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第5話 アストラ王国

「あの、王弟殿下」

「エインリッヒでいい。なんなら、リッヒでもいいぞ。親しい人間はそう呼ぶ」


随分と気さくで、親しみやすい性格みたいだ。


「正気ですか?」

「何が?」

「私を貰い受けると。あなたに何の得もないどころかマイナスではないですか?」

「どうしてマイナスだと思うんだ?」


明らかでしょ。この人、大丈夫?何も考えてないんじゃないの。


「私の神聖力は歴代で最も低く、無能聖女と呼ばれています。それに、妹を虐めたという悪評までついて回ってくるでしょう。そんな私を貰い受ける?妃にでもするつもりですか?」


王弟殿下はハッと嘲るように笑った。その笑いが私ではなく会場にいた人たちに向けられていたのはすぐに分かった。

私を通り越して周囲の人間に向けられていたから。それは背筋が凍るほど冷たいものだった。


「あなたが先ほど言っていたではないか。無能に守られている連中は無能以下だと」


隠そうともしない言葉に周囲は動揺した。怒りを感じている者もいるだけろうけど、嘲てもいいと思っている私と違って今度の相手は他国の王族だ。ウィーラントすら奥歯を噛み締めて耐えている。

その様子ですら王弟殿下は嘲笑の対象にしているようだけど。


「それに、我が国には聖女や神聖力など存在しない。それは他国も同じだ」

「えっ」


この国から出たことがないから知らなかった。でも、それなら他の国の人たちはどうやって魔物の脅威から自国や民を守っているのだろう?


「だから、聖女であるかどうかに価値を置かない」

「でも、それなら尚更私が必要ではないのではないですか?」


残るは悪評のみじゃないか。


「あなたは自分が必要か否かに拘るのだな」


それは、そうでしょう。必要でなくなれば、ゴミ箱に捨てられるだけの運命だ。そんなのは御免だ。


「人は、自分の足だけで立って歩ける。そこに誰かに押し付けられた価値観なんて必要ない。あなたにもいつか、分かる時が来るだろう。俺がそうであったように」


そう言ってくれた王弟殿下はとても優しい目をしていた。それは生まれて初めて向けられた目だった。


「ウィーラント殿、問題ないな?」

「え、ええ。しかし、先ほども言ったように彼女は」

「それは調べたのか?俺も昔、あなたと似たようなことをしたことがある。それがどれほど最低な行為か当時は分からなかった」

「それは、僕のしていることを侮辱しているのですか?」


王弟殿下はそれには答えなかった。

ただ、許可が出たからこの場に用はないと言って私の手を引いて会場を出た。暴挙にも見えるが、止められる者はいなかった。


「教会に寄るか?それとも邸がいいか?」

「えっ」

「横槍が入ると面倒だ。このまま国に帰る。だからあなたの荷物をまとめる必要がある。最低限で構わない。残りは後で送らせる。どこに荷物を取りに行けばいい?」

「あっ、えっと、教会で」

「分かった」


邸には聖女になってから帰っていない。あそこに私の荷物はないし、そもそも部屋があるかさえも怪しい。


王弟殿下は最低限の荷物だけを持ち、残りは後で送ると言っていたけど、教会にある荷物をまとめると鞄一つ分しかなかった。それが全てだ。

服に至っては私服を一切持っていなかった。全て聖女が着る聖衣だ。


「それだけか?最低限とは言ったがもう少し持って行っても問題ないぞ」

「・・・・・これが全てです」

「そうか」


気を遣わせたのか王弟殿下は何も聞いて来なかった。


†††


「・・・・・エインリッヒ、これはどういうことかな?」


金色の髪に青い目をしたイケメンがいる。王弟殿下を呼び捨てにしてるってことはかなり親しいのかな。雰囲気もそうだけど、態度も含めてかなり上位の身分ね。


「なんだよ、エヴァン。ちゃんと許可をとったぞ。誘拐してきたわけじゃない」

「・・・・・・!?」


エ、エヴァン?エヴァンってあのエヴァンよね。アストラでエヴァンって言ったら一人しかいない。エヴァン国王陛下。

なら、隣にいる絶世の美女は陛下の相談役で一番の理解者、彼の右腕と言われているセレナ・ヴァイオレット公爵

じゃあ、その後ろに控えている顔に火傷のある男はヴァイオレット公爵の猟犬と言われている、確か名前はティグルだっけ?


国を代表する人間がここに勢揃い・・・・・。


「そういう問題じゃないんだよ、エインリッヒ。だいたい、国外追放は正式ではなく、ウィーラント殿の独断だろ」

「うっ、それは」


エヴァン陛下は頭が痛いとばかりに眉間に皺を寄せてるし、エインリッヒは怒られた子供のように視線を逸らしていた。私は、戻されるのか?

そうなると、国境辺りで放してもらうか、無理なら何とか逃亡したいかな。

もう、あの国で聖女になるのは御免だ。そろそろ、人間に戻っていいと思う。


「いいんじゃないか」

「セレナっ!?」

「セレナ」


エヴァン陛下は驚き、王弟殿下は意外な味方を手に入れたことでとても喜んでいた。犬の耳と尻尾が見えるのは私の幻覚だろう。


「確かに正式な沙汰ではないが、貴族の前で宣言したのならそれはもう正式ととってもいいだろう。ましてや相手は王族。そう簡単に発言を覆すようでは信用性に関わる」


ヴァイオレット公爵の言うことは正しい。どんな無理難題も通せる立場にあるからこそ簡単に発言を覆すことはできない。その発言で人生を狂わされることも命を奪われることもあるのだから。


「それにザハロニアは大聖女を手に入れたのだから。だから冤罪を作って不要になったものを捨てたんだ。わざわざ捨てたものを拾い直すほど王族は卑しくはないだろう」


ヴァイオレット公爵は見た目に反して容赦がないな。


「セレナの言うことは分かるけど、でもザハロニアがこのことで何か仕掛けてくる可能性もあるんじゃないか?」


それはどうだろう?

エヴァン陛下は国同士の争いになる可能性を懸念しているみたいだけど、私にそこまでの価値はない。王弟殿下もそう判断したから私を拾ったのでしょうし。


「ないわけではないが、そんな余裕は直になくなる」

「やけに断言するね、セレナ。君が何か仕掛けるとかじゃないよね」

「命令とあらばするが、その必要もないだろう。私が何もしなくとも、あの国は終わる」

「どういうことですか?」


思わず口を挟んでしまった。でも、ヴァイオレット公爵は咎めることはせず、寧ろ楽しそうに笑いかけてきた。それは女の私でも見惚れるほど妖艶だった。


「聖女の役目は国に魔物が入らないよう結界を張る、魔物を浄化し、数を減らす。それから結界は一日一回張り替える必要がある。そして、それをしていた聖女は今こちらの手中にある」

「でも、向こうには大聖女がいる」

「クスッ。エヴァン、お前だって気づいているだろう。結界を張るのも魔物を浄化するのも危険を伴う」


そうだ。

結界を張り替えるには一度結界を解かなくてはいけない。解けば、すぐに魔物がこちらを殺そうとやって来る。だから聖女は必然的に魔物の浄化も行わなくてはいけなくなる。


聖女は本来なら魔物を浄化するのだけど、私はそれをするだけの神聖力がないので討伐していたけど。

今でも思い出す。初めて魔物を討伐した時の恐怖と、魔物とはいえ命を奪うという嫌悪感を。


「戦場を知らぬ者が戦場で戦えるわけがない」


そう、ヴァイオレット公爵の言う通り。きっと妹は結界を張ることができないだろう。


「そして、それは聖女だけに限らず。騎士も同じ。アストラや他国の騎士と違って魔物を見たこともなければ戦ったことのない騎士が多いザハロニアでは魔物から国を守ることはできない」

「・・・・・」


まさかとは思ったけど随分とヴァイオレット公爵はザハロニア国内について詳しいようだ。聖女の力なんて極秘事項なのに。内通者がいるのか。


「分かったら、さっさと手続きをしてしまいましょう。ティファーニア嬢、貴族の身分に未練は?」

「あ、ありません」


貴族らしい生活なんて子供の頃だけ。今更何の未練があるというのだろう。


「だそうです、エインリッヒ。良かったですね」

「セレナ、君、エインリッヒに甘くない?」

「気のせいよ。じゃあ、私は帰るわね。行くわよ、ティグル」

「はい、セレナ様」

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