第14話 分たれた魂を追って
「これで、あなたは貴族ではなくただの平民になります。よろしいですね」
「はい。貴族の生活に未練はありません」
「では、続いてこちらにサインをしてください。こちらは、あなたをアストラ国民にするためのものです。書類に目を通してサインと血判を」
「はい」
エインリッヒ王弟殿下の言葉に甘えて彼の邸で過ごして一週間が過ぎた。
殿下は心配性なのか、必ず朝アルセン医師の診察を受けさせられる。
ここに来てから、神聖力を使っていないせいかザハロニアにいた時よりも体調がいいのに。
ただ、なぜか食欲が落ちている。でも、それはストレスのせいだと思う。
どんなに良くしてもらっても、慣れない環境だから気を張っているのだろう。
早く元気になってここを出て行って、一人で自活できるようにしなくてはと思っていると殿下がヴァイオレット公爵を連れてやって来た。
どうやって手に入れたのか分からないけど、彼女の手には私を貴族でなくす書類やらザハロニア国民でなくすための書類やらがあった。
貴族令嬢が貴族でなくなる場合、親の承諾がいる。公爵の手にはすでに、承諾済みの書類もあった。聖女でなくなった私は要らないということなのだろう。
あんなに、頑張ったのに。あんなに、耐えたのに。全部、全部、全部無だった。
何もかも、無駄だったんだ。なら、私は今まで何のための耐えて来たのだろう。
「これで、お前は自由だな」
沈んでいく私を引き上げるように殿下は言った。
「・・・・・自由」
「ああ、自由だ」
そうか、自由になったんだ。もう、魔物と戦う必要も神聖力を使う必要もない。誰も私を縛られない。私は自由なんだ。
「良かったな」とまるで自分のことのように殿下が笑うから、心が温かくなって涙が流れてきた。
すると殿下が「どうした、どこか痛いのか」と慌てふためく。その姿がおかしくて笑ってしまった。今日は随分と感情が忙しい日だ。でも、悪くない。
それに、まだ自分でも笑ったり、泣いたりできることに驚いたし、それが嬉しかった。
「では、提出して参ります」
「はい。ヴァイオレット公爵、よろしくお願いします」
「頼むな、セレナ」
一礼して公爵は出て行った。これで、本当に貴族でなくなった。お父様、お母様の娘ではなくなったのだ。不思議と、何とも思わない。
聖女になってからほとんど会っていないし、会いに来たとしてもお金を融通しろというものばかりだったから、きっと聖女になったあの時に家族の情もなくなったのだろう。
†††
「・・・・・眠れない」
初めて得た自由ということで気が昂っているのだろうか?
公爵が帰った後、殿下も仕事があるからと部屋を出ていき、私は読書をしながら一日を過ごした。
この国のことやお金の価値観など、私はずっと聖女として普通の生活と隔離されていたから知らないことばかりなのだ。だから、できるだけ早く必要な知識を吸収しようと暇な時は読書をして過ごしている。
夕食はいつも通り、殿下と摂って、その後は少しだけお喋りをした。今日、どんなことをして過ごしたのか殿下はよく聞いてくる。
そんなことを気にかけてくる人はいなかったので、とても新鮮で私ばかり話している気がするのだけど、殿下はなぜかとても楽しそうに私の話を聞いてくれる。
楽しい、この時間がいつまでも続けばいいのにと思うようになった。
だから余計、自分がお父様たちの娘ではなくなったことに未練なんてなかった。でも、今、こうして眠れずに夜を過ごしているということは何かしら思うところがあるからだろうか。
「・・・・・夜風にでも当たってこようかな」
「見つけた」
ベッドに腰掛けた時、閉めていたはずの窓から冷たい風が入って来た。
「・・・・・プリムローズ」
ザハロニアにいるはずの彼女がなぜここに?それに、会場であった時と雰囲気が違う。
「プリムローズ?ああ、この体の名前のこと?それなら眠りについたわ。私は綾瀬瑞希。この国だとミズキ・アヤセと名乗るべきかしらね」
「異国の人?」
どういうこと?体は?眠りについた?
別人が体を乗っ取ったということ?そんなこと可能なの?
「異国?違うわ。そもそもこの世界の人間じゃないわ」
ますます分からない。プリムローズは大聖女になった。つまり、彼女も私と同じように聖女の訓練をして、魔物討伐という流れになるだろう。その過程で問題が生じて、気でも狂ったのか?
「それにしても、まさか魂が半分に分かれるなんて。何百年も人の体に無理やり融合させてきた影響なのかしら。まぁ、肉体自体滅んでいるしどんな影響が出ても不思議ではないということかしら。本当、ふざけたことしてくれる」
プリムローズは何やらブツブツと言いながら私の元へ来た。そして、手をかざす。何をする気だろう?殺意や悪意は感じない。
「返してもらうわよ、私の魂」
「えっ?」
何かを吸い取られている。ヤバいかも。ダメ、力が入らない。意識が遠のいていく。
明日、いつものように殿下と朝食を摂る約束をしていたのに。
このまま倒れたら心配をさせてしまう。
「あは、あはははははは。これで、これでようやくだわ。殺してやる。みんな、みんな、殺してやる。あはははははははっ」
気狂いのようにプリムローズは笑っていた。でも、泣いているように見えた。
実際、泣いていた。彼女の目から幾つもの涙が溢れていた。私は薄れゆく意識の中でずっと見ていた。




