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第13話 聖女の魂

side .綾瀬瑞希


私の名前は綾瀬瑞希あやせ みずき。そこら辺にいる普通の高校生だった。あの日までは。


「瑞希、またねぇ」

「うん、またねぇ」


友達と別れてすぐだった。交差点を渡っていると突然足元が光ったのだ。それは包み込むような優しさもなく、暴力的な光だったと今でも覚えている。


「成功だぁっ!」

「これで我らの繁栄は約束される」

「ああ、もう魔物の脅威に怯えなくて済むんだ」

「魔物に家族も仲間も殺されない。殺されることに怯えなくて済む」

「神よ、感謝します」


「な、何?」


私を取り囲むたくさんの人たちが喜び、神に感謝を捧げていた。

状況を理解できていない私を置いてきぼりに。まるで、そこに私など存在していないかのような奇妙な光景だった。


「さぁ、聖女様。我らの国をお救いください」

「は?」


何を言っているのこの人たちは?国を救えって?私に?いや、無理でしょ。ただの女子高生、ただの一般人に何を期待しているの。っていうか、ここはどこよ?


「さぁ、聖女様」

「さぁ、さぁ」

「ちょっ、触んないでよっ!何なのよ、あんたたちは?ここはどこ?家に帰してっ!」


私の腕を引っ張って、立たせようとする不審者たちは私の当然の要求に困惑していた。まるで、想定外だったようだ。

何のよっ、頭に虫でも湧いてんじゃないの。


「聖女様、聖女様はもう帰れませんよ。あなた様は、聖女様として我々が召喚しましたから」


何を言ってるんだろう、この人たちは。帰れない?召喚?召喚ってあれだよね。ラノベとかであるやつだよね。確かにああいう話しの定番って召喚された国に留まり、王子様と結婚。国民に愛されて幸せになりました、だけどさぁ。


現実問題、ただの高校生に国政が務まるとまじで思ってんの?

「幸せになりました。終わり」じゃないんだよね。問題はその先だよね。

こういう世界って身分が全てでしょう。いくら聖女で、異世界人って言っても要は平民じゃん。平民が王族になるって、それも次期王妃ってそんなのこの国の貴族が許さないでしょう。


だって、最高権力を誰もが欲しがっているのだから。


「聖女様には魔物からこの国を救う義務があります。なので」

「ふざけんなっ!私は聖女様じゃないっ!綾瀬瑞希よ」

「いいえ、あなた様はもう聖女様です。以前お暮らしになっていた場所で使用していた名前は捨ててください。今、この時よりあなたは聖女様なのです」


まるで人の名前を符号みたいに言う。


ああ、そうか。この人たちの私を見る目、この人たちにとって私は同じ人間ではないのだ。”聖女”という生き物。だからこそ、そこに私の意思など必要ないのだ。

そもそも、私に意思があることを認識していないのかもしれない。


どうしよう。どうすれば良い?こんな訳の分からない所で、訳の分からない人たちに囲まれて、私はどうすればいいの?


†††


「っ」


聖女は異界を通って来たせいで奇妙な力を体に宿していた。あいつらはそれを神聖力と呼んでいた。

その力のおかげでただの高校生だった私でも魔物なんて恐ろしい生き物を前にしてもなんとか生き残れた。

その力のせいで私は聖女として生かされ続けることになった。


痛い、痛い、痛い、痛かった。

腕の骨を砕かれたことがあった。体を鋭い牙で貫かれたこともあった。全身の骨を砕かれたことだってある。

でも、死ななかった。死ねなかった。聖女としての力が自動的に働いて、傷を跡形もなく治していったから。


皮肉なことに生きたいという私の生存本能がそうさせているようだった。


でもね、痛かったんだ。どうしてか、誰も理解してはくれなかったけど。傷が治っても痛みは消えない。殺されかけた恐怖は消えてはくれない。

でも、彼らは言うのだ。聖女だから大丈夫だと。聖女になら何をしても許されると思っているのだ。


”聖女様”と崇める奴ら、慕う奴ら、全員くたばれば良いのに。


戦いとは無縁だったのに、無理やり戦わせれて、しかも貴族の傷や怪我を治せとまで言う。私の方が重症なのに、誰も気にもかけない。その上、国民の人気取りとして好きでもない王子と婚姻までさせられた。


「聖女様は、聖女様としての務めを果たしてくだされば結構ですよ。殿下を愛するのも、癒すのも、後継を産むのも全ては由緒正しい血を引く私がしますから」と王子様の本当の婚約者である公爵令嬢様に嘲笑と共に投げかけられた。


こんな国、出て行きたかった。でも、剣を常備した複数人の男が常に私を取り囲んでいた。神聖力は魔物には有効でも、人に対して攻撃力がある訳じゃない。だって、できるのは瘴気の浄化と治癒術。結界は張れるけど、張ってどうするんだって話しだ。


それに、この国のことも、この世界のことも知らないし。ずっとタダ働きだからお金だってない。逃げ出しても餓死する未来があるだけだ。そう思うと、逃げ出すことすらできなかった。


でも、餓死してしまえば良かった。その方がマシだった。少なくとも私は人として死ねたから。


「ああああああああっ!!」


聖女になって何十年も経った。すでに日本で暮らしていた時間よりも、この訳の分からない国で生きていた時間の方が長くなっている。

そして、年齢と共に神聖力の衰えを感じ始めた。ああ、やっと私は聖女から人に戻れるのだと思った。そう、思っていたのに、ある日教皇に呼び出された。


足元に魔法陣が浮かび上がったと思ったら猛烈な痛みが私を襲った。

それは魔物に手足を千切られかけたり、骨を砕かれた時に味わった痛みとは比べものにならないほどの猛烈な痛みだ。

いっそう、一思いに殺してくれとさえ願ってしまった。あんなに、死ぬのが怖くて、死に物狂いでやって来たのに。

その努力を、思いを全て捨て去ってしまうほどの痛みだ。


魂が引き裂かれる。


なぜか、そう思った。思った瞬間に私は、私の体が倒れていくのを第三者目線で見ていた。

目の前に私の死体があるのだ。ならば、今の私はなんだ?

どうして私の抜け殻がある。


「やったぁっ!成功だぁ」

「ああ、これで我が国はずっと救われ続ける」

「これは最早神の御業と言っても過言ではないな」


これからが本当の地獄の始まりだった。

私の魂は肉体から引き剥がされ、水晶に移されたのだ。

それから、たくさんの人間が私の元に訪れてきた。


聖女選定式とクズどもは言っていたが、私の魂に適した肉体を探していただけだ。

そして適した肉体が見つかると無理やり私の魂を人間の体に移した。

一つの肉体に、魂は一つのみ。二つ、それも他人の魂を宿すことなどしてはならないのだ。


だから、魂が引き裂かれていくのだ。

本人の魂も、私の魂も。その影響だろう。私の魂が宿った肉体の寿命はとても早かった。


彼らは何度、聖女の悲鳴を、心を殺して来たのだろうか。そして、殺されていった魂がどうなったのか彼らは気にもしない。それが己の首を絞めていることにも気づきもしない。

愚か者だ。私に凶器を与え続けている、愚か者。


私は集めた。哀れにも聖女に選ばれ、消耗品のように使われ、儚くなったっていった人間の絶望を、憎しみの心を。いつの日か、彼らにも味あわせるために。


「ああ、やっとだ。やっと自由に動ける体を手に入れた」


そして、やって来た。

この肉体の持ち主の心は死んだ。恐怖と痛みに耐えられなかったのだ。

彼女の心は、周りが、本人が思っている以上に脆かったのだ。この程度の絶望に耐えられないほどに。それで聖女に選ばれてしまうとは何とも哀れなことだ。


まぁ、現実が見えていなかった報いでもあるのだろうけど。

でも、被害者であることに変わりはない。だから、彼女が望むのなら私の中で穏やかに寝かせてやろう。肉体は返してやれないけど。少なくとも今は。


「さて、半分に分かれてしまった私の魂を取り戻さなくては。アストラだったな」


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