表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二つの刻の中で…  作者: 白い黒猫
一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/7

よく創作の世界である状況

 ハァ、ハァ。

 ベッドから飛び起き、荒い呼吸を繰り返す。

 窓の外から、激しくガラスを叩きつけるような雨音が聞こえてくる。


「……夢?」


 俺は、サイドテーブルの上にあるAIアシスタントのディスプレイに目を向けた。


【7/11 07:11】


 今日の日付を強調するかのような数字に、思わず顔をしかめる。

 今日はイベントでトークショーをしなければならない日だ。

 自分自身にとっても、我が社にとっても忌々しい日。


 大きくため息をつく。

 俺はこうして生きている。

 だから、やるべきことをやらないといけない。


 気合を入れてベッドから出る。

 コーヒーマシンにカートリッジを入れ、濃いめのコーヒーを淹れて流し込む。

 カフェインを身体に入れたことで、少し気持ちが上向いた気がした。

 昨日買っておいた、スーパーの値下げシールが貼られたパンを齧りながらテレビをつけ、台風情報を見る。

 これだけ激しい雨と風だが、台風の中心はすでに抜けており、午後には晴れるとされていた。


 人前に出る仕事だ。

 洗面所へ行き、顔を洗い、歯を磨く。

 髭を整え、髪に櫛を入れる。

 おっさんなりに、少しはマシに見えるようになった気はした。


 八時を過ぎたあたりで、スマホが鳴る。

 イベント会社のコーディネーター、十和(トワ)一絵(カズエ)からだ。

 ショートヘアで、くりっとした瞳の可愛い二十代の女の子。

 ハキハキしていて気が利き、仕事もできる女性だ。


 つい、おじさんである俺は【ちゃん】付けで呼び、娘のように接してしまう。

 ……娘が生きていたら、こんなふうになっていただろうか。

 そんな馬鹿なことまで考えてしまう。


『舞原監督、おはようございます! 本日はよろしくお願いします』


 彼女らしい元気な挨拶。

 だが、俺の背筋にゾッと寒気が走る。


『九時頃にお迎えのタクシーをそちらに向かわせる予定です。ただ、こんな天気ですので、少し遅れるかもしれません』


 続く言葉に、さらに恐怖が込み上げてくる。

 今朝見た夢と、まったく同じ言葉。


 いや、もともとそういう予定だったのだから、夢と同じでもおかしくはないはずだ。

 そう、自分に言い聞かせる。


「まあ、イベントは午後からだし、午前中は打ち合わせだけだから問題ないよ。

 十和ちゃんは大丈夫? こんな台風の中、移動は危なくない?」


 ……何で俺まで、夢と同じ言葉を返しているんだ。

 自分自身が怖くなる。


『大丈夫ですよ! なんとスポンサーさんが心配してくださったみたいで、私もタクシー出動なんです』


 十和一絵は、俺の淡い期待を打ち砕くように、夢と同じ返答をしてきた。


「そりゃよかった。今日、電車もかなり遅れているらしいから」


 これはドラマか何かで、俺も台詞を喋らされているのか。

 そう思いながら、俺は大きく溜息を吐く。


『じゃあ、現地でお待ちしています』


 通話はそれで終わった。


 ……ちょっと待て。

 これはどういう状況だ?

 創作でよくある、ループものの始まりそのものじゃないか。


 脳裏に、一冊の本のタイトルが浮かぶ。

 時雨結というラノベ作家が描いた

【11:11:11 ~廻る世界~】。


 11月11日生まれの人物が、7月11日の11時11分11秒に事故に遭い、永遠に同じ日に閉じ込められる男の物語。

 その執筆に協力した、俺の友人・時田は、7月11日の11時11分11秒に事故に遭い、亡くなった。

 俺は苦笑して、頭を横に振る。

 スーツの上着を手に取り、玄関の棚の上にある妻と娘の写真に挨拶してから家を出て、マンションのエントランスへ向かった。

 タクシーは、十時を少し過ぎた頃、七星四季館という美術館に到着する。



挿絵(By みてみん)



「舞原監督! お待ちしておりました」


 タクシーを降り、ロビーに入ったところで、笑顔で駆け寄ってくる十和一絵の姿が見えた。


「一足先に会場を見てきましたが、なかなか内容も濃くて素敵でしたよ」


 俺は手を上げ、笑顔だけ返す。言葉が出なかったから。

 関係者タグを受け取りながら、心の中で祈る。

(頼むから、これ以上、記憶と同じ言葉を言わないでくれ)

 美術館といえば人で賑わうものだが、台風の影響か、人はまばらだった。

 ここも、夢と同じ。


「やっぱりこの天気だから、人いないな」


 あえて違う言葉を口にしてみる。

 正面から来た二人組の女性とすれ違う。

 ロングヘアの小柄な女性と、ショートボブの長身の女性。

 仲良さそうに手を繋いでいる。

 ……夢に、いたか? いや、確かにいた気がする。


「トークショーのチケットは完売ですし、大丈夫です!

 午後からは晴れそうですし、今日、イベントで監督のお話を聞けるの、楽しみにしています!」


 少し言い回しを変えた程度では、やはり変わらないらしい。

 十和一絵は、同じような言葉を返してくる。


「頑張らないとね」


 俺は、短くそう返した。


 関係者として何度か訪れた展示会

【ANIMATIO : Frames of Life】。


 俺が所属するアニメーション制作会社Decim Animation Studioの十周年記念イベントだ。


 会場奥の関係者エリアにある応接室で、広報部の橘を交えて今日の打ち合わせを行う。

 タイムスケジュールや、トークショーで話す内容の確認。

 声優の(ウシロ)継音(ツグネ)が司会進行を務め、対話形式の予定だ。

 後さんは、この雨で遅れているらしい。


 ……これも夢と同じ。


 打ち合わせが一段落したところで、十和一絵が俺に笑いかけてくる。


『展示室、午前中に見ておきますか?』


 記憶どおり、十和一絵が誘ってくる。

 俺は苦笑して、首を横に振った。


「橘。後さんが来てから相談しようと思ってたんだが……

 トークショーで、時田のことや月代(ツキシロ)(レイ)さん、(ソラ)(タマキ)さんの話題にも触れるべきかな?」


 案の定、橘は顔を顰める。

 三人の連続死は、会社としても話題にし難いタブーなもの。

 天環は原作者、時田は脚本家、月代は声優。

 全員、我が社の作品に関わっていたクリエイターで、三人とも7月11日に亡くなっている。

 天環は2028年、月代は2029年、時田は昨年の2030年。

 三年連続、同じ日に関係者が亡くなる……さすがに異常だ。


「まあ、時ちゃんの追悼コーナーもあるし、完全に無視は難しいな。

 後ちゃんはフォルトナ役を引き継いだ時、色々苦労してたみたいだし……

 後ちゃんの話も聞いてから決めよう」


 営業畑の人間の得意な必殺技“後送り”。

 橘は他に挨拶があると言って、その場を離れた。


 ……多分、この話し合いは行われない。


 そんな予感を抱きながら、俺は溜息をつき、手元の空の紙コップを握り潰した。


 壁の時計を見る。

 10時46分。


「コーヒー、お代わりいかがですか?」


 十和一絵がそう声をかけてくる。

 記憶と少し違う展開だ。


「あ、悪い。コップ潰しちゃった」


 フフ。

 十和一絵が笑う。


「さっき飲んだのと違って、今見ると淹れたてがあるんですよ。

 新しいコップで飲みましょう!

 私、緊張で寝不足なので、カフェイン注入したいんです。付き合ってください!」


 その言い方に、思わず笑ってしまう。


「喜んでご相伴させてもらうよ」


 彼女は笑顔で、コーヒーサーバーの棚へ向かい、二杯分注いで戻ってきた。


 あの壁に近づくのが怖い。

 つい、ダラダラしてしまう。


 壁の時計を見る。

 11時05分。


 恐怖と同時に、あることに気づく。

 もし、あの部屋に人がいたら……危なくないか?


 俺はコップのコーヒーを一気に飲み干し、立ち上がった。


「少し展示会場を見てくる」


 そう声をかけ、応接室を出る。


 本当は、ここに残っていてほしいが、十和一絵はついてくる。

 彼女は俺のアテンド役だから。

 一人でのんびりコーヒーを飲むわけにもいかない。


 緊張で重くなった足を動かし、展示会場へ向かう。


 台風の中でも来場者はいて、皆オーディオコメントを聞きながら展示に見入っている。

 入口付近は人気作品のコーナーで人が溜まり、奥へ行くほど人は少ない。


 時計を見る。

 11時09分。


 時田の追悼コーナーの一つ手前のゾーンに、女の子が二人いるだけだった。

 追悼コーナーの反対側の壁に設置されたディスプレイ動画を、熱心に見つめている。


 ドキドキしながら、追悼コーナーを覗く。

 ……誰もいない。


 俺はほっとして、コーナーには入らず、入口から時田の写真を眺めた。


 立ち止まった俺を、十和一絵が不思議そうに見上げてくる。

 曖昧な笑みを返し、腕時計に視線を落とす。


 11時10分40秒。


 俺は、壁を見つめる。


 ――来るな。


 ガシャァァァアアーン!


 壁の向こうから、破壊音。


 咄嗟に、隣にいる十和一絵を抱き寄せ、エリアから引き離す。


 ドゴォォォォン!


 爆発するような音とともに、赤い車が壁を突き破って飛び込んできた。


「危ない! 入口の方へ!」


 俺は十和一絵を庇いながら移動し、部屋にいた女性たちにも声をかける。

 何が起こったのか分からない様子だが、ただ事ではないと察したのだろう。

 彼女たちは入口へ向かおうとする。


 その瞬間、こちらの部屋の壁にも鈍く大きな衝撃が走り、床が震えた。

 衝撃と音で、女の子たちは座り込んでしまう。


 幸い、間の壁は思ったより丈夫だったらしく、こちらまでは突き破られなかった。


 腕の中で、十和一絵が震えている。


「あの子たちを避難させて!」


 俺の声に、十和一絵はハッとしたように頷き、彼女たちの元へ駆け寄った。


「怪我はありませんか?」


 立ち上がるのを手伝う姿を横目に、俺はそっと追悼コーナーへ戻る。


 赤いキッチンカーらしき車が、壁に激突して止まっていた。

 運転席は完全に潰れ、中の人間が生きているとは、とても思えない。


 運転席だった場所から、赤い液体が垂れている。


「何があったんだ!」


 橘が駆けつけてくる。


「車が突っ込んできた! 救急車を呼べ!」


 俺は叫び、指示を出す。


「危険です! 戻ってください!」


 そして、何が起こったのか見に来ようとする来場客たちに、声をかけ押し戻した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ