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第90話 俺の初恋は、雨の中で死んだ

季節は流れ、吐く息が白くなる冬の受験シーズン。だけど教室の空気は、少しだけ熱かった。


――中学バスケ大会、ベスト4。

それは、うちの学校の歴史に残る初めての快挙だった。そしてその立役者となったのは――俺。


「ゆういち、すごい活躍だったね? 本当にすごかったよ」

試合の翌朝、教室に入るなり聖が嬉しそうに声をかけてきた。


「あぁ、すごかったよな? 毎日放課後自主練してたもんな? な? 愛理?」

続いて蓮也が、どこか茶化すような笑みで俺の背中を叩く。


「にししっ♡ ほんっとにかっこよかったよ? 私さ、ああいう彼氏いたら、絶対みんなに自慢しちゃうな〜♡」

愛理がクスクス笑いながら、そんな言葉を投げてきた。


――やばい。

その一言で、心臓が跳ねた。

蓮也から聞いた愛理の好きな男のタイプ、何かに努力して結果を出す男に自分は傲慢にもなれた気がした。彼女の態度や反応で俺はある決意をする


(……今日、告白しよう)


そう心に決めた俺は、震える足を押さえながら席を立ち、隣の席の愛理に声をかけた。


「なあ、愛理……今日の放課後、空いてるか?」


目が合った瞬間、彼女は少し驚いた顔をして――でもすぐににっこりと笑った。


「うん、大丈夫だよ!なになに〜なんかプレゼントとか?私もうすぐ誕生日近いし?♡」


「それは内緒だ……じゃあ……放課後、体育館の裏で待ってる」


俺がそう言うと、ちょうど教室のドアが開いた。

のっそりと現れたのは担任の石黒先生。バスケ部の顧問で今日も熱血体系で嫌気がさす。


「おーい!!みんな!進路希望の紙、今日までな〜! 特に神田! お前、毎回提出ギリギリなんだから早めに出せよ〜? てかお前、成績いいんだから西条高校でいいだろ?」


「……は、はい、今日中にだします!!」


なんか、聞こえてたら恥ずかしいセリフが含まれてた気がするけど……まあいい。

蓮也も、愛理も、聖も、みんな西条高校を目指してる。当然、俺もそこを受けるつもりだ。


(まずは、今日。告白を成功させよう)


心臓が早鐘を打つのを感じながら、俺は進路希望の用紙に名前を書いた。

進路希望を職員室に提出したあと、俺はそのまま屋上へ向かった。

階段を一段のぼるたび、心臓の鼓動が速くなっていくのがわかる。


(大丈夫……。ここまで努力したんだ。愛理の反応を見ても、“いける”。絶対に――)


屋上のドアを開けた瞬間、冬の冷たい空気が頬を刺す。

その中で、コートの襟を立て、マフラーをぎゅっと巻いて、白い息を吹きかけながら手を温めている愛理が立っていた。


「愛理、ごめん……待たせたか?」


(やばい……こんな寒い中、ずっと待っててくれたのか?)


彼女は、いつもの“にししっ”とした笑顔で首を振る。


「大丈夫! 今来たところだから。それで――話って何?」


俺は一度深く息を吸う。

ここは、俺が初めて愛理を好きになった場所。

だからどうしても、この場所で伝えたかった。


「……愛理」


一拍置いて、喉が震えるのを無理やり押し込んだ。


「俺……愛理のことが好きだ。付き合ってほしい」


(言った……! ついに……!)


俺は深々と頭を下げた。

風の音だけがやけに響く。

しばらくの沈黙のあと――


「……ごめん。私は、ゆういちとは付き合えない」


その瞬間、胃のあたりがぎゅうっと圧迫され、吐き気が込み上げた。


(……え? 今、なんて……?)


ゆっくりと顔を上げる。

どうか聞き間違いであってほしい。

“にししっ♡嘘だよ”と、いつもの調子で言ってくれ――

そんな願いが胸の奥で暴れていた。


けれど、彼女は静かに、確かに言った。


「ごめん。そんなつもりじゃなかったんだ……。

今は勉強に集中したいの…ゆういちとはね、友達でいたいの」


そのとき、愛理が少しだけ笑ったように見えた。

まるで、“俺のこの苦しんでる顔を見て楽しんでる”ように。


俺はその場に立ち尽くした。

頭が真っ白で、何も考えられない。

ただ一つだけ、痛いほど理解できた。


(……あぁ。俺は今、確かに“振られた”んだ)

 

「じゃあ、私もう行くね?」


愛理はそう言うと、俺の横をゆっくりと通り過ぎ、冬の冷えた階段を下りていった。

足音が階下に消えていき、何も聞こえなくなった頃――


俺は膝から崩れ落ちた。


四つん這いになり、情けなく、子どもみたいに声を殺して泣いた。


(ちくしょう……何が“大丈夫”だよ……全然、無理だったじゃねぇか……)


胸の奥が空っぽになる。

呼吸の仕方さえわからない。

好きな人に振られるって、こんなにひどいのか。


しばらくして立ち上がり、ふらふらと足が向かった先は――毎日放課後、一人で自主練していたあの公園だった。


そこはいつも、俺の頑張りを見守ってくれた“彼女”が座っていた場所。夕暮れの草原に、自分の影だけが重なる。


その影に、ぽたり、と涙が落ちる。


「ちくしょう……俺、ダメだったよ」


そこにはもう誰もいないのに、俺は“報告”した。

すると不意に、彼女の言葉が胸に蘇る。


『真っ直ぐなあなたでいて欲しい』


その言葉が、冷えきった胸に小さな火を灯す。まるで彼女がもう一度俺に立ち上がれと応援してくれるような温かい気持ちになった。


(もう一度告白しよう……俺はやっぱり、愛理が好きだ)


涙を腕で乱暴に拭い取り、俺は次の日教室のドア前に立つ。


(大丈夫…振られたとはいえ、いつも通りにすれば……)


胸がつぶれそうに痛むが、それでも勇気を持ちドアを開けようとしたその瞬間――


女子たちの話し声が耳に飛び込んできた。


「きゃ〜愛理ちゃん、蓮也くんと付き合い始めたんだって〜!幼馴染同士とか憧れるよね〜? しかも蓮也くんって超イケメンだし!」


胃の奥を、鋭い手で掴まれたような痛みが走る。


(愛理と……蓮也が……付き合った?はは……冗談、だろ?)


目の前の景色がゆがむ。呼吸がしづらい。俺が振られた次の日にはもう新しい恋が始まってた現実に俺の思考が追いつかない。


(あぁ……これで本当に、俺の恋は終わったんだ)


その時――背後から声がした。


「どうした? ゆういち?」


俺は誰の声だなんて当然わかっている。その光景を見たくないが、そっと振り返る。

そこには――手を繋いだ蓮也と愛理が立っていた。


頭が真っ白になる。

昨日まで恋の相談に乗ってくれてた親友。

昨日まで俺が恋していた愛理。


その“二人が一緒にいる”という現実を理解するまで、数秒かかった。


(……でも、蓮也は親友だ。だったら、嘘でも祝福しないと……)


「なんだ、お前ら付き合ってたのかよ? ははっ……めっちゃお似合いじゃん」


俺は卑屈にも不細工に笑った。いや笑ったつもりだった。でも喉は震えて、視界はぼやけて、

自分の声がまるで他人のものみたいに遠かった。


最低の気分だ。本音を押し殺す自分が、心底惨めだった。俺はその場を逃げるように走った。


「ゆういち?どうしたの?もう授業はじまるよ!」


聖が心配そうに腕を掴む。でも俺は、その手を振り払って走った。視界がにじむ。止まらない。怖い。夢であって欲しい。


(そうだ……これは夢だそうに違いない…)


その瞬間足がもつれて情けなくこける。その痛みはまるで現実だとわからせるように俺を目覚めさせる。


雨がぽつぽつと落ちてきた。気づけば、あの公園にいた。雨粒が本格的に打ちつけ始めたころ、俺は空に向かって叫んでいた。


「“勉強に集中したい”……?」


(……ふざけんじゃねぇよ)


「結局、顔なんじゃねぇか……!どれだけ中身磨いて、どれだけ努力しても……最初から“見られもしない”なら、意味なんてないじゃねぇかよ!!」


「“ゆういちのお嫁さんになりたい”?

“私だったら一人にしない”?


──笑わせんなよ」


胸の奥で、拳を叩きつけるような音が響く。


「好きでもねぇくせに……

 なんで……なんで、そんなこと簡単に言えたんだよ……!」


あの言葉がどれほどの希望だったか。

あの笑顔がどれほどの支えだったか。


全部。

全部、嘘だったように思えて。

息ができなかった。


傘も差さず、雨の中を一人歩く。

通り過ぎる人の笑い声が、遠くてにぶい。


頬を流れる涙が雨水かどうか、もうどうでもよかった。


「なあ、蓮也……お前、言ってたよな?」


『俺はゆういちと愛理の恋、本気で応援するぜ?それが親友ってもんだろ?』


「じゃあさ……なんでだよ。

お前のその口で……どうして彼女と平気で付き合えたんだよ……」


胸の奥で、黒い何かがじわりと広がる。


“努力は裏切らない”?

──ああ、笑わせんな。


努力ってのはな、勝てるスペック持ってるやつがしてこそ意味がある。


凡人が足掻いたって、届かない。

結局は無駄なんだよ。


……そう思った瞬間。


俺はその日から――

努力することをやめた。


どうせ意味なんてない。

だったら、最初から踏み出さなきゃよかった。



――長い、長い眠りから目が覚めた。


「……ったく、嫌な夢だったぜ」


胸の奥がじんわりと痛む。

忘れたくても忘れられない。

癒えたと思っても、必ずぶり返す。


これが、俺の“初恋のトラウマ”。


どれだけ時間が経っても、脳が“忘れるな”と警告してくるみたいに、

定期的にあの地獄を夢に見せてくる。


「学校の準備するか……もうあいつらと会うことなんか二度とねぇのに。なんで俺は、こんな夢ばっか見るんだよ……」


ため息をつきながらベッドから起き上がる。

カーテンを開けると、朝の日差しが一気に差し込み、眠たい目を刺した。


「……眩しっ。

 まあいいや。今日も推しと――最高の一日にしてやるか!」


そう言って、いつものように笑ってみせる。


だけど。


この日が、さらに俺を絶望の底へ突き落とす一日になるなんて――

このときの俺は、まだ知らない。


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