第9話 選べなかった人生
side.エインリッヒ
「どうだ?」
神聖力というものが、どういうものか分からない。ただ、リックの調べでは聖女になったものは三十代半ばで亡くなっているそうだ。その結論からだけでも神聖力が決して良いもののようには思えない。
なのに”神聖な力”だなんてふざけている。
「今のところ、日常生活に問題はありませんが脈と心音が健常者に比べて弱いです。ただ、今の段階でそれが神聖力によるものだと断定はできません」
「そうか」
今までの暮らしを考えると彼女は働きすぎだ。それによる弊害はあるだろう。
古代の人間は魔法というものが使えていたらしい。それは人智を超えた力で、水や風などの自然の力を操ったり、人によっては大地を割ることができたとも言われている。
彼らは体内に魔力と呼ばれる力を宿していたと言われていた。
ただ、全ての人がそうであったわけではないらしい。
理由は分からないが徐々に魔力を持って生まれる人間は減り続け、そしていつしか少数派になっていった。
そうなってくると当たり前だった存在が希少な存在に、最後は弾圧の対象になっていった。
人は自分と異なる存在を恐れる。
自分が持ち得ない未知の力が脅威となって自分に向かうのではないかと恐れた人々は魔法を使えるものを狩るようになった。
そうして魔法という存在は世界から消えたのだ。
その影響か、その時代の魔法に関する資料は何も残されていない。
「殿下、聖女が三十代半ばで亡くなっていることから神聖力との関連性はとても強いです。現に、神聖力を使った後はかなり疲れるとティファーニアさんは言っていました。そのことからも彼女に神聖力は使わせない方がいいと思います」
「元より使わせるつもりはない」
「念の為、毎日様子を見にきます。リックさんが調査に向かっているんですよね。その結果を待って今後の方針を決めていきましょう」
「ああ」
神聖力が原因かは取り敢えず置いておいて、かなり疲れが溜まっていることは事実だから暫く、無理は禁物だとアルセンはティファーニアに言って帰っていった。
やはり、仕事は禁止だな。
暫くはこれを理由に彼女を手元に置いておける。アルセンは実にいい仕事をする。
「ティファーニア、疲れてないか?問題なければ市井を案内するぞ。一応、アルセンに聞いたら長時間でなければいいと許可は貰った」
ティファーニアは少し考えた後、承諾してくれた。きっと、仕事をする上でもここを出ていく上でもある程度の土地勘は必要だとでも思っているのだろう。
ティファーニアには悪いけど、俺は彼女を手放すつもりはない。
『ティファーニア・エルドレット、あなたとの婚約を破棄します』
煌びやかな会場でそう宣言する姿が過去の自分と重なった。あの時のあいつの顔を俺は覚えていない。当時、あいつに興味がなかったから。最低だと今なら分かる。
あいつも彼女のような顔をしていたのだろうか?
彼女のことについてはリックから聞いていたので調査対象になっていた。
というのも、ここ最近スタンピードの頻度がおかしいということで調査した結果、他国に比べて魔物の被害報告が少ないというか、ない国があることが判明した。
だからこそ、リックも旅行先に選んだのだろう。
俺自身も独自で調べてみた。すると、たった一人で魔物と対峙している女性がいることが分かった。騎士たちは何をしているんだと、傷だらけになりながら戦う彼女を見て思った。
あんなに怪我をして、痛いでは済まないレベルだ。恐怖だって想像できないほどだろう。それでも国を守るために戦う姿は凛々しく、聖女という称号に相応しいと思った。
自分の怪我よりも国を守るための結界を張ることを優先させる姿が更にそう思わせた。
そんな彼女のことなど考えもしない国の連中には吐き気がする。
俺だって決していい人ではないし、なんなら俺も過去に公衆の面前で婚約破棄宣言をしてしまうような最低な野郎だったから責められる立場にはないけど、それでも湧き上がる怒りを抑えられなかった。
握りしめた拳から血が出るほどに。
すぐに彼女をこの場から連れ去りたくて動こうとした時彼女の反撃が始まった。まるで今までの鬱憤を晴らすかのように。
ああ、彼女は聖女なんかじゃない。
聖女として祭り上げられ、搾取され続けたただの女の子だったんだと思った。
だからこそ余計に喚く連中が、喚くことしかできない無能に思えた。
彼女の言うこと通りだ。こいつらは自身が”無能”と罵っている相手よりもなんの役にも立たない無能以下の連中なのだ。
それを他国の重鎮がいるこの場で恥ずかしげもなく披露している。
滑稽な連中だ。
彼女がどう勝利を納めるのか気になり最後まで見守ることにした。すると、まさかの一言だ。
『地獄に堕ちろ、クソ野郎』
ブハッと思わず吹き出してしまった。令嬢でも聖女でもかけ離れた一言に周囲も絶句している。お綺麗で、お上品な彼らには馴染みのない言葉だろう。
彼女は一体どこでそんな言葉を覚えてきたのやら。
気がついたら彼女を連れ出していた。二度と家に帰れないかもしれないのに寄るべきところが教会で、最低限で良いと言いはしたが、中が入っているか不安になるくらい軽いカバンが一つだけ持って彼女は俺と国を出ることになった。
すぐに早馬を出して彼女を迎え入れるための準備をさせることにした。
命をかけて国のために尽くしている彼女に対してこの国の対応をあまりにも酷すぎる。王族として、国のために影に徹することを選んだからこそ俺も国を守るための大変さだったり、プレッシャーが分かるし、覚悟もできた。
彼女はある意味では俺たち王族と同じだ。
得たくて、得たわけでもない地位のせいで、人生を国に捧げるしかない俺たち王族と。
それでも、そんな人生でも、悪いことばかりじゃない。その中にあるひと時の幸せを彼女に感じて欲しいと思った。願わくば、その瞬間を一番近くで見たいとも。




