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朝靄での出会い

サハブ(金曜日)

 暫く物を口に入れていなかったからか、眠る寸前に猛烈な吐き気が私を襲い、結局胃の中の物は殆ど吐き出してしまって最悪の夜となった。


 一応、眠る前に口の中はすすいでおいたが、ずっと酸っぱいものが胃のなかをぐるぐるしている感覚が消えなかった。そのために、眠りについてからも、中々眠る事が出来ず、やっと眠ったかと思っても何度も目が覚めてしまって、深く眠ることが出来なかった。


 次に食堂で物を食べる際には、もっと消化の良い物を食べよう。

 それから、しっかり噛む。これはダイエットの基本だ。昨日は出来なかったので、反省している。それと、食事をきちんと取っていなかったことも反省した。暴飲暴食は身体に悪い。ついでに肌にも悪い。

 体調管理はダイエットの基本だ。


 結局、あり得ないくらい早く起きてしまった。外を見ると、光の一筋さえ見えない。真っ暗な空をぼんやりと眺めて、なんとなく外へ出てみたくなった。

 殆ど無意識の内に、私は制服を着ていた。この時間帯だ。当然、人の気配はしなかったから酷く安心した心のままで外へと出ることが出来た。

 どこへ行くか迷った後、寮の裏手へ行くことにした。この学園へ来てから一度も行ったことがなかった。


 肌寒い。森を目の前にして思う。

 上着がもう一枚いる程ではないが、冷んやりとしているのだ。

 日中でも、暑くない季節だ。日の出ていない今は、朝方独特のしっとりとした空気で私を迎えてくれた。眠りが浅く疲れた身体にそれは染み込み、吐いた影響で胸焼けを起こしていた身体が落ち着いていく。


(心が洗われていくみたい)


 身体と一緒に、心も同じように落ち着いて、視界が明るくなった。

 大きく息を吸い込む。

 ひんやりした空気が肺へと入り込み、まるで森の空気で身体の中の汚れが全て取り払ってくれているんじゃないかと錯覚をしてしまいそうだった。今なら、昨日の食堂での一件や、まだまだ掃除が終わっていない寮の部屋を思い出しても受け入れられる心の余裕がある、気がする。


「今日も頑張るぞ! ファイトーっ!」


 一人、拳を握って自分を応援した。誰も応援してくれないから、自分でしなければならない。

 次の瞬間、かさり、と地面を蹴る音がしたのだ。後ろで。

 大きく心臓が跳ね、体温が急に上がる。


 ……も、もしや、人がいたのだろうか?


 まだ夜は明けていないが、とても早起きの人がいたのかもしれない。現代にもいたじゃないか。お掃除のおじいさんとか、散歩が趣味のおばあさんとか。

 よく考えて、想像をしてみよう。

 散歩をしている途中で、ぶくぶくに肥えた豚が拳を握って、朝靄の中、森に向かってブツブツ呟いている……いやああっ!! それなんてホラー?! それなんて黒歴史?!

 もう量産したくないっ!

 黒歴史は、前の自分だけでいいの! ……いや、昨日のは仕方なくだから。ほら、あれは、そう……少年の怪我を早く治療させるためだから! だから、あれは、あれはノーカウントっ! ノーカウントなのっっ!!

 と、一人、納得していない自分の心を説得している間に音はこちらへ近づいていた。

 ひんやりした朝の空気で冷えていた身体は、今は嫌に冷めた汗をかき、心臓を高鳴らせている。

 気配は私の後ろで止まった。

 声をかけていいのか、迷ってるのだろうか。

 そうだろうな、だって明らかに変人の行動だったし……私の馬鹿ぁ……。


 後ろを振り向くことも出来ず、早く立ち去ってくれと必死に願っていたが、気配はずっと後ろにあり続ける。かなり長い時間、同じ体勢でいたが、徐々に白んでくる空を目にする頃には投げやりな気持ちになっていた。


(もう、声をかけるなら早くかけてっ!)


 その瞬間、私は持ち得る力を全て使ってこの場から逃げ出す!


 後から考えたら、おかしな決心をしたと笑えるかもしれないが、今は笑えない。そうして、私は相手からのアクションを待った。が、体感時間三十分が経っても、一向に何かしてくる気配がない。ずっと、私の後ろにいるだけだ。さすがにおかしいと思い始めた。


(そ、そろそろ帰らないと……)


 まだ歩いても授業に間に合う時間までは少しある。

 けれど、いつまでもこうしてこの場に突っ立っている訳にはいかない。まあ、制服だし、教科書もノートもないから、このまま直接教室へ行くだけだけれど、そういう問題ではない。気持ちの問題というか。つまりは、早くこの場から動きたい、そういうことだ。


(よし……)


 私は覚悟を決めた。なんの覚悟かというと、後ろを振り向く覚悟だ。

 せーの!でいこう。


(い、行くわ。……せーのっ!)


 くるり、と後ろを向いた。

 こういう時、どうして人は目を瞑ってしまうのだろうか。

 開ける時にまた勇気がいるじゃないかっ!

 自分の馬鹿さ加減に泣きたくなって、はた、と思い立った。


(……いやいや。何を恐れているの、私。たかが、誰かが後ろにいただけだわ。今まで恥ずかしげもなく黒歴史を衆人環境でさらして来たのよ? 今更、一人で話してるのを見られたからって、一体何を恐れることがあるの?)


 まともな神経でしたのが一番の問題だが、今はそんなことを考える余裕はなかった。

 もう、こんな馬鹿な緊張感から解き放たれたい。

 レリーズっ!

 レリーズっっ!

 そう、こんな時こそ、最強の呪文『絶対、大丈夫だよ』の効力が発揮されるべきだろう。心の中で何度も唱えてから、


 ―――ぱちっ


 勇気を振り絞って、目を開けた。

 ごふり、という音と一緒に鼻息が私の顔へとかかり、ギョロリとした黒い目と視線が交差して。


「ふ、きゃあっ!?!?」


 盛大な悲鳴をあげて、後ろへと倒れた。支えてくれる人などいないので、お尻が痛い。けれど、それより、目の前にいる“生き物”の方に意識が向いていた。


 竜。

 咄嗟に浮かんだ単語は、それだった。大きさは馬と同じくらいか、それ以上に見える。だが、その身体を覆うのは体毛ではなく鈍く緑色りょくしょくに光る鱗だった。


 かちんこちん、に固まって息を詰めたままで、その竜らしき生き物を見つめる。ゆったりと再び鼻先を近づけてきた竜に私は声を上げた。


「お、美味しくないわっ! わ、私を食べても美味しくないわっっ! 食べたらお腹壊すわっ! 絶対っ!! 絶対だからねっ!! だ、だから食べちゃだめよっ!!」


 だめよっ!と首を小刻みに横へと振って意思表示をする。その度に、ぶるぶる震える顎の肉が振動を伝えた。若干、既に涙目。あ、違う。今、涙が零れた。


 竜は、キュギュゥと音を出して私へと近付いた。身体を動かそうにも恐怖で動かない。大きな生き物がこれ程怖いとは知らなかった。あ、でも鳴き声は結構可愛いかも。

 鼻先と鼻先が触れ合いそうなくらいの距離になって、ぱくり、と口が開いた。真っ赤な舌がチョロチョロ動く。


「ぃ、やぁ……っ! ……っえ」


 今度こそ、食べられる!と、思わず、目を瞑ってしまった私はべろりと、頬をざらざらしたもので舐められたのに、目を開けてしまった。

 竜は、その身を私からまだ離していなかった。びくり、と身体を震わせた私の眼から、また涙が零れたのを、竜はぱくりと口を開けて―――私の頬を舐めた。


「え……」


 ざらざらとした舌に呆然として、竜の行動を受け入れる。

 頬にすべすべした感触に驚けば、竜は私から顔を離した。じーっと此方を見つめてくる青い瞳におろおろと挙動不審で対応した。

 信じられないが、どうやら竜に涙を舐められ、続けて頬を擦り付けられたようだ。竜の鱗が擦り付けられても痛くないのは驚いた、ってそうじゃなくて。これは……慰められた、と思ってもよいのだろうか。


「え、えっと……な、慰めてくれた……のよ、ね?」

「ギュキュゥ」


 恐る恐る聞いてみれば、鳴き声をあげてくれた。

 垂れてしまった涙を袖で拭った私は、そーっと竜へと手を伸ばした。竜は暴れることはなかった。それどころか、背の低い私のために首を下げてくれた。

 な、なんという紳士っ!

  触れた鱗は、朝露で少し湿っていて冷たかった。頬ずりをされた時と同じように、鱗はすべすべしている。大理石の床のよう。なのに、見た目は鱗なのだから、不思議だ。


「あの、ごめんなさい……てっきり、食べようとしたのかと思って……」

「ギュゥ」

「飼い主様は?」

「ギュキュゥ」

「ごめんなさい……何を言いたいか分からないわ」


 申し訳なく思って言えば、竜は首を寮よりも少し遠くへ向けた。それから、私を見つめる。

 その様子に、私は一つ推測を立てた。


「……もしかして、あっちに飼い主様がいるの?」

「ギュギュッ!」

「そう、そうなのねっ? 私、あなたが何を言いたいのか分かっちゃったわっ! ……まあ、私じゃなくて、あなたが賢いのだけれど」


 私がこの竜と意思疎通が出来たのは、まず間違いなく竜が賢いからだ。私の賢さは常に底辺を這っているので、私が賢いのだという可能性は除外だ。もう、以前の私の二の舞は踏まない。

 竜は、少し過去を思い出して悲しくなった私に気づいたのか、慰めるように、ギュキュゥ?と再び私に頬ずりをしてくれた。

 なんというか……嬉しい。

 こうやって誰かと話すのは、いつぶりだろうか。いつも私は一方的に話してばっかりで、誰かの話を聞いてこなかった気がする。確か、話を聞かなかったのは否定をされたくなかったからだけれど、今の私は否定をされたら悲しむが仕方ないと受け入れる心の準備がある。


 無意識に竜の身体を撫でながら、ぼうっと森を見つめていた。朝靄はいつの間にか晴れ、温かな光が差し込んでいる。景色がいいと、晴れやかな気分になるのは一体なんなのだろうか。


(ん……? 温かな光……??)


 慌てて、空を見上げれば完全に朝がきていた。さあ、と顔から血の気が引く。じゅ、授業が始まってしまう時間に今から歩いて行って間に合うかしら? ……ギリギリ、といったところな気がする。


 ぱっと竜から手を離せば、竜は青の瞳を私へと向けた。きっと「どうしたの?」と言いたいに違いない。


「授業に間に合わないの。ごめんなさい、もう行かなきゃ」

「ギュキュゥ?」


 何か不思議そうな語尾だったが、気にしていられない。けれど、久しぶりに誰かと話せることが出来て嬉しかった。その喜びはちゃんと伝えておこう。


「あの、とても楽しかったわ。ここ数年で一番穏やかな時間だったから……その、ありがとう」


 その後、急いで教室へと駆けた私は知らなかった。

 入れ違いになるように、竜を探しに来たDクラスの生徒がいたことなど。しかも、私を見かけていたことなど。


「あっ! おった! もう、どこ行ったかと思ったんよ? 勝手にしちゃだめじゃろ?……ん? あれって……え、チュベローズ様?」


ナタリアさんの口調が決まらないので、これからコロコロ変わると思います。ごめんなさい……。

Dクラスのクラスメイトを出してみました。広島弁じゃけん、広島弁のイントネーションじゃないと変な感じがするかもしれん……꒰。・ω・`;꒱<広島弁で話してみた

あと、せっかく食べたのに吐いちゃいました。もしかして、心配して下さってた皆様への裏切りになっちゃいましたか?((ヽ(´Д`;ゞ=ヾ;´Д`)ノ))……(`・ω´・)+(ドャァ



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