第7話 難しい相手
side.エインリッヒ
侍女に促されてティファーニアは部屋に下がった。
「・・・・名前で呼べと言ったのに」
ずっと殿下呼び。まぁ、それだけ警戒しているのだろう。
「どうだった?」
ティファーニアとの食事を終えて俺も部屋に戻った。だが、すぐに休むことはせずに窓辺の椅子に座っていると執事のバトラーが報告に来た。
「使用人に世話をされることだけではなく、人が近くにいることにすら慣れていないご様子でしたね」
「だろうな」
会場ではいくら相手が王族とはいえ誰一人彼女を庇う者はいなかった。命をかけ、国や民のために戦っていた聖女に対して嘲る対象にしても問題ないという雰囲気だった。
それは婚約破棄騒動が始まる前からそうだった。
顔や態度に嫌悪感を出さないようにするのが大変だったぐらいだ。
「暴力を振るわれたような形跡は?」
「侍女の話ではなかったそうです。ただ、魔物討伐で負ったような傷が多く見られたそうです。見るに、まともな治療もされていないようです」
傷は男にとっては勲章になる。だが、女には蔑みの対象になる。それもあるからこそ、誰もが彼女を嘲り、傷物として蔑んでいたのだろう。誰のために負った傷なのかを知りながら。
胸糞悪くなる。
気分を酔わせなくては聞いていられない報告だったのでワインを一気飲みし、空になったグラスに再び注ぐと後ろからそのグラスを取られた。
「それ以上はダメですよ、エインリッヒ。ワインの飲み過ぎは体に良くありません」
「セレナ」
邸に招いてはいないから窓から入ったのだろう。
闇ギルドのギルドマスターをしていた従兄弟のリックがギルドマスターを引退。その後を俺が継ぐことになった。
なぜ、王族である俺やリックが裏社会を牛耳る組織のボスかというと国を運営するというのは綺麗事だけではできないからだ。
国を正しく循環させるには公にできない事案を関係者含め陰で排除する必要がある。
セレナの存在もそうだ。
リックから引き継ぐ時に彼女が暗殺者だと聞かされた。何の冗談かと思ったが、こうやって気配なく現れることからかなりの手練れだと分かる。
現に元凄腕傭兵団の団長を務めていたバトラーのセレナに対する警戒は強い。
彼女は味方なのに。
「リックがシアを連れて、ザハロニアへ行っています」
「リックが?あいつは引退後、のんびり過ごすと言っていなかったか?」
「旅行のついでだそうです」
「旅行ね・・・・・」
隠居するような年齢ではないが、本人曰く新居生活を楽しむとか言って恋人であるシアと旅行三昧をしている。そのついでに仕入れた有力情報を国にもたらしてくれる。
一体、こんな情報をどうやって手に入れたのか聞きたくなるぐらい重要なものばかりだ。
長く裏社会を牛耳っていたから俺の知らない伝手があるのだろう。
「セレナはどうして?俺に会いに来てくれたのか?」
「そんなわけないでしょう」と一緒に来たティグルから凄まじい殺気が飛んだ。
俺の護衛も兼ねているバトラーが暗器を構える程だった。仕方がないので渋るバトラーに命じて部屋の隅で待機させた。
セレナにはティグルを止める気が一切ない。
強さで言うと確実にティグルの方が強いからだ。そういう感じだから味方でも油断できない相手になるのだろう。
前任者であるリックだってセレナに対して油断は一切しなかった。
「手続きは早めにした方がいいと思って、これを届けに来たの。それとアルセンを専属医としてティファーニア嬢に紹介してもらおうかと思って」
「もう書類が用意できたのか。ありがとう」
セレナが用意したのはティファーニアをエルドレット男爵家の籍から抜くためのもの。この書類にティファーニアがサインをし、俺が裏から他国に干渉して手続きを完了させれば彼女は貴族ではなくなる。
「アルセンに監視させるのか?」
「それもあるが、実際彼女の様子も気になる。普通の医者に診せて情報が漏れるよりはマシかと。神聖力を使い続けた彼女の体にどんな影響が出ているか分からないし、最悪表では手に入らない薬が必要になる可能性もある」
確かに。そうなると、普通の医者に診せるよりはスラム兼闇ギルドの専属医者であるアルセンに診せる方が都合が良いか。
「分かった。今日は疲れているだろうし、明日の昼ぐらいに紹介する」
「では、アルセンにもそう伝えるわ。・・・・本当に彼女を妃に迎えるつもりですか?」
「何だ、セレナは反対なのか?嫉妬か?」
「難しい子ですよ」
俺のアピールをスルーしてセレナは今、俺が直面している問題を突きつけてくる。
続いて、ティグルも言う。
「徹底的に己を道具として戒めている節がありましたね。きっと、そういうふうにしか扱われなかったのでしょう。殿下がどんなに優しくしても、彼女は何か要求があるからだと考え、見返りを求めない善意に対し警戒をしているはずです」
まさにその通りだ。
ティグルは滅んだ戦闘部族唯一の生き残りであり、セレナが拾うまでは奴隷として生きてきた。だから俺よりも彼女の気持ちが分かるのだろう。
「俺も、出来損ないだったんだ」
エヴァンは俺の兄だけど異母兄弟になる。エヴァンは正妃で俺は側妃の子だ。年齢も年子で同い年になるからそういう面でエヴァンとは色々比べられた。
エヴァンは何でもできた。俺はどんなに努力をしてもエヴァンには追いつけなくて、陰では「出来損ない」と嘲笑されていた。
それで卑屈になって、色々とやらかした。母が決めた婚約者に対しても公衆の面前で婚約破棄を告げたりして、本当に最低だったと思う。結果、辺境に追いやられた。
そのことを今でも口にして、俺を貶めるような発言をする奴らもいる。
だけど、俺は辺境に追いやられたことを自身の瑕疵だとは思っていない。
辺境での経験があるから今の俺があるのだ。
「出来損ないだからって、他人に嘲笑されることを受け入れる必要はない。ましてや何もしていない連中が嘲笑するなんて間違っている。俺は彼女に知って欲しいんだ。出来損ないなんかじゃないって」
「ならば、まずはそう思っていることを伝えることが重要ですね。すぐに伝わらなくても、伝え続けることが重要だと私は思います」
「ああ。ありがとう、セレナ」
何だかんだ言ってセレナは応援してくれる。だから頑張ろうと思える。昔と違って俺はセレナに恋をしているわけじゃない。それでも、セレナは一番最初に、俺を俺として認めてくれた人だから俺にとっては特別なんだ。
そんな彼女に応援されるのは嬉しい。




