明日を待ち侘びて
俺は家に戻り、大きくため息をついた。
結局、半日飲み物しか口にしておらず、何も食べていない。
だが、不思議と腹はまったく空いていなかった。
色々ありすぎて、それだけで心も頭もいっぱいになってしまい、身体が空腹を忘れているようだった。
俺はソファーに倒れ込むように座り、もう一度ため息をつく。
「お二人が無事でよかったです」
最後に、わざわざ俺と十和一絵を呼び止め、そう言ってきた眞光の言葉が蘇る。
事故現場に近い場所に居合わせた俺たちを気遣って、という体で、もし精神的につらくなるようならとカウンセラーの紹介までしてきた。
だが、なぜ俺と十和一絵だけなのか。
確かに、事故現場に一番近かったと言えばそうなのだろうが、それだけではない何かを感じる。
それに、やたらと事故のことを聞いてきた。
なぜ、あのタイミングで、あの場所に行ったのか。
たまたまとしか言いようがないのに、なぜそこまで気にするのか。
そして……俺が事故の被害者となった「記憶」は、いったい何なのか。
視線を本棚へ向ける。
そこに並んでいる、時雨結の『11:11:11 廻る世界』。
俺はテーブルに置いてあったタブレットを手に取り、今日の事故について検索した。
高速道路での事故は、大型トレーラーがハイドロプレーニング現象を起こしてスリップ、横転し、道路を塞いだことが発端らしい。
そこへ次々と後続車が追突した。
あの赤いキッチンカーは、前方にいたのがスポーツカータイプの車高の低い車だったため、単なる追突ではなく乗り上げる形になった。
その状態で、背後から大型車両が衝突したことで宙に浮き上がり、高速道路の壁の一部を破壊して美術館内へ落下したようだ。
死者は、大型トレーラーの運転手。それに加え、玉突き事故の中ほどにいた乗用車の運転手と同乗者三名、合計四名が増えていた。
ネットでは、悲惨な事故であることに加え、夏のバカンスを楽しんでいた観光バス二台を襲った悲劇としても騒がれている。
SNSも確認してみる。
四季館のことよりも、やはり高速道路での玉突き事故のほうが圧倒的に話題になっていた。
「四季館」で検索しても、高速道路事故を語る際に、ついでのように触れられているだけだ。
ふと思い立ち、インスタグラムで「四季館」と検索してみた。
だが、美術館で見かけた、あの二人組の写真は見つからなかった。
それでも……
「11:11:11の呪い」という文字は、しっかりとトレンド入りしている。
11月11日生まれの人間が、7月11日の11時11分11秒に亡くなる。
さらに、その場に居合わせた11日生まれの人間も巻き込まれる……そんな話だ。
ネット民の厄介なところは、被害者の個人情報を、半ば勝手に掘り起こして拡散していくところだ。
だが、そのおかげで、キッチンカーを運転していた人物についても少し分かった。
田中 稔。34歳。
海外を旅する中で出会ったキューバサンドの美味しさに魅せられ、キッチンカーでの販売を始めたらしい。
屋号は【One One Cubano】。
無事だった頃のキッチンカーの写真を見た瞬間、俺は背筋が冷たくなる。
ナンバープレート。
【品川 110 11−11】
11:11:11の呪い?
俺は顔を横に振る。
馬鹿馬鹿しい。
立ち上がり、冷蔵庫へ向かう。
中からビールの缶を一本取り出し、プルトップを開ける。
冷蔵庫の前で、そのままあおった。
だが、ちっともスッキリはしなかった。
ビールを持ったままリビングに戻り、ソファーに座るが落ち着けない。
つい視線は本棚にある時雨結の本へ向いてしまうが、自分を律して視線を逸らし、テレビ画面に向ける。
何も映していないので、画面に映るのはぼんやりとした自分の姿。
一人で動揺した情けない自分の姿が嫌で、リモコンを取り、テレビをつける。
映ったのはヘリからの映像のようで、十台のさまざまな車がもつれるように固まっている光景だった。
ちらりとブルーシートが貼られた四季館の方も映るが、突っ込んだキッチンカーは外からは見えないため、映像的に地味だと思ったのだろう。
ヒステリックなレポーターの声と上空からの高速道路の映像。
反対車線を通行した人が撮した映像と、事故現場近くの住民のコメントを繰り返し流しているだけだ。
眞光は世間の声を感情的なものにしたくないとは言っていたが、世間は勝手に騒いでいる。
彼としては、世間の視点が、彼の依頼主であるトカズコーポレーションが関わったイベントの方ではなく、高速道路の事故の方に集中しているので、良かったと思っているのかもしれない。
これからどうなるのか? 明日は……。
そこまで考えて、俺はビールをまたあおり、飲み切る。
缶を潰してキッチンに戻る。
そして冷蔵庫からもう一本ビールを取り出す。
飲んでも気持ちが冴えているせいか、全く酔えない。
何本かのビールを飲んだところで意識が飛ぶ。
映像でいうところの暗転……。
そして目を開けると、自分のベッドの上だった。
窓の外からは激しい雨と風の音。
通り過ぎたはずの台風が、そこにいた。




