がなかった。時間短縮のため、ちゃんと走っていくようにするべきかも。これから走ることを考慮にいれてから、部屋を見回す。
発掘した台所にはただの簡易設備があるだけだった。それも、一日経った今となっては本当に台所なのかさえ怪しく思えてきた。
だいたい、食事を五割くらい、くだらないものだと思っているこの世界で、台所がDクラスの寮に一人一つあるのは変だ。台所ならせめて食器や包丁の一本、食材の大袋詰めの残骸くらい転がっていてもいいだろう。まあ、あっても、ごみだらけになって虫や鼠達の肥やしになっただけだろうから、ある意味なくてよかったと言っていいのだけれど。
ほんの少しあった食材は、全て私の(文字通り)手によってゴミ袋行きとなっている。
教科書は未だ見つかっていないし、ノートも見つかっていない。ごみは全てゴミ袋へ詰め、部屋の中には見つけた机以外、本当に何もない状態だから、もう見つからないかな、と諦めている。最後の可能性として、こう、天井が落ちてきてとか、私が覚えていないけれど隠し扉的なものがあって、そこにうっかり入れてしまったとか。……ないわぁ……。悲しく、首を振った。
今日から掃き掃除、拭き掃除に入る。普通、掃除道具の一つ・二つは持っているものだが私は持っていないので再び、ナタリアさんに頼る羽目になった。快く、貸してくれたナタリアさんは女神かと思った。ごみを片付けただけで、埃はまだ数センチの厚さで存在しているのだ。
掃き掃除は簡単に終わると思ったが、埃が溜まりすぎてゴミ袋2袋分にぱんぱんに詰まって、結構大変だった。穴が空いていたりするのは、後で何か板でも貰って塞ぐことにでもして。上についていた蜘蛛の巣たちも凄く申し訳なく思いながら、叩き落としていった。
次に拭き掃除にとりかかる。壁にこびりついている虫達を必死に拭き取った。卵の後とか、慣れてきたとはいえ、やっぱり気持ち悪い。しかも、拭いても拭いても雑巾が黒くなるだけで全く汚れがとれない。再び私は、昨日会得した『無心の悟り』を発動させた。結構便利。
一人一生懸命に掃いたり、拭いたりする最中、頭では別のことを考えていた。寮の部屋は思っていたよりも、ずっと広い。ごみはゴミ袋に放り込むだけでよかったけれど、完全に綺麗にするには流石に一人では難しいのではないだろうか。勿論、出来るだけ頑張るつもりだが、せめて『万能浄化魔法』くらい誰かに教えてもらって―――
「……ん……?」
『無心の悟り』を開いていた私は、視界の隅できらり、と光が反射したのに驚いて正気に返った。確認すれば、机の引き出しの下。その奥に何かがきらりと光っている。まだ掃除が完全ではないため、埃の中に埋もれている。
机に身体を押し付けて、精一杯手を伸ばした。身体が大きくて机の奥へと入れない。加えて、身長が小さくて、腕が届かない。一生懸命、必死に手を伸ばした結果、苦労したが、ちゃんと光っていたものを手に入れた。埃を出来るだけ払ってから、壊れないように手の平に置いて、観察する。
―――指輪だった。
私の指には、到底入らない大きさ。だが、普通の成人女性は指に嵌める事が出来そうなくらい。美しい銀色の指輪は、蒼色の宝石が嵌めこまれ、宝石を守るように天使の羽がその周りを取り囲んでいる。
「きれい……」
周り(へや)がくすんでいる中、同じように埃の中にあったはずの指輪はきらきらと輝いてみえる。
もう一度、蒼色の宝石を覗き込めばその中心に何かが見えた。
刹那、記憶が蘇る。
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あれは、いつのことだっただろうか。
そう、まだ私が学園へ通う前に。
『―――ローズ。目を閉じて、手を出してくれるかな?』
お兄様がそう言って。お兄様がその言葉をいう時は何時も私にとっていいことばかりだったから、私はわくわくしながら言われたとおり、目を閉じた。
『うんっ! もう、目を閉じたわ!』
それから、手の平に何かが乗って。
『……さあ、目を開けて。僕からの入学祝だよ、ローズ』
『っ!? わあっ!! 可愛いっ! 指輪ねっ! お兄様、ありがとうっっ』
『まだ、これはローズには大きすぎるからね。ちゃんと身に着けられるようになったら指に嵌めるんだ。それまでは、鎖にでも通していたらいいよ―――』
―――それが、この指輪だった。
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(次の誕生日の時に鎖も買ってあげると言われて……結局、その日は来なかったから)
鎖がつくことなく、何時の間にか失くしてしまった、大好きなお兄様の指輪。
失くした日は、声をあげて泣きながらごみの中を探した。
けれど、結局見つかる事はなくて。
「……こんなところにあったなんて……」
あのごみ屋敷より、ずっと少ないごみだったとはいえ、指輪を失くした時には既にごみ屋敷と成り果てていた。
机の下へ落ちていたなら、見つかるはずがない。
ぎゅっ、と指輪を握り締めた。
(見つかってよかった……)
もう絶対に落としたりしないように、何か鎖の代わりになるものを探すが、今は何もない。後で、絶対に何かを手に入れてこよう。
馬鹿な私は、お兄様がいつか約束どおり、鎖を買ってくださると信じて疑っていなかった。今でも、まだ心のどこかでそう思っている。その部分は「お兄様が買ってくださるから、買う必要なんてないわ!」と叫んでいる。けれど、私は反論する。「それはいつ? その前に、失くしてしまったら意味がないわ」と。そうすれば、子供の部分は黙って悔しそうなうめき声をあげるのだ。
とりあえず、失くさないようにと制服のポケットへと押し込んだ。そして、もう一つ、お兄様と約束をしたことを思い出した。一度、指輪を失くしてして、その約束を守れなかった私は、今度こそ、という思いでポケットに入っている指輪にそっと触れる。
『―――"その時"が来るまで、ずっと。肌身離さず、持っておくんだよ。ローズ―――』
お兄様の声が、数年ぶりに、はっきりと私の耳に聞こえた。
ちょこっとお兄様が出てきました。ローズは基本装備が『素直』です。
ところで、皆さん。
皆さんが竜が可愛いっていうから、思わず名前つけちゃったんですけど。
竜の出番とか、増やしてもいいですかね。むしろ、増やせ的な感じなのでしょうか。




