第18話 咎人
side .瑞希
死ぬことも許されず、多くの人間の肉体に宿って、その人たちの人生を見てきたし、共に感じてきた。
その中で強くなった絶望と憎しみが私に新たな力を与えた。
そして、それは皮肉なことに犠牲となる聖女の数が多くなるほど強くなっていった。自分が、聖女でも、人でもなくなっていく感覚に恐怖をした時もあった。
でも、それも終わりが見えない苦痛の中で消えていった。
そして、私は完全に力を操れるようになった。その力は魔物を操るものだった。
アストラにあった私の魂の一部を回収し、完全体となった私はまずスタンピードを起こした。
蹂躙されていく。何も知らずに、安穏と暮らしていた連中が。
いい気味だ。
私だって、何も知らずに安穏と暮らしていた。
魔物とはいえ生き物を殺す。命を奪うことへの嫌悪感も、肉を引きちぎられる痛みも、死への恐怖も、何も、何も知らずにただの高校生として、普通の生活を送っていた。
涙を垂れ流し、穴という穴から体液を撒き散らす人間の前に降り立ってみた。
私を見つめるその目には恐怖と絶望が宿っていた。あの時の私と同じだ。
でも、もう何も感じない。
「あはっ。ねぇ、どんな気分?痛い?怖い?死にたくない?どう?体を食われる感触は?どう?ある日突然、日常が壊される気分は?ねぇ?どんな気分?大切な人を奪われていくのは?ねぇ、どんな気分?ねぇ?ねぇ?ねぇ?ねぇ?ねぇ?ねぇ?ねぇ?ねぇ?ねぇ?さっいこうでしょう。あはっ。あははははははははっ」
「・・・・・あ、く、ま」
「はっ。お前らだって同じだろ。私は普通の高校生だった。どこにでもいる、ただの高校生だったのに。またねって、友達と明日の約束をして別れたの。だって、明日が来るのが当たり前の日常を過ごしていたのよ。でも、私は私の意思を無視して、この世界に強制的に連れてこられた。もう、会えない。親にも、友達にも。それでも、お前たちは、私を悪魔と言うの?この世界とは無関係だったのに、戦いとは無縁だったのに、勝手に連れてきて、勝手に聖女にして、戦わせるお前たちを恨んで当然だろ。その私を悪魔だと?お前たちは何様だっ!」
怒りに任せ、近くにいた魔物の口に向けて私は人間を放り投げた。
バキバキっと骨が砕かれ、人間は絶命した。
その姿を私は見て、そして高笑いをした。だって、自分たちのために犠牲になるのは当然だと、偉そうにふんぞり返っている奴らが何もできずに死んでいく様はおかしかったから。
「みんな、死ねばいいのよ」
アストラに行く前に騎士を殺した。一人だけ、生かした。次に教会関係者を殺した。そこでも一人生かした。彼らの口から事態の深刻さを知らせるために。そして、迫り来る恐怖を味合わせるために。
知ったところで、どうせ何もできないのは知っている。だって、ずっと見て来たから。
そう、ずっと見て来たの。ずっと、死ぬことも許されずに。
「次は王家ね」
全ての元凶。あいつらが聖女召喚なんて命じなければ、私はただの、そこら辺にいる有象無象の中で一生を終えられたの。平凡な日常の中で、平凡な幸せを手にして。それを奪った報いを受けさせてやる。
†††
こいつらは、まだ聖女を戦わせようとしているのね。しかも、自分たちが捨てたんじゃない。要らないって。
それに、アストラにいたあの子を使うつもりなら無理よ。だって、彼女の中に入ってしまった私の魂はすでに回収済み。あれもう、ただの人間よ。聖女じゃない。
思い知らせてあげる。
「あはっ、笑える。本当に聖女が助けてくれると思ってるの?自分たちは一度だって助けてはくれなかったのに」
「・・・・・・プリムローズ!?ああ、良かった。戻って来てれたんだね。やはり君は慈悲深い、大聖女」
うるさかったからつい、首を刎ねてしまったわ。大変、一瞬で殺すつもりなかったのに。戻さなきゃ。
私は手をかざして、バカ王子の肉体に流れる時間だけを巻き戻した。すると、首と胴体が繋がり、王子は蘇った。
その様子を一部始終見ていた王は悲鳴をあげ、大声で騎士たちを呼ぶ。自分を守れと命じ、縮こまる姿はまるで芋虫のようだった。
私はバカ王子にしたように手をスライドさせた。すると鋭い風が怒り、集まった騎士たちの首が一斉に飛んだ。
「プ、プリムローズ、きみ、がやったのか?さっき、僕の首を刎ねたのも、君が?」
「私はプリムローズじゃないわ。私は綾瀬瑞希。あんたらの祖先が無理矢理、召喚した初代の聖女。この国のために戦わせ続けられた言わば奴隷のような存在ね」
「奴隷?どういうことだ?あなたが初代聖女?初代聖女はとっくの昔に死んで・・・・もしかして、プリムローズは初代聖女の生まれ変わりなのか?記憶が戻って、混乱して」
「混乱しているのは、お前だよ。バカ王子」
腹を蹴っ飛ばしたら、強くやりすぎたみたいで肋骨を何本か折ってしまった。
肉体を得たのが久しぶりだからかしら?どうも力の制御ができない。
「い、痛い、痛い。痛い、痛い。プリムローズ、早く治しおてくれ」
「たかが骨折で大袈裟ね。私の方が痛かったわ」
この程度の痛みにも耐えられないほど過保護に育てられてきたの?ただのバカな王子のくせに。狡くない。私たちの方が国に貢献しているのに。それなのに虐げられるなんて不公平だわ。そうだ、思い知らせてやりましょう。それが良い。
私が手をかざしたらバカ王子は安心した。治すと思ったのだろう。治すわけないじゃん。
「ぎゃあっ」
「あはっ。どう?最高でしょう」
折った骨を体内で変形させたの。もしかしたら内臓を突き破ってしまったかもしれないわね。でも、大丈夫よ。そうなっても死なせてあげないから。死にそうになったら時間を巻き戻すの。そして、繰り返すの。痛みを。その痛みに慣れたら別の痛みを与えましょう。ああ、なんて、素敵なのかしら。
「こぁら、ダメでしょう」
「ヒィッ、許してくれ。儂は何も知らん。婚約破棄も、そなたを大聖女にしたのも全部、息子がやったことだ。儂は関係ない」
「ああ、違う違う」
王が逃げようとしたので、私は跳躍した。そして、踏みつけるように王の上に着地する。今の私ならオリンピックで金メダルを余裕で取れるわね。
不思議と体が軽いの。これも召喚された時に与えられたチート能力なのか、私が手に入れた魔の力の一つなのか分からないけど。どうでも良いことでもあるしね。
「この体の持ち主の身に起こったことなんて、どうでもいいの。私が今、ここにいることとは無関係なの」
「?そなたは、何故このような暴挙に?願いがあるのなら儂が叶えてやる。儂は王なのだ。儂に叶えられない願いはない。何を願う?」
「お前たちの滅亡」
私の本当の願いはもう叶わないのよ。
だって、あんたらは私を元の世界に戻せない。この世界から魔法は失われた。召喚する技術すらないのに、帰すことができるわけがない。
それに、今更帰ったところで友達も親ももういない。
この世界の時間軸と私の世界の時間軸が同じかは分からない。
仮に戻れて、親も友達もいたとして、それでも私はもう戻れないのよ。
何も知らなかったあの頃にはもう。
だって、たくさん殺したの。
ここに来るまでにたくさん。自分の憎しみに従って、殺し続けたわ。
後悔なんてしない。死んで当然の連中だもの。そして、私の復讐はまだ完成してない。こいつらにも味合わせてやるのよ。私と同じ、終わることのない苦痛と絶望を。
「永遠に等しい時間軸の中で生かしてあげる。絶望と苦痛のまみれた世界で、己れの罪の報いを受けるが良いわ」
「や、やめろ。頼む、止めてくれ」
本当に自分勝手な奴ら。
「私だって何度も言ったわ。止めてって。でも、あなたたちは止めてくれなかったじゃない。苦しかったのよ。痛かったの。怖かったの。私はただ帰りたかっただけだった。お父さんと、お母さんのいる世界に。でも、あなたたちが奪ったのよ。私はもう帰れないの。この絶望にまみれた世界で生きていくしかないの。だって、私はもう、人ですらないのだから。私を人でなくした罪の咎を受けなさい」
私が作り出した世界に二人を閉じ込めた。この中で二人は永遠に味わうことになるの。
この世界が作り出す魔物に殺される恐怖を。
床を彩る血が私を写した。そこに映るのはこの体の本来の姿ではなく、綾瀬瑞希の姿でもない。人の姿をしながら、人でなくなった姿だ。
悪魔がそこに写っていた。
「来ると、思ったわ。元ザハロニアの聖女、ティファーニア」




