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第17話 危機感を失った者たち

「おい、なんだ、あの生き物は」

「動物?」

「あんな動物、見たことねぇよ」

「おい、こっちに来るぞ」

「や、ヤバいんじゃねぇか」

「逃げよう」

「あ、ああ」


彼らは見たことなかったのだ。魔物を。ただ不気味だとしか思わなかった。それがどれだけの脅威になるのか、自分たちにとって危険か否かなど分からなかった。

聖女の結界で守られて、危険に身を晒したことがない弊害なのか、命の危機を察する能力が通常の人間よりも劣っていたのだ。


獲物を見つけた魔物は何倍もの速さで人間との距離を詰めた。そして人間が十人は余裕で入るほどの大きな口を開け、走る人間を放り込んだ。





「ん?なんだ?」

「どうかしたのかい、アンタ」

「地面が揺れてないか?」

「地面が?本当だ。地鳴りじゃないかい?」

「!?」


いつものように農作業をしていた夫婦、その周囲にも同じように作業をしていた者たちが多くいた。

ここは長閑な農村だった。

しかし、そこに大量の黒い群れが突っ込んで来た。逃げる暇も、泣き叫ぶ暇もなく彼らは耕した田畑と共に踏み潰されていった。



†††


side .ウィーラント


「殿下、大変ですっ!ば、化け物が、見たこともない化け物が大量に我が国に侵入、蹂躙しています」

「化け物?何言ってる?」

「多分、魔物です。見たことがないので、その判断はできないのですけど、でも、動物ではないですし、それに結界は大聖女様が解かれてしまったので」

「その為に騎士を派遣して、見張らせていた。それに被害が出るまでになぜ彼らからの報告がない?そもそも、派遣した騎士だけで対処は可能なはず。彼らはどうしたの?まさか、聖女の監視を怠ったように、今回も職務放棄をしたとか言わないよね?」


どうして、こんなにも騎士たちが弛んでいるんだ?

確かに近年、大きな争いもなく平和が続いてはいたけど。だからって他国の騎士に比べて我が国の騎士の質が著しく劣っている気がする。


「そ、それが、恐らくですが、全員殺されたかと」

「なっ!」


かなりの数を動員したんだぞ。それなのに、全滅したというのか?


「恐らくって何?どうして曖昧なの?」

「その死体が一つもなく。代わりに大量の血痕があることから、恐らく全員食べられたのかと」

「あれだけの数を?」

「大量の足跡が残されており、近くの農村ではいくつもの家屋が倒壊しておりました。そこの住民の生存者はおりません。残された痕跡からスタンピードが起こっている可能性があります」

「スタンピードだって」


聞いたことはある。でも、我が国で起こったことはない。だから、そんなものは都市伝説のようなものでしかなかった。


「我が国だけで、対応できると思う?」

「無理だと思います。我が国には魔物と対峙した経験のある騎士がおりません。魔物に対抗する術がないのです。それに近年では争いごともなく、そもそもが戦いを経験した騎士がいないんです。いたとしても、古参で既に隠居されてからかなり経つ者ばかり。今更、現役復帰は難しいかと」

「そう、か・・・・・そうか」


そうなのか。戦いを知らないからこそ、騎士があれほど弛んでいたのか。

だが、他国の騎士は違う。神に選ばれ、聖女に守られた特別な国ではない以上、魔物の脅威は自分たちで退けないといけない。

それが我が国と他国の違い。


「各国に救援要請は?」

「既に出してます。ですが、全て断られました?」

「断られた?どうして?このままでは魔物に蹂躙されるかもしれないんだよ?罪のない民たちが死ぬかもしれないのに、なぜ?」


慈悲の心はないのか?断るなど。

神に選ばれない国だ。我が国と違い、高潔さも純真さもないのは分かってはいたがそこまで冷酷になれるものなのか?


「スタンピードが他国で起こった時、スタンピードでなくても、脅威の魔物が出現した時、他国が我が国に要請した時、我が国がその要請に応えたことはありません」

「それは!」

「ですから、自国のことは自国で何とかしろと」


それができないから要請しているのだ!どうして、こうも理解度が低いのだ。

猿に応援要請をしているわけじゃないんだぞ。だいたいっ!


「断ったのは父上で僕じゃない。今回の応援要請は僕が出した。ならば、応えるべきだろ。僕なら、他国の応援要請があったら断らなかった」

「関係ありません。各国は誰が断ったのかではなく、ザハロニアが断ったと判断しています。実際、それが事実です」


それは屁理屈だろう。自国の利益しか考えられないなんて、神に選ばれないには選ばれないだけの理由があるということか。


「聖女は?ザハロニアに向かっているのか?今、どこにいる?」

「アストラは返還要請には応じられないと。アストラにエルドレット男爵令嬢はいないそうです」

「どういうことだ?あの時、会場から連れ去ったのは間違いなくアストラの王弟殿下だっただろう」

「はい」


アストラが聖女欲しさに嘘をついているのか?あるいは、攫ったはいいが使い物にならなくて、途中で捨てたのか?くそっ!どっちにしても役に立たない女だな。

どうして、こうも僕の足ばかりを引っ張るんだ。


「殿下、失礼します」

「何の用、宰相?今、忙しいんだけど」

「陛下がお呼びです。急ぎ、謁見室にへ」

「・・・・・分かった」


十中八九、聖女の国外追放と大聖女失踪に加えて今回のスタンピードだろうな。

というか、今更聞いて焦っているのか?

どうせ役に立たないのだからいつも通り、遊んでいればいいのに。

面倒臭い。今、陛下の相手をしている暇はないんだよね。だけど、最高権力者である父上に逆らうわけにはいかない。早く、王になりたい。

王になって、この国を正しく導きたい。僕は、享楽に耽るだけの父とは違い、国政に積極的に関わってきたから、僕の方が王に相応しいのは明白

臣下だって僕の方がいいに決まっている。


「お呼びですか、父上」

「お呼びですか、ではない。この愚か者が」

「っ」


父上は持っていたワイングラスを僕に投げつけた。当たりはしなかったけど、中が入っていたせいで僕の服が汚れてしまった。

ここから出たら、すぐに着替えなくては。


「女一人、繋ぎ止めておけぬとは、情けない奴め。それにスタンピードだと?聖女不在の状態でこの局面、どう乗り切るつもりだ?何か策はあるのだろうな?」

「現在、聖女の居場所は分かっています」


アストラにいるか分からないけど


「こちらに向かっているので、すぐに彼女に対処させ、事態を収拾させるので問題ありません」

「できるのだな?」

「はい」


今すべき最善は父上との無駄な会話を終了させることだ。それに、全てが嘘ではない。収拾できるという一点においては嘘ではない。今、手立てがないだけで、すぐに何とかできるはずだ。僕はこの国の王になる。その僕がこの程度の危機を乗り越えられなくてどうする。


だいたい、ザハロニアは他国とは違う。神に選ばれ、守られてきた国だ。その国の王になる僕はまさに神に一番近い存在なんだ。その僕にできないことなんてあるはずがない。


「あはっ、笑える。本当に聖女が助けてくれると思ってるの?自分たちは一度だって助けてはくれなかったのに」

「・・・・・・プリムローズ!?ああ、良かった。戻って来てれたんだね。やはり君は慈悲深い、大聖女」



プリムローズの肉体を奪った瑞希が手をスライドさせた瞬間、ウィーラントの首は胴体から離れ、吹っ飛んでしまった。

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