第99話 俺は安城可愛い大学 推し活学科 恵梨香専攻に入学したい
昼休み。
「ゆ〜ういち〜、もうすぐ中間テストだね〜」
聖はひょこっと俺の席に身を乗り出してきた。まるでテストなんて余裕だと言わんばかりの笑顔。
「もう中間テストかぁ……この前入学式だったのに」
俺は頬杖をつきながら、めんどくさそうに呟いた。
「そういえば、聖って、頭良かったっけ?中学の時、俺の"次"に賢かったもんな??」
俺は少し嫌味っぽく聖をからかった。聖のムスッとした顔が見たかったのだ。
「なんかトゲがある言い方だね?まぁ授業も真面目に聞いてるし、ゆういちと違ってさ」
こいつトゲのある言い方でやり返してきやがった。
「味覚は壊滅的なのにな」
「ちょ、今味覚は関係ないでしょ!!」
ぷんすか怒って手を振り回す聖。口はへの字、でも耳まで真っ赤で全然怖くない。むしろ可愛いまである。
「……で、ゆういちはどうなの?高校の勉強は?中学時代めっちゃ勉強してたじゃん?」
「――非常にまずいな。中学の頃はそれなりにやってたが、高校入ってからはサッパリだ。」
「ええ〜、どうして?」
「最近は授業よりも、大切なことを考えてるからな?」
(そう……推しについてな?)
俺は、これまでにないほど凛とした眼差しで聖を見つめた。
そして俺の“心の声”は、しっかりと彼女に届いていた。
(授業に集中しなさいよ。ばか)
ピシィッ……!
見えない氷の槍が俺の背中を貫いた気がした。もちろん、俺は気づかない。
「そういえば、ゆういちってさ、進路とか考えてるの?」
「進路?何言ってんだよ?まだ高一だぞ?考えてないが………まあ、多分進学かな?」
「へ〜、じゃあ学部とかは〜?」
なんだこの妙な詰問モードはそんなに俺の進路が気になるのだろうか?ぐいぐい来る聖にたじたじになりながらも、俺は曖昧に首を振る。
「いや、まだ……具体的な事は決めて……」
その瞬間、脳内に電流が走る。
(……は!?いや、待てよ?大学って、自分の興味を追求する“モラトリアム”なんだろ?なら、俺の興味はもう決まってるじゃないか……)
(そう、“心の女神”――恵梨香についてだ!)
ドテッ。
隣から椅子が軋む音。振り返ると、金髪オッドアイのクールビューティーが、やや姿勢を崩しかけていた。
「お、おい、大丈夫か? えり……安城?」
「……ええ。大丈夫よ」
(でたでた。神田ゆういちの意味不明な妄想。また私のこと研究対象とか言ってるし。……ほんっとばっかじゃないの?)
(ていうか、今、普通に“恵梨香”呼びしそうになってたわよね!?)
そして、俺の妄想という名の“心の声”はまだ止まらない。
(よし……俺、進路決めたぞ? 安城可愛い大学・推し活専攻・恵梨香ちゃん学科だ!!)
……自分で言ってて死にたくなるレベルだ。
もしこれを安城に聞かれてたら、もう潔く、そこの窓から飛び出して次元の彼方へ旅立つしか――
(さて、窓でも開けようかしら)
ページをめくる無表情な安城の横顔が、ふと、かすかに微笑んだように見えた。
チラッと見ると、まるで俺の人生に一ミリの関心もなさそうに読書を続けている。
(いや、普通に気のせいだった)
「お〜い!ゆういち、帰ってこ〜い」
聖は俺を脳内妄想会議から現実に引き戻してくれたいつもの調子で俺の目の前で手をパタパタと振っている。
「あっ、すまねぇ……ちょっと考えごとしてた」
「めちゃくちゃ真剣な顔だったけど、テストそんなにヤバいの?」
「テストっていうか……むしろテストより大事というか……学びたいことがあるっていうか……」
言いかけて、俺は気づいた。ピキーン!と脳内に電流走る!
(待てよ……放課後、みんなで勉強会すればいいんじゃね!?
しかも、安城も一緒なら、“推しの事”も“成績”も両方アップだ。一石二鳥ってやつだ)
俺は天才なんじゃないかと思いながら、聖に満面の笑みで提案する。
「なぁ……今日から部活休みだしさ。放課後、みんなで勉強会しないか?」
「おっ!いいねそれ!!ゆういち、ナイスぅ!」
即答OKしてくれるあたり、さすが親友だぜ。
そして俺は迷う事なく、一番前の席でポツンとしてた蜂須賀にも声をかける。
「蜂須賀〜!今日うちで勉強会やるんだけど、一緒にどうだ?」
「あわわわ……ご迷惑じゃなければ……ぜひ……っ」
驚きつつも、どこか嬉しそうにしてくれた蜂須賀。うん、後で何か買ってあげよう。
――あとは、最重要任務。
この勉強会に、俺の“推し”・安城恵梨香をどうやって呼び込むか。
(推しはスイーツ好き。そして妹・姫花も好き……!
姫花を巻き込み、“スイーツ買いすぎちゃった感じ”で誘えば……!)
俺はゴクリと唾を飲み込み、さりげなく切り出す。
「安城も勉強会どうかな?あ、そういやチーズケーキ大量に買っちゃっててさ。
よかったら……その……一緒に勉強しないか?姫花も喜ぶと思うし……」
すると、クールビューティーからの冷ややかな一言。
「私、チーズ苦手なのよ」
……え?
推しの苦手な食べ物すら知らなかった自分を本気でグーで殴りたい。それでも俺は諦めきれなかった。
「おっと〜〜間違えた!ショートケーキだったわ!買いすぎたの。安城がチーズケーキ嫌いなのもちろん知ってたし!」
「いや、どんな間違いだよ?」
聖の辛辣なツッコミが脳天を直撃する。
(ちくしょう……もうダメだ……この作戦、失敗か……?)
だが――そのとき。
「ふふっ、お邪魔するわ」
そう言って、なぜか微笑んだ女神。その微笑みを写真でおさめ、額縁に入れて部屋に飾りたいほど可愛いらしかった。
(え?嘘?マジ?……マジで来てくれるの!? )
俺は机の下で拳を握りしめ、静かにガッツポーズを決めた。
(……本当どれだけ私に来てほしいのよ?全部聞こえてるのよ?
でも……スイーツなんかなくても、私は……)
安城は一瞬、何かを思い出したような顔をして、また読書に戻った。
そして俺は確信する。
今日、放課後、推しと一緒に勉強会ができる。これは神イベだ。
だが、このときの俺はまだ知らなかった――この後、“推し活最大の危機”が訪れることを。




