たったひとつの願い
むかしむかし、ある小さな国に三人の姉妹がおりました。
一番上の長女マリアモは、それはそれは賢い子でした。
二番目の次女モナは悪知恵に関しては頭の働く少しズルイ子でした。
末っ子の三女ナターシャは頭はよくありませんが素直で単純な子でした。
三人の姉妹は性格は全く違いましたが、とても仲良く暮らしていました。
そんなある日、この小さな国に大きな災害がやってきました。
地は裂け、野は荒れ、海や湖は枯れ、植物は吹き飛ばされ、何かもが朽ちてしまったのです。
さながら、砂漠の様でした。 この災害でたくさんの人々が亡くなりました。
三人の姉妹の両親も年老いていた為、永遠に帰らぬ人となったのです。
三人の姉妹はまだ子供だった為、この何もかも吹き飛ばしてしまった災害と両親を奪われた事でとても深い悲しみに包まれました。
三人は来る日も来る日も泣き続けました。
涙が枯れてしまうのではないかという位たくさんたくさん泣き続けました。
でも、いつまでも悲しい、苦しい時は続かないのです。
神様はちゃんと見ていました。
この理不尽な災害を。
この不憫な姉妹達を。
ある真冬の晩の事、長女のマリアモが目を覚まし、おもてがとても明るい事に気付きました。真冬ですし、今日は月も出ていませんし、不思議に思ったマリアモはおもてへ出てみました。
するとそこには、眩い閃光を放ち、とても麗しくそして見た事も無い様なひどく美しい姿をした女性が立っていたのです。
その美しい女性は一言も語りませんでしたが、マリアモはすぐに目の前に立っている人物が神様だと分かりました。
マリアモはとても驚きましたが、すぐに妹達を起こしにいきました。
妹達もそのキラキラと溢れんばかりの閃光を放つ、例えようも無いくらい美しい女神様をただ、うっとりと見詰めました。
すると女神様は三人の姉妹に願い事を一つずつだけ、叶えてあげましょうといいました。
ただし、人を殺めたり、死んだ人を甦らせるのは出来ないと付け加えました。
そこで末っ子のナターシャは食べ物などに不自由しないようにと願いました。
長女のマリアモはこの国の全ての人が平和で幸せになれるようにと願いました。
次女のモナは自分で何もしなくても困らない、お姫様になりたいと願いました。
そして女神様は三人の願いを叶えてあげたのです。
翌朝、三人は昨晩の出来事は夢だったのかもしれないと思っていましたが、それはすぐに現実のものだと分かるのです。
三人がおもてへ出ると、見渡す限り緑が溢れ、泉が湧き、裂けた地は再び芽を吹き、さわやかな風がそよそよと薫るあの美しい国へ戻っていたのです。
人々は喜び田畑を耕したり、漁をしたり浮かれて、ダンスをしたりしていました。
末っ子のナターシャは果物や豊富な水にとても大はしゃぎ。
長女のマリアモは人々の様子を見てとても満ち足りておりました。
さて、次女のモナですが昨晩とはどこも様子が変わっていません。はて、と首を傾げているとおもてからモナを探す声がしたので、慌てて出てみました。
するとなんと驚く事に隣国の王子が、モナを姫に迎えたい故、プロポーズに来たというではありませんか。
マリアモとナターシャはモナがお嫁に行ってしまえば寂しくなりますが、モナの願いが叶おうとしているのです。これも神の思し召しと、心から祝福しました。
そしてモナは隣国の姫として、この小さな国を出て行ったのでした。
モナは隣国の王女として順風満帆な毎日を送りました。
素敵なドレス、優しい王子。そしてなんでも言い付けをきいてくれる召使い。
何も不自由な事はない幸せな暮らしでした。
モナは最初は、今までとは全く違う贅沢な暮らしに戸惑いましたが、それは一時の事でした。
すぐにその楽で気ままな暮らしに慣れてしまいました。
おそろしい事に人間とは、欲するものを手に入れると今度はさらに上にあるものが欲しくなってしまうものです。
それは留まる事のない果てしなく、限がないものなのです。
モナは高価で誰も着た事がないようなドレスを一度以上着る事をしなくなりました。
お城へ来た頃は毎日欠かさずにしていた庭の散歩もしなくなりました。
自分の好きなものだけを食べ、部屋に篭り常に召使いにマッサージをさせたり、ドレスを着替えさせたりしました。
自分で歩く事すらしなくなったのです。
あげくの果てには、王子と口を利く事も面倒になり、食べては眠り食べては眠りを繰り返す堕落した暮らしになりました。
これを見かねた王子は、自分の目はふしあなだったと愕然としてモナを元の国へ帰す事に決めたのです。何も知らないモナは馬車で送りかえされる事になりました。
元の国は隣国といえど三日三晩は馬車で走りつづけなくてはならない程遠いのです。
三日三晩分の食料を持って、何も知らないモナは旅行気分でした。
その道中、馬車は深い森を走っていました。パラパラと雨が降り始めました。その雨脚は次第に激しくなり、空には稲妻がはしります。
と、その時、雷が馬車めがけて落ちました。御者も馬も真っ黒焦げになり死んでしまいました。
モナは運良く無傷で助かりました。しかし困った事に、モナはとても面倒くさがりの人間になってしまい、食べては眠り食べては眠りの生活を続けていた上、ろくに歩きもせずでしたから、体はおそろしく太っていました。 逆に歩く事をしなかったという事は、足はどんどん痩せ細ってしまうのが当然です。
そんなモナが急に馬車から、何事かと驚いて飛び降りたものですから、着地した衝撃にその見事な巨体が拍車をかけ、ガリガリに痩せ細った足はポッキリと折れてしまったのです。
あまりの痛さにモナは、ぎゃあと短い悲鳴をあげましたが周りには今までお世話をしてくれていた召使い達はいるはずもなく、一人では何も出来なくなってしまった王女モナは、くらーいくらーい森の中で何故自分だけ、このような思いをしなくてはならないのだろうと思いました。
そしてわんわんと泣き始めました。
まるであの災害で、両親を亡くした時の様に激しく泣きました。
「神様助けて」
そう強く願いましたが、たった一つの願いは叶ったのです。
モナは自分の願った事で自分自身を陥れてしまったのです。
雨は止む事なく、強さを一層増し、モナの叫び声にも聞こえる泣き声はその雨音に飲み込まれ、いつしか夜の闇へと消えていってしまいました。