第19話 最後の願い
スタンピードは経験したことがなかった。これほど甚大な被害が出るなんて。
聖女の結界が張ってあったはずの場所には夥しい血の跡があった。死体はない。でも、剣が落ちていることから被害に遭ったのが騎士だと分かる。
瑞希が結界を解いてしまったから、見張りと防波堤を兼ねて騎士を配置していたんでしょうけど。馬鹿ね。戦うどころか、魔物を見たこともない連中が勝てるはずもないのに。
「ティファーニア様、我々の後ろに」
スタンピード時、魔物は集団で行動する。しかし、稀に逸れた魔物が単体でいることがある。
大口を開けた魔物がいた。魔物は獲物がないか探しているようだった。やがて、こちらに気付き、猛スピードで突進してくる。
「全員、サイドに避けてください。あの魔物は走っている途中で方向転換ができないんです」
何度か戦ったことがある。真正面で攻撃を受けると衝撃を緩和できずに骨が砕ける。
でも、避けてさえしまえばあれは急には止まれない上に走っている最中に攻撃を仕掛けてくることはない。つまり、止まる前に一斉攻撃を仕掛けてしまえばいいのだ。
私一人なら厳しいが今回は騎士団がいるので問題ないだろう。
実際、私の指示ですぐに行動を開始してくれた。無駄のない動きは惚れ惚れするぐらいだ。ザハロニアの騎士団ではこうはいかなかっただろう。
私は誰よりも魔物と戦ってきたという自負がある。だから、ただ守られるだけは嫌だ。そう思って助言したけど、まさかあっさり信じて言うことを聞いてくれるとは思わなかった。
ただ、私は一人での戦い方しか知らない。だから騎士団の連携された戦い方を見るのはとても勉強になった。
普通は、こうんなふうに助け合いながら戦うのかと見ていると自分たちがどれだけ無謀で、ザハロニアがどれだけ愚かなことを強いていたのかが分かる。
「我々は魔物討伐を専門とするのですが、ティファーニア嬢はそんな我々よりも魔物に詳しいですね」
「毎日、魔物討伐をして来たので。私の知識がお役に立てると良いのですが」
「とても役に立っています。正直、我々騎士団にあなたを勧誘したいぐらいです」
社交辞令なのだろうけど、ちょっと嬉しい。
私はずっと魔物討伐ばかりして来た。他のことなんて知らない。そんな生活が誰かの役に立つ日が来るとは思わなかった。
一人ではなく、彼らのように誰かと一緒に守り合いながら戦ってみたい。
「陛下はザハロニアの避難民受け入れ態勢を整えるように指示を出されていましたが、これを見るに生き残りがいるか怪しげになってきますね」
「私は、スタンピードを経験したことがありますが、これほど被害が甚大なのは初めてです」と騎士たちが話していたが、彼らの言うとおり誰も生き残れないかもしれない。
王都へ急いでいると、魔物たちも王都に向かっているので彼らが通った痕跡があった。農村、小さな町、魔物が通った所に生き残った人間の姿は見なかった。
瑞希が起こしたから通常のスタンピードとは違うし、瑞希が全ての人間を憎んでいるから一人も見逃すことなく殺し続けているのもあるだろう。
でも、一番は。
「ザハロニアはずっと聖女が守ってきた国です。魔物を見たこともない者ばかりで、逃げ方も戦い方も知らないのです。だからこそ、通常のスタンピードよりも被害は甚大になってくるのでしょう」
一生、守られて生きていくはずだった人たちだから。
「急ぎましょう」
ザハロニアに罪のない人たちはいない。私を含めて。誰かの犠牲の上に成り立っていた平穏で暮らしていたのだから。
生きて、償わせる。そんな慈悲の心を与える猶予はとっくに過ぎている。ザハロニアは今日、完全に滅びるだろう。
†††
王都はすでに魔物に蹂躙されていた。どこに逃げていいか分からずパニックになっている人たちを魔物が次々と襲っている。
そして、人を守ために戦う騎士ですら、彼らに紛れて逃げ惑っていた。
その姿にアストラは同情するのではなく「なんと情けない姿か」と騎士団を嫌悪した。それぐらい、ザハロニアの騎士団は見苦しい姿を晒していた。
「せ、聖女様、助けてください」
私の姿に気づいて騎士が泣きながら擦り寄って来た。それを皮切りに近くにいた人たちも「どうして、任務を放棄した」「こうなったのは、あんたのせいだ。どう責任をとってくれるんだ」「お前のせいで家族が死んだ」と口々に責め始める。
散々、人を「無能」だの「役立たず」だの言って嘲笑していたくせに勝手な奴らだ。だから、こういう状況を見ても可哀想だと思えないのだろう。
「私は言ったはずですよ『地獄に堕ちろ』と」
まぁ、こんな状況を想像して言ったわけではないけど。ただの負け惜しみんだったけど。
「それに、私は無能で役立たずなのでしょう。だったら、そんな私に頼らず自力でなんとかしてください」
「あ、あんた聖女だろっ!」
「その私を要らないと言って捨てたのはこの国であり、あなたたちだ。ほら、魔物が向かって来ていますよ。このままでは死にますね。無能で役立たずの私でも魔物討伐は一人でもできたのです。ならば、私よりも優秀なあなたたちなら余裕でできるのでしょうね。それでは、私は他にやることがあるので。魔物討伐、頑張ってくださいね」
絶望する彼らの姿に後ろ髪を引かれることもなく私はアストラの騎士団を率いて王宮へ向かった。
王宮にも魔物が侵入していた。自分たちに向かってくる魔物だけを処理して瑞希を探す。瑞希は謁見室にいた。既に復讐を終えた後だった。
「来ると、思ったわ。元ザハロニアの聖女、ティファーニア」
聖女になってから、魂の影響か瑞希の過去を夢に見ることが幾度もあった。けれど、今目の前にいる瑞希は私の知る瑞希の姿とは異なっていた。もちろん、プリムローズでもない。
人の姿をしているけど、人ならざる美しさがある。とても妖艶で、魅惑的な悪魔。
「報復は成された」
「ええ」
「ザハロニアの滅亡は確定ね」
「ええ」
確認するように言う私に、彼女は首肯するだけ。やっと成就したはずの願い。でも、彼女は全く嬉しそうではなかった。それどころか、どこか疲れているように見える。
実際、疲れているのだろう。何百年も恨み続けるというのは思っている以上にエネルギーを使うことなのかもしれない。
それに、彼女の本当の願いはもう、叶わない。
彼女は一生、ここで生きていかなくてはならない。愛する者にはもう会えないのだ。
「ねぇ、お願いがあるの」と瑞希は私を見る。私だけを。
「もう二度と、私のような人を作ってほしくはないの」
「召喚術に関する資料は全て破棄してある」
エヴァン陛下が私の目の前で燃やしていた。それに、教会に残っていた魔法陣は瑞希が粉々にしてしまったので修復は不可能だろう。
「そう。良かった。ねぇ」
「何?」
「私を、殺してくれる?」
「そのつもりで来ました」
「そう」
嘘をついた。私は聖女じゃなくなったけど、神聖力は消失したけど、全てが消えたわけじゃない。魔物を浄化する力だけがどうしてか残っていた。
そして、瑞希の魂が宿っていない私にはこの力を留めておくことができない。
一回限りの力になる。これを使ってしまうと完全に私の聖女としての力は消えるだろう。
これは瑞希が敢えて残した力。
自分に取り込んでしまうと最後の手立てがなくなるからわざと私に残したのだろう。
最後の聖女として私に殺させるために。
私は止める騎士団に「大丈夫」だと声をかけて瑞希の元に行った。彼女の心臓の上に手を翳して、自分に残った力の全てを打ち込んだ。
瑞希は「ありがとう。これで、やっと死ねるわ」と言ってプリムローズの中から完全に消失した。
肉体を動かしていた存在が消えたことでプリムローズは倒れてしまったけど息はしていた。気を失っただけだのようだ。
瑞希が消えると、彼女の操られていた魔物は自身を取り戻したようで人を襲うのは止めて森に戻り始めた。
散々、人を食べたのだ。もうお腹いっぱいで、これ以上襲う必要がないようで生き残った人がいても見向きもしなかった。
こうして瑞希の復讐は終わった。
私はアストラの騎士団に守られながら、アストラに帰還した。真っ先に迎えてくれたのは王弟殿下だった。勝手をした私を怒るだろうなと思ったけど彼はいつもの、子供のような笑顔で「おかえり」と言ってくれた。
「ただいま・・・・・ただいま、エインリッヒ」
ああ、やっと終わったのだ。そう思うと、涙が止まらなかった。急に泣き出した私を彼は黙って抱きしめてくれた。彼の腕の中は私に安心感を与えてくれる。ずっと、この腕の中にいたいとさえ思えるのだ。
†††
ザハロニアは、魔物の瘴気にやられて、住める状況ではなくなってしまった。それに王族は殺され、王家の血が完全に途絶えた。
エヴァン陛下は各国と話し合い、今後の方針を決めるそうだ。
ザハロニアの避難民に関しても各国と手分けして受け入れていることになった。
ちなみに私の両親だけど、あの騒動の中でなんとか生き残ったみたいで今は避難民に紛れてこっそりと生きてるらしい。なかなかにひもじい思いをしているようで、以前とは見る影もないけど助けてやる義理はないので、気づかないフリをしている。
プリムローズは意識は取り戻したけど、以前の記憶を全て失っていたので、教会に預けることにした。
そして私はあの時の騎士の言葉は社交辞令ではなかったようで、魔物討伐専門の騎士団へ勧誘された。
正直、魔物討伐を強制され続けたから迷いはあった。でも、世間知らずの私ができる唯一のことは皮肉なことに魔物討伐だけなのだ。
それに、誰かと一緒に守り合いながら戦ってみたいと思ったのも事実だ。
だから私は騎士団に入ることにした。エインリッヒは渋い顔をしていたけど最終的には受け入れてくれた。
ただし、条件として騎士団の宿舎には入らず、彼の邸から通うことになった。
なかなかに充実した毎日を過ごしている。
誰かに強制ではなく、自分の意思で戦うというのは思いの外、気持ちの良いものだと知った。それに、仲間もできて、訓練はきついけど毎日がとても楽しいのだ。
アストラに来て、あの時、エインリッヒの手を取って良かった。




