カラオケボックスに行こう
上司らはまだ色々仕事があるのだろうが、私は四時には帰宅を命じられる。
関係者出口から一旦出てから、表に回りロビー入口へと向かうと、柱の所にもたれた土岐野がいた。そこにいる別の人と身体が重なった状態で。
私に気がついて、土岐野は笑顔を見せ手を振ってくる。
「お疲れ様」
そして私が近づくと、スマホを耳に当て、そう挨拶してくる。
「お疲れ様です。今日はどうされますか?」
私もスマホを耳に当て、並んで歩きだす。
試しに身体に少し触れようとしたが、なんの感触もなく、私の手もすり抜けていくだけだった。
こんなに隣にいて存在感があるのに、触れないというのが不思議だ。
「カラオケボックス行こうか!」
「カラオケですか?」
取り合えずLINEのアドレスを交換し、カラオケボックスにバラバラで向かうことにした。
微妙に電車の時間とかが異なるため、一緒に行けないからだ。
指定されたカラオケボックスに行くと、11番ボックスに案内される。
すると中に、もう土岐野は待っていた。
こうしてみると、本当にそこにいるようだ。
「ここは、ルーパー同士の相談の場に最適なんだ。
なぜかどの年でも一日空いているし、カラオケボックスだと周りを気にせず話せるから。
喉乾いたよね? 飲み物とか頼んでから話そう」
思わず土岐野の分までドリンクを頼もうとして笑われる。
店員がドリンクを置いて部屋を出てから、改めて向き合った。
「改めまして。本を読んだのなら、もう基本的な現象のルールは理解していると見ていいのかな?
俺は土岐野廻で、2019年に事故に巻き込まれて、ずっとループ世界にいる」
2019年という数字を改めて聞いて、この現象の恐ろしさを感じ、ゾッとする。
「私は十和一絵で、2031年7月11日に事故にあって、七日目です。
あの、他の皆さんは? 仲間のルーパーさん、いるんですよね?」
私は部屋を見渡す。
「いるけど、突然大勢で囲んでしまうと君も困るだろ?
俺が代表で動くことにしたんだ。それに君がどう過ごしたいかという希望もあるだろうから」
そう言って、土岐野はアイスコーヒーを飲む。
不思議だ。土岐野のコーヒーなんてテーブルになかったのに、土岐野が持つと現れる。
「どう過ごしたいとは?」
土岐野は少し考える。
「連むのはチョットとか、自由に過ごしたいのよ! とか。
一昨年の天環さんとかそんな感じで、時々挨拶程度に現れるけど、食べ歩きとか小旅行とか気ままに過ごしている」
「はぁ」
こんな世界で気ままに過ごすなんて、さすが作家の天環さんは大物である。
「たいていの人は、協力してループ現象の解明をして、脱出方法を探っている感じかな?」
この状況、一人ではどうしようもない。この七日間で身に染みた。
仲間が出来るという事は、心強いとしか言いようがない。
そう思いながら聴いていると、土岐野が私の顔をジッと見つめているのを感じた。
その真剣な表情にドキリとする。
「あの、何か?」
土岐野はニコリと笑みを浮かべ、首を横に振る。
「君はどの程度、ループから解放されたい?」
おかしな事を聞いてくるなと、この時は思った。
「そりゃ、人生まだまだやり残した事だらけですもの! 戻りたいですよ!
だから皆さんと一緒に解明作業して脱出したいです」
私は背筋を伸ばし、そう言い切る!
もしかして意欲不足に思われたのかもしれない。
そう思い、就活の面接で鍛えた“頑張りますよ! 良い仲間になれますよ”と意欲の満ちた表情を作り見せることにする。
そんな私に、土岐野は吹き出す。
「十和さんは元気で良い子なんだね」
少し恥ずかしくなり、下を向く。
「まぁ、元気だけば取り柄ですので」
土岐野は少し笑みを弱める。
「皆も君のような可愛い子、大歓迎で喜んで迎えてくれると思うよ。
……ただ……最初に君に話しておきたい事があるんだ」
私は真剣な話が来そうだと、姿勢を正す。
「実は君は、かなりイレギュラーな形でルーパーになっているんだ」
「イレギュラーですか?」
私は首を傾げる。
「実はね、ループ世界内は変わらず同じ日だから分かりにくいと思うけど……
ループ現象を引き起こした事故が起こってから、ループした日数と同じだけ、外の世界では日数が経過しているんだ」
そこまでわかる? という感じで視線を向けるので、私は頷く。
「つまりは、今、外の世界では2031年7月18日という事ですよね?」
頭の中でループした回数で計算した日時を答える。
しかし土岐野は首を横に振る。
「2031年11月18日なんだ」
「へ? なんで?!」
そう言ってから、ハッとした表情を見せる土岐野。
「そうか……11月11日だからもあったのか」
私の誕生日だから何なのだろうか?
「君は現実世界で事故にあってルーパーになったのではなくて、
ルーパー世界の事故でルーパーになったんだ。
だから、そのようになっているんだ」
何かどうでそのようになっているというのだろうか?
私は首を傾げる。
「あの、どういう経路であれ、同じループ世界に入ってきたのはわかりました。
それに何か問題があるんですか?
何故そんなことに?」
「今年、既に別の核ルーパーが存在していたんだ。
そこで君がイレギュラーな事故を起こしたから、その人物はコチラから消えて、君が代わりにやってきた」
「消えた人はどうなったんですか?」
もしかして知らないうちに、とんでもない事をしてしまったのではないかと怖くなる。
「代わりに現実世界に戻った」
私はホッとする。
そして気がつく。脱出方法、あるってことでは? と。
「あれ? という事は、元に戻れるのですか?」
土岐野は静かな表情で頷く。
私は喜びと同時に、大きな疑問を抱く。
ならば何故、土岐野を始めとするルーパーは戻らず、この世界に居続けているのか?
「あれ、皆さんはどうして……」
「その方法を俺達が実行するには、必要な二つの要件どちらも満たせないから」
私の言葉に、土岐野は穏やかな表情でそう答える。
「一つは、自分の次のルーパーが発生していない段階でしか行えない事」
私は頷く。
四カ月は知らない内に消費されたとはいえ、私にはまだ八カ月弱は猶予があるということになる。
「もう一つは、代わりのループの核になり得る人を、
ループ現象を引き起こす事になった事故の被害者になってもらうこと」
私の思考がフリーズする。
今なんて言った? どういう事?
「……………………………つまり……私は誰かに………押しつけられたの?」
土岐野は困ったような顔で、首を横に振る。
「彼女の名誉の為に言っておくが、その人物は何もしていないよ。
俺とこのカラオケボックスで話をしている時に、それが起こったから。
ひどく動揺もしてた」
「じ……じゃぁ、なんで……」
土岐野は悩むような顔をする。
「この現象には、どうも“揺らぎ”というモノが時々現れるようだ。
もともと該当者を“11”という数字の場所に引きつけようとする、妙な力がはたらいている。ループ世界においては特に。
該当場所に複数の核ルーパー候補がいると、時たま入れ替え現象が起きてしまう」
私は座っているのに、目眩を感じた。
この話をどうー受け止めれば良い?
なんで私はここにいるのだろう?
どうすれば良いのだろう?
私には何もわからなかった。




