第95話 天才発明家は、常識を脱ぎ捨てる
「え?…姉さんなんで?」
思わず立ち尽くした。まさか、あの銀髪の天才発明家が――安城恵梨香の姉だったなんて。
全校集会が終わり、ざわつく空気の中、俺は教室に戻る途中で、ふと“あの公園”で交わした言葉を思い出す。
「私は転校後、EES共鳴現象の発現者達を救う研究室を立ち上げたい。君には、それを手伝ってもらいたい」
あのときは――愛理と蓮也の裏切りを知った直後で、心はズタボロだった。
人を信じる気力すら残ってなかった。
けど今は違う。
安城に救われて、俺の中に灯った“誰かを救いたい”という想い。
それは、誰かに押し付けられたものじゃなくて、自分自身の意志でそう在りたいと願った気持ちだ。
そんなとき、あの銀髪の天才発明家――いや、安城星梨奈が言った言葉が蘇る。
「君を救うのは私の役目じゃない。彼女に任せるとするよ」
(まさか……最初からこうなるって分かってたのか?)
俺は自分の席に戻ると、隣に座る金髪のオッドアイギャル――安城に声をかけた。
「なあ、さっきの銀髪の転校生って……安城のお姉さんなのか? 全然雰囲気違うけど」
「……そうよ。姉さんは、天才なのよ。凡人の私とは、全然違うの」
そう言って、彼女は視線を落とした。
普段の強気な態度からは想像もつかない、どこか劣等感のにじむ表情。
(凡人?安城が? こんな世界一可愛くて、綺麗で、頭も良くて、料理もできて、剣道では“心眼の剣姫”と呼ばれた俺の最高の推しが?)
思わず、心の中で熱弁をふるってしまう。
(……いや、待て、落ち着け神田ゆういち。俺は察しのいい男だ。これってもしかして、遠回しに“真の凡人”である俺を煽ってる……? そういうことなのか!?)
当然ながら、その心の声は――例によって、彼女に筒抜けだった。
ふと横を見ると、安城は目を逸らしながらも、なぜか頬を赤らめていた。
そして、下唇をキュッと噛みしめ、感情を押し殺すようにしていた。
(……あんたって人はね……!)
そして、俺の心の声はさらに続いてしまう。
(いや、確かにお姉さんも綺麗だけど……俺は、恵梨香の方が断然かわいいと思うけどな)
ナチュラルに“恵梨香呼び”してしまったが、心の声なのでノーカウントということにしておこう。
……もちろん、そのノーカウントの心の声も、彼女には届いていた。
(……は? 私の方が、姉さんより可愛い……? バ、バカじゃないの? 目、腐ってるんじゃないの? てか、なんで下の名前呼び?)
恵梨香の頬が、ますます赤くなっていく。
(でも……あの公園で会った彼女――安城星梨奈は、もっと冷たくて、怖い感じだった。どっちが本当の彼女なんだろうな……)
その瞬間、安城がふいにこちらを向いた。
「あなた、姉さんと知り合いなの?なんか知ってるような雰囲気だけど?」
「知り合いというか、怖い思いをされたというか……」
思わず目を伏せる。
思い出してしまった、あの夕暮れの公園。
無機質で冷たい視線。本質だけを射抜いてくるようなあの目――
正直、怖かった。
「意外ね……」
ふと横を見ると、安城はどこか寂しげに笑った。
「姉さんはね、人に興味を持たないの。
愛想よく見えるのは、ただの演技。
人間関係の悩みなんて、あの人にとってくだらない悩みでしかないわ。」
その声音は、どこか諦めと……ほんの少しの嫉妬が混ざっていた。
(確かに……あの公園で、くだらないって言ってたもんな)
そんな空気の中、不意に背後から聞こえてきた陽気な声が、その場をぱっと明るくした。
「ゆういち!!元気になってよかったよ!!これも安城さんのおかげだねっ!」
振り返れば、聖が満面の笑みで駆け寄ってくる。
その笑顔は、まるで太陽みたいに眩しかった。
「安城と聖のおかげだよ。ありがとうな、親友」
そう言って、俺は自然と聖の肩をポンと抱いた。
「こいつめ〜。これからも一緒にいてくれるんだよな?親友!俺が闇堕ちした時は頼むぜ!」
「えっ!?闇堕ち?何それ?て、てかゆ、ゆういち〜っ……は、恥ずかしいよ〜肩組むの……っ!」
聖の顔は耳まで真っ赤だった。
俺にとってはただの男同士の熱い友情のつもりだったけど――
(ち、ちかいよ!もうっ!ゆういちの匂いが……僕の大好きな、ゆういちの匂いがっ……)
――その聖の心の声は、きっちりと隣の金髪ギャルに届いていた。
「……そろそろ、離れたらどうかしら?」
殺気まじりの低音ボイス。
ギリギリで抑えられた怒りと、ほんのわずかな――独占欲。
「すっ、すいません……!」
(な、なんか怒ってる?安城)
俺は瞬時に聖の肩から手を引っ込めた。
今日からまたいつも通りの授業が始まる。
♢♢
そして――チャイムが鳴った。
授業が終わり、放課後のざわめきが校舎に広がっていく。
俺は荷物をまとめながら、ふと思い出す。
(私は転校後、EES共鳴現象の発現を救う研究室を立ち上げたい。君には、それを手伝ってもらいたい)
あの公園で、銀髪の天才――安城星梨奈が言った言葉。正直、あの時は何もかもが現実味を帯びてなかった。
でも今は違う。
(……俺のこの力が誰かを救うきっかけになるなら俺は……そいつらを救いたい)
そう呟くように決意して、俺は校舎の端――理科準備室のある棟へと向かう。
「えっと、科学準備室は確かこのへん……あれ?」
扉の前で、思わず足が止まった。
プレートが――変わっている。
前までは確かに「科学準備室」と書かれていたはず。
けど、今そこにあるのは、明らかにおかしな表示だった。
《安城星梨奈(宅)》
「……宅?」
「いや、住所かよ」
思わずツッコむ俺。
いやいやいや、校内に“宅”って何? 個人研究室ってレベルじゃねーぞ?
俺はドアを開く瞬間、以前の怖い印象の彼女を思い出した。
(やべ………ちょっと緊張するかも)
そして俺は覚悟を決めて、若干の不安を抱えつつ、俺はスライドドアを開けた――
「失礼しま――っっッ!!!!?????」
脳がバグった。
目の前に現れたのは、銀髪の天才発明家こと安城星梨奈――
その姿が……いや、装備が、どう見てもおかしい。
いや、してない。
何も、着てない。
いや、正確には――“白衣だけ”は着ている。つまり、すっぽんぽんに白衣一丁。
俺の予想を裏切る、別の恐怖がそこに展開されていた。
(……天才っていうかただの変態じゃねぇか……)




