第3話 聖女の心得
「ねぇ、聞いた。聖女様のご両親のこと」
「聞いたわ。また、来たんでしょう」
「いい迷惑よね。聖女様、大した仕事もしていないのに」
「この前の治癒術だって、貴族様が聖女様に助けを求めに来ていたのに断ったんでしょう」
「何様って感じよね」
神聖力は無限じゃない。それなのに、肌艶を良くしてくれだの、捻挫を治せだのと貴族はやって来る。
そんなものばかり請け負っていたら、あっという間に神聖力は枯渇し、本当に必要な人に行き渡らなくなる。
第一、教会はお布施目当てで貴族しか依頼を受けない。平民や貧民街の人が来ても追い返すところを何度も見たことがある。
「ティファーニアっ!」
「・・・・・・お父様、お母様」
先ほどのシスターが愚痴っていた通り、本当に来ていたんだ。
「ちょうど良かった、あなたを探していたのよ」
「ティファーニア、お前からも教会側に行ってくれないか。我が家への報奨金を増やすようにと」
「なぜです?私と引き換えに教会が払ったお金で借金は返済できたと聞きましたよ」
「そ、そうなんだが、ほら、ちょっと、その、税収率が悪くて、困っているんだよ」
その割には二人とも上等な服を着ているわね。
お母様の着ているドレスは今、社交界で流行っているシェイナン夫人のドレスでしょう。
お父様がつけているクラバットだって、貧乏男爵家が買えるような代物じゃないわ。
私は社交界に出てはいないけど、聖女の仕事を通して貴族と関わることは多い。だから、結構知っているのだ。最近の流行りを。
「少しでいいんだ。融通してもらうように教会に言っておくれ。食事も日を追うごとに少なくなるし、質も悪くなる」
でっぷりと肥えたお腹のようですけど。少しぐらい減らしても何の支障もないでしょう。
「私にそんな権限はありません」
「なんて冷たい娘。私たちが困っているって言ってるのよ。娘なら助けるべきでしょう」
二人はこうやって金をせびりに来る。
私は歴代のどの聖女よりも神聖力が少ないことから、教会内では嘲笑の的だった。そこにこの両親の件が加わり、教会内での私の立場は最悪だ。
この両親と同一視する人もいて、「無能な金食い虫」とまで言われるようになった。
「そもそも、お前がちゃんと聖女としての役目を果たさないのがいけないんだろ」
「そうよ。あなたが、ちゃんと役目を果たしていたらもっと貰えるはずなのに」
私は無報酬ですけど。
どうしてかって?それは聖女の心得にあるから。
聖女の心得は四つある。
一、我欲を持ってはならない
二、生きとし生ける者全てを愛せよ
三、命ある限り、弱者救済に努むべし
四、常に正道を歩め
馬鹿らしいでしょう。これを遵守して生きていけなんて。
「お金がないのなら贅沢をやめてはいかがですか?散財も止めた方がいいですね。それと、一食ぐらい抜いても死にはしませんよ」
「なっ、我々は貴族なんだぞ」
「そうよ。贅沢をするのは当然で、ひもじい思いなんてする必要もない。特別な存在なのよ」
なら勝手に野垂れ死ね。
「そうですか。ならば、ご自分でどうにかしてください。私には何の権限も与えられていないので無理です」
「あなたは聖女でしょう」
「お前は聖女だろ」
「ええ、そうですよ。私は道具(聖女)です。それでは失礼します」
期待外れの聖女、無能な金食い虫などなどと、聖女らしくないあだ名がまた増えそうね。
人目も憚らず両親は叫んでいる。社交界でも聖女の両親ということで威張り散らしていると治癒術を受けに来た貴族が文句を言って来たこともあった。
私に言われても困る。お金が絡まないとあの人たちは私に会いには来ない。
聖女として教会に預けられたあの日から私は彼らの娘ではなくなったのだから。
人ですら無くなったと思うのは決して私の被害妄想ではないだろう。
命をかけて聖女との務めを果たしているのに私には給金が発生しないし、危険手当なんてものもない。
先ほども言ったように聖女の心得にあるからだ。聖女は我欲を持ってはならないと。
ねっ、便利な心得でしょう。
†††
「・・・・血が滲んでる」
邪魔ばかり入って、怪我を治療するまでに時間がかかってしまった。
簡単な消毒をして止血を兼ねてきつく包帯を巻いてはいたけど、それでも血が滲み、聖衣を汚してしまっていた。
「血って、落ちにくいのよね」
だからって汚れたままの聖衣でいれば当然、神官長様から「服装の乱れは心の乱れっ!」とか言って怒られることになるだろうな。
「取り敢えず、揉み洗いして、暫く洗剤につけておこう」
完全には落ちなくても、目立たないまでに薄れてくれるかもしれないし。
そもそも、聖衣を白にするのが悪いのよね。魔物討伐で汚れるのは当然なんだから。いくら白の方が、見た目がいいからって。
それだけ、人々にとって魔物討伐がどういうものか想像できていないということなのだろうな。羨ましい。
「・・・・・醜い体」
よっぽど酷い怪我でない限り神聖力での治療はしないようにしている。
結界を張った後にも聖女として、神聖力を使った仕事が残っているからだ。
医師に診てもらうこともあるけど、教会はいい顔をしない。治療費がかかるし、聖女の体が傷だらけだと知られるのは外聞が悪いから。
私としても嫌味を言われたり、嫌な顔をされたりするのが嫌で医師に見せるのは最後の手段みたいになってしまっている。
そうなると必然的に自分で簡易的な治療を施すことが多くなる。当然傷痕は残るし、場合によっては引き攣ったような醜い痕にもなる。
医師による専門的な治療を受けていれば痕が残らなかったり、残ったとしても薄かったり、ここまで醜くなることはなかっただろう。
これを自業自得だと、聖女らしくないと嘲笑の的にする連中は多い。
それでも私は聖女として、命をかけて彼らを守っていかなければならない。
この先もずっと、こんな人生が続くのだろうか。




