雫桜
ああ、とうとう卒業式が終わったーー
さっきまで賑わっていた教室には私一人だけが残り窓の外を眺めていた。真っ青な空の色と薄い桜の花弁との対比が美しくて目が離せなかった。
卒業しても連絡してね、とかーー
恵那と会えなくなるの淋しい、とかーー
大学別でも近くだから偶に会おうね、とかーー
永遠の別れじゃないんだし、あんなに泣くほどの事なの? なんて・・・醒めた私、とかとかーー
でも江口君に会えなくなるのは・・・・・・ かなり精神削られるかもーー
ふふっと乾いた笑い声が乾いた口元から漏れた。
高二の春から半年間だけ付き合った江口君。
高一の『後期図書委員会』で隣のクラスだった江口君を初めて知った。何十人も居たのに丁度、席が隣同士になって配られた10部のプリントを全校生徒分のホチキス留めを命じられ手分けして作業した。
ひょろっとした高身長で涼しい目元の穏やかな人だなって感じたのが第一印象。
委員会の用事で少しずつ話すようになって気が付くと視線が合うようになってお互い素直に居心地の良さを計っていったんだと思う。
高二の時に同じクラスになって直ぐに江口君から付き合って欲しいって言われた。
目を見開いた私は心に広がる淡い光をなんとか両手で掻き集めて赤くなりそうな顔を隠すように頷いた。
そして私達は付き合うようになった。
元々『後期図書委員会』の時に連絡はお互い交換している。 私は煩わしいヤツだなとか思って欲しくなくて、こちらから連絡するのは最小限に留めていた。
付き合ったからって特に何か変わった訳じゃない。家の方向も完全に別だしクラスでランチの時もお互い同性の友達同士で摂っていて付き合ってるってクラスの誰も知らなかったと思う。それでもお互いの視線は仄かに熱を持って絡めあっていたと思っていた。
とても淡々と過ぎたある日。
ごめん、別れたい。俺は器用じゃないから大学受験の為に集中したいーー
そんな言葉で別れの言葉を口にした江口君。
付き合って欲しいって言ったのも江口君。
別れて欲しいって言ったのも江口君。
そのどっちにも素直に頷いた私。
一体どっちの何が悪かったんだろう?
私は器用じゃないし情熱的でもないし『初めての彼氏』の扱いが分からなかった。
もっとーーー
いつも心の中でこんな事を考えては答えを知らない私は苦しくなって途方に暮れて唇をギュッと噛んで泣きそうな心に蓋をするんだ。
ても卒業式って、江口君を視界からも心からも遠ざけるのにはもってこいなのかもしれない。もう悩みたくない。
もう、バイバ・・・イ
その時、教室のドアが開いて江口君が入って来た。
「 守屋、まだ帰んないの? 」
「・・・・・・ もう、帰るよ。 バイバイ江口君 」
私は少ない荷物を持って江口君から離れたドアから帰ろうとして歩き出した。
「あの、守屋・・・・・・ 」
私は返事をしないで江口君へ視線を投げた。
「三年になっても同じクラスだったのに守屋と一言も話せなかった 」
分かっている。 あの熱を持った視線はお互い避けていたから。
私は頷く。
「そうだね。 特に話す事なかったし 」
江口君は何故か苦しそうな顔をして下を向いた。
「 なんか俺、守屋に凄く悪くて失礼な事をしたと思う。 いや、したんだ。ずっと謝りたかった。 ごめん 」
私はひと瞬きして
「いいよ、別に。 あの時、江口君は余裕がなかったんでしょ? それに第一志望受かったんなら良かったじゃん。 大学行っても頑張ってね、じゃあ 」
「待って、待ってくれ守屋! 」
なんか必死になってる江口君が笑えた。
「何? 」
高一の時、江口君が隣に座ったあの『後期図書委員会』の時と同じくらいの距離感で私の近くに来た。
多分もしかしたら、それよりも近くて・・・・・・初めてこんなに近くで江口君の顔を見上げている。
知っているようで知らなかった。この一年で江口君は前より大人になっていて少年から青年になっていた。
私は驚きを飲み込んでもう一度聞く。
「江口君、何? 」
江口君の揺れる瞳が私の瞳を見つめている。
「今度は間違えないから・・・俺ともう一度付き合って欲しいんだ。 もう少しお互いを大切にして時間も作って思い出も作っていきたい。 俺は守屋が好きだ 」
私はサーッと何かが心をすり抜けていく感じに愕然とした。
心の何処かで江口君とやり直したいっていつも思っていたのに。
今の江口君に違和感が拭えない。 この人は私の好きだった江口君なの?
「 守屋・・・・・・ 」
とうとう江口君は私の両肩に手を置いて懇願してくる。
私は・・・・・・
私? 私は・・・・・・
「 ・・・江口君、無理・・・だよ。 私は一年半かけて、やっと江口君を心から追い出したんだよ。 さっきね丁度、心からバイバイしたんだ。 江口君は余裕が無くなるとまた別れ話をするんでしょ? 大学に入ったらどんなに忙しくなるか分からないじゃん。 だから無理 」
両手から力が抜けていくように江口君はゆっくり私の肩から手を下ろして顔を上げなかった。
「私達、付き合っている時からもっとお互いに関心を示して話し合って・・・・・・ その時から時間を作って励まし会えたら良かったのにね 」
江口君が下を向いたきり反応しない。 ゆっくり私の言葉を咀嚼するように何度か頭を上下に振って、それからゆっくり私へ視線を向けた。
「そっか。 うん、そうだ。 守屋の言う通りだよ。守屋を苦しめていた事もよく分かった。ごめんしか言えない。本当にごめん 」
私はなんだか長い蟠りが解けていくように心の澱を流した気持ちになった。
「 江口君、今話せて良かった。 私も努力が足りなかったって思ってる。 初恋だったと・・・ちゃんと今は分かったし遠慮して間違えた事も分かった。 江口君、ありがとう。さようなら 」
教室に江口君を残して私は扉を閉めて誰も居ない長い廊下を歩いた。
廊下の窓から見える桜の花弁がハラハラと落ちる姿が何故か心を震わせて温かいものが頬を伝う。
私は卒業式で泣かなかったのに今初めて涙が溢れた。
卒業式のほんの一コマです。
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