第88話 私をもらってくれるかしら?
「その女の子の、どういうところが好きなの?」
帽子のつばの奥から、静かに投げかけられたその質問に──
俺は一瞬だけ言葉に詰まったあと、思い浮かんだままを口にした。
「……こんな卑屈で、なんの取り柄もない俺をさ……“可愛い”って言ってくれるんだよ。
それに、俺がクラスで孤立してたときも……唯一、味方になってくれて」
(……うわ、何言ってんだ俺……!?)
話してから急激に後悔の波が押し寄せてきた。
(キモすぎだろ……! こんな重い話、初対面の女子にすることか!?
ていうか、引いてるよな絶対。明日から練習、見に来なくなるかもしれない……!)
頭の中で全力で自己否定モードが起動していたその時──
「……ふふっ」
かすかに──けれど確かに。
彼女は笑った。
「……あっ、ごめんなさい。笑うつもりはなかったの」
その笑みは、どこか優しくて、切なげだった。
そして──言葉を紡ぐ彼女の声は、ほんの少し震えていた。
「そんなふうに想ってもらえる、その子が……ちょっと羨ましいって思ったの」
「……どうして?」
自然と、問い返していた。
理由が知りたかった。
それ以上に──その気持ちを、受け止めたくなった。
彼女は、少しだけ視線を逸らして、小さく呟いた。
「私……ぶっきらぼうでさ。
人前で、可愛く笑えないし……誰かに優しくされても、その優しさを素直に信じられないの」
帽子の影で、その表情はやはり見えない。
でも、声の奥に宿る寂しさが──なぜか、胸に刺さった。
それでも、どこか寂しげな声音だけが――春の風に乗って、はっきりと俺の胸に届いた。
「私、ずっと……ひとりなのよ」
ぽつりと、独り言のように。
「どれだけ誠実そうに見えても、みんな本音と建前を使い分けてる。建前はいくら綺麗でも、本音は打算と欲望に満ち溢れているのよ。私のまわりに、あなたみたいにまっすぐな人なんていないの……」
彼女はバスケットゴールの方に体を向け、空を見上げるように言った。
その背中が、あまりにも頼りなくて怯えていた。
俺はなんとか元気づけてあげたいと思った。そして、少し照れながら、思い切って笑ってみせる。
「……でもさ」
「今日で“ひとり”は終わりだな?」
「えっ……?」
驚いたように、彼女が俺の方を振り返る。
その目には、かすかな希望が浮かんでいた。
「だって俺がいるじゃん!」
思わずポカンとする彼女の顔を見て、俺はバカみたいに笑った。
「自分がまっすぐかどうかは、俺には分かんねーけどさ……」
そう言いながら、俺はちょっとだけ照れくさくなって、頬をかいた。
帽子の影の奥で、彼女の顔がふっと緩んだ気がした。そして俺は、ハッとした。
(……しまった!!)
(そういう話じゃなかったのか!?孤独ってのは比喩みたいなもんで…… いやいや、もしかして余計なお世話だったか……?)
(でも、俺は本気で言ったんだよ!? 本気で“ひとりじゃない”って──)
(……はっ!? これが俗に言う『ただし、イケメンに限る』ってやつか……!? ちくしょう……フツメンの俺じゃやっぱりだめなのか!?)
帽子の影に隠れた彼女の表情は、相変わらず読み取れない。
でも、俺の細胞が俺の魂に告げていた。
(……たぶん、この子、相当のべっぴんさんだ。いや絶対そうだ。立ち振る舞いが上品だし、声だって透き通ってるし……あかん!打算と欲望だらけかよ!俺!!)
(俺の……俺の、貴重なファン第一号なんだぞ!? 失いたくない!!)
そんな焦燥の心の声が、まるで──届いたかのように。
「……え? ファン?」
彼女がポカンと、目を見開いた。
(は!? しまった!? まさかまた声に出てたのか!?)
(ど、どうする!? ごまかすか!? いや、ここは正直に──!!)
「い、いつも……あそこで俺の練習見てくれてるじゃん? だから、つい……“ファン”って呼んじゃっただけで……気分、悪くしてたらごめん」
心臓がバクバクしてた。嫌われたかも。
だけど、謝る俺を見て、彼女は──ふっと、柔らかく笑った。
「ふふっ……そうね。あなたは、私の“推し”よ?」
「えっ……?」
「推し活ってやつかしら。……私、ずっとあなたの努力してる姿、見てたもの」
その言葉に、頭が一瞬真っ白になる。
(お、推し活!?こんな(おそらく)可愛い女の子が俺を??)
思考が追いつく前に、彼女は少しだけ間を置いて、いたずらっぽく続ける。
「……もし、あなたの恋が実らなかったら──」
視線が合った。その瞳の奥に、何かを隠すような光が宿っていた。
「そのときは、私をもらってくれるかしら?」
「──なっ……!?」
その瞬間、顔が、耳まで熱くなるのが分かった。
「えっ、それって……ど、どういう──!?ちょっと何を言ってるのか?」
(是非ともよろしくお願いします)
必死に聞き返す俺に、彼女はまるで全部分かってるかのように、また笑う。
「……ふふっ、冗談よ?」
その笑みは、どこか無邪気で、どこか大人びていて。まるで、俺の心をくすぐるためだけに用意された、特別な魔法みたいだった。




