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第10話 エインリッヒ

「ドレス姿も可愛いが、こういう素朴な格好も良いな」


街を散策するということなので動きやすく、できるだけ目立たない服を王弟殿下は用意してくださった。


ニカッと笑うと八重歯が見えてなんだか年齢よりも幼く見える。不覚にも少しだけ可愛いと思ってしまった。


「殿下、お世辞は言わなくても大丈夫ですよ」

「俺は思ったことしか言わない」

「そう、ですか」


真面目に返されると恥ずかしさが増す。


「殿下も素敵です」

「おうっ」


私を会場から連れ出した時の殿下は大人の男性みたいで頼りになる印象だったけど笑うと幼く見える。見た目もそうだけど、そのギャップが令嬢に人気の理由なのかもしれない。




「おや、殿下、デートかい」

「ついに殿下にも春が来たんだ」

「殿下、美人な彼女さんにどうだ?安くしとくぞ」


馬車から降りた途端、殿下は色んな人に声をかけられていた。


「殿下はよく街に来られるのですか?」

「ああ。エヴァンが街に来るのは問題だからな。それに通る道の確認や護衛の確認だったりと大変になるだろう。でも、だからって王宮に閉じこもってばかりだと市井の様子が分からない。それはそれで怖いからな」


確かに王がちょこちょこ市井に来ては問題だろう。

安全を保証するために、場合によっては店を閉めさせたり貸切にさせたりもするだろうし、護衛計画だって入念に立てなければならなくなる。


でも彼だって王弟だ。現在、王位継承権第一位になる。なのに護衛もなしに出歩いていいの?普通はダメでしょう。


「俺もな、昔、出来損ないだって言われてたんだ」


そう言って殿下は「お揃いだな」と笑った。

王族相手に随分と不敬な人がいたものだ。


「エヴァンは、なんでもできた。勉強も、武術も。勝てるものが一つもなかったんだ。俺の母上は野心が強くて、俺が王になることを望んでいた。それこそ、エヴァンを殺してでも」


確か、二人は異母兄弟だ。エヴァン陛下は正妃の、エインリッヒ王弟殿下は側妃の子だ。殿下の母上は既に亡くなり、殿下は後ろ盾のない王族になったとザハロニアにいた時聞いたことがある。


「俺はエヴァンが大嫌いだった。俺がどんなに頑張ってもできないことをアイツは簡単にやってのけて、まるで『こんな簡単なこともできないのか?』と言われてるみたいで、アイツを見る度にイラついてた」


王宮でのやり取りを見るに、仲が良さそうに見えたから、ちょっと意外だった。


「だから、母上がアイツに何か仕掛けても、なんとも思わなかった。それこそ、死んでしまえばいいとさえ思ってた」

「殿下は王になりたかったのですか?」

「王になれば、アイツに勝てると思った。王になりたいというよりかはアイツに勝ちたかったんだ。子供だろ。平民だったのならその程度で済んだ。でも、俺は王族だから子供だな、ではすまなかった」


殿下はエヴァン陛下や王族という身分に反発して、ウィーラントがしたように当時の婚約者に公衆の面前で婚約破棄宣言をしたそうだ。

しかも相手はヴァイオレット公爵の義妹だという。なかなかに複雑な関係の三人だった。

その三人が今や国の重鎮って、何がどう転んでそうなったのだろうか?人生って本当に分からない。


短い時間でしか接触がないから断言できるわけではなし、何も知らないけどそれでもそんな複雑な過去があるなんて思わせるような関係性には見えなかった。

もしかしたら昔はあったのかもしれないけど、時間が今の関係性を作り上げたのならちょっと羨ましいかも。


私には誰もいないから。


「母上は死に、俺は辺境に送られた。身分剥奪にならなかったのは温情もあるだろうけど、単純に、父上には俺とエヴァンしかいなかったからだろうな」


辺境で、一般騎士として見習いから過ごす日々は主に体力面でかなりしんどかったそうだ。でも、意外なことに精神面では寧ろ王宮にいた頃よりも衛生的だったそうだ。

それで初めて自分が王宮に向かない性格だと分かったと殿下は言う。

それでも彼は王宮に戻って来た。それは、やはり王族としての勤めを果たすためだと。王族だからこそ、良くしてくれた辺境の人たちを救えると思ったからだと。


辺境に行って初めて、平民のことや市井のことを知れたというからきっと殿下には必要なことだったのだろう。


王都だと式典とこかで王族として人前に姿を見せることがあるからエインリッヒの姿は知られているけど辺境だとそうではない。誰も自分を知らない場所で、王族として扱われないことで初めて息ができたと王弟殿下は言う。その気持ちが今の私には少し分かる。


今の私は王弟殿下の連れで、誰も私個人として注目していない。ましてや、聖女として扱われることがない。だから、何をしてもいいんだと思えるとちょっとだけ無敵な気分になる。



「ティファーニアは、肉、大丈夫か?」

話しながら歩いていると殿下は不意に足を止めてそんなことを聞いてきた。


「聖女になってからは、あまり食べていませんので自分でも食べれるか分かりません」

「やはり聖女は精進料理じゃないとダメなのか?普段はどんなものを食ってるんだ?」


聖女の役目として魔物討伐がある。その時点で無殺生を説くことは違うだろう。まぁ、歴代の聖女は討伐ではなく浄化をしていたので殺生にはならなかったのかもしれないけど。そう考えると、私は本当に聖女らしくないと非難されてもある意味仕方がないのかもしれない。

だったら、代わりに魔物を討伐して、私に殺生をさせない気遣いぐらいは見せてくれてもいいと思うけど。


「お肉は贅沢品になるので食事に含まれていないだけです。聖女の心得にもあります。我欲を持ってはならないと」


本当に便利な心得だよねと私はよく心の中で皮肉っていたけど。

だって、死ぬのが怖くて魔物討伐に行けないと泣く子供に神官様が言ったのよ。


”我欲を持ってはならない”と。”命ある限り、弱者救済に努むべし”そして”常に正道を歩め”と。


命を惜しむことは我欲になるらしい。

弱者救済と言うけど、年端も行かない子供は聖女になった瞬間に弱者ではなくなるそうだ。例え、武器を持たない幼子であっても。剣を腰に下げた騎士だっているのに、彼らは人を守るための存在であって魔物討伐のために存在しているわけではない。したがって、魔物討伐に対して騎士は聖女に守られる弱者になる。


子供に守られる騎士なんて、恥ずかしくないのかと思うけど、彼らはそれが当然として生きて来たのだろう。だから恥ずかしげもなく子供一人に戦わせるのだ。


死を恐れず、人々を守るために戦い続けることが正道だと言うのなら自分たちがやればいいのにね。正道ならば、他の人たちも喜んで進むべきだと私は思うよ。


ザハロニアの人たちは何かにつけて聖女の心得を持ち出す。きっと使い勝手がいいのだろう。


「普段は、粗食です。もしくは具のないスープとパンになります」


ピキリッと何か不穏な音がしたような気がするけど気のせいだろう。


「・・・・・そうか。三食ともか?」

「食事内容は同じです。ついでに言うと聖女の食事は朝と夜の二食です。しかし、働かざる者食うべからずということで私が聖女の仕事を怠れば、一食になることもあります」

「怠ったのか?」

「ご存知でしょうけど、私は歴代のどの聖女よりも神聖力が少ないのです。魔物討伐後に結界を張るのですが、場合によっては使い切ってしまうのです」


致命傷は治癒術を使わなければならないからね。


「しかし、聖女の仕事は魔物の脅威から国を守ることだけではありません。教会に怪我人や病人が聖女を頼って来ます。でも、その時に神聖力が残っていなければお断りせざるを得ません。それを怠ってと言われたらそうなのかもしれません」


それでよくヤジを飛ばされたわね。彼らにとって神聖力での治療は当たり前だから。


「サボりではなく、魔物討伐の影響ならば仕方のないことではないのか?」

「いいえ。普通の人はそうでも、聖女は違います。命ある限り、弱者救済に努めなければなりませんので」

「・・・・・そうか。でも、この国に聖女は必要ないから」


お前なんて要らないと解釈できる言葉でもあるけど、そうじゃない。寧ろ、そうであったとしても私の心は絶望どころか安心していた。

自分が聖女に向いていない性格だとは薄々分かっていたけど、思っていた以上に誰かに求められる生活に疲れていたようだ。


「ほら、肉。美味いぞ。俺のお気に入りなんだ」


そう言って王弟殿下は串に刺さったお肉を差し出してきた。どうやって食べるのか分からず、持ったまま殿下を観察してみると何と肉にかぶりついていた。口周りにタレがつくことも気にせず。王族がするような食べ方ではない。

もちろん、男爵令嬢の身分を持っていた私がする食べ方でもない。


でも、ここはザハロニアで、今の私は聖女という身分も男爵令嬢という身分も捨てた身だ。なので、殿下を真似てかぶりついてみた。


「なっ、美味いだろ」

「はいっ!」


初めて食事が美味しいのだと思った。

それからは、殿下と色んな物を見て回った。お買い物なんて初めてだから何をどうすればいいのか分からなかったし、何でも買い与えようとする殿下を止めるのは大変だったけど、とても充実した日だった。


「また来ような」と笑う殿下に、またが来ればいいのにと思わず思ってしまうほどには。

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母国の騎士たちが信じられない。騎士じゃないだろ、それ。
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