第15話 聖女の正体
side .エインリッヒ
「どういうことだ、アルセン。昨日の診察では問題なかったんだろう」
「・・・・・はい」
「だったら、どうして目覚めない。彼女の身に何が起こってるんだっ!」
「エインリッヒ、落ち着きなさい」
アルセンを責め立てる俺を止めようとエヴァンが肩に触れてきた。
俺はその手を振り払った。冷静なエヴァンに腹が立ったからだ。
「落ち着けるわけがないだろっ!昨日の夕食まで普通だったんだ。なのに、朝になったら意識不明なんだぞ。これから、どうなるかも分からないのに」
「エインリッヒ」
「くそっ」
聖女は短命。こんなふうに、ある日突然、何の前触れもなく寿命が来るものなのか?
彼女はもう、目覚めてはくれないのだろうか?
神秘的な赤い目が、俺を写すことはないのだろうか?もう、二度と。
「エインリッヒ」
今まで黙って、成り行きを見ていたセレナの静かな声が俺の名前を呼ぶ。それだけで体が強張った。殺気も怒気もない。それでも俺を咎めているのが分かる。
「今、アルセンやエヴァンを責めてもどうしようないだろう。状況が変わるわけではないのだから。こんな時だからこそ冷静に対処しなさい。でなければ、本当に失うことになる」
「っ。わ、分かってるっ!」
分かってる。分かってる。でも、どうすればいい?もし、寿命だったら。
「まだ、何も決まってない。勝手に決めて、絶望するな」
「・・・・・セレナ」
ああ、そうだ。セレナの言う通りだ。まだ、何も決まってない。ということは、まだ希望はある。絶望する時じゃない。
「すまない」
「そうそう、セレナの言う通りだぜ」
「リック!?」
なんでこの男は毎回、窓から入ってくるんだ?というか、ここ二階だよな。いや、こいつに関しては深く考えない方がいい。
それよりもセレナの話だとリックはザハロニアにシアと旅行に行っていたはず。それが戻って来ているということは何かしらの情報を手に入れたということか。
リックは俺の前に闇ギルドの長だった。今は引退しているけど、その影響力は裏社会で未だ絶大。情報収集力だって俺よりもある。ティファーニアを救う手立てを持って帰って来たかもしれない。
「リック、ザハロニアでの旅行はどうだった?かなり楽しめたように見えるけど」
エヴァンはいつも通りの調子でリックに聞く。リックも「ああ、かなり面白かったぜ」と返し、そこに緊張感は欠片もない。多分、普通通りにすることで俺の心に余裕を持たせようとしているのだろう。
感情的になるのは俺の悪い癖だ。かなり前に、セレナにも言われたな。意識して直すようにはしていたんだけど、こういう時に素が出る。
落ち着こう。リックの情報を一つも漏らしてはいけない。どこに、有益な情報があるか分からないのだから。
「聖女選定式というのがザハロニアにはある。身分問わず、必ず教会で一年に一度受ける義務があるそうだ。そして、これが聖女選定式に使われる水晶だ。シア」
「はい」
「粉々だね」
「ああ、粉々だ」
後ろに控えていたシアが布に包んでいた水晶の無惨な姿をテーブルの上に置く。
ここまで粉々になっては、もう使い物にならないだろう。
ただのガラス玉のようにも見えるが、これでどうやって聖女を選ぶんだ?そもそも、聖女って存在自体がよく分からないんだが。
象徴的なものならば兎も角、ザハロニアではそうでない。人ならざる力を持ち、魔を浄化する存在。何で、そんな存在がザハロニアにしかいないんだ?おかしいだろう。ザハロニアにだけ生まれるって。
「・・・・・おい、この水晶に描かれてるのはなんだ?」
「よく、気づいたな。エインリッヒ。これは、魔法陣だ」
「魔法陣?」
「リック、もしかしてこの水晶は魔法石なの?」
「正解だ、セレナ」
魔法石、確か古代の人間が作った代物で今では復元不可能な失われた技術だと言われている。そのことから希少価値が高く、物によっては城一個分、場合によっては国家予算額に相当すると言われている代物だ。
「それと、教会本部に隠し部屋があった。これがそこで見つけた本だ」
「随分と古びた本だな。しかも、かなり埃を被ってる。それに、これは古代語か?」
「ああ」
俺の疑問に首肯したリックは「ここを見てくれ」と本を開いた。そこには水晶に描かれているものとは異なる魔法陣が描かれていた。
「それで?この水晶と、この本にある魔法陣には何の関連性がある?」
これがティファーニアを救う手掛かりになるのか?
アルセンは命に別状はないというが、このまま目覚めるかは不明だと言う。
それに、これが神聖力とやらを使った影響なら体調が急変しないとも言えない。何せ、アストラにとって神聖力も聖女も未知の存在だから。
「アーサーに確認させた」
「あのマッドサイエンティストに?」
「そう、毛嫌いをするな、エインリッヒ。あれでかなり役に立つ。優秀な研究者だからな」
「実力は認める。功績も」
だが、自分の好奇心を満たすためなら殺人だって厭わない。あれには倫理観というものが備わっていないのだ。できれば、関わり合いになりたくない。
「アーサーが言うには水晶には何かを閉じ込める術式が組み込まれており、長い間、何かが閉じ込められていた形跡があった。本に描かれている魔法陣だが、これは教会の地下にも同じものが描かれていた。さすがに床を持って帰るわけにはいかないから、同じものが描かれている本を見つけた時は御の字だったぜ。アーサー曰く、この魔法陣は異なる世界から何かを呼び寄せるものらしい」
「それが聖女だと?」
「俺はそう思ってる」
「だが、ティファーニアは紛れもなくザハロニアの男爵令嬢だ。異なる世界から来たわけじゃない」
そもそも、そんな世界が本当に存在しているのか?子供に聞かせる夢物語を聞いているみたいで、まるで現実味がない。
「俺もエインリッヒと同意見だな。いくら魔法という現在では失われた力を持っていた古代の人間が作ったものでも、こことは異なる世界があるというのはいくら何でも現実味がなさすぎるし、彼女のことはセレナに調べさせた。紛れもなく、彼女はザハロニアの人間だ。不審な点はなかった」
俺に内緒で調べさせていたのか。セレナは何も言っていなかったのに。
「念の為だよ。お前(王族)が傍に置く人間なんだから当然でしょう」とエヴァンは俺の不満を笑顔で押し殺した。この笑顔を向けられてキャーキャー言う女の気持ちがまるで分からない。ただ、薄寒いだけじゃねぇか。
「確かに、信じられない点は多いし、ティファーニアが異なる世界から来たわけではないことも事実。でも、聖女はザハロニアにしかいない。その点に何かあるんじゃないのか?」
「そうそう、俺もそれが言いたかったんだ。さすがは、セレナだな」
嘘つけっ!今、明らかに便乗しただろう。
「・・・・・ミズキ、アヤセ。私じゃない。異なる世界から来たのは、初代聖女」
「ティファーニア!?」
か細い声だったけど、はっきりとした声だった。彼女はアルセンの手を借りて体を起こしていたけど、大丈夫なのか?
アルセンは手首や首に触れ、「無理だけはしないでください」と言っていたから取り敢えず大丈夫なのだろう。
「ティファーニア嬢、さっき言っていた初代聖女と言うのは?」
ティファーニアはさっきまで意識不明だとは思えないほど強い瞳をエヴァンに向けた。
「ご説明させていただきます。私たち、聖女の正体を」




