第9話 美人教師にロックオンされました。助けてください。
「もしも〜し君ぃ〜? お話、ちゃ〜んと聞いてたぁ?」
今後出会うどんな美少女たちでさえ過去にしてしまうほど――
安城のあの可愛い笑顔で、男として一段レベルアップした気になっていた俺は、
その余韻にどっぷり浸りながら悦に浸っていた。
……その時だった。
甘ったるい声が、現実よりも現実的な勢いで、
俺を容赦なく引き戻してきた。
(……あっやべぇ……今は英語の授業中だったのか?)
意識を現実へと引き戻された俺は、ゆっくりと前方へ視線を向けた。
そこには――
破壊力満点の爆乳……じゃなくて!
“綺麗な先生”が、堂々と立っていた。
教室中の男子が朝から何度ため息をついたかわからない、
芸能人レベルのルックスを持つ美人教師――
「英語を担当する、朝倉華恋って言いま〜す♡ ふふっ、何か考えごとでもしてたのかしらぁ?」
クルンと巻かれたロングの茶髪をふわりと揺らしながら、
無防備なほど自然に顔を近づけてくる彼女。
教室の男子全員を一瞬で手駒にできそうな――
まさに“完璧美人教師”。
……だが、その裏側では。
(この私の前で上の空だなんて……いい度胸してるじゃない?
この“豚”)
建前の完璧美人ぶりからは到底想像できない――
その裏腹で容赦ない“黒ボイス”は、
しっかりと安城の耳へ届いていた。
(や、やべぇ……“今朝の安城の可愛い笑顔”を思い出してたなんて口が裂けても言えねぇ……えっと……)
(はいはい、愚問だったわね。
どうせ――私の可愛さに見惚れてたんでしょ?
あまりの破壊力に、天に召されてたんでしょ?)
(でも……上の空はダメよ?)
(だって――
“私が”目の前にいるんだから)
(女神は天なんかじゃなくて、
ちゃんとあなたの目の前にいるわよ♡♡)
笑顔は可憐なのに、目はまるで獲物をロックオンした猛獣のよう。
そんなプレッシャーの中、俺はとっさに言ってしまった。
「す、すみませんでした!!その…推しの……アイドルのことを考えてました!」
教室が一瞬静まり返った。周囲の視線が俺に集まった。
(……は?)
まさかの“推しのアイドル発言”に、
朝倉先生は、その場でピタリと動きを止めた。
一瞬、時間が止まったのかと思うほどの完璧な停止。
そして――
完璧美人として貼り付けていたはずの微笑みが、
わずかに、しかし確かに――
ヒビ割れた。
まるで仮面に小さな亀裂が走るように、
彼女の口元が引きつり、目の奥の光が揺れる。
(は?よりにもよってアイドル!?私が目の前にいるのに私以外の女を考えてたってワケ?)
だが次の瞬間、
朝倉先生は一度ヒビの入った“ぶりっこスマイル”の仮面を、
見事な速度で貼り直した。
「そ、そっかぁ〜♪ 推しのこと考えるのもいいけどぉ〜?
いまぁ〜授業ちゅ〜だからね〜?」
にこにこと愛想よく、完璧な笑顔。
だがその裏側では――
背後にメラメラと炎が見えるほど、怒気が噴き上がっているのがわかった。
(はあ!? 今なんて言った、この男?)
(この“私”を目の前に置いておきながら、推しのアイドルの妄想?)
(は? それってつまり、そのアイドルの方が私より可愛いって言ってるようなもんでしょ?
……意味わかんない。ウケるんですけど)
笑っているのは口元だけ。
その瞳は、氷のように冷たく、一切笑っていなかった。
「次からはぁ、ちゃんと……授業( わ・た・し )に集中してね?
――わ・か・っ・たぁ♡」
にっこりと愛想たっぷりの笑顔。
だが――目だけは完全に殺意を秘めていた。
その眼光は、まるで獲物をロックオンした捕食者そのもの。
「す、すみませんでしたッ!!」
反射的に立ち上がり、教室中に響き渡るほどの声で謝罪する俺。
その迫真さに、クラスの男子がクスクス笑い、女子もひそひそと肩を揺らしていた。
朝倉先生はようやく機嫌を取り戻したのか、
スカートの裾をふわりと揺らしながら、満足げに教卓へと戻っていく。
(神田ゆういち、名前は完璧に覚えたわ……)
――超絶美女教師に、まさかのロックオンされた瞬間だった。
(あっぶねぇ……!!
てか“推しのアイドル”って何だよ俺……)
(いやでも待てよ?
もし安城がアイドル衣装なんて着て踊ってたりしたら――
俺、多分その場でファンクラブ加入する自信あるわ)
(……あ、でもこんな妄想がバレたら絶対、安城に白い目で見られるんだよな……)
そんなことを思いながら、何気なく横を向いた――その瞬間。
そこには、想像の数倍は“白い目”をした安城がいた。
(……白い目じゃ済まさないわよ)
冷たく射抜くような視線に、俺の背筋は一瞬で凍りつく。
(……あれ俺なんかしたか?)
心臓をギュッと掴まれたような焦りに襲われる俺とは対照的に、
安城はすっと視線を窓の外へ向けた。
(……ったく、何考えてんのよこの男?
アイドル? この“私”が??)
心の奥でぽつりと呟いたその声は、
困惑と、どこか拗ねたような響きを帯びていた。
窓際で揺れる彼女の髪。
風にそっと撫でられるように揺れた瞬間――
窓ガラスに映ったその横顔は、
……まるで、自分でも気づかぬうちに、
ほんのり微笑んでいるように見えた。




