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つんでれ……じゃないっ!

クラン(木曜日) 夜

 いつの間にこんな時間に?

 慌てて記憶を探っても、覚えているのは、朝にあった魔法授業のみ。

 私は呆然とした。

 先生にわざわざ寝ないように言われたのに寝てしまったことも、一度も起きることなく教室で爆睡したことも、半日近くも眠ってしまったことも、全て夢であって欲しかった。

 がっくりと頭を下げる。クラスの人が起こしてくれるとは元から思っていない。改めて私に友達がいないのを再確認することになっただけだ。

 でも、先生くらい起こしてくれてもいいのに……と思ってしまった。いや、もしかしたら起こしてくれたけど起きなかったのかも。最近、慣れないことを沢山しちゃったもの。声をかけられても疲れ過ぎていて、気づかなかったのだろう。そうに違いない。だから、私の睡眠を邪魔しないで! 邪魔したらクビにするわよ!と先生に言ってる記憶は幻覚よね、幻聴よね。

 うん……うん。


(帰ろう……)


 教室を出た帰り、ナタリアさんから追加のごみ袋を受け取った。その時に「顔色が朝よりよくなってるわねぇ」と言われた。そう言えば、朝より身体が軽い。そこで漸く、私は自分が思っていたよりもずっと疲れていたのだと自覚した。

 これからは、もう少し身体のことを管理しよう。

 もう、授業中に寝ることはしたくない。


 部屋に帰り、制服を脱いで掃除を始めた。ちょうどうす汚れた布らしきものをごみ袋へと放りこんだ瞬間、唐突に思った。


 お腹が空いた。


「そうだ、食堂に行こう」


 くだらないギャグ―――それも、今となっては私しか分からない冗談を、颯爽と立ち上がって言ってみた。当然、部屋には一人なので、それに反応してくれる人もいないし、誰かいたとしても反応をしてくれるとは思えない。

 うーん、何だかさっきよりも虚しさが倍増した気がする。


 畳んでおいた制服を着て、部屋を出る。心の中で「誰もいませんように、誰もいませんように」と呪文を唱えていたからか、寮を出る時には誰とも会わなかった。

 食堂はS・Aクラスとは別だが、その他のクラスとは同じ食堂を使っている。いろんな面でSクラスとAクラスは別格の扱いだ。


(興味がなかったから知らなかったわ……)


 食堂は地球のファンタジー小説に出てくる学園ものとそう変わらなかった。きゅ、と唇を無意識に噛み締める。


(さあ、行くわよ―――)


 覚悟を決めて拳を握り、足を踏み入れた。私が食堂に入った瞬間、先ほどまでざわざわしていた食堂が水を打ったように静まり返る。く、と私の息が詰まる。

 夜だったため、それほど生徒数はなかったが、それゆえに静かになるのは早かった。とはいえ、怯んではいられない。私は平気な振りをして歩みを進める。

 食事はセルフで、バイキング形式だ。ちょうど多くの食べ物が取り易いところにその(・・)席はある。

 もし混雑する昼に食堂へ来たとしてもその(・・)席の周りは空いている。理由は、


(私、専用だから……)


 普通の人間とは食べる量が大幅に違うため、チュベローズ・テリセンには専用のテーブルがある。

 テーブル全部に隙間無く食べ物を置いても、全て残さず食べる胃袋の持ち主だから、食べ物の重みでテーブルが壊れないようにとの配慮だったのだと思う。当時は理解していなかったけれど。そのため、食堂には教室での椅子のように、私専用の食堂テーブルと椅子が存在していた。

 見た目は他と同じだが、私が乗っても大丈夫なように補強されている辺り、私が特別(・・)扱いなのがよく分かる。

 ……よく、分かるけれど……っっ!


 前までなら、周りには取り巻き達が座っていた。今は誰もいない。夜だからというのもあるが、昼でも絡んでいた彼らが全く来ないところを見ると私との関わりを絶ったのだろうと思う。つまり今(これからの学園生活)は(取り巻きすらいない、完全なる)一人ーーー要するに、正真正銘のぼっちだということだ。


 テーブルへと向かう前に、食事を取りに行く。私が列に並ぼうとしていたら、並んでいた生徒達が私から離れるように前の人間を押しているのが眼に入った。


「お、おい! 早くしろよ! 豚が来たじゃねぇーか!」

「ホブゴブリンに襲われて可笑しくなったって聞いたのに! なんでこんな時間に……」

「今まで一度もこんな時間に部屋から出たことなんてなかったのに!」

「最悪っ……あいつが食べてるの見ると食欲失くすし……わたし、帰る」

「あ、私も帰る! 今日は授業が遅れたからこの時間なのに! 少しはこっちの事情を考えてよね……っ!」

「無理無理っ! 人間じゃないもの、言葉は通じないわ」

「それもそっかっ!」


 ……泣いてもいいですか?


 生徒たちだけではない。食事を作っている人も私を嫌悪と恐怖の色で奥から見ている。眼が合うと露骨に逸らされた。それでも、授業中に寝てしまうということを繰り返さない為に栄養の摂取である食事はしたい。以前よりは少なめ、けれども他の生徒からは信じられない量の食事を取って座った。

 皿に大量に乗せたものを、更にカートに乗せて運ぶ。


(……はあ……)


 ここ最近、あまり物を食べていなかった。一応、共同水飲み場で水は口にしていたが、この、針の筵状態の食堂に行きたくなくて避けていた。

 今も、かなり遠巻きに食べているところを見られている。初めにいた人数より、半分以上減っていた。私が来たから、いなくなったようだ。それを視界に入れて、食欲が最初よりも落ちているのを感じて、また心の中でため息を吐いた。


「いただきます……」


 小さく呟いてから食べ始める。

 パンはただのちょっと白っぽいパン。それも固い。スープは中に入っている具だけで水は殆どなかった。具の大きさが普通ではない。味は塩味だが、シチューのスープがないバージョンといったら分かりやすい。具がゴロゴロしている。

 しかも、ジャガイモが入っていたらマシなのだがジャガイモは入っていない。人参らしきものとキャベツらしきものやレタスらしきものが入っている。これで豪華な食事なのだから自分で作りたくなるのも無理はないと思う。


 でも、何故か肉だけは沢山あった。でも殆ど全てステーキ(というか、焼いているだけ)。ハンバーグ、食べたい。生姜焼き食べたい。

 焼かれていると何の肉かさっぱりだった(今まで興味がなかったから知らない)ので、色々とつまんでみた。

 あ、これは豚肉っぽい? あ、これ完全に味が牛肉だ……とか考えながら食べていると地球にはない新食感の肉やどう味わっても味噌味がする肉に出会った。衝撃だったので、もっと食べたいと思ったのだけれど、どの肉がそうだったのかが分からず、断念せざるを得なかった。

 今まではとりあえず口に放り込むことしか考えていなかったので、なんの肉で出来ているのか考えながら食べるのは新鮮だった。

 何の肉か、というのは聞くことが出来なかった。理由は、周りに人がいなかったからだ。そう、周りに人がいなかったから! ……決して、ぼっちだからではない。

 なお、多くの肉が塩味のみでただの焼いた肉であったのは悲しい事実だった。本当に少しだが胡椒が使ってあるものもあった。胡椒と肉の相性は最高だと思う。ファンタジーでは胡椒は貴重品だが、この世界では違うのだろうか。

 味噌味の肉は、謎。味噌があるなら喜ばしいけれど、なんとなく、というか、出ている他の料理に味噌味がないことから期待出来ない。

 調味料のさしすせそが恋しい。


 飲み物は水だ。お茶はお金を払わなければならなかった。高級品らしい。勿論、手持ちの金などない私は潔く水をコップへ入れた。

 この世界で私はお茶を飲んだことが……遠い昔にあるかもしれないが覚えていない。

 珈琲はないのだろうか。記憶ではあまりないようだけれど……まあ、夜更かしするつもりはないので今は必要としていない。

 暇が出来たら探してみよう、と水を飲みながら私は「……ご馳走様でした……」と言って立ち上がった。テーブルいっぱいに乗せていた山盛りの食事は全て食べ終わった。自分がやったこととはいえ、退いた。


(どれだけ食べてるの……)


 前までなら、このまま汚れた食器は放置なのだがカートもあるし、と食器を片づけるのに皿を重ねていたら、人がすっ飛んできた。


「テ、テリセン様っ!? な、なななな何をしていらっしゃるんですか?!」


 あんまりにも急に話しかけられて、私はテンパった。

 そもそも、今まで録に人と話していなかったのに突然話せと言われても無理がある。

 ぼっちのコミュ力の低さを、舐めないで欲しい。


「べ、別に……私が何をしてようとあなたに関係があるの?」

「……ひっ! い、いえ、あの」


 そのため、思っていたよりもずっと低く冷たい声が出た。

 ……冷たい、声が……っ!

 声をかけてきた者が、悲鳴をあげて後ろに下がった。

 台所の方へと首を横に振る彼の視線を追えば、仕事仲間が一心に首を横へ振っていた。

 どうやら、私のご機嫌取りをしろと言われているようだ。


「あ、あの、俺たちが食器は片づけ、ますんで、お帰りに……あっ!」


 彼は私の言葉に先程より一層慌ててしまったらしい。勢いのまま振り上げた腕に、重ねていた皿が当たってしまった。

 皿はガシャンという音と共に床へ落ち、転がる。

 誰もが予想した通り、皿の何枚かが割れてしまった。

 ざあっ、と彼の顔色は目に見えて悪くなった。今にも倒れてしまいそうだ。

 元々、静かだった食堂は今やお通夜のような重い空気が漂い始めている。


「あ、あ……っ! すみません! すみません!」

「あぶな……っ!」

「いた……っ!」


 彼は、ますます顔色を悪くさせ、割れた皿へ手を伸ばした。驚いて止めようとするも、時既に遅し。彼の手は皿の欠片によって怪我をしてしまった。


「あ……っ! す、すみません! すみません!」


 少し近づくだけで怯えた顔をする彼に、私は仕方なくため息をついて見下ろした。日本では平均身長だろうが、この世界ではかなり低い私の背丈でも、しゃがんでいる少年を見下ろす事は出来る。

 それだけで、少年の肩がびくりと跳ね、表情筋が恐怖で固まった。何をそこまで恐れているのか、私の視線を逸らす事さえ出来ないようだ。それは目の前の彼だけではない。台所で様子を伺っている者達も同じだった。

 なお、他の生徒は不穏な気配を感じてか、既に殆どの者が食堂から退散していた。残っているのは、好奇心を働かせた者達のようだ。

 見なくても感じる好奇の視線は私をうんざりさせた。


 少年の手を見れば随分深く切ったのか、未だに血が止まっていない。しかも、尻餅をついて後ずさっているので散らばった破片でますます傷が増えていた。


「す、すみま……」


 ーーーこのままじゃ埒が明かないわ


 私は心の中で滝のような汗と涙を流しつつ、口を開いた。


「ーーーちょっと、皿を割るなんて何をしてるのかしら? なんて鈍臭い」

「あ……っ! すみま、」

「本当に、最悪、だわ。しかも、血を流すなんて……さっさと医務室にでも行ったらどうなの? まだあなたの汚らわしい血が、床に流れてるじゃない。下賤の者の血など見たくないわ。万が一、私の高貴な服やシミ一つない肌についたらどうしてくれるの? 弁償をしてくれるの? 責任を取ってくれるの? ……無理でしょうね? あなたのような身分で私の服や肌が汚れた弁償なんて無理に決まってるわ。……ねえ、まだいるの? 目障りなのよ、早く私の視界から消えてっ!」

「は、はいいいい!!!」


 甲高く叫べば、少年は身体を飛び上がらせて外へと飛び出して行った。なぜ外へ行った。怖すぎて錯乱でもしたのかな。まあ、台所の者が何人か跡を追ったので、ちゃんと医務室に連れて行ってくれたことを祈ろう。少年を追った何人かの背中が消えた扉を暫く見ながら、思った。

 あとに残ったのは、どうしようもない空気とささくれた私の心。


 こんな状況で皿を片づけるのもどうかと思ったが、誰も近づいて来ないので再び皿を重ね、カートへと乗せ始めた。下に落ちた破片はさっき言った科白の手前、片づけられなかった。

 すると、慌てた様子で台所から人が出てきた。


「て、テリセン様っ! あ、後は私共がやりますんで!」

「そう……ならお願いするわ」


 さっきのことを考えて、ここで断るのは得策ではないだろう、と私はそのまま食器達を放置した。が、これはただの建前。本音は「疲れた」である。

 栄養を摂る為の食堂での食事は、お腹はたまったが、満足度はあまり変わっていない結果に終わった。

 むしろ、精神的に今さっきの少年とのやり取りで、疲労感が増した気がする。


 あんなに怖がらなくても、誰も獲って喰いやしないのに……と、思うが下の身分の者達に散々怒鳴り散らしていたのは私だ。

 何人か、本当にいなくなった事もある。新人っぽかったし、怯えるのも当たり前なのだろう。


 それにしても。

 まともな神経でDQNな科白をいうのはとても、とても辛かった。雰囲気的に食堂の下働きだろう少年には、言っている最中、心の中で全力で謝り続けた。本当に、本当にごめんなさい、名前も知らない少年……。


 この日、部屋に戻った私は掃除を再開する気にはなれなかった。

 だから今日も誰もいない時間を狙って、こっそりと風呂に行ってから、そのまま就寝したのだった。



胡椒は高級品。胡椒のついた肉は生徒達に大人気。味噌味の肉も、生徒達に大人気。

何時もなら、すぐに売り切れるお肉たちですが、かなり良いタイミングで来たのでローズは口に出来ました。ローズが来て、殆どの人がいなくなったのも関係が……やったねっ!ローズ!嫌われていたからこそ、食べられたんだよ!(*´▽`)


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